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【Web更新8/30】09-35【細胞と生殖】更新

Dscf0240
星くずや 空何処より コノテの木
 09/08/28 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】09-35
週末定例更新のお知らせ

 ついに夏休みが、今日で終わる。今年ほど、いろんな計画していたことが実現できた夏休みも少ない。しかし、一方では「宿題」もいっぱい生まれた。少し長いスパンで取り組んでいくべき事もいくつかできた。
そのひとつにWebページの「整理」がある。サイト内のほとんどのページが、開設から10年以上経ても、初期のままである。これ以後も変える必要のないと思っているものもあるが、「リンク切れ」なども含めて、過去のままのものもある。少し、長期の展望にたち、無理のない範囲でゆっくりと変えていきたい。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ コノテガシワ
 校庭には、このコノテガシワの樹がけっこうたくさんある。垣根の役割もしている。実は、秋の空の何処から降ってきた「星のかけら」か「星くず」にもみえる。この形にどんな意味があるのだろう。
 どんな「かたち」にも意味を求めるのは、かえって自然をみえなくするのだろうか。でも、やっぱり意味がありそうな…。

◆【細胞と生殖】更新
 ほんと、久しぶりに授業を再開した。間延びしてしまうことなく、ここでのメインコンセプト、『生命とは!?』を授業をとおして問い続けたい。

◆コウガイビルを追う 更新
 もうナイロン袋のなかに、コウガイビルの姿はない。しかし、予想したとおりあの一匹のコウガイビルが、生命科学最前線まで連れて行ってくれた。コウガイビル261日の「ふしぎ!?」が教えてくれたこと、授業のなかで追い続けたい。また、コウガイビル(陸棲プラナリア)研究者からの学びも含めて、まだまだ追い続けていきたい。

◆「新・私の教材試論」更新
 2学期に授業が本格化すれば、それにあわせてこの試論の方も、展開していきたいと思っている。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新 この後、15の夏の「ふしぎ!?」はどうなったか。報告を聞きながら、この試論をすすめていきたい。
 さあ、どんな報告が…。

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名著『切っても切ってもプラナリア』に感動!!

Dscf0287▼昨日は、大賀ハス植えかえから、22週目だった。花托、いまは果托というのかな、そこに8つの子房のうち、5つにしっかりとした「種子」ができている。黒々としている。たくましさすら感じさせてくれる。
 この間の様子を、阪本祐二先生は次のように書いておられる。

 この間に受粉した胚珠は発達し、約一ヶ月後に黒熟する。花托は果托に変わり、発達して大きくなり、褐色化し、順次下の茎の方へ枯れていくから、花梗のところで折れるようになり、果托は下を向き、中の実が落下したり、果托と共に水面に下向きに落ちることになる。…(『蓮』阪本祐二著 法政大学出版局 P7より)

 あの「あこがれの4日間」から、まもなく1ヶ月がたとうとしている。阪本先生の言われることが、展開されようとしている。引き続いて観察をつづけていきたい。
▼昨日は、どうしても記しておきたいことがもうひとつあった。
それは、あの名著『切っても切ってもプラナリア』(阿形清和 文 土橋とし子 絵 岩波書店)を読んだのである。コウガイビルを追いかけるなかで、この本の存在は知っていた。1996年に刊行された「科学であそぼう」(岩波書店)シリーズの一冊として世に出ていた。非常に人気が高く、今は絶版になっているということだった。復刻を望む声も高かったようだ。私は、子度向けのこの人気の本をぜひとも読みたかった。図書館にいくたびに捜してまわった。amazonでも捜した。古書では数万円のプレミアついているとも言われていた。
 そう言われると、なんとしても読んでみたい気分になるのが人情だ。「コウガイビルを追う」のページでは、阿形先生の発表されたプレゼンのページにリンクしたりしていた。
▼いずれは、復刻されるだろうと淡い期待にかけていた。先日、偶然ネットで、「新装版」(2009.6.4第1刷)として復刻されているという情報を得た。さっそく注文した。小型化され一部改訂されているらしい。
 やっと手に入れたこの本を読んでみた。
 なるほど名著の所以がわかる。ぐいぐいと惹きつけられる。次へ次へと読みたくなる一挙に読んでしまった。
▼これは、科学読み物の傑作というだけでない。「コウガイビル」の「ふしぎ!?」を追いかけてきた私には、特別の意味をもっていた。自分でも驚いてしまうような事実が書いてあった。
まず最初に驚いたのは「プラナリアのいる場所」として、先日お世話になった兵庫県立大学理学部の近くの地図があがっているのである。ひょっとして、と思い著者阿形清和先生の巻末の履歴を見た。
「1991年より姫路工業大学(現・兵庫県立大学)生命科学科・助教授」
と書いてある。驚いた!!
ということは、この本の初版を出された当時は、あの「研究室」におられたことになる。
あの「研究室」とは、この8月20日に渡辺憲二先生に案内していただいあの部屋だ。
 そのときは、まったくそのことを意識していなかったのだ。
あの研究室から、この名著『切っても切ってもプラナリア』は生まれていたんだ。
驚き、感動の事実だ。
▼まだまだある。この本の最後の方に『一匹から増やしたプラナリア』(同書P41)の話が紹介されている。
 私がプラナリアの研究をしていた兵庫県立大学の理学部の研究室では、渡辺憲二教授が世界ではじめて実験室で増やすことに成功したプラナリア実験に使っていた。最初は一匹だったものが、今では何十万匹にも増えて、日本だけでなく、世界中の研究室に配られて実験に使われているのだ。プラナリアの遺伝子を研究するためには、同じ遺伝子を持ったプラナリアを使うことが必要だ。
 この名誉ある最初の一匹は渡辺教授が岐阜県の入間川でとってきたプラナリアの中から、実験室の環境になじませたものである。ほとんどのプラナリアは実験室の環境になじまずにそのうち死に絶えてしまうが、このGIと命名されたプラナリアは、実験室の水とニワトリのレバーを好むたくましいプラナリアなのだ。(中略)

 実験室では、渡辺教授がGIに一週間に2回ニワトリのレバーをあげては新しい水に交換し、水温は22度程度にして、2週間に一回の割合で増やした。増やすといっても、別に渡辺教授がナイフで切っているわけではなく、ある程度の大きさプラナリアは、咽頭のまえかうしろで自分で2つにちぎれて増えるのだ。(『切っても切ってもプラナリア(新装版)』P41より)

 なんということだ。あの研究室へお邪魔して渡辺先生自らがセッティグして、「プラナリアは顕微鏡で見なければ…」と見せてくださったのが、このGI(ジーアイ)だったのだ!!
 これを先に読んでおけば…。という思いもあるが、それよりもあの一匹の「コウガイビル」がここまで連れ来てくれたことに感動すると同時に感謝だ!!
▼まだある。この本にはちゃんと、コウガイビル261日の「ふしぎ!?」の答えが書いた。
その答えとは、この本のキーワード 「再生」である。
 みごとな話の展開で、「再生のルール」まで話が及ぶ、すばらしい。やっぱり名著だ!!
そして、これも最後の方に、私の「ふしぎ!?」に対する答えは用意されていた。
「エサを食べなくても再生できるのか?」(p37から)にある。

 このことは、何を意味しているかというと、プラナリアはエサがなくてちぢんでいくときも、エサを食べて大きくなっていくときも、いつも体の<つくり直し>をしているということだ。(同書P38)

 これこそ、コウガイビル261日の「ふしぎ!?」の質問に対して、渡辺憲二先生が、黒板に図も書きながら答えてくださった答えと同じではないか。「やっぱり」と思うと同時にあらためて渡辺先生に感謝する。
ゆっくりな私にわかりかけたこと。
●再生とは<つくり直す>こと。コウガイビル(陸棲プラナリア)は261日間、再生を繰り返した。
●再生の営みを繰り返すこと、それを「生きている」という。

▼この本は、この後、「大学で研究していること」「科学者をめさざす君へ」とつづく。子ども向けの本ということになっているが、そればかりでない。大人も十分に楽しめる。
 そして、「自分でも研究してみよう」という気持ちにさせる名著である。
 私にとって、名著の域を超えて、特別の意味をもつ一冊である。
 この夏、この本の新装版が出たということで、この本をテキストに「自由研究」に取り組んだという話などあれば、ぜひ知りたいものだ。
 

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新・「自由研究」のすすめ試論(20)

Dscf0211▼せっかくすごしやすい天気になったと思っていたら、そうすんなりとは、季節はかわりはしないようだ。また、ちょっと残暑がつづく。雲も空も、空気もだ。
 夏休み最後の週末は、夏のやり残しのないようにと「整理」にこってみたい。
▼そう思いだすと、やっぱりこの「自由研究」のことが、いちばん気になるところである。
「アカソナキヤ」方式
これでもう少し追加だ。
これからの「自由研究」を考えるならWebの活用は必須だろう。
10年前だって、そう言っていたけど、やっぱりそのころにくらべたらうんとリアリティがちがってきた。
プロの研究者だってそうしているんだから、ごくごく普通に。
▼では「アカソナキヤ」方式では、どこでWebを使うか。使うところまちがったり、そればっかりでは「研究」でなくなってしまう。
アタリマエを排除して、カンガエテミルトと、等身大の「ふしぎ!?」が生まれるときには、Webはいらない。
これをWebからもってきたりすることは、見栄えはよくなっても、それはどこか他人の「ふしぎ!?」なんである。
必要なのは、次
●ソウイエバ…「そう言えば」と、これまでの「知識」、「情報」とリンクしていくときである。
 ここのところが、大きく進化してきたところである。すごい情報量になってきている。検索術も、今さらのごとくあげることもなく、ごくごく普通のスキルとして日常化してきている。
 「そう言えば…」と、どんな情報に、自分の「ふしぎ!?」をつないでいけるか。けっこう勝負どころである。
▼続けての「ナントナク」と「ひらめき」、「キットソウナル」はずと「仮説」をたてたりする段階では、あんまりWebは有効ではない。その段階でWebにたよると、「等身大の科学」を見逃してしまうかも知れない。
必要なのは最後の
●ヤッパリ…「実験」「観察」をするとき、その結果を報告しあうとき。情報発信をするとき
このときだ。これがうまくいくようになると、「感動」を共有することができるだろうし、次なる「ふしぎ!?」につながるのだ。
「アカソナキヤ」方式
「ソ」「ヤ」でWebを!!

これが、蛇足的 私の提案だ。

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新・「自由研究」のすすめ試論(19)

Dscf0207_2▼授業を再開して、実質的な二学期がはじまっている感がある。つまり長かった夏休みも終わりである。
夏休みの終わりというのは、いつになってもどこか、哀しい。2学期への期待感と同時に、過ぎてしまった時間に対するセンチメンタルな気分がつきまとうのである。
 15の夏の「ふしぎ!?」はどうなっただろう。
▼その15の夏の「ふしぎ!?」の顛末を報告受ける前に、自分自身の「自由研究」をふりかえってみておこうと思う。
 「日食」、「大賀ハス開花」、「熊楠」「宇宙」「コウガイビル」等々、矢継ぎ早に次と次と「ふしぎ!?」追いかけた。まだ未整理のことばかりだ。
▼このなかで、私はひとつの我流方式を思いついた。
教材試論は「3K1Aの法則」「3Hの法則」ですすめているように、この「自由研究」をすすめていくのに役に立つ、私なりの流儀だ。思考のプロセスを法則化しようとするものである。
 それを名付けて 「アカソナキヤ」方式 と呼ぶことにする。
「アカソナキ」の5段階方式については、以前に書いていた。そこに「ヤ」を加えて6段階方式とする。
では、その「アカソナキヤ」方式とはなんなのか。
◆ 「アカソナキヤ」方式とは
●「ア」…「アタリマエ」の排除
      事物に出会ったとき、そのなのアタリマエとしない。概念くだき
●「カ」…「カンガエテミルト」 
      吟味 「ふしぎ!?」の発見 問いかけのはじまり
●「ソ」…「ソウイエバ」 
     「体験」したこととリンク 手持ちの「知識」とリンク 
●「ナ」…「ナントナク」
      「ひらめき」の記録化 情報発信
●「キ」…「キットソウナル」
      自分の「仮説」を立てる 文章にする 「シナリオ」にする。
●「ヤ」…「ヤッパリ」
      「実験」「観察」による確かめ 「感動」の増幅

▼これを繰り返し繰り返しやってみる。等身大の「ふしぎ!?」を追いかけながら、その繰り返しは、けっしておなじところに止め置かない。自然と「ふしぎ!?」は深化していくのである。
 思考は螺旋的に進化していくのである。
 夏休みが終わっても、何度も何度も使ってみよう。
「アカソナキヤ」方式!!

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【授業】コウガイビルの「ふしぎ!?」報告

Dscf0172▼授業再開、2時間目。まずは、「細胞分裂」のつづきで、今度は観察したものを教科書に沿いながらまとめた。
いちど、それらしきものでも観察したあとだと、ずいぶんリアリティがちがう。
 細胞分裂における染色体のふるまいに注目しながらまとめていく。ちょっと古めかしいが、模型があったのでそれも使ってみた。こういうのも、けっこう有効であること再認識した。
 中学校理科におけるスタンダード模型の歴史についても調べてみたくなった。
▼染色体の数と生物のちがい、染色体に含まれる情報とは、まだまだ、不思議を残しながらであるが、どうしてもここでやっておきたいことがあった。
 それは、あのコウガイピルの「ふしぎ!?」の報告である。もう少し、まとめての報告ということも考えられるが、それではリアリティをなくしてしまう。タイミングは今しかない。それは私の勝手な思い込みだろうか。
 時間にして、10分程度のつもりだった。
Dscf0191用意したのは、例のナイロン袋と「iPS細胞」開発の最新新聞記事。
このふたつがつながっていることを言いたかったのだ。それは、きっと今まさに学習していることともつながるはずと…。
▼最初は、8/2にあのコウガイビルが消えてしまったことを報告した。
そして、261日間の「ふしぎ!?」について
それに対しての渡辺先生の答えを紹介した。「自己消化」
そして、コウガイビルの全能細胞の話、そこから「iPS細胞」にまでつなごうとしゃべりまくった。
 やっぱり、短時間では無理である。これではせっかくの「ふしぎ!?」が失われてしまう。
冷静になると反省する。
でも、どうしても今、報告したかった。
コウガイビルの「ふしぎ!?」をこれで終えるつもりはない。もう一度しきりなおして、タイミング見計らって再度登場させたいと思っている。
Dscf0184▼もうひとつ、時間的に無理なこと承知で、タイミングとしては今しかないというものがあった。
「ウィルス」だ。新聞記事を印刷していたので、それをくばるだけにしたが、
よくこの後の関連情報に注目すること、相手は「ウイルス」、できる対応考えながら生活しようと…。

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【授業】細胞分裂

Dscf0140▼昨日は、久しぶりに授業を再開した。一学期の最後は「日食に何をみるのか」をやっているので、【細胞と生殖】のところでは、ほんとうにずいぶん久しぶりということになる。
 どこから再開するのか。ずいぶん迷った。
「コウガイビル」「ウイルス」からにするか、それとも「自由研究」からか。
結論は、【細胞と生殖】のつづきをやることにした。細胞分裂にしても、私自身、自分でつくったプレパラートでみごとなものを見たという経験を持たない。
▼夏休みに入って、いくつかもので試行錯誤を繰り返してみた。いろんな種子を買い込んで、うまく根をのばすものを捜してみた。教科書に出ているタマネギの種子にしても、いろんな種類の「タマネギ」があることをはじめて知った。結論ではないかも知れない。とりあえずは「サラダタマネギ」がはやく根をのばすような気がした。発芽何日目が、最適なのかも結論はあからない。今回、使用したのは種子を水に濡れたティシュペーパー蒔いて5日目だ。
Dscf0101
▼まずは、プレパラートづくりの手順を教科書にしたがって説明をする。ひとつ、ひとつの作業の意味を中心に説明をする。なぜ塩酸をかけて、ほぐす必要があるのか。なにが、見たいのか。なぜ時間を置く必要があるのか。
ちょっとくどくどしくなったが…。
「教科書の写真のようなものが見えたら教えてくれ」
「実は私もやってみたが、そんなきっちりしたのを見ていないんや」

しばらく時間が経った。
「見えたぜ!!」という声があがった。
見せて、もらった。さすがである。みんなでやると手際よくやる生徒もいる。結構、りっぱなものを見せてくれた生徒もいる。なかなか、そこへいきつかない生徒もいる。
Dscf0119▼「典型」を見ることも必要か。と、市販のプレパラートも準備しておいた。
ほぐす・染色する待ち時間に、この「典型」を見るように指示しておいた。
なるほど、りっぱに見える。
 どんな技術でこんなすばらしいプレパートつくったのだろうと、変なことに私自身興味をもってしまう。
しかし、生徒たちはより興味を示したのは、「自分のつくったプレパラート」であった。
アタリマエと言えば、アタリマエのこと。
でも、「やっぱりそうなんだ!!」と妙に感動してしまうのだった。

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新・私の教材試論(24)

Dscf0092▼昨日は、朝からほんと天気がよかった。朝の空は高かった。もうすっかり秋とよんでいいような一日だった。雲のない空を見上げての「雲見」も久しぶりのような気がした。
それにしても、この青空というのはいいな。空というのは、こんな色をしているのか。これが50㎞つづくのか。その向こうには…。と思っている「飛行機」だ。すごく近く(!?)を飛んでいるような気がする。これで、10㎞、10000メートルか。と自分のたつ空間を少し立体的にイメージしてみたりする。
それも、この青空故か。
▼もう、今日から授業が再開だ。頭を夏休みバージョンから、授業準拠バージョンに切り替えていかねば…。
そこで「新・私の教材試論」である。一応(23)までで一区切りを先日つけたところである。
そこで、今日は、「ふりだし」にもどって、すぐれた教材の法則
「3Hの法則」
・ホットのH…世間で話題になっているもの
・本質的のH
・ホンモノのH

のことから続ける。
▼具体例は、ふたつである。
ひとつは「iPS細胞」、もうひとつは「ウイルス」である。
いずれもが、今新聞の一面をかざるような話題である。これが、なんですぐれた教材なのか。
それを理解するためには、もっともっと基礎的なことを理解する必要があるだろう。妥当な考えである。
その理解のための基礎的な教材こそが、すぐれた教材だろう。それも言える。
 しかし、私はそればかりをとらない。
生徒たち、学習者たちは、このことがトップニュースになる世間のなかで現在進行形で生きているのだ。
 この話題のことと自分が今現在学ぼうとしていることときわめて密接に結びついていることを知れば、学びのモチベーションも変わってくるというものだ。
▼私は、この夏休みのあいだに、昨年の11月14日に偶然であったいきもの(生徒が「発見」してくれたのだが)=コウガイビルから、「iPS細胞」とはなになのか。その概要を教えられた。
コウガイビルの「ふしぎ!?」、261日間の不思議が「iPS細胞」につながっていたのだ。
このつながりが、やっぱり感動なんである。
そうなんだ、「話題」ことと「学習」とは必ずつながっている。そのつながりを「発見」させてくれるものこそ、すぐれた教材と言えるのだ。
 そのとき、徹底して自分の等身大の「ふしぎ!?」にこだわることが大切と実感した。
▼もうひとつ、今のトップニュースが「ウイルス」である。学校が再開されて「新型インフルエンザ」の集団感染が危惧されている。
 私は、一学期に、学校閉鎖明けに「そもそも「ウイルス」とは?」の授業をやった。自分自身が未消化のままで、十分授業と言えるものではなかった。しかし、このこととは関係なしに、「それはそれで」の理科の授業なんかかんがえられなかったのだ。
 今は、【細胞と生殖】の授業をすすめている。再び「つながり」をどのように教材化しようかと思案しているところだ。
 さあ、今日から授業再開!!
 

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【Web更新8/23】09-34「コウガイビルを追う」更新

Dscf0029
椿の実や 窯だしの色 似たりけり
 09/08/21 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】09-34
週末定例更新のお知らせ
 今朝、起きて南極の武田康男さんが教えてくれた「一日でいちばんすばらしい空」をしばし眺めていた。空を含めての「空気」を吸ってきた。
 先週で、実質的な夏休みは終わった。今週からは授業も再開だから、二学期だ!!
夏休みの最初の日に書いた「今年の私の「自由研究」のテーマは(2009)」の通りの、いやそれ以上の夏休みだった。すこしだけ自分をほめてやりたい気分になった。同時に多くの「出会い」に感謝したい。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ ツバキ
 校庭の樹木がリニュアルした週だった。庭木が剪定されて、すがすがしい。
 校庭の一隅に、今なお「そのまま」の部分が残っている。そこにツバキの実があった。なんとも渋い色だ。
私は、焼き物なんかやったことないが、それは如何にも「窯だし」された陶器のような彩色だった。
 校庭の空気は、秋の空気にかわりつつある。

◆「コウガイビルを追う」更新
 先週は、ほんとうにコウガイビル三昧の一週間であった。
そのコウガイビル本体の姿かたちは、あの袋のなかにない。しかし、261日の「ふしぎ!?」は生きている。
今週からは、これを【授業】につなぐ試みをはじめよう。 

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コウガイビルからiPS細胞まで

Dscf0067▼大賀ハス、植え替え21週目であった。今週は、ずっといい天気がつづき、池の水がなくなってしまうところであった。週の途中でバケツで何杯かの水をいれた。花托は、今はこう呼ばないのかもしれないが、一週間でやはり成長している。長径は、7.5㎝である。一週間で2㎝成長したことになる。だんだん扁平に近づいているようでもある。しわが寄ってきている。少し、黄色みもおびてきている。黒い班点、「しみ」のようなものができているのも気になるところだ。ところで、肝心の種子であるが、ケースは8個ある、そのうちケースが空っぽは3個。種子らしいものが入っているのは、5個だ。これは、ほんとうに「種子」だろうか。それはまだわからない。自家受粉はOKなんだろうか。いずれにして、次の世代につなぐ営みがあるということはまちがいない。
▼昨日は、まだまだあの20日の講義「幹細胞の生物学」の余韻が残っていた。時間が少しとれたので、今度は「記録」しているものに基づいて、講義内容吸収の反芻作業をやってみた。
 「記録」残しているもの。
・ICレコーダでの音声データ
・板書をデジカメで撮った画像データ、
・自分で書いたメモ(システム手帳リフィル、これを「カード」がわりに使用)
・講義でいただい資料A3枚プリント
以上である。今度は、パソコンで、画像、音声は出力させた。
メモの方を、補足したり、順番を並べかえたりしながら自分のペースで講義を再現してみた。
「私自身の文脈」にすり合わせをしながらである。
▼この作業のなかで、いくつもはじめてわかったことがある。それは単なる「知識」を越えたものだ。
渡辺先生の講義には、「ふしぎ!?」を追求する人の輝きがあった。
 「発生学」ひとすじに36年。
「研究」対象に対する愛情(うすっぺらな表現だが、他に言葉がうかばない)のようなものが感じられた。
たんたんと語りながら、板書をしていかれる。
ときどき、なるほどと思わせる言葉が飛びだす。プロならでは言葉。
たとえば、「お皿では…」「お皿のなかでは…」。人工的な「培養」「培地」を意味する言葉らしい。
なるほど…。なんとも、ぐっと「研究」を身近にひきつける言葉だ。
誠実だ。
「これは、わかっていないんです」「私も、わからない」「こんなことはできないです」
こんな言葉がすっと出てくるんです。
これは質問に答えられるときが、顕著だった。いいな!
大いに学びたいところだ。
▼どうしても今日の時点の書き残しておきたいことがあるので、「原則」からはずれて、2度書きする。
私の等身大にひきつけて、講義のなかで書き残しておきたいことプロットしてみる。
・ウズラのように生殖の時期(季節)を選ぶのが「原則」である。
・プラナリア(私にはコウガイビル)は、「再生」のチャンピョンだ。
・生殖細胞ができる仕組みに共通する言葉がある。それが「幹細胞」。
・細胞の損失を補充する細胞=幹細胞
・細胞を構成する分子で考える。原子レベルでは考えない。問題は、タンパク質だ。
・細胞の生存に必要なもの(ハウスキーピング)がある。
・「全能性細胞の系譜」がキーだ。
・全能性細胞は、次の世代つくる細胞に引き継がれる。
・全能性細胞を人工的に増やし(細胞を培養する:「おさら」のなかで)利用する時代に。
・卵細胞質は分化した核を初期化(リプログラミング)できる。
・初期化の効率は若い細胞で高く、分化細胞では低い。発生が途中で止まったり、異常が生じたりする。
・受精卵は全能性の細胞である。
・ES細胞(embryonic stem cell)=胚性幹細胞
・細胞には自己非自己の認識が可能である。
・患者自身からES細胞はつくれないか。→iPS細胞 これがHot!!
・人工多能性幹細胞(iPS細胞 induced pluripotent stem cell)
・細胞融合したときES細胞よりの細胞となる。
・受精卵に分化した細胞の核を移植したときと似ている。
・遺伝子は一度手に入れれば、いくらでも増やせる。
【質問に関連して】
・プラナリア(コウガイビル)には、全身に全能性細胞がある。
・場所を認識して、全能性細胞は増殖する。(場所に応じてつくりなおす)
・プラナリアの場合、全能性細胞のことを新生細胞という。
・種を超えて、全能性細胞には共通する分子がある。
・新生細胞は、ほとんどES細胞と呼んでいい。
【コウガイビルについての質問に対して】
・人間のように餓死はしない。
・それは、細胞の数をへらして、「小さく」つくりなおしたのだ。
・再びエサを与えれば、大きく作り直す。
・袋のなかの「みどり」はケイ藻類だろう。水道水でも可能性大。
・「みどり」のケイ藻類をエサにした可能性は少ない。
・自分の細胞をこわして栄養にした。自己消化 自分自身を食べた。
・水中の微生物がコウガイビルである可能性は限りなく0に近い。
・微生物は、せん毛をもつ単細胞であろう。
▼ここに来て、コウガイビル→全能性細胞→ES細胞→iPS細胞
一挙に、私のなかではつながってきた。
まもなく授業が再開する。
今年の授業開きも、単元【細胞と生殖】のはじまりも、コウガイビルだった。
夏休みの間に「消えてしまったコウガイビル」のこれを報告しよう。
うまく説明できるかは別にして、これだけは何としても話をしておかなければならない。

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コウガイビルが生命科学最前線へ

Dscf0005▼最近は、毎朝の校庭の散歩をしていない。夏休み中であるからと、少し自分を甘やかしているのかも知れない。しかし、ホームページの表紙画像の「校庭の樹木シリーズ」は継続し、毎週更新しているので、それは数少ない枷のひとつである。そのこともあって、ときおり校庭を散策する。週末が近いので、校庭にでたついでに散策していた。そしたら、今週の表紙のアオギリの実が、さらに大きく変化(へんげ)していた。あの奇妙なかたちをした実が割れていたのだ。そして、種子が顔をだしていた。あれ一週間もたっていないのに、いつの間にという感じである。そう事態は、刻々と変化しているのである。そうだ!!「生命体」とは、時間とともに変化していくことこそが最大の証なのかも知れない。
▼昨日一日、20日の渡辺先生の講義の余韻のなかで、生活していた。時間のすきまをみつけて、ICレコーダーのイヤホーンを耳にさしていた。
 なんでもゆっくりな私は、こんな濃度の濃い話は、かなり反芻作業を経なければ理解できないのである。
板書の画像、メモ書き、用意してくださった資料プリントも照らし合わせながらの作業は、まだまだこれからである。
▼「記録」できていることについては、このあと「記録」によってやることにして、「記憶」だけの部分については、ここに書き込むことで記録しておかねば、どこかに行ってしまう。せっかくのものが消えてしまう。
講義を聴いて、ひつこく3つの質問をしたところまでは昨日書いた。
 その後だ。その後の展開は、3つ目の質問と関連していた。渡辺先生が編著者である『プラナリアの形態分化』をとりだして、コウガイビルの章を執筆された先生にコンタクトをとりたいということでの質問でありお願いであった。
「それは、すぐわかりますよ。今日でもわかりますよ」と答えてくださった先生は、研究室へもどった先生は、資料をコピーしてくださったのだ。
 私は、講義・質問への応答に、感動し満足しながら、学生食堂でひとり食事を済ませた。
つぎなる展開の偶然は、その後におこる。
▼食後のコーヒーを買って、食堂を出たときだった。そこに食事にこられた渡辺先生と再びお会いしたのだ。
そして先生は言われた。『今、コピーして持っていったのだけど、おられなかったので…』と。
ほんとうに即対応していただいたのだ。なんとありがたいことだ。
恐縮して私は言った『いや、今からとりにいかせてもらいます。』と。
そして、私は渡辺先生の研究室に行かせてもらうことになった。研究室にうかがうと、コピーをいただいて、そして先生はおっしゃった。
『せっかくだから研究室見ていきますか』と。
なんとありがたいことだ。生命科学最前線の現場をみることができるなんて。
▼まず最初は、現在の先生の研究対象動物「アフリカツメガエル」だ。成体、そのオタマ、そしてあのプラナリア
、プラナリアは「顕微鏡でみなければ…」と実際に顕微鏡で見せてくださった。すべてが解説つきである。
感動である。なんと私は、ラッキーなんだ。
まだまだある。別の「研究室」にも案内してもらった。
そこに例の機器・装置はあった。「遺伝子を増幅する装置」=PCRマシンである。
私は、咄嗟に理解していなかった。講義のなかでも、ふれられていた。(それは昨日録音を聞きながらわかったのだ)
 よく理解していない私は、今から考えるととんでもない質問を発していた。
『それは、簡単に言うとどういうことなんですか?』
渡辺先生にとっては、驚きだっただろう。こんなことも知らないのか、と。
でも先生の対応はちがっていた。
『それはね。図に書くと簡単なんだ』とメモ用紙をとってきて図を書きながら説明してくださった。少しだけわかった気分になった。「どこかで聞いたようなことだ」というのが、頭に残った。
 昨日、先生の書いたくださったメモ用紙をゆっくり眺めながら、反芻作業をしていて気づいた。
そうだ。福岡伸一著『生物と無生物』にでてきたあれだ。
キャリー・マリスのひらめきからつくられた「分子生物学に革命をもたらした」装置。
そのときは、結びつかなかった。本を読んで「知っている」なんてその程度のものなんだ。咄嗟に結びつけて考えることできないのである。
▼それにしてもありがたいかぎりだ。そんな最先端の装置を、それも研究者自らの解説つきで見せてもらえるなんて感動である。まだある、近くにお住まいの研究者の方とも会わせていただいた。
感動と感謝の連続である。
 講義では、「発生学の基礎の基礎から「ES細胞」「iPS細胞」の今 まで」の生命科学最前線を教えてもらい、
さらには、その研究の現場まで、解説つきで見せてもらうなんて…。
 それも、これもあの一匹のコウガイビルとの偶然の出会いからはじまった。

あのコウガイビルが、私を生命科学最前線に連れてきてくれたのだ。!!

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コウガイビルとES細胞

Dscf9993▼昨日20日はついに、その日だった。朝から、ワクワクドキドキして落ち着かなかった。コウガイビルのいたあのナイロン袋を取りに理科室に行った。そのナイロン袋と一緒に、あのコウガイビル2号であるクロイロコウガイビルのいた袋も一緒にもっていくことにした。コウガイビルのいた緑色のナイロン袋には少し気をつかった。なにしろ、ここに今なお動く「生命体」がいるのだから、急激な環境変化を与えていけないと。
 それら布製の袋にいれて、県立大学光都キャンパスに向かった。
▼少し早めに着いたかと思ったが、講義室に入ると、この公開講座の熱心な聴講生たちは何名かはすでに、席に着いておられた。今回は、遠慮している場合ではなかった。失礼をして、いちばん前の中央に席をとった。
 講義内容の一言一句も聞き漏らしたくなかった。手帳、ICレコーダー、デジカメそして、あのナイロン袋を準備して講義がはじまるのを待った。何十年ぶりかに学生にもどった気分だった。(と言っても、こんな熱心な「学生」であった記憶はない。(^^ゞポリポリ)
▼いよいよ
県立大学理学部大学院生命理学研究科 渡辺 憲二教授の講義『幹細胞の生物学』がはじまった。
 先生自身の研究史のお話からはじめられて、生命科学の基礎から、今 話題の「ES細胞」「iPS細胞」にいたるまでお話は実に興味深いものだった。期待通りと言うより、それを上まわるものがあった。90分はあっと言うまであった。先生の研究に対しての誠実さや熱意がうんと伝わってきた。
「研究」ほんと面白いな。
 もっともっと勉強しておけばよかったなと思うことしきりだった。
可能な限りの「記録」はした。これから、何度も何度も反芻作業を繰り返して楽しみたいと思う。
▼講義が一段落したところで、質問の時間をとってくださった。
いよいよの機会だった。聞いてみた。「コウガイビルの再生と幹細胞」について
ひじょにていねいに応えてくださった。
先生のあつかってこられたプラナリアで説明してくださった。「全能細胞が体のいたるところに存在する」こと、
「再生」のメカニズム。とてもわかりやすかった。面白かった。
応えてくださる先生の対応ぶりに、研究者の誠実さをみた。他にも質問者がおられたので、ふたつ目の質問は、全てが終わったあとにすることにした。
▼いよいよ、そのことを質問した。
例の持参したナイロン袋をとりだして、それをお見せしながら、コウガイビル「261日」の「ふしぎ!?」をぶっつけてみた。先生はていねいに聞いてくださった。「えーえー、動いていたでしょう」「小さくなったでしょう」と相づちをうちながら、そして言われた。
 「それは、小さく再生したんです。」と。
何も餌を与えていないことについては、「自分を食べたと言っていいんですかね」と聞いたところ。
「そうです。自己消化をしたんです。そして、細胞の数を少なくして、体を脳をつくりなおしたんです」
「人間は、そんなことできないですよ」
なんということだ、前のコウガイビルの「仮説」のひとつが正しかった。
他のものを食べていたんではない。自分をたべていたんだ。
みどりの物質についても聞いてみた。
「「藻類」でしょうね。」と簡単応えられた、よくあることですとも言われた。それが餌になったことについては、否定された。
 そして、いよいよ聞いてみた。17日から、顕微鏡下に見ている「生命体」の正体について
「コウガイビルの子どもである可能性については、限りなく0に近い」と。
「何もいないように見えても、コウガイビルの腸のなかには、いっぱい生物はいたはず」
「からだにもついていただろうし、動いていたのなら、繊毛をもつ単細胞生物だろう」と。
ちょっとショックだった。でも、一方では「生物」の世界が豊かに見えてくるようで面白かった。
▼第三の質問は、講義室から出て行かれるところをつかまえて、ひつこく聞いてしまった。
コウガイビルに未練があった。今度は先生が編集・著作された『プラナリアの形態分化』をとりだしてであった。
この本に「コウガイビル」について書かれた先生と連絡がとれるか。ということを質問した。
 先生は、ほんと快く応答してくださった。「調べてみます。すぐわかると思います」と言ってくださった。

<つづく>
 ※実は、このあとさらに面白い展開となる。

 

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コウガイビル分裂か!?

▼またしても持病の「ばっかり病」の発症か。夏休みに入ってからも、「日食」「大賀ハス」「熊楠」「ヒガンバナ」…そしてここへ来て、「コウガイビル」である。発症しだすと、自覚症状はあるものの、面白すぎてやめられなくなってしまう。困ったものだ。昨日も時間を忘れて顕微鏡を覗き込んでしまっていた。粘菌を追っかけていた熊楠も、こんなだったのかなと思いながら…。
Dscf9858▼昨日も、同じように袋のなかの「緑のものがある」液を、スライドガラスに一滴に満たない量だけこすりつけて、やっぱり17日にみたのと明らかに様子が違う。
 あの動く「生命体」の数がちがう。あんなにウジャウジャではない。しばらく視野を移動させてやっとぐらいである。でも、そこにいることは確かである。それをみつけるとほっとする。
「やあ、生きていてくれたか」と。うれしくもなってくる。
▼視野を移動させているうちに妙なモノをみつける。これは、あいつが生きていたときの残骸だろうか。また、まったく別の生命体の残骸か。そうだとしたら、それはなにモノなんだ。
 ここで、シロウトの強みである。大胆に「仮説」とも、「妄想」ともわからぬことを考えてみたりする。
 これは、コウガイビルの幼生の分裂途中の残骸ではないか。
Dscf9883
よりそこに焦点をあて拡大してみると、明らかに裂けていった途中過程に見える。「思い込み」とは恐いものだ。
▼翻って考えてみよう。そもそもコウガイビルはどのようにして殖えるのだろう。
例の『プラナリアの形態分化』のコウガイビルの項には、

 有性生殖を行い分裂しない非分裂型と、分裂によって増殖し、有性生殖のための交接器官のみられない分裂型とである。在来種のほとんどが前者であるが、外来とみられる後者のなかには、両生殖法を行うものもある。(同書p260)

 要するにどっちもありなんだ。そもそもあの袋のなかに「261日間」生きていた、コウガイビルはどちらのタイプだったんだろう。
 こんなこといろいろ考えていく前に、大前提ある。
今も袋なかに生きる「生命体」が、コウガイビルの幼生、赤ちゃんであるという前提である。
▼今日、『プラナリアの形態分化』の編著者でもある渡辺憲二先生の『幹細胞の生物学』の講義を聴く機会がある。
ナイロン袋ごと持参して、聞いてみようと思う。
なにかがわかるかも知れない楽しみである。

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コウガイビル「261日間」の意味

Dscf9772▼昨日も、あいつ=コウガイビルのことが気になってしかたなかったので、仕事の合間に顕微鏡をのぞいてみた。
ひとつは、あのナイロンぶくろとは別に、数ヶ月前にあの緑の「藻類」らしきものを含む液を別にとっておいたので、その液を顕微鏡でみてみた。緑の物質は褐色がかっている。ここは「生命体」らしきものは見えない。もし、この段階でなにか「生命体」があったにしても、それは消えてしまったのかも知れない。そのとき、すぐ見ればよかったと悔やまれる。
▼その後である。一昨日の観察にもどった。あの「いきもの」は元気にしているだろうか。
同じ操作で、ナイロン袋の緑の液を顕微鏡でのぞいてみた。
 一昨日の観察から考えると、きっとウジャウジャとあいつがいるものと。
ところが、そうではなかった。居ることはいるが、数が少ない。視野を移動させてやっとみつける程度である。
動きも、一昨日に比べるときわめて緩慢である。そのかわり、大きなやつが「動き」を停めている。
これは、なんだろう。やつの死骸であろうか。
▼あれ!不思議だ。一昨日となにがちがうのだろう。一昨日は、あんなに元気にたくさんいたではないか。
なにがちがうのだ。そう考えてみたとき、とんでもない 大失敗!!
に気づいた。
 ナイロン袋に入れて飼い(?)だして、ナイロン袋のなかに入れたのは「水」それも「水道水」だけだ。
ただ、最期が近いかと予感したときから、何ヶ月も水は入れていない。下手に環境を変えないでおこうと思ったのだ。ところが、一昨日、あの「いきもの」を確認して、「このままにしておいては、乾燥してしまう」と、理科室の「水道水」をナイロン袋に入れてしまったのだ。
▼今から考えてみると、大失敗!!である。
あいつたちにとってはいらぬお節介だったのかも。環境の急激な変化だ。
水道水には、あいつらには「毒」が含まれていたのかも知れない。環境の急激な温度変化があったのかも知れない。後からいくら悔やんでもしかたない。今、できる観察をやろう。
▼動きが緩慢な一匹をじっと顕微鏡でながめてみる。半透明のからだの中央あたりの黒いかたまり、くびれ、咽頭つまり口のように見えるのは、思い込みがすぎるだろうか。
 コウガイビルは、口はからだの中心部に存在する。それは肛門にも相当する。出入り口はひとつだ。
 これが、口だとすると、こいつはやっぱりコウガイビルの赤ちゃん ?(゚_。)?(。_゚)?
▼昨年の11月14日の朝、グランドで生徒たちが「発見」して、このナイロン袋のなかに入れてから、今年の8月2日まで、「261日間」まちがいなく、このナイロン袋なかにあいつは「生きていた!!」
 では、その261日間、このナイロン袋のなかでなにが起こっていたのだろう。
・何を食べていたのだろう。
・いや、何も食べなかったのだろうか。
・「生殖」の営みはあったのか。
・みどりの物質・物体は、どこからナイロン袋のなかに入ったのか。
・この緑の物質は、「藻類」 それとも…
・今もいる「生命体」はコウガイビルの子どもか?
・子どもとすればクローンなのか。

「ふしぎ!?」は膨らむ一方だ。
授業にうまくつなぐことはできるだろうか。
謎解きの糸口は、あるだろうか。
 

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まだまだ続くコウガイビルの「ふしぎ!?」

▼2009年8月17日(月)。この日が、私にとっては、またしても「記録」すべき日となってしまった。私は、こう書きながら、少し遠慮してしまうというか。自分でも少し恥ずかしいというか。「勝手にドラマをつくってしまっている」のかも知れないと自分でも疑ってしまうぐらいだ。でも、これは紛れもない「事実」だから、書かざるを得ない。
▼ことは、こうだ。例のコウガイビルだ。8月2日、少なくとも肉眼で見ることのできる「生命体」としてのコウガイビルは消えた。私には、少し後悔がなかったわけではない。肉眼で見えるあいだに、なにかもっとできる謎解きがあったのではないか。ほんとに何もしなかった。見ていただけだ、ときおりその姿をデジカメに収めるだけだ。
 8月2日にナイロン袋ごと家に持ち帰った、そのままにしていた「大賀ハス」「熊楠」に夢中になっていたのだ。
Dscf9726▼そして、昨日、少し残念な思いをいだきながら、そのナイロン袋ごと学校へ持っていった。あのコウガイビルの「仮説」のいくらかでも、確かめておこうと。
 最初に考えたのは、このみどりの物体である。いずれなにか自分で栄養の生産できる「藻類」の仲間なんだろう。だとしたら、これを「食べた」ということが考えられる。だから、完全な絶食状態ではなかった。そんな「仮説」が成立する。2008年11月14日から2009年8月2日まで261日間のコウガイビルの「ふしぎ!?」の謎解きが少しはできるかも知れない。
Dscf9593▼ 昼過ぎであった。理科室に行って、ナイロン袋のなかのみどりの液の一滴(一滴に満たない、ほんのわずか)をガラス棒につけた。そして、スライドガラスにこすりつけるようにつけた。
 顕微鏡は、「細胞分裂」の予備実験で出したままだった。そして、スライドガラスにカバーをかけて、この顕微鏡でのぞいてみた。100倍である。なるほど球形をしたみどりのモノがいっぱいだ。
その次の瞬間だ!!視野に「動くもの」をみつけたのだ。
私は、驚いた、この液のなかに「動く生命体」がいる。水の流れなどではなかった。まちがいなくそれ自身が動くものだ。私は、驚きあせっていた。手元のデジカメを接眼レンズにくっつけた。
その姿をなんとしても、画像として「記録」したかった。これで驚くのはやかった。視野を移動させてみた。
 なんとこの「動く生命体」は一匹ではなかった。視野のなかに、10匹ちかくいるところもある。衝突しているものもいる。
▼これは、何モノなんだ。別のスライドガラスを用意して同じことをやってみた。同じだ、こいつたちはいた。
いや、単なる偶然と3枚目のスライドガラスも用意した。同じだ!!
 ここには、間違いなく「動く生命体」がいる。それも半端な数ではない。一滴に満たない液のなかに、これだけいるのである。ナイロン袋全体では、何千、何万のこの「いきもの」がいるのでは…。
▼私の「ふしぎ!?」は、どんどん膨らんでいく。いったい、こいつは何ものだ ?(゚_。)?(。_゚)?
謎の「水中の微生物」。これはいったいどこからやってきたのだ。コウガイビルと水しかいれなかったはず。
コウガイビルにくっついていたのだろうか。では、前々から、このなかに居た。コウガイビルはこいつを水と一緒に食べていた。
 いや、そうではない。これは体は細長い、コウガイビルと似ているとも見える。コウガイビルの赤ちゃん、親のコウガイビルは姿を消したが、そこら生まれた子どものコウガイビル。卵を生んだのだろうか。いつ…。
そう言えば、プラナリアが有性生殖をすることもあると、どこかに書いてあったあったように…
それにしても、これは数が多すぎはしないか。
Dscf9736 しばらく時間をおいて、興奮をさましたころ、スライドガラスの液も乾いたころ、もういちど顕微鏡をのぞいてみた。今度は400倍である。特徴ある姿があった。今度は、うごいていなかった。これはどういうことだ。
▼ 私は、コウガイビルの赤ちゃんがどんなものか知らない。それだけではない、私はあまりにも知らないことが多すぎる。水中の微生物についても知らない。
何も知らない私が、何度も何度も顕微鏡を覗きながら、自分に問うていた
「生命」とは!?

コウガイビルの「ふしぎ!?」はまだまだ続きそうである。    

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【Web更新8/16】09-33【ヒガンバナ情報2009】等

Dscf9463
誰知るや 梧桐の変化 ひっそりと
 09/08/14 (金)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】 09-33
週末定例更新のお知らせ
 過ぎし一週間を「記録」する。来る一週間を「展望」する。そんな二つの役割をする「週記」も、もう今年、第33回をむかえた。定型化することは、ある面で無理をすればストレスが加わるが、逆にそうすることによって、うんと楽なことがある。今は、まさにそれで定型化することによってよけいな思考を必要としなくなって楽である。そのことで面白く「なかみ」を楽しめる。過ぎし一週間は、これまでにないぐらいたくさんのページを更新した。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ アオギリ
 校庭が閑かな一週間であった。今年こそ、ぜひとも見とどけたいと思っていたアオギリの花の変化(へんげ)。
それは、人が通ること少なかった校門の脇で、人知れず進行していった。
 空まで、高く変化してきているように思えた。

◆【ヒガンバナ情報2009】
 Web発信をはじめてからずっとずっと続けてきたページ。少し遅くなったが、今年バージョンを設けた。さて、どんな情報でうまっていくのか楽しみである。

◆「コウガイビルを追う」更新
 すごく気になりながら、久しぶりの更新になってしまった。「消えてしまったコウガイビル」、授業が再開したら、どのように話せばいいのかな。少しは、こうなったんだろうと話が出きればいいのにな。
 今朝も、ナイロン袋のなかをみると、水が減ってきているように感じる。今週はプラナリアにくわしい先生に「幹細胞について」の講義を聴く機会がある。なにか、進展があるだろうか。楽しみである。

◆「理科の「自由研究」の研究」更新
 お盆をすぎて、「自由研究」の方も、仕上げにピッチがあがっていることだろう。私の方も、「試論」、今年の夏の段階での分、到達点をあきらにしておきたい。

◆「新・私の教材試論」更新 明日の私に向けた「中間報告」。その反芻作業にはいっている。そこから醸成されてくるものがあるだろうか。
与えられた時間に限りがある。ことらも、少しピッチあげよう。

◆【大賀ハス観察日記】更新
 こちらの方も、やりたいこといっぱいだ。花托の成長を観察つづけるいっぽう、「あの4日間」の記録も整理しておきたい。いくつかの「仮説」は、どれひとつとしてまだ「仮説」のままだ。このまま「ふしぎ!?」を置き去りにはできない。

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【ヒガンバナ情報】11年の歩み

Dscf9551▼昨日15日は、大賀ハス植え替えからちょうど20週が経った日だった。天気は朝方晴れてはいたが、何度かにわか雨もふったりした。風はいつのまにやら、涼しくなってしまっていた。例の大賀ハスの花托は大きくなってきている。長径は5.5㎝にまでなっている。葉茎はどんどんたくさんのびて、「観察鉢」は、大賀ハスのジャングルのようになっている。なかには、もう枯れてしまったものもある。大賀ハスの夏も過ぎようとしているのであろうか。
Dscf9556 夕方、この大賀ハスの花托を前にして、あの「あこがれの4日間」を中心として、私の「大賀ハス物語」をある人に夢中で話す、私がいた。
▼花の「ものがたり」と言えば、私には、もうひとつ「こだわり」の物語がある。
「ヒガンバナ」である。ヒガンバナにこだわりはじめてからもずいぶんと年月がたつ、いつのころからという定かな記憶がない。理科の教師をはじめてすぐのころからだろうか。そうすると、もう30年以上だ。
  田んぼの畦の赤い松明の行列を見ながら、いつかは「ヒガンバナ一生」をスライドにして授業をやろうと決意したのは、うんとうんと昔だった。
▼【理科の部屋】(93.11,23)がスタートしてからでも、毎年よく話題にしてきた。98年には自分でホームページなるものをはじめて、最初に画像も含めての情報交換したのは「ヒガンバナ」だった。
 そこからは、今も簡単にふりかえることができるので、各年の【ヒガンバナ情報】を見てみた。

◆1998年
 この年は、Web発信をはじめた年。【春~初夏】情報編と【秋】編の二つのページたちあげている。
春には、ヒガンバナの葉っぱ生い茂る様子の画像情報を交換している。はじめたばかりだったから面白かった。こんなことができるのかと。
 秋になると、白い彼岸花や、黄色い彼岸花のことを話題としている。そして、巾着田で、伝説の彼岸花オフとなるわけである。
◆1999年 この年、私は定点観測地をきめて「50日観察日誌」をあげている。半田、明日香での彼岸花オフも行われている。橋本さんは、故松江幸雄先生からいただいたプミラ(コヒガンバナ)を自宅で育てておられる。
◆2000年 各地のヒガンバナ情報とリンクが進んできている。私は、この年「ヒガンバナ写真展」でかけた。
◆2001年
 私の最初の情報交換相手である筒井さんが「明日香ヒガンバナ紀行」を書いておられる。小田さんからも「ヒガンバナ情報」が届いた。
◆2002年
 阪本さんからの衝撃の画像「結実か!?」が送られてきたのがこの年だった。
 一挙に種子のことが話題になりかけたのは、この年ぐらいからだろうか。コウノトリ市民研究所では、ヒガンバナ調査がはじまったのもこの年から。また全国から多様な「ヒガンバナ情報」が集まりはじめている。
◆2003年
 四国の蜂蜜さん、和歌山の阪本さんから、結実をめぐっての「ヒガンバナ情報」が次々とおくられてきた。
また、『ヒガンバナの博物誌』の著者であり、ヒガンバナ研究の第一人者、栗田子郎先生との交流がはじまった年でもあった。
◆2004年
 種子・結実の情報がつづく。阪本さんも蜂蜜さんも、実験観察をグレードアップしていかれた。
 キツネノカミソリ、ナツズイセンも含めて話題となってきた。
 栗田先生の「今日のリコリス・ガーデン」のページもたちあがった。すごかった。!!
◆2005年
 この年のヒガンバナ情報は1月から12月まで、一年間通してずっと続いている。種子が話題になることが多くなってくるなか、ついに私も「種子」をみつけている。
 なかでも感動したのは、この年本多先生から送られてきた「種子発芽!!」の画像であった。
 下関の寺田先生の「一年間観察してみよう」のページもとても興味深いものだった。
◆2006年
 蜂蜜さんの「ヒガンバナの記憶」の画像は斬新でした。岡山の谷本先生のライブカメラでの観察というのが興味ぶかかった。そして、私は、この年から【定点観測日誌】をこのblogでやってみた。
◆2007年 この年、ついにヒガンバナをめぐって時空を超えて学び合う会【日本ヒガンバナ学会】がmixiに発足(2007.9.23) これまでヒガンバナ情報で交流のあった方々が参加してくださった。
◆2008年
 【日本ビカンバナ学会】、このblog、【理科の部屋】4@folomy等で情報交換がつづいた。
ヒガンバナの味方についてくれた南方熊楠のところにもでかけていった。
 blogでの展開を、このページに貼り付けた。

▼こうしてざっとふりかえってみても、どれほど多くの人との出会いがあっただろうと、しばし感慨にふける。
「ヒガンバナ」を通しての多くの人との出会いは、ヒューマンネットワークのすばらしさと楽しさを教えてくれた。ずいぶんと失礼なこともいっぱいやっている。せっかくいただいた情報をそのままにしていることもいっぱいある。
 それは、私の拙さ故とお許しいただきたい。
 さあ、それはさておき、また今年も、あのヒガンバナの花茎がスルスルとのびて、実りの田の畦に「燃え立つ松明行列」をつくる日が近い。今年は、どんな展開があるだろう。どんな「発見」があるだろうと…
◆ヒガンバナ情報2009
 もたちあげてみた。楽しみである。
 
  
 
 

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新・私の教材試論(23)

Dscf9503▼青空と白い雲、なんと美しいものだ!!昨日、つくづくそう思った。これが、空なんだと思った。そしたら、もう校庭をトンボがとびはじめていた。トンボたちと一緒にしばし、「雲見」を楽しんだ。
季節は間違いなく移ろいゆく。空もまちがいなく移ろいゆく。この世に移ろいゆかないものなどないのかも知れない。
▼試論(1)~試論(22)をプリントアウトしてみた。まず、量に圧倒された、えっこんなにたくさん書いたのか!!
なかみも読み始めた。さらに驚いた。「こんなこと書いたかな?(゚_。)?(。_゚)?」
やっぱりそうだ。もう「他人」になっている!!
 同じようなことを繰り返し、繰り返し書いている部分もある。単なるおもいつきのメモもある。
書いたときにやっていた【授業】も、どんどん変わっている。でも同じことに「こだわり」も示している。
 黄色のマーカーで、チェックしてみた。チェックしたものをプロットしてみる。

◆新・私の教材試論(1)~(22)より
(1) 授業づくりの中心になる「教材」。授業そのものの成否を決定づける「教材」。
(2) 教師の世界観・自然観の現れでもある「教材」
(3) Webが教えてくれた。<小さな試み>も つなげば世界大になると。   
(4) 3K(感動・簡単・きれい)1A(安全)の法則
(5) 3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則
(6) 「センス・オブ・ワンダー」と「センス・オブ・エデュケーション」が交叉するところに「教材」がある。
(7) 大いなるヒントが古今東西の科学史・技術史のなかに埋もれているのではないか。
(8) そも、そもどんなプロセスを経て、科学的な認識が形成されていくのだろう。
(9) この教材史。教材開発史に、大いに学ぶべきものがあるのではないか。
(10) 「教材」あるのではない。「仕上げるんだ」とは すごい!!
(11) 教材入手情報をWebで…
(12) 教材はホームセンターにある。
(13) 教材は「横」=「水平方向」に流れるもの
(14) 私が、ここで語ろうとしている「教材」とは、自分が授業するときにぜひとも必要とする「教材」「教材素材」。
    ようするに「わがまま」なんだ。
(15) 「ロングテール」の時代だ。小さな「わがまま」がつながる可能性がある時代なんだ。
(16) 教材は授業のなかで生まれ、授業によって進化する。例「究極のマグデブルク半球」「簡単熱気球」
(17) すぐれた教材は、生産と労働の現場にある。
(18) 生産と労働の現場の「窓口」が、ホームセンターなのである。ホームセンターは、教材の宝庫だ。
(19) ホンモノ教材は、突然、偶然!!現れる。 「コウガイビル」
(20) 「ばっかり」徹底すると、そこからいろなものへの「つながり」も見えてくる。
(21) 理科教育史は「教材」の歴史そのものである。
(22) 「教材」の起源を今一度ふりかえる「作業」は重要な意味をもつのである。
(23) 教材にも不易と流行がある。
(24) 「ガラクタ」であるかどうかは誰が決めるのか。それは現場である。
(25) 『情報は発信するところに集まる』は、今なお生きている鉄則!!
(26) 「日本の理科教育史」が面白い!!
(27) 「理科」の面白いところは、モノがあるということである。かたちあるモノとして残っているのである。
(28) 教材ひとつひとつに歴史がある。それは理科教師の思い入れの歴史でもある。
(29) すぐれた「おもちゃ」は、すぐれた「教材」への可能性を孕んでいる。
(30) すぐれた「教材」の開発のためには、おもちゃの世界に学ぶべきだ。

▼以上30をピックアップしてみた。「思いつき」「気づき」「誤った思い込み」等々のオンパレードである。
これは、現在進行形の「試論」であるから、それでいい。
いや、「それでいい」ではなくて、「それでしかない!!」のだ。それ以上でも、それ以下でもない。
この後、どう続けるのか。続くのか。私にも見えていない。
とりあえず、もうしばらく反芻作業を繰り返してみよう。

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新・私の教材試論(22)

▼お盆で、気持ちにゆとりがあるときに、「仕事」の整理をしている。
例のあの方式でだ。「空間の整理」→「情報の整理」→「思考の整理」とやる方式である。ひとつの仕事が浮かび上がってきた。それは、この「新・教材試論」の中間報告である。
 誰に報告するのか。明日の自分にである。
 そう、「明日の自分」は他人だ。
「時間たてば他人とおなじ」「記憶せずに記録する」は、『知的生産の技術』のなかで梅棹忠夫さんが言った言葉だ。実にみごとな指摘である。
▼この試論を私は、ずいぶん長いあいだ書いてきたように思っていたが、最初試論(1)を書いたのは、昨年の10月18日である。だから一年も経過していないのである。やっぱり「記憶」なんていい加減なものだ(^^ゞポリポリ
 「整理」が必要なほど、たくさんの情報を発信しているわけではないはず。それも「記憶」から行くと。
▼私は、この展開をけっこう気に入っている。一時は「私の授業論」「私の教材論」を書きたいと思った時期もあった。しかし、なかなか書けなかった。なぜか、その時間が確保できなかったこともあるが、もっと肝心のことがある。それは、授業をやっていなかったからだ。
 ところが、昨年度から理科の授業を再開した。
 「教材論」が切実な問題となった。明日の授業をつくるための「教材論」、いやそんなたいそうなものでなくていい、「教材」を見る視点のようなもの、即使える「法則」のようなもの。
そんなところから、これをはじめた。
▼はじめてみると、これまでの「教材開発史」や、先達の「教材論」にも出会えたり、「発見」したりして、とても面白い。
これは、あくまで「試論」「覚え書き」である。
 これからも、「授業」やる限りは続けてみようと思っている。(それも期間限定になってきたが)それを今の時期に「中間報告」をするのは、これまでに自分が発信してきたことを元にして、これからの「教材」を考えてみる「きっかけ」にしてみようということである。
いつも、ゆっくりな私の反芻作業である。
今日は、試論(1)からこの試論(22)までをプリントアウトしてならべてみることにする。

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消えた!?コウガイビル

Dscf5520_2▼これまでは、忙しくなってくると、自分で
「忙しさで心を亡ぼすことなかれ!!」と呪文のように唱えていた。そして、自己調整を図ってきた。
熊楠は言う、独立した「心」なんてあり得ない。あるのは「物」と交じり合ったところにある「事」だけ。
そうだ。「事」を思考しよう。そして「事」を記録しておかねば…。
▼ずっと、ずっと追いかけてきたコウガイビル。
「事」はこの8月2日(日)に起こった。そうだ、あの大賀ハスの開花一日目の日だ。
コウガイビルが、私の視界から消えたのだ。
そう言うことは、何回かあった。しかし、よくよく見ているとやっぱりそこに「生きていた」ということがあった。
また、そうだろうか思っていた。
 でも、どうも違うようだった。
Dscf5731▼8月2日の朝には、這った跡形のある先に、確かに数㎜の「生命」体がいた。これが最期の最後だろうと何度もデジカメを向けた。
 そして、その最期は、ダーウインも書き残しいるように「瞬く間」であった。
 その「瞬間」を私は、この眼で確かめたかった。
そのため、発見以来ずっといた場所から、ナイロン袋ごと家に持ち帰ったのだ。
 そしたら、そいつはナイロン袋から消えていた。水に溶けてしまったのだろうかと必死でさがしたが見あたらない。液のなかもふくめて、ナイロン袋のなかを虱潰しに捜したが見あたらない。
やっとのこと「遺骸」らしきものを発見した。
それは、数㎜の物だ。「生命」体を感じない。しかし、これまで「ふしぎ!?」のかたまりであったコウガイビルだ。
そいつが再生するなんていうことがあるかも知れない。仮眠をしているなんていうことも…。
▼それから10日が過ぎたが、「変化」はない。
数㎜の物体が動き出す気配もない。
では、「コウガイビルを追う」はやめてしまうのか。
そうは行かない。だってコウガイビルの「ふしぎ!?」は残ったままだから…。
 

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新・「自由研究」のすすめ試論(18)

Dscf9367▼夏休みも後半に入って、加速度的に日々が過ぎている。なんでだろう。地球の回転が加速するわけがないのに、そう感じてしまう。一日、一日は、とてもいろんなことがあって、「記憶」に値する日々なんだが、やっぱりこの感覚は消えない。こんなときは、「記憶」よりも「記録」だ。
 「記録」を残しておいて、日々をつなぎたい。その営みのひとつが私にとってはこのblogだ。
▼昨日の朝、例の大賀ハスの観察地に行ってびっくりした。わずか10日前は、開花に夢中だった花は、あの「あこがれの4日」をすぎて、主役も花托に入れかわり、どんどん成長している。すごい存在感だ。8個の実はどのように成長するのだろう。花托は、自らの重みに耐えきれずに、首を傾けているのだろうか。
観察はつづく。
▼大賀ハスにあわせて、ここのところの、私の「自由研究」の進捗状況をふりかえって見ると、けっこう計画どおり
に行っているといいだろう。夏休みのはじめの計画を越える成果もあった。
ここまでをふりかえりながら、新・「自由研究」のすすめ試論の方もすすめる。
▼試論では、池内了先生の提案する「等身大の科学」「新しい博物学」のところまで来ていた。
ここ10日ほどのあいだに、大賀ハスの開花、「熊楠」再訪があった。
「熊楠」に少しはまっている。
 「熊楠」と「研究」について、なかなか面白い文章をみつけた。
それは、鶴見和子著『南方熊楠~地球志向の比較学~』(講談社学術文庫)にあった。

 わたしは、南方の粘菌研究の特徴として、第一にそれがおもしろくてたまらないからやる、という遊びの精神から発したことを述べた。第二に、粘菌が植物と動物との境界領域であることに注目したことを論じた。第三に、粘菌は生命の原初形態であることに着目したと記した。そして第四に、粘菌はそれが発生し生活しつつある環境(コンテクスト)の中でなければなないという南方の原則をのべた。(鶴見和子著『南方熊楠』P79)

 いや、みごとである。これを読んだだけでも科学者「南方熊楠」を鶴見和子が深く、的確に読み解いたかがわかるというものだ。
 「自由研究」との関連で言うなら、この特に第一、第四の特徴に注目したい。
▼熊楠は、粘菌「研究」にアイデンティティを見出していたのである。記念館で、彼の愛用の顕微鏡のひとつを見た。使い込まれた様子がそこから読みとれた。顕微鏡を覗いているとき、粘菌と会話しているとき、それが最高に
楽しいときであったのだろう。それは、柳田國男宛書簡のなかにもある。
 そうだ!!
 「研究」は面白くなくてはいけない。楽しいことなんだ!!

▼蛇足的、我田引水流にいうなら、熊楠にとっては、粘菌は、等身大の「ふしぎ!?」であり、そこに「科学」をみつけていたのだ。100年も前に。
 夏休みが半分以上過ぎた。
 生徒たちの「自由研究」はどこまですすんだだろう。
 15の夏の「ふしぎ!?」はどうなっているだろう。そろそろそれが気になりだした。

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『ヒガンバナの博物誌』がWebで

▼たいへんな雨量である。被災された方々にお見舞い申し上げる。
あらためて、私たちはどこに生きているのか、を考えさせられる。
この水はどこからやってきたのだろうか。
先日、自分の住んでいるところの観測史上の「記録的」な68㎜/h雨というのを経験した。
数値だけでは、わかりにくいものがある。経験したことと比較してみるとよくわかる。
あらためて、「自然」の脅威を感じてしまう。
Dscf9358▼今年は、梅雨明けが遅かった。雨が多かった。
通勤路にみかけていたナツズイセンは、はやくも枯れてしまった。ひょっとしたら、今年は例年にくらべてヒガンバナの開花ははやいのではないだろうか。
 そんなことが気になったので、定点観測地の草むらになっているのをかきわけてのぞいてみた。
まだ、まったく気配はない。例年であれば、夏休みの終わりか、2学期のはじめであるから、なんぼなんでもはやすぎるのだろう。でも、気づいた今からは少し注意深く観察を続けておきたい。
▼「ヒガンバナ」と言えば、「日本ヒガンバナ学会」の方もご無沙汰してしまっている。
こちらは、三年目である。今年は、どんな展開があるか楽しみである。
そこで、うれしい情報があった。
あの名著『ヒガンバナの博物誌』(栗田子郎著 研成社)がWebで見ることができるということだ。
Web版だからよりビジュアルに、
図・写真資料などはより説得力をもってきている。これまでにも一部は公開されていたが、今回、そのつづきの部分も含めて、ヒガンバナ研究の第一人者である著者自らの手で公開してくださっている。ありがたい限りである。
■ ヒガンバナの民俗・文化誌 
Folkculture of Lycoris radiata
栗田子郎 『ヒガンバナの博物誌』 研成社 の 抜粋 + 追補
■『ヒガンバナ属と呼ばれる植物』
にも追加がありました。

▼さらには、「今日のリコリスガーデン2009」では、栗田先生の「リコリスガーデン」で次々と開花していくリコリス属の様子をリアルタイムに見せてもらうことができます。
■「今日のリコリスガーデン2009」

ありがたいかぎりです。深謝。
 今年の「ヒガンバナ研究」はどんな展開があるのだろう。楽しみだ。

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【Web更新8/9】09-32「大賀ハス」「熊楠」等

Dscf8142
百日紅 碧い空にぞ 咲き満たん
 09/08/04 (火)撮影@安富

■楠田純一の【理科の部屋】09-32定例更新のお知らせ。
 「大賀ハス開花」「熊楠」再訪、「現代宇宙像」。なんと充実した一週間であったことか。これほどのことがいっぺんにやってくるなんて。もう、私の頭なかは完全にキャパシティの限界を越えているのかも知れない。
 そんなときは、「記録」だけは残しておいて、次へいこう。それが、いつもゆっくりな私が、唯一身につけた術だ。

◆表紙画像集2009更新 校庭の樹木シリーズ 百日紅
 いつのまにか、梅雨があけなのかと思っていたら、「立秋」まですぎてしまっていた。
百日紅の樹が前庭に一本だけある。こいつは、背高のっぽでいつも青空をさしている。お似合いは、やっぱり青空にだ。名前の通り、長く長く青いキャンバスを彩ってくれる。こいつが散る頃は、空気も もう肌寒くなくなっているかも知れない。

■【大賀ハス観察日記】更新
 「あこがれの4日間」を過ぎた、大賀ハスも「主役」が入れ替わり、花托は成長していっている。
4日間に撮った写真の「記録」は何千枚かある。開花時の「仮説」も検証のすべもなく、そのままである。
しかし、どこかで「つながる」こともあろう。そっと寝かせておこう。まだ、まだ私の「大賀ハス物語」はつづくのである。

■『「理科の自由研究」の研究』 更新
 「熊楠」再訪で学んだことはここへ入れた。私の中では、これは「自由研究」「研究」と深くつながっている。
今、続けている新・「自由研究」のすすめ試論も、究極は「新・学問のすすめ試論」だと思っている。ならば、「熊楠」がここに登場してもなんら違和感なく、私の文脈のなかではつながるのである。
今、熱く学問を語る人の言葉は、ワクワクした気分にさせてもらえる。ありがたい。

▼昨日(9日)、黒田武彦先生の講演『宇宙の中の人間~ガリレオから現代までの宇宙観~』を聴かしてもらった。また、ひとつ私に宿題がふえた。それも期限がある宿題だ、私にできるかな。(^_^;)

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時空を超えて「熊楠」(3)

Dscf9307▼昨日で大賀ハスが植え替えから19週目であった。この18週目から19週目へほどドラスティクな展開はなかったであろう。それは、あの「あこがれの4日間」があったからだ。
それを経て、花托は佇立している。少し頭を傾けるようにして。この後、はたして蓮の実にまでなるのであろうか。そこに意識が集中しているあいだにも、多くの葉がどんどん伸びてきている。
 それはなんだろ。来年の「四日間」に向けての貯蓄をはじめているのだろうか。地下の姿がみてみたい。
 四日間の観察の整理には、まだまだ時間がかかりそうだ。膨大な量の「記録」である。
観察から考えた「仮説」も、まだまだ「ふしぎ!?」のままだ、この後の観察、情報入手で少しずつ謎解き継続していこうと思う。
▼「熊楠」再訪の余韻は、まだまだ継続している。アタリマエだ。
もういちど、いちばんのねらいであった「南方マンダラ」の「萃点」とはにもどって考えてみる。
  土宜法竜宛書簡のなかから、興味あるところを引用してみる。(引用箇所については鶴見和子『南方熊楠・萃点の思想』(藤原書店)を参考にした。少し気になるところは引用を増やした。)

 ここに一言す。不思議ということあり。事不思議あり。物不思議あり。心不思議あり。理不思議あり。予は、今日の科学は物不思議をばあらかた片づけ、その順序だけざっと立てならべ得たることと思う。(人は理由とか原理とかいう。しかし実際は原理にあらず。不思議を解剖して現象団とせしまでなり。このこと、前書にいえり。故に省く。)心不思議は、心理学というものあれど、これは脳とか感覚器官とかをはなれず。したがって、心ばかりの不思議の学というものは今はなし、またはいまだなし。
……
これらの諸不思議は、不思議と称するものの、大いに大日如来の大不思議と異にして、法則だに立たんには、必ず人智にて知りうるものと思考す。さて妙なことは、この世間宇宙は、天は理なりといえるごとく(理はすじみち)、図のごとく(図は平面にしか画きえず。実は長、幅の外に、厚さもある立体のものと見よ)、前後左右上下、いずれの方よりも事理が透徹して、この宇宙を成す。その数無尽なり。故にどこ一つとりても、それを敷衍追求するときは、いかなることをもなしうるようになっておる。
 その捗りに難易あるは、図中の(イ)のごときは、諸事理の萃点ゆえ、それをとると、いろいろの理を見出だすに易くしてはやい。……
 すなわち図中の、あるいは遠く近き一切の理が、心、物、事、理の不思議のにして、その理を(動かすことはならぬが)道筋を追従しえたるたけが、理由(実は現像の総概括)となりおるなり。
 さて、すべて画にあらわし外に何があるか、それこそ、大日、本体の大不思議なり。
(『南方熊楠 土宜法竜 往復書簡』八坂書房、P307~309)

なんだというだろう。私の力量で読みとれるわけがない。
手に入れた例の「クリスタル文鎮」を見つめながら何度か読みかえしてはみるが、なかなかむずかしい。
ならば、私の文脈のなかで、読もう。そしたら何かが見えてくるかも知れない。それしかない。
そしたら「5つの「仮説」のひとつが浮かんできた。

●【仮説 その3】
 「南方マンダラ」は、これからの理科(科学)教育の羅針盤である。

ずいぶん手前勝手な、我田引水の「仮説」だ。しかし、今回の再訪で少しだけこの仮説に確信がでてきた。
ならば、「萃点」とは…。
▼もうひとつの成果がある。
それは、さらなる「仮説」が生まれた。
それは、橋本さんや久原先生の話を聴かせてもらいながらである。
私は、まだくわしくは「熊楠」のことをよく知らない。今のところ、鶴見和子の「案内」がいちばんビタッとくる。
その鶴見和子は「鶴見曼陀羅」を画いたという。
久原先生の話は、「久原曼陀羅」だった。ひょっとしたら「熊楠」は教えてくれているのかも知れない。

●「誰もが、自分の曼陀羅を持っている」「○○曼陀羅を持とうとしている、創ろうとしている」と。

 この気づき、仮説が、今回の再訪の最高の成果かも知れない。

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時空を超えて「熊楠」(2)

▼昨日は、目覚めても、あの「南方熊楠邸」で吸い込んだ空気の余韻が、体内に残っていた。
「あの空気」はなんだろう。どうも、表現しがたいものがある。
顕彰館の方から、あちらの庭に向かう。もう、それだけで時空を超えて、流れてくるものがある。
一年前にこの庭先で同行の先生たちと写真を撮ったシーンがよみがえってくる。
まずは、庭に回ったところに展示してある「新聞の切り抜き」から見せてもらうことにした。
 昨年度、もう少しみたかったものだ。ここに熊楠の情報処理技術を見る。
ひとつの仮説「熊楠は、これからの人である」は、すでに立証されている。
▼ちょうどテレビ局が取材をしているところだったので、「新聞切り抜き」を見ながら、時空を超える準備運動をやっていた。そしたら、やがてこの邸を守っておられる橋本邦子さんが話しかけてくださった。
この人の話は、すごい。それは、昨年聞かせていただいたときに感動した。
どんな小さな拙い問いかけに対しても絶対に「それは(・_・)......ン?」とおっしゃらないのだ。
こちらが質問したことに対して、それを膨らませ、質問者を時空を超えて「熊楠」の世界につれていってくださる。
さっそく、私は、拙い「仮説」の一部をこの名案内人にぶつけてみることにした。
やっぱり、そうだった。質問以上のことを応答してくださった。私は、唸った「すごい!!」
同時に少し聴いている自分が「まだまだ…」と思えて、少し恥ずかしかった。
まだまだ、これからもいっぱい学ばせていただこう。
▼二日目も、やっぱり「熊楠」だった。特に「南方マンダラ」これに焦点をあてたかった。
私は、熊楠の研究をしようというのではない。
自分のとっての「南方マンダラ」とは…
「萃点」とはなになのか。それを知りたいだけだ。道楽と言ってしまうのには、もう少し切実なものがあった。
Dscf9177▼紀伊田辺から、すさみ、串本を経由して、那智に向かった。
風景もけっこう気になった。
海、空、雲
それらが毎日見ているものとちょっとちがっていた。
とりわけ、空と雲が新鮮であった。
 こんな風景を「日常」とする人間と頭の上にある「空」と「雲」しか見たことない人間と、同じ「自然」を語ったとしても違いがあって当然ではないか。妙なことに納得していた。
車中での阪本さんとの話も面白かった。
なんとぜいたくな旅だ。深謝。<(_ _)>
Dscf9292▼那智についた、滝を見た後は、いよいよ本論だ。
那智につくまでの距離、これはひとつの追体験だった。
紀伊田辺と那智では、これだけ離れているのである、時間がかかるのである。
これをアタリマエとしないで、この「距離」を頭に入れておこう。
いよいよ、「大阪屋跡」に立っていた。「大阪屋」の子孫にあたられるという久原脩司先生にお会いした。
ここにもすごい、「熊楠の世界」の語り部がおられた。
▼簡単にまとめたりする能力は、私にはない。
教えられ、示唆されることばかりだった。
次々と語られることに、「なるほど」と納得することばかりだ。
十分に、「熊楠」再訪の目的は達成できた。
ひょっとしたら、ちょっとだけ「熊楠」の姿を見たのかも知れない。
久原先生から出た「縁」ということばに、深い意味を味わっていた。
そして 私は、「電縁」へと勝手にイメージをつないでいっていた。
この度の時空を超えての「熊楠」再訪に<縁>あった人々に深く深く感謝する。

 

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時空を超えて「熊楠」(1)

▼昨日は、大賀ハス開花から、「熊楠」再訪へ切り替えの日だった。
blogを書き終えて、さあ紀伊田辺へと思っているとき、今回お世話になる阪本さんから電話が入った。
内容は、「散った大賀ハスの花びらの保存と測定についてであった」
なんとリアルタイムな応答だ。出発前からうれしくなってしまった。
▼行きの列車のなかで、少し頭の中を整理してみた。「熊楠」再訪の意味を…。
「熊楠についての5つの『仮説』」についても確認してみた。
そして、11時06分 紀伊田辺についた。
阪本さんの案内で、まずは、もう一度「南方熊楠記念館」の方にも行ってみた。
具体的なものについてはこちらの方が豊富にあるのかも知れない。
顕微鏡も、あの硯も、粘菌の観察も…。
館長さんと少しお話をさせてもらうことができた。そして、翌日の「那智行き」を話すと、とてもいい人を紹介してくださった。ありがたい。
Dscf8978▼そして、「南方熊楠顕彰館」へ。
今回の顕彰館では、具体的に手に入れたいものがあった。去年からずっときになっていたものだ。
「南方マンダラ」クリスタル文鎮だ。
もう実は残念ながらそれは完売していた。たったひとつだけ残っていたものを無理を言ってわけていただいた。
これで、私の再訪のひとつの目標は達成できたことになる。\(^O^)/

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大賀ハス「開花四日目」の観察

Dscf8252▼昨日は、大賀ハス開花四日目、最期の日だった。最期まで見届けたい、そんな一心で観察をはじめた。
やっぱり大賀ハスは早起きだ。3時40分には、すでに三枚ばかりが開きはじめていた。
5時、薄明かりのなかで確認した。花びら一枚はすでに散っていた。
5時50分すでにずいぶんと開きはじめている。
Dscf83666時 13枚の花びらは残っている。がくはかなりしおれている。
6時10分 花托は少し大きく見えるようになっている。前日はまったく見えなかったのに。開きはじめる順番は右巻きでほぼ間違いなさそうだ。
6時15分 小さなハチが来ている。花托に近づこうとしている。ここになにかが…。
Dscf8627▼6時45分 ①番花びら、昨日までシェルターになっていた花びらが大きくうごいた。まるで、動物の動きのように
、そしてこれからの主役である「花托」が顔をだした。全貌が見えてきた。久しぶりだ!!
その瞬間は、風が強くふいた。
風→ゆれ→振動→エネルギー (・_・)......ン? 
わけのわからぬ連想をしてみたりする。それぐらい瞬間のことであった。
その後も風強し。
Dscf8709▼観察のタイムリミットがせまっていた。可能な限り、デジカメのシャッターをおしまくった。
最期の姿を「記録」したかった。
7時40分 最後の最期のチャンスとばかりいろんかたちで写真を撮っていた。
最後の黒バックも…。そのときである。
私はとんでもことをやってしまったのだ。
黒い画用紙が、花びらの一枚に接触してしまったのだ。
その瞬間だ!!雪崩のごとく、花びらとおしべがバサッと落ちてしまったのだ。
なんという最後の最後になって、こんな大失敗をするとは…。
大失敗、大事故 でも大実験かも。
落ちた花びらは8枚、残った花びら5枚。
それでも、写真を撮りまくった。そして、それを残して仕事に出かけた。
Dscf8773▼帰宅したのは、17時30分をすぎていた。
そこには、花托だけが立っていた。もう花びらはなかった。おしべがいくつか残るのみだった。
留守の者が言うには、「10時ごろにはすべてが散っていた」と。
まだ未練があった。
Dscf8853落ちてちらばった花びらとがくを拾い集めて地面にならべてみた。
そして、この4日間の観察をしばらくふりかえってみた。
こうして「あこがれの四日間」の観察は終わった。
▼「記録」したものを元にしての反芻作業には、しばらく時間がかかりそうである。
でも、これは今言える。
「観察」は面白かった!!
自然は「ふしぎ!?」いっぱいだ!!
わかっていること、知っていることなんて、ほんのわずかなこと。
だから 面白いんだ 楽しいんだ。
▼さあ、今度は「熊楠」再訪だ。
「熊楠」はちょっとでも、姿を見せてくれるかな。
門前払いかな、それでもいい。
そしたら また違うことを教えてくれていることになる。
それでは、紀伊田辺に向けて出発!

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大賀ハス「開花三日目」の観察

Dscf7226▼昨日(8月4日)は、大賀ハス開花の三日目であった。二日目の「記録」と三日目の「観察」でバタバタとしていた。しかし、できるだけリアルタイムに、ここに書き残しておきたかった。
このblogのサブタイトルに「よりリアルタイムな等身大情報発信」と書いている。それを具現化したかったのだ。
Dscf7323▼三日目の観察も、二日目と同じ変則的なかたちでの報告になってしまいそうなので、先に結論から書いておく。
「記録」した画像・メモからの反芻作業は、後ほどということにする。
【観察の結果と考察】
(1) 開花するときは、右巻きに順番どおりである。一部順番のつけ間違えかと思うところがあるが…。
  ⑭から②まで ①はついに最後まで開かなかった。
  閉じるときは左巻き、開くときは右巻き
  それは、ゼンマイと同じように螺旋形にエネルギーが蓄積され放出する。?(゚_。)?(。_゚)?
Dscf7494(2) ①が開かないことにより、花托はフタをされたままである。だから、花としての役割は終えている。
  強引な仮説?結論 「3日目は花びらは開くだけで花ではない。」
(3) ハチたちは、二日目に比べきわめて訪問数がすくない。来ても滞在時間が短い。
  これは、(2)を裏付けることになるのでは…
Dscf7740(4) 閉じたままの花びら①は、ピッタリと花托を覆っているドーム
   シェルターでは 何かを守っている保護している。 乾燥 次なる受粉 ?(゚_。)?(。_゚)?
(5) やはり花托は発熱しているのでは…
(6) 花びらは、丸くなって縮む。
(7) 色は白っぽく褪せていく。
(8) 思っていたよりずっと早起きである。
(9) 最後まで、一枚も花びらは散ることがなかった。予想以上に元通り閉じた。
   18時の段階で、⑭はおちかけ、⑬⑫は開いたまま ⑪はゆるく開いたまま
Dscf7782▼書いておくべきことアトランダムではあるがあげたので、後は気が楽である。時間のある範囲で、書き綴っておく。
観察メモしながらも、明日からの「熊楠」再訪のことがずっと気になっていた。
予定していた、準備もまったくやっていない。こんなことでは、せっかく再訪しても「熊楠」は姿を見せてくれるだろうかと。
 しかし、観察を続けているうちに、勝手な理屈をつけた。
「熊楠」だったら、これを許してくれるかも知れない。
いや、寧ろこの方が、歓迎してくれるかも知れない。「粘菌」にこだわった熊楠だ。観察がなんたるかを知り尽くした人だ。「こだわり」の達人でもあるのだから。
▼三日目の画像・メモ書きの整理・吟味・反芻作業も、もっともっと時間がかかりそうだ。
すでに最終日・四日目の観察がはじまっている。
今日も、「記録」だけは、可能なかぎりやっておこう。
さあ…。

 

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大賀ハス「開花二日目」の観察

Dscf5999▼私には、どうしようもない持病がひとつある。「ばっかり」病だ。
ここのところ病症を自覚して、すこしは治りかけていたかに思っていたのだが…。
2009年8月3日。これが発症した。
発症の原因は「大賀ハス」だ。大賀ハスが開花2日目になっていた。
四日間しか咲かない。それが、私の症状を顕著なものにしてしまった。
「熊楠」も、「コウガイビル」も、「自由研究」も、
ソノハナシハ\(^^\) (/^^)/コッチニオイトイテ となってしまったのだ。
Dscf6206▼観察をはじめたのは、朝の6時頃からであった。
実際は、それまでに暗がりのなか、その場へ出ていき、デジカメのシャッターを切っているが、まあ正式な開始はそんなものである。そいつは、どんどん花をひらきはじめていた。
シロウトの無手勝流「観察」しかできない私が準備したものは、
○デジカメ(特別に前日に2GBの2枚買い込んでいた。)
○メジャー
○非接触温度計
○黒い画用紙(阪本さんのアドバイスによる)
○メモ用紙(システム手帳薄型 これは途中から、それまではデジカメ画像をメモがわりにしようと思っていた。しかし、画像は「記録」できても、思ったこと、気づいたことは、計測した数値は「記録」できないことに気づいたから(^_^;))
▼どんどん開いていって、完全に花たくも完全に見えるようになる。前もって、阪本さんから教えてもらっていた計測方法で花の大きさが、最大になったのは7時25分ごろである。
大きさは、19㎝である。この大きさは、私の観察する限りでは3時間はもった。
その間に次々とドラマは起こった。
Dscf6316▼7時55分、突然と大きなハチ(クマバチかな、不確か。)がやってきた。
アタリマエのことかもしれないが、私はいたく感動した。そうなんだ、花はなんのために…。花粉が誰が運ぶのかそんなことちょっと考えれば、そうなんだが。やっぱりそんだ!!という感動だ。
ハチは、何本もあるおしべにもぐり込み、ひとしきりゴソゴソやっている。
アタリマエにすませずに、カンガエテミルト「ふしぎ?」にする。
あれ、どこかで聞いたぞ。そう、あれだ。
「自由研究」「等身大の科学」の「アカソナキ」5段階方式だ。
▼この花から、どんな情報が発信されているのだろう。色だろうか、匂いだろうか。
ソウイエバ、昨年府中図書館で見た大賀一郎先生の大賀ハスをかぐ写真を思い出す。
ちょっと真似てみるが、私にはそんな香りはしない。センサーが鈍感なのかな。
Dscf6469▼大きいハチが2匹、小さいハチは観察した範囲では5~6匹は出入りしただろう。
役割は果たしたのだろうか。
もし、受粉したのだろうか。ナントナク、花托の上が活発なものを感じる。ここで、とっておきの道具をとりだす。
非接触温度計だ。どうだろう。花托の上と葉にあてて比べてみる。
○花托 …34.3℃ 33.6℃
○葉   …31.6℃
何度かやってみるが、花托の上の方が温度が高いようだ。
思い込みと、願いが入っているのだろうか。
その後も何度かやってみるが、結果は同じく、2℃ぐらいの差があるように思われる。
では、そこで何がおこっているのだろう。やっぱり「ふしぎ!?」だ。
Dscf6730▼9時30分頃からしぼみはじめたような気がする。やっぱり具体的な数値化しておこうと思って、おの「大きさ」を決定した19㎝のところを含めて、三箇所で長さを測ってみた。
A いちばんひろがった花びらの先どうしの長さ 最高 19㎝のところ
B いちばん最後にひらいたところと、花托の端までの距離 2.0㎝ぐらいからはじめた。
C 比較的測りやすい花びらの先端同士の距離  10㎝ぐらいからはじめた。
十分おきぐらいに測って、写真を撮っていたいたがやがて疲れてきた。
しぼんでいるというのは、その数値では、まだはっきりしなかった。
10時50分頃ごろ、A,B,Cの数値にも変化がでた。
A 18.0㎝
B 1.5㎝
C 9.0㎝
11時10分ごろから、目に見えてしぼみだした。
▼しぼむのを見ていて、これまでのイメージとは違って、「一挙に」と言ってもすべての花びらが、一緒に閉じて行くのではないように見えた。
 ここでナントナクの「仮説」をたてて見た。
内側から順番に渦巻き状に閉じていくのでは…。
そこで、閉じていく順番を予想して決めた。
最後まで、完全に開かなかったのは①番号をふった。
①から⑭まであるように私には、見えた。
次は、これ、その次はこれと予想しながら閉じていくのを待った。
▼「閉じていくのは、左巻き」予想どおり見えた。⑨、⑩、⑪が閉じたのはほぼ同時ぐらい、でも予想の順番通りだ。13時だ、もう私も動かねばならぬ。
私の勝ってに立てた「仮説」は正しいのか。
18時ごろ帰宅したら、⑭も含めてすっかり閉じていた。
この「仮説」は正しいのか。「三日目の観察」を待つことにした。
▼まだ書いておかねばと思うこと、多々ある。
変則ついでにと思うが、無理はやめておく。
「写真」の方も、とりつかれたように撮った。なんとしても「この美しさ」「この瞬間」を記録したかったのだ。いつのまにやら、1000枚はゆうに越えていた。一日にこんなたくさんの写真をとったのははじめてである。「記録」したものの反芻作業にはもう少し時間がかかりそうである。

「第三日目」につづく

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【Web更新8/2】09-31大賀ハスが咲いた。

Dscf5062
 青空や 挿したアベリア 似合いたり
  09/07/30 (木)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】 09-31 週末定例更新のお知らせ
 
 今回は、少し迷った。これを月曜日に書くのを常としてきたが、ぜひとも書きたいことが昨日あったからだ。
それは、ひとつではなかった。
 こんなことが重なっておこるなんて…、やっぱり世の中「ふしぎ!?」いっぱいだ。
・「記録的な豪雨」
・「大賀ハス開花 \(^O^)/」
・「コウガイビル消失 ?(゚_。)?(。_゚)?」
である。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ アベリア
 いったいいつになったら梅雨明けになるんだろう。大気が不安定な動きをつづける間は、「上がるとザアザア」はつづくのだろう。そんなときは、青空が恋しくなってくる。
 空は、やっぱり青空がベースなんだろう。そんな青空に挿したアベリアの薄紅がとっても似合っていた。青空に挿したかんざしのようでもあった。
 アベリアほんとうにながく、校庭をかざっていてくれる。梅雨空、真夏の空、そして秋空をも飾ってくれる。

Dscf5344◆【大賀ハス観察日記】更新 観察をつづける大賀ハスが、ついに開花である。
 8/2が第一目だ。
思い起こせば、いろんなことのあった道程であった。
いろんなヒトとモノのとの出会いのある道程である。面白いものだ。
大賀一郎先生も、1951年に検見川に、2000年の眠りについていたハスの実を発見し、翌年1952年の夏に、その一粒を開花させおられる。そのときの「感動」の追体験をさせてもらっているような気分である。
やっぱり、美しい。
Dscf5454 なんとも言えぬうつくしさがある。多くの愛好家がいるのがうなずける。
 いつも無手勝流の私は、デジカメのシャッターを押すことしかできない。
2日目の今日も、いっぱい撮ってみます。

◆「「理科の自由研究」の研究」更新
 試論を中心に更新しました。今週は、「熊楠」再訪もありますので、また違った角度から、「自由研究」を考えてみたいと思っています。

「コウガイビル」については後日更新したいと思っています。
では、大賀ハス 観察に…。

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大賀ハスもうすぐ「開花」か

Dscf5222▼昨夜もたいへん雷雨であった。今なお溝を流れる水の音がゴオーゴオーとすざましい音だ。カエルくんたちの鳴き声もトーンがあがっている。
 昨日は、大賀ハスの方は、植え替えから18週目であった。ほぼ4ヶ月が経過していた。
「日食」の前日に気づいた蕾は、10日ばかりの間にどんどん膨らんでいった。
Dscf5239▼ 最初は、これでほんとうに開花するのかな。まだ半信半疑であったが、ここのところの成長を見ていると、開花に確信が持てるようになってきた。
可能な限りの「記録」残しておきたいと、デジカメで写真をとりまくった。
花茎は蕾の首までで60㎝だ。
蕾自体の大きさはいちばん長いところで8㎝近くある。
扁平だった蕾も、ふっくらとしてきた。長径で5~6㎝ぐらいになっている。
凛として佇立する花茎は、その「大賀ハス池」の中心である。周りの葉たちもなにか、遠慮して
そのスペースをあけているようにもみえる。
 葉の丈に比べて、花茎の方が高くなった。
Dscf5263▼そんな様子を見ていると、スタンバイOK!のようだ。さあ、いよいよ夢に見た「あこがれの4日間」がやってくる。ハスの本など読んでいると、そう書いてある。「4日間だけ」咲くと。
なんで「四日」だけなんだろう。「ふしぎ!?」だ。
「四日」にどんな意味があるのだろう。
 咲くとき「ポッン」と音がするという話がある。すでに大賀先生によってそれは間違いであると確かめられたようだが、あの蕾の膨らみを見ていたら、そんな気がするというのも無理からぬと納得がいく。
さあ、その四日間はいつ…。
▼午後に、リニュアルオープンした姫路科学館に久しぶりに行ってきた。夏休み中で、科学を楽しむ親子連れの姿でにぎわっていた。やっぱり科学は面白いのだ。
 プラネタリウムに入って「木星観測の400年」を楽しませてもらった。これまた、とっても面白かった。

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「熊楠」再訪に向けて

Dscf5190▼8月だ。朝起きたら、すごい雷だった。正確には、雷に起こされたというのが正しいのかも知れない。
2009年8月のはじまりだ!!
手帳を開いて、この8月を俯瞰してみる。いくつかの予定が入っている。「夏休み」期間中ならではのものもある。
あげてみると、こんな感じだ。

◆8/6~8/7 「熊楠」再訪
◆8/9 黒田武彦 講演『宇宙の中の人間~ガリレオから現代までの宇宙観~』
◆8/20 渡辺憲二 講義『幹細胞の生物学~その基礎と応用』
◆8/25~ 授業【細胞と生殖】再開
これ以外にも日程の決まらない「予定」がある。
けっこう忙しい日々になりそうである。
▼そして、はずすことのできない2つの「観察」がある。
●大賀ハスの開花とその後
●コウガイビルの末期
ふたつとも、どんな展開になるのかわからない。「記録」だけは残しておきたいものだと思っている。
▼さて、最初にやって来るのが、「熊楠」再訪である。
月が変わって、少し本気で、「熊楠」再訪に向けて動き出したと思う。
昨年は、このうえない同行者・案内者と一緒に「熊楠」を訪ねた。
あまりにすばらしかったので、ぜひ「もう一度…」と思った次第である。帰ってからもしばらくは、「熊楠」のことが気になってしかたなかった。
○柳田國男と南方熊楠
○ヒガンバナと南方熊楠
○粘菌と南方熊楠
いくつかの回路をたどりながら、「熊楠」に会いたいと思うようになった。
そして昨年訪ねた。
帰ってから、しばらくたって こんなことを書いた。

◆「熊楠」についての5つの仮説

今回の再訪の目的は、この「仮説」の検証である。
さあ、少しずつその準備をはじめる。

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