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新・「自由研究」のすすめ試論(9)

Dscf3758▼小暑であり、七夕の昨日は朝から蒸し暑かった。月も今年最小の「満月」であるという日だった。
朝、いつものように例のコウガイビルのナイロン袋に目をやった。ちょっとあせった。
(゚o゚)ゲッ!!あの「の」の字の姿が見あたらない。ついに「そのとき」をむかえたのだろうか、と。
ナイロン袋のなかを端から端までよく確かめるが、姿がない。クロイロコウガイビルのときのように、液のなかであろうか。たまっている水の中を見た。
居た!!そこに「あった」!! 半透明の小さな「物体」が。
あっやっぱりついにと思ったが、しばらくすると伸びてきたように見えた。どんどん伸びる、動いている。
まだ「生きている」のだ!!よくぞ生きていてくれた。これが最期の姿かとデジカメを向けた。
夕方にみるとまた「の」の字の姿がみられた。
▼授業では、緊急に「義務教育最後の自由研究」を呼びかけた。毎年配っているプリントにプラスして、今回新たに作った「テーマ選び」のためのプリントを配って説明をした。
 一方的な説明というか、呼びかけだった。
 ともかく強調したのは、等身大の「ふしぎ!?」の謎解きに挑戦である。
それを「等身大の科学」と呼ぼう。
 それこそが、理科の醍醐味である。学ぶことの面白さ・楽しさの「発見」はそこにある。
「完全」である必要はまったくないことも強調した。
さて、どんなテーマ候補があがってくるだろうか楽しみである。
▼ここでキーワードとしている言葉。
「等身大の科学」 この言葉は自分はいつのころからつかっているのだろうか。昨年度のこの「試論」の結論としても使っている。とても気に入っているフレーズである。
このフレーズで検索をかけてみた。あれ、私のblogもひっかかる。
一冊の本の存在を知った。
■『寺田寅彦と現代―等身大の科学をもとめて 』 (池内 了 著 みすず書房 2005.1.21)
である。寺田寅彦については以前から興味もあったし、「等身大の科学」の言葉も気になってさっそく手に入れた。
▼自分で思っていること、ずっと考えてきたこと。しかし、自分では力量不足でなかなか言葉にならない、文章にならない。そんなことをきっちりと書いてくれている文章に出会うと膝を叩きうなずき、バンザイをしたくなる。\(^O^)/
 とてもうれしく、幸せな気分になる。やっぱり同じように考えてきた人がいるんだ。
その文章は同書「第4章 科学・科学者・科学教育」にあった。
 これが私には、今いちばんの「自由研究のすすめ」に読める。                      <つづく>

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