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コウガイビルの「仮説」

▼今日で6月も終わりである。2009年も前半が終了である、くどく言えば地球は、太陽の周りを半周したことになる。そう考えると、流れてしまった時間に感慨ぶかいものがある。
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 この間ずっとつき合ってきたやつがいる。近くにいながら、同じように生命の営みを繰り返してきた生物=コウガイビルだ。昨年の11月14日が出会いの日だから、半年を越え、7ヶ月半である。
▼それは、驚異的な長さである。その間、まったく何も食べていないのだから、ますます驚異である。その長さの記録を文献、Webで調べてみるが、まだそんな記録に出会っていない。
そして、今日いよいよ授業に登場させる。ひとつのクラスでは、簡単にふれたが、本格的には今日からである。
【細胞と生殖】の最初に、こいつの「生命」にふれようというのである。
▼昨日は、その少し準備をした。といってもたいしたことできない。できない自分が少し悔しい。
この七ヶ月半のあいだに私のやったことは、ときどき「水を入れ替えた」ことと、ひたすらデジカメを向けたというだけだ。このままあの「クロイロコウガイビル」が消えたように消えてしまうのを待つのはくやしい。
そこで、妄想とも思えるような「仮説」をいくつかたててみた。思考することは可能だ。
持ち合わせの「知識」をフルに使って…。
【動物の世界】では、「食べる」こそ、動物の「ふしぎ!?」を解く第一方程式であった。だから、この方程式はここでも成り立つことが前提に考えてみる。

【仮説 その一】 コウガイビルはナイロン袋のなかに発生した緑色のなにかを食べていた。
 ナイロン袋のなかに、緑色のなにかがある。意図して入れたわけではないが、発生している。無から有は生じるわけはない。そのプロセスが見えないだけで、どこからかやってきたのだ。水道水のなかにあったのだろうか。
それとも、コウガイビルのなかに宿していた「生命」なんだろうか。ここでもいくつかの「仮説」が必要となってくる。
Dscf3557 しかし、それは置いておくとして、間違いなく「緑色のなにか」が存在する。これは事実である。
短命であった「クロイロコウガイビル」のときには、印象にない。(後で、画像で調べてみることにする)
「緑色のなにか」であれば、光合成という偉大なる作業で「栄養」をつくりだすことができる。その「栄養」をありがたくいただけばよい。ともかく、この「緑のなにか」を顕微鏡でのぞいてみた。私の知識では、これがなにものであるのかわからない。藻類だろうか。藍藻類というのもあったな。?(゚_。)?(。_゚)?
ともかくこれが葉緑体をもっていることは確かなようだ。
 飢餓状態にあるコウガイビルが、草食とか肉食を越えてこの「栄養」を食べて生命の営みを続けた。というのが第一の仮説である。

【仮説 その二】 コウガイビルは自らを食べ続けた。
 コウガイビルの口は身体の中心部に位置するらしい。この口は肛門でもある。排泄するのもここらしい。
だとしたら、自らのからだを「排せつ」するとき一端 消化管という<外部>へ出すが、それを消化管にあるあいだだに<内部>に取り入れいれる。ここでは、あくまで消化管は、<外部>である。
 これは、これまでの学習に反することはことはない。それらもかぎりがある。<内部>にある物質にかぎりがあるのだから、だんだん体は小さくなっていく、当然のことである。あの「の」の字になって「眠ったふり」をしているときこそ、この営みを盛んにやっているときかも。

【仮説 その三】 ちぎれた自らの体を再び食べている。
Dscf3548ナイロン袋にいれたそのときから、すごく気になるものがある。当初はフンであろうと思っていたが、それを確かめる術もない。それは、体の一部がはがれたもののようにも見える。
 ここからがシロウトのシロウトとたる所以というところである。仮説の仮説だ。
 こいつ体はすごい機能をもっている。「再生」という機能だ。陸棲「プラナリア」なのである。驚異の「再生」力をもつらしい。絶食期はなおさらしい。
生物の究極の目標は「個体維持」と「種族維持」にあると教えられてきた。ここで、 この驚異の「再生」力を「個体維持」に傾けたら、自らからだをちぎって「餌」をつくったと考えたらどうだろう。
 体全体に幹細胞が分布する。その働きを、ときには、「種族維持」にも使うが「個体維持」にも使う。
 「再生」のメカニズムもよく知らないシロウトの仮説である。
 しかし、なにか肉片のようなものがいくつも袋の中にできているのは事実である。

▼時間がきたのでこれぐらいにしておこう。こんなの生徒たちに話したら笑うかな。
この自然界には、わかっていることばかりではない。むしろわからないことの方が多いんだ。
その「ふしぎ!?」が面白いんだ。その誘い水ぐらいにはなるかも知れない。今日、話してみよう。

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【Web更新6/28】09-26【細胞と生殖】等

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 晴天や 白く輝き 夾竹桃
 09/06/25 (木)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】 週末定例更新のお知らせ
 いつか、このWeb更新を、毎日のblogが「日記」に対して「週記」であると記したことがある。「なるほど」と自分でも思う瞬間がある。「手帳」でこの一週間のメモをみなながらこれを今書いている。先週のはじめはまだ「ふしぎ!?」の謎解きの中心は「エネルギー」にあった。それが週末には「生命」にシフトしていた。
 いくら外見はシフトしても変わらぬテーマがある。それが最近やっと見えてきた。
それは、「等身大の科学」である。実はずっとずっと追い続けてきたテーマだったんだ。
「常民の科学」ともリンクしつつ・・・。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ キョウチクトウ
 晴天や 白く輝き 夾竹桃
 09/06/25 (木)撮影@安富
「そんなの俳句になってないよ」と言われたらそれまでだけど続ける。(^^ゞポリポリ
この間、旧い友人に「趣味は…」と聞かれて、やっぽど「俳句」って言おうと思ったが、さすが(^^ゞポリポリ
でも、俳句もどき詠みだして、ほんと「こんな面白い世界があるなんて…」と思っている。若いころからやっていたらよかったとも思う。しかし、今だからそう思うのであって、なかなか勧められても…。
 毎週のことながら、唯一の定例テレビ番組『NHK俳句』を見ていたら、「浮沈子」が出てきた。我が意を得たり!!とうれしかった。私のなかには、「科学」も「俳句」も境目なんてないんだ。
 ちょっと気ままに書きすぎだ。ほんとうであれば、今週登場するのは「あじさい」だと思う。しかし、それをやっていたら、あの夾竹桃の「白」の感動が褪せてしまいそうだから…。
 それにしても、よくぞここまでというぐらいの夾竹桃の「白」の輝きが校庭で目立つ、空梅雨の青空のもと今校庭でもっとよく「夏」を演出している。生徒たちは気づいているかな。

◆【運動とエネルギー】更新 授業【運動とエネルギー】は終わってしまったが、「エネルギー」のほんとうの学びは、これからだ!
 「おもちゃの世界」と教材のテーマも続けたい。

◆【細胞と生殖】更新
 いよいよ「生命」に入った。まだ、まだ一時間一時間の構想がかたまっていない。
 まずは「定番」からと思っている。どんな展開になっていくやら、私自身も楽しみである。
この一週間が…o(^o^)o ワクワク

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等身大の「ふしぎ!?」を科学する

Dscf3439▼新生・私の「大賀ハス池」は、13週を過ぎた。もう、そこは水面のジャングルだ。水面でも、水そのものが顔をだしているところはない。2年目の大賀ハスの葉が、我こそはと精一杯拡げる。重なりをみごとに避けているようにも見えるが、必ずしもそうではない。ここでは先発、後発関係ない。少しでも多くの光をキャッチした方が勝ちである。大賀ハスいっぱいの「すき間」をアオミドロがこれまた「すき間」を最大限に活用して、自分たちの世界をつくりだしている。雨がふると、すっきりと水面から姿を消す。あの「泡」をうまく利用した生活のようにも見えるが、詳しくはわからない。
▼【授業】【細胞と生殖】の授業を構想することをはじめている。
第一ステップである。教科書をなぞることからはじめた。移行期で入ってきた分を含めるとけっこうな内容である。
思っていた分量よりも多い。
 かつてはやっていた内容とはいいながら、そっくりそのままではない。
DNAを含めるわけだから、私にとってこれは「はじめての授業」であるとも言える。
授業構想にも少しずつ熱が入ってくるというものである。
▼それにしても、この単元ほど、教える内容が大きく変化してきている単元はないだろう。
それは、今日の生命科学の発展と大きく関係しているように思う。
私が、教師になって生物の授業をやるようになってからでも、大きく変化してきている。
▼具体的に授業を構想するなかで、この授業の「ねらい」を考えている。
ひとつは、「生命とは!?」に答えることだ。
非常に漠然としている話かもしれない。しかし、どうしてもこれをやりたい。
今、中学3年生の生徒に発問してみたいのだ。正解を要求しようというのではない。そんなこと私にはできない、私だって、正解を準備できているわけではないのだから。
だからと言って、ここで禅問答をやろうというのではない。
▼私は、教科書をなぞるという作業と同時並行して、一冊の新書本を読み始めた。
『iPS細胞 世紀の発見が医療を変える』(八代嘉美著 平凡社新書 2008.7.15)
である。これは先日本屋で立ち読みしていて、つぎのような「まえがき」に惹かれて、このときに読もうと準備していた。

 私は現在、大学院博士課程という「研究者見習い」の立場でありながら、再生医療の基礎となる研究に携わっており、日々躍動する研究の現場に立ち会う喜びを感じている。その一方で、一般の人たちが「研究者たちが何を見据え、どこへ行こうとしているのか」ということを、報道などを通じた断片でしか知ることができない現状を残念に思っていた。(同書P16)

 また、再生医療という分野を切り口に、生命科学という分野の面白さを知ってもらいたいのだ。たとえば「生命とはどこからくるのか」という問いは、今も昔も常にわれわれのうちにある。ロマンと言ってもいいだろう。たとえば肝臓の細胞をつくろうとすることは、肝臓がどこから来るのかを探るということでもある。つまり再生医療の現在を知るということは、生命の本質というロマンを知ることにもつながっている。(同書P17)

 この本を読み始めて、驚いてしまった。
教科書をなぞる作業とみごとにシンクロするのである。
「そう、そうこれをやりたいんだよな!」と膝をたたくのである。(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン
▼読み進めるあいだに、やっぱり出てきた。「プラナリア」の登場(同書 P87)である。
「プラナリア」は私にとっては「陸棲プラナリア」=「コウガイビル」なんである。
ここで、コウガイビルの「ふしぎ!?」につながるのである。
これ!これ!
これがやりたいのである。
等身大の「ふしぎ!?」を科学する。
▼生徒たちも15年間生きてきて、「生命」に関する等身大の「ふしぎ!?」を必ずもっているはずである。それと「生命科学の最前線」とつなげる。それは、今回の授業の手法でもあり、ねらいでもある。
上記の著者:八代嘉美さんのやろうとしたことと重なるのかも知れない。浅学無知で門外漢な私などが「重なる」なんて言うと失礼になるかも知れないな。
でも、やっぱり繰り返そう。
 等身大の「ふしぎ!?」を生命科学の最前線につなごう!
少しずつ、少しずつゆっくりとはじめよう。

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【授業】【細胞と生殖】を俯瞰する(3)

Dscf3375▼昨日の朝の校庭散策は方向を変えた。ケヤキの階段をのぼって、ヤマゴボウと出会って右へ北へ向かったのだ。そこは「あじさい公園」の入口だ。ここを私は、勝手に校庭の一部と思っている。
 あじさいが旬だ。みごとである、土壌のPH体現植物、みごとな色合いを出している。古来より親しまれてきたというのもわかるというものだ。「あじさい」もさることながら、私にはここが「モリアオガエル」観察池のある場所としても意味ある。
 あのモリアオガエルの卵塊はどうなっただろう。もうオタマジャクシは池に落下したであろうか。残っている泡の中にオタマはいないだろうか。
Dscf3399 今年も観察池には、昨年以上にあじさいの葉に卵塊をつけている。空梅雨でも、乾燥を防ぐシェルターである泡のおかげですくすく育ったようである。池にはオタマの姿があった。
 それにしても、なんという工夫であろう。陸上にあがった動物たちの最大の敵「乾燥」をこんなかたちで防ぐとは…。すばらしい!ここにはセンスオブワンダーがある。
 明日は、ここをも会場にして「あじさい祭り」が開催される。
▼午後は、梶田叡一先生の講演を久しぶりに聴いた。〈我の世界〉を生きる力のフレーズがこころに残った。そして、「教材研究」という教師としてのアタリマエの言葉が、妙に新鮮に響いた。
▼私の「教材研究」を進めよう。
授業【細胞と生殖】の教材研究だ。
(1)新学習指導要領を読む
(2)教科書をなぞる
(3)これまでの実践を検索する(自分自身の実践を含めて)
(4)参考文献をならべてみる
(5)一時間ごとのシナリオをかいてみる
(6)教材・教具を準備する
等々、順番は前後しながらも、これをすすめる。何度も何度も繰り返してきた営みだ。
繰り返してきたからといって、必ずしもうまくいくとはかぎらない。
授業とは、そんな単純なものではない、だからこそ面白いのかも知れないが…

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【授業】【細胞と生殖】を俯瞰する(続)

Dscf3346▼昨日は朝から青空がきれいだった。昼間の気温は、なんと30℃を越えている。これではまるで夏ではないか。空梅雨なんだろうか。
久しぶりの「雲見」は、いろんなことに思いめぐらす機会を与えてくれる。
「雲見」の元祖、賢治の蛙くん達の「雲見」の一節を思い出したりする、これから季節のことだろうと。
▼授業の方は、【運動とエネルギー】を終えて、次なる単元に向かうところである。すでに、【細胞と生殖】を俯瞰することは一ヶ月まえにもやっている。それは、ちょうど新型インフルエンザで一週間の休業に入ったときだった。
その後、「仕事」「エネルギー」とやってきて、いよいよだ。
▼「ねらい」もきめている。
それら諸々を集約して【細胞と生殖】実践DBのサブタイトルは
Cell
とした。このテーマは永遠ともいえる。
そのときどき、レベルを変えてやってくる。人類永遠の「ふしぎ!?」なのかも知れない。
拙い授業で、その解答を与えることができるなんて思っていない。
自分の身近な「ふしぎ!?」が、この人類の永遠のテーマにつながっていることを伝えたい。
そして、それは今の今も進行形であることを知ってほしい。
▼昨夜、「かぐや」からの詳細な月の映像がテレビで流れていた。こんな映像を家に居ながらにして目にするのが「今」なのである。「新型インフルエンザ」「ウイルス」「iP細胞」「脳死」「DNA」「遺伝子組み換え食品」等々が、ごくごくアタリマエの「日常」になっているのが、21世紀の「今」なのである。
そこで
Cell_2
なのである。
▼この同じ謎解きを65年前にやった物理学者がいる。あのシュレーディンガーである。
■『生命とは何か 物理的にみた生細胞』(シュレーディンガー著 岡小天・鎮目恭夫訳 岩波文庫)
をこの単元を私自身が学ぶテキストとしたいと思っている。

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【授業】「エネルギー」これから

Dscf3315▼昨日、久しぶりにあのコウガイビルの元気な姿を見た。「眠ったふり」ばかりの姿しか、このごろは見ていなかったので、ひょっとしたらこのまま消えてしまうのかと不安だったが、そうではなかった。
 ちゅんと生きている、「コウガイ」部分を活発に動かしながら、みごとに移動する。それにしても不思議だ。この運動をひきおこすエネルギー源はどこにあるのだ。すくなくともこの7ヶ月半は絶食状態にある。では、このエネルギーはどこからやってきているのだ。まだまだ続くコウガイビルの「ふしぎ!?」だ。
Dscf3345▼昨日の給食はカレーだった。それにゆで卵がついていた、それを見たら、逆立ちゴマの「ふしぎ!?」を思いだしてしまった。逆立ちゴマは、安定した回転をはじめると、運動エネルギーを位置エネルギーにかえて逆立ちをする。「回転運動をする物体は、重心を上げて立つ」これがコマの本質だという。
 ならば、ゆで卵も回転させれば…。どこかで聞いた話だ。やってみた。私は、ヘタクソだ、なかなかそうはならない。でも、誰だって いつだってできなれれば「科学」ではない。
 職員室で他の先生にやってもらった。まだ半信半疑だ。
何回が試みるあいだに、立った。シャキンとまっすぐに…\(^O^)/
 それを見ていた他の先生で、一発で立たせた先生もいた。やっぱり「科学だ」。
丸まった方ととがった方どちらを下にして立つか。結果は聞いた話とちがうような気がするが、「重心を高い位置にして…」が科学だから、目の前で起こったことを信じよう。
▼コウガイビルの「ふしぎ!?」と逆立ちゴマの「ふしぎ!?」が、ここへ来て「エネルギー」でつながる。
授業は、終わってしまったが、「エネルギー」つないでいく作業は、実はこれからなのかもしれない。
19世紀、20世紀と我々はこの「エネルギー」という概念つくりだし、「生活」を変えていった。
そして、今 21世紀、あらためて問われている「これからのエネルギー」とは 
▼大げさな言い方はやめよう。でも、やっぱり腑におちないところがある。
それは「熱」「熱エネルギー」。これをどうあつかうかだ。
ここのところ、どうしても もうちょっとていねいにやる必要はないのか。
力学的エネルギーから、一挙にエネルギー諸々にいってしまっていいのか。そこには大きな飛躍がないだろうか。授業は終わったがもう少し考え続けよう。
 そのことが、次の単元につながっていくはず、そう信じて…。

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【授業】エネルギーいろいろ

▼世の中には、まだまだいっぱい「ふしぎ!?」や面白いことがある。自らのレセプターが鈍ってしまっていて見逃していること、聞き逃していることがいっぱいだ。
 いっちゃんからの情報で「山電姫路駅のオブジェ」にふれての
◆http://www.conductorless.org/memo/me1
の情報があった。私は、トンチンカンな応答しか返していなかった。ところが、「スペース ワープ」を組み立てて、それを見せてた大人は「これ」言うのだった。
『ああ、いつか山電の姫路駅、山陽百貨店のところに…』と。
やっぽどこのインパクトが強かったのだろう。そう言えば、私にもかすかな記憶が…
▼これが置いてあるところも面白い、けっこう関係しているところもある。例の「ピタゴラスイッチ」の情報ともあいまってこれは面白い発展があるかも知れない。
 この夏 流行の自由研究テーマ工作編のヒントがこんなところにあるかも(^^)V
▼【授業】に話をもどす。
完成した「スペース ワープ」を持ち込むことで、すでに終えている「力学的エネルギー保存の法則」も終わりである。私自身が味わった「感動」を感染させたかった。
 しかし、生徒たちは、その上を行っていた。
「おお…」「すごいな」とは一応 言ってはくれたがそれだけでは終わらなかった。
自分でもふれたがるのである。手を出さずに鑑賞して「感動」なんて、ありえないのだ。
考えてみればアタリマエだ。
コース選択をコントロールしようとする。
つかさず、「まゆだまコロコロ」の鉄球をもってきて、鉄球の数をふやして挑戦しようとする。コースのレールのあいだをあけて、下のコースに直接落下させ(まさにワープさせ)ゴールさせようと落下させようとする。
「既製」では満足しない。静観からは「感動」は生まれないのである。
自分でもレベルアップしたものに挑戦したいと言う。
私は、そんな生徒たちの様子に「へー、そんなものなんだ」と感心してしまうばかり。
▼「エネルギー」の授業は次へ行き、教科書にそってエネルギーいろいろをあげ、「エネルギー変換」「エネルギー保存の法則」でまとめ終わりとした。
取り上げたエネルギーは
・熱エネルギー
・電気エネルギー
・光エネルギー
・化学エネルギー
・音エネルギー
・弾性エネルギー
である。
 それぞれのエネルギーについて、これまでに学習してきたことの「小ネタ」のオンパレードである。「小ネタ」もやりかたしだいで、面白教材のいくつかのストックはある。だからふくらますことも可能と言えば可能だ。
▼「21世紀を生きる君たちには、この「エネルギー」こそが、最大の課題だ」
「エネルギーのこと、これからもいっぱい考えていこう」とも言った。
それは、そうだとずっと思っているし、これからもそうであると思う。
でも、私にはすっきりしないものがある。
それは、こんな大切な「エネルギー」概念に関すること、これだけにしていいのか。
ということだ。
・エネルギー概念形成のためのカリキュラムの準備
・今のままでは、「エネルギー」が誕生して以降の200年がとんでしまっている。
・「21世紀のエネルギー」を考えるベースになるコース・教材は(・_・)......ン?
授業は終わっても宿題は多い。

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偉大なり!位置エネルギー

Dscf3262▼昨日の朝は、すごい雷雨であった。すごい稲妻が、そして破壊的な音。恐怖心が先立つなかであったがやっぱりそのなかを登校する生徒もいる。私は、定例の校庭の散歩に出かけた。雨は、坂道を滝のように流れ落ちて、グランドの大海に拡がっていく、溝は大きなダムになっている。アタリマエだが、水は高いところから低いところに向かう。少し小雨なった空を見あげたら、大気中の水蒸気は、上昇して雲が次々と発生している。エレベーター型雨がつくられているのだ。なんと自然界は「位置エネルギー」と「運動エネルギー」に満ちているのだろう。
▼そんなふうに見てしまうのは、あれがあったからだろう。
それにしてもあれ「スペース ワープ」は、感動ものだった。
あんなに感動したのは久しぶりであった。手をたたき、「ヤッター\(^O^)/」とひとり叫んでいた。
それは、父の日の午後だった。
前夜に組み立ては完成していた「スペースワープ」であるが、今ひとつループ部分の回転がうまくいかなかったのだ。もういちどマニュアルを最初から見なおしてみた。
 そして、気づいた、これは「高さ」ではないかと。
最後の「運動エネルギー」量を確保できないのは、最初の「位置エネルギー」が確保できていないからではないのか。これぞ、力学的エネルギー保存の法則だ。
Dscf3273▼さっそく試みた。少しアームを高くし、最初の「位置エネルギー」を大きくしてみたのだ。
成功だ!!成功率100%!!
偉大なり!位置エネルギーだ。
 ひょっとしたら、はじめて「力学的エネルギー保存の法則」に納得した瞬間かも知れない。
さっそく前夜一緒に悪戦苦闘した妻に報告した。
▼ちょうど父の日ということもあり、外に出ている息子が夕方帰ってきた。
あまりにうれしかったもので、苦労話を含めて見せた。
そしたら息子が言い出した。
「ピタゴラスイッチ」見たことある?あれも面白いな。あれだけのDVDまで出ているぐらいブームになっとるや…』
『(・_・)......ン?』どこかで聞いたことがある。そうだ「スペース ワープ」を教えてくれたいっちゃんが言っていた番組だ。
ネットでも、見ることできるのではというので、さっそく検索してみて「動画」を見てみた。
「ピタゴラスイッチ動画まとめ」なるものを繰り返し見てみた。
これは、面白いですね。知らなかったのは私だけ…。(^^ゞポリポリ
ここでもはじめにあるのは偉大なる「位置エネルギー」だ。
▼さあ、今日いよいよ生徒に「スペースワープ」をみせる。どんな反応するかな。
私の知らなかった新たな情報を教えてくれるかな。楽しみである。

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【Web更新6/21】09-25【運動とエネルギー】更新

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花たまご 生まれいでたり ナンテンの
 09/06/16 (火)撮影@安富

■楠田純一の【理科の部屋】09-25 週末定例更新のお知らせ
 どうやら本格的な梅雨のようだ。朝起きたら、雷が鳴って雨がザアザアだ。ということは、かなり大気が上昇したということだろう。暖かい大気と冷たい大気どちらもゆずらないときなんだろう。(゚o゚)ゲッ!!それにしてもすごい雷だ!
 この一週間はつづくのだろうか。先週一週間をふりかえり、この一週間を展望しながら、今年25回目のWeb更新のお知らせをする。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ ナンテンの花
 花たまご 生まれいでたり ナンテンの
    09/06/16 (火)撮影@安富
 実は、もうこのナンテンの花、旬をはずしているかも知れない。だいぶながいあいだこれをねらっていた。5~6年ほど前からこの花のファンになっている。赤いナンテンの実とこの白い花のコントラストも面白い。また、花自体もとても優しい色をしている。まるでその姿は、たまごのようであり、黄色いしべは「黄み」がとびだしてきたかのようである。白は、多様な光が集まった究極の色であり、誕生の色でもある。
 次々と、夏の花が表紙出番をまっているなか、少し旬をはずしても、これだけは表紙にしてみたかった。

◆【運動とエネルギー】更新
 この単元をこれほど面白いと思ったことはなかった。最後になって、やっと単元の意図が見え始めた。
「運動と力」はこれまでにもいろんな実践もあり、それなりに議論もされてきている。しかし、「エネルギー」についてはあまり、体系立てた取り組みがなかったのではないか。私が知らないだけかもしれないが。
 「エネルギー概念」形成の授業の展開の研究をもっともっとすすめるべきではないだろう。
「エネルギー」こそ、これからの理科のキーコンセプトだ。
ガリレオもニュートンも語らなかったエネルギーこそ「きみも21世紀のガリレオに!」の授業展開のためには必須なんだ。
 おもちゃの面白さが、ここを楽しいものにしてくれている。

◆「新・私の教材試論」更新
 気づいたときに、「覚え書き」の感覚で書き綴っていく。
この夏にはいちど、途中経過まとめたいと思っているがどうなるかわからない。まあ、成り行きに任せよう。

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「スペース ワープ」が完成した\(^O^)/

Dscf3222▼今日が夏至だ。「地球」上を意識しながら謎解きの日々を送っていると(なんともたいそうな表現なんだが、やっぱりそうなんだ。)、結構こんな日が特異日に思えて来たりするものである。こんな感覚が「等身大の科学」の意味かも知れないと思っている。さて、昨日はと言うと、大賀ハス植え替えから12週が経過した日だ。
梅雨とは言え、あまり雨の降らない一週間であった。ハスの葉はどんどん巨大化していく、葉が重なりあっているところも、いろんなところで出てきている。そうすると、葉は3Dとなり水面から立ち上がろうするものができてくるのだ。(゚o゚)ゲッ!! どうしてそんなことわかるのだろう。
 葉と葉のあいだに水面の空いているところは、アオミドロらしきものがいっぱいだ。それは、まさに「光とり競争」の「戦場」となっている。
▼先週、一週間のすきま時間はこいつにかかりっきりだった。とは言っても作業トータル時間はたいしたことはない意識した時間がながかった。
「スペース ワープ」である。「手づくりジェットコースター」を断念しかけたころの情報だっただけに、「これは…」と飛びついた。「スタート」版と「ディストップ」版、ふたつを先週末に手に入れた。
 まずは、初心者バージョンの「スタート」版からはじめた。
Dscf3243▼これで初心者版かと疑いたくなるほど、結構凝っているのだ。マニュアルに従ってすすめていく。フレキシブルに頭が対応できない私は、この㎜単位のパーツの準備がなかなかすすまない。先週は夜遅くの会議が重なったから、なかなか進まなかった。昨日やっと、まとめた時間がとれるようになった。
一挙にすすめた。やっと組み立て完成に近づいた。
▼ここからが長かった。なかなかうまくレールを転がりゴールしてくれない。夕方になって悪戦苦闘をやっていると、仕事からつれあいが帰ってきた。つれあいが部屋をのぞいて、「またまた…」と言いながら、手伝ってくれた。
妻の方が、私より手先が器用だ。これは認めざるをえない。大胆でもある、なんとか完成!!まで持っていってくれた。
▼しかし、ループしてゴールするコースの方が、なかなかうまくゴールしない。何度も何度も調整する。「失敗」と「調整」を繰り返しながら、こいつのすぐれたところが見えてきた。途中から鉄球を転がし、ループに挑戦しようとする。ダメである。
そう、それでは「位置エネルギー」が不足するのだ。ループするための「運動エネルギー」を確保するためには、それだけの初期「位置エネルギー」が必要なんである。納得(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウンである。
 いい教材だ。パーフェクトにできあがったものより、「失敗」を含んだものの方が、教材としての可能性が大きいということもある。食事も後回しにしての悪戦苦闘の一時間あまりで学んだこと。(^_^;)
▼もう少し調整をして、「成功」の確率を高めておいてから、「失敗」も含めたまま教室に持ち込もう。
これで、やっと「力学的保存の法則3題」がそろう。
生徒たちはどんな反応をしてくれるかな。楽しみである。
「ディスクトップ」版は、夏休みの私の自由研究かな。

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新・私の教材試論(21)

▼暑い(¨;)!夜だった。クーラーはもちろん、まだ扇風機すら出してきていない私の部屋では寝苦しかった。
「マイ気象台」で、今 28.4℃である。おお、今年も「日本の夏」がやってきた。季節がめぐっても、かわらず少し「こだわり」を持ち続けていることがある。そのひとつが「新・私の教材試論」である。
授業をやりながら、教材にふれ、気づいたこと、思いつき、「論」などというたいそうなものにはいたらない些細なこと、それらを気の向くままとぎれとぎれに書き綴る。それにこだわっている。
Dscf3181▼今、【運動とエネルギー】の授業をやりながら、「おもちゃ」の世界がすごく面白いと思いはじめている。
翻って考えてみるに、30数年にわたる現場で授業をやりながら、多くのすぐれた「教材」と出会ってきて、それが
「おもちゃの世界」発というものが多いことに、今さらのごとく驚くのである。
それは、アタリマエのことだ。
 「おもちゃ」がめざすものと「教材」がめざすものが一致したところが多い、そこに起因している。
▼この「試論」のはじめに、我流の二つの法則をつくっていた。(参照 私の教材試論(2)
■3K(感動・簡単・きれい)1A(安全)の法則
■3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則

である。
自画自賛する。みごとではないか。ピッタリとあてはまるではないか。
すぐれた「おもちゃ」に。
▼蛇足ぎみになるが、少しつづけよう。「感動」のないおもちゃなんてあるだろうか。はじめに「感動」があってこそ、初期の目的達成ができるのである。「簡単」もそうである、複雑に手の込んだものが、すぐれているように一見 見えるかも知れないが、それはちがう。ほんとうにすぐれた「おもちゃ」、永く子どもたちに愛される「おもちゃ」はシンプルである。シンプルであるからこそ、繰り返し「感動」がある。「きれい」「安全」についても、くどくど言うに及ばない。
▼最近の授業から、具体例をあげてみると、『逆立ちごま』である。
3K1Aの法則だけでない。3Hの法則も充分に満足しているのである、「逆立ちゴマ」の科学は、科学の本質をついているのである。逆立ちゴマの「ふしぎ!?」は、科学の「ふしぎ!?」そのものなんだ。
▼この一致はなにを意味するのか。
すぐれた「おもちゃ」は、すぐれた「教材」への可能性を孕んでいる。ということであり、
すぐれた「教材」の開発のためには、おもちゃの世界に学ぶべきだ。
というこどだろう。
 機会あるごとに、おもちゃ屋さんに行こう。(^^)V

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【授業】「おもちゃ」には何かがある

▼昨日は、世界を旅した先生の話を聞いた。スライドを見せてもらった、そんな機会なくここまできただけに、すごく新鮮な感動だ。同じ地球上にもそんなところがあるのか!画像だけなら今すぐ見ることができるが、人を通しての「情報」として見せてもらうと、リアリティがちがう。空気や匂いがともなって運ばれてくるような気がする。
 今朝、起きたらさっそく武田さんの南極にとんでいきたくなった。おお冬なんだ!「-30℃」、「最大瞬間風速が47m/s」(゚o゚)ゲッ!!という世界、でもそれも武田さんを通すことによってリアリティを持ってくる。
 それも、この同じ地球上におこっていること。
Dscf3157▼授業のなかで、このごろ( ゚o゚)ハッと教えられることが多い。
「教えるとは学ぶことなんだ!」と気づく瞬間である。
その瞬間が重なってくると「やっぱりそうなんだ」と確信が持ててきたりする。そのことのひとつに「おもちゃ」に関することがある。
 教室いっぱいいろんなおもちゃを持ち込んでいる。
休み時間もそれで遊んだりしている。
▼授業ではやってしまったあとでも同じ。自分でさわって遊んでみてでてくるのである、
ほんとうの実感をともなった「ふしぎ!?」が。
逆立ちゴマをはじめてまわしてみた生徒が叫んだ。
「えっ、なんで!!」
やっぱりそうなんだ、不思議なものは不思議なんだ。
ここから科学がはじまるんだ、とあらためて教えられる。わたしは「ほんまやな、やっぱりそう思うか」と共感するのみ。
▼すぐれた「おもちゃ」になにかしら、こういうものが多い。
「だるま落とし」にはじまり、「逆立ちゴマ」
「だるまはしご」
「パタパタはしご」
「まゆだまコロコロ」
「メリーゴーランド」
「コマ各種」…いろいろある。直接「教材」となるものもあるし、ちょっとこじつければ…というものもある。
いずれにしても、「おもちゃ」には何かがある。それは「おもちゃ」に興じる中学3年生から学んだこと。

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【授業】「エネルギー」でつなぐと

Dscf3126▼昨日少しはやめに帰宅した。まだ、薄暗いなかで我が「大賀ハス池」をみた。朝には巻いていたはずの葉も、葉をひろげている。ますます元気だ。朝はそんなに気にならなかった水面の「泡」が気になる。これはなんだ?
「泡」それは「気体」を意味する。昼間のあいだにこの「気体」を発生させたとすると、思い当たることはひとつだ。
「光合成」だ!「光合成」による酸素の発生だ。だとしたら、この「泡」を集めて線香の火を近づければ、酸素であることは確認できるだろうか。そこまでやってこそ私のひとつのシナリオは完結する。
あいにくそこまでやらなかった。次なる日常が待っていた。
 それにしても、「光合成」とは、なんと偉大なるエネルギー変換のシステムなんだろう。感動するばかりである。
▼授業の方も、先をゆくクラスでは、「力学的エネルギー保存の法則」から「エネルギーいろいろ」の授業に入っていていた。
 ここも、教科書に沿うようにして、いろいろのエネルギーをあげていった。
まず最初にくるのは「熱エルギー」である。
●熱エネルギー(熱)
●電気エネルギー
●光エネルギー
●化学エネルギー
●音エネルギー
●弾性エネルギー
とつづく。化学エネルギーの途中で時間ぎれとなった。
▼それぞれの「エネルギー」具体例を、これまでに学習したことからあげてみた。
そしたら、これまでバラバラに学習してきたことが、みごとにつながっていくことに気づいた。アタリマエだけどそれに感動した。
 「エネルギー」でつなぐと見えてくるものがある。だからこそ「エネルギー概念」が有効なんである。
▼ここで、ずっと思っていること、
「エネルギー概念」がどこから誕生したのか。
これを調べたくなった。
これを、なんとあの
■『物理学はいかに創られたか 上』アインシュタイン、インフェルト著 石原 純訳岩波新書 1939初版(ちょうど70年前だ!))にみつけた。

科学の進歩は熱を物質と考えた旧い概念を打ち壊しました。私たちは熱をもその一つの形として見られるような新しいもの、すなわちエネルギーというものを考え出してくることにします。(同書P56)

 この後に、マイヤーやジュールの仕事にふれていきます。
すごく納得です。俄然「エネルギー」が面白くなります。
中学校理科でも、ここの「科学史」に絶対にふれていくべきだと思う。

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【授業】逆立ちゴマの「ふしぎ!?」

▼「ふしぎ!?」の謎解きをするのが、「理科」という教科であると思っている。
「理科」という教科の学びの方法としては、授業が最高の方法であると最近強く思うようになってきた。
それにはわけがあるのではないか。それは「科学」そのものに所以するのではないか。というのが私の「仮説」である。かつて科学者たちも大学の講義や科学者同士の学び合いのなかで、大きな「発見」をしてきている。
「ふしぎ!?」の謎解きをやって、それを人に伝えようとするときに、ひとつの「ふしぎ!?」は豊かにふくらみ、また別の「ふしぎ!?」とつながり深くなっていく。
それは、これまでの科学史の教えてくれるところでもある。
▼だからこそ、私の「ふしぎ!?」にこだわってみよう。今の私には、授業こそが最高に科学する現場なのである。
「ふりこ」からはじめる力学的エネルギーの保存則、これだけでは「ふしぎ!?」はつながらない。
「ふりこ」を大きくゆらしておいて、途中で指示棒で停める。そしたら、なんとふりこがぐるぐると指示棒にまきついてきた。(゚o゚)ゲッ!!という声があがった。
そうだ、これだわかっているがやってみるとほんとうにそうなった。久しく遠ざかっていた「感動」が帰ってきた。
一挙にジェットコースターが見えてきた。
 ほんとうならここで「手づくりジェットコースター」を見せたい。
そして、「ふしぎ!?」を、(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウンと納得でつなぎたい。
▼「手づくり」の方、少し方向転換を余儀なくされそうだ。ならば「スペースワープ」でいきたい。
こちらの方も時間がかかりそうだ。
昨日も少し帰ってからいじってみたが、なかなか一挙にはすすまない。田舎で、そんな余裕もなかったのだろう。あまりプラモデルなど買ってもらった記憶がない。親になっても、子どもたちに買ってやった記憶がない。
 だから、あまりプラモデルで遊んだ経験がない、自分が不器用なことも手伝ってなおさらである。
 だから、このゆうのはあまり経験がない。でもやりはじめるとけっこうおもしろいものである。
授業では、鋭意努力中であることを伝える。
Dscf3021▼授業では、保存則第三弾をみせた。
あの5月連休中に日本玩具博物館で手に入れた「逆立ちゴマ」である。
ふつうのコマ5個と逆立ちゴマ5個
逆立ちゴマを教卓でまわしてみる。
最初は普通にまわっている。つくりからして極々普通のコマだ。
ところが「ふしぎ!?」は突然やってくる。
こんどは、逆立ちをして、重いはずの部分を上にして回転しはじめるのだ。
逆立ちすると急にスピードダウンだ。
「運動エネルギー」は「位置エネルギー」にかわりと説明はする。
一応自分でも納得する。
Dscf3035▼でも、「ふしぎ!?」は解決したわけではない。むしろふくらむのだ。
なぜ、わざわざ不安定な逆立ちをしたりするのだろう。
すべては安定を希求するのではないのか。
「逆立ちゴマはなぜ逆立ちするのか?」
少し、Webに訪ねてみた。
そうすると、この「ふしぎ!?」。けっこう昔からみんな不思議に思ってきたようだ。いろいろと謎解きが行われたようだ。
あの名著『おもちゃの科学』でもふれられているという。
なんかそれを知るとうれしくなってきた。「やっぱりな」と。

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「SPACE WARP」がやって来た!

Dscf3068▼昨日の朝の散歩は、梅雨の間の青空の
もとだった。この季節、青空が見えていても、どこか空気は水分を含んでいる。それが植物たちにとっては元気のもとになっているのだろう。水分が生命の営みにとってどれほど大切かわかろうというものである。坂道の上がり口にある「ヤマゴボウ」は、たくましさすら誇示している。雄花の鮮やかさに隠れながらも、しっかり生命の本尊である雌花がしっかり育っている「クリの花」。Dscf3077少し行ったら「コバンソウ」が実りの季節をむかえつつあった。植物の元気な朝である。
▼日曜日の午後から、本格的に試行錯誤でやっている「手づくりジェットコースター」、準備、材料揃えも含めると一週間以上の取り組みである。材料の配線カバーが、辻本昭彦さん指定のものとちがうからだろうか。どうもうまくいかない。マニュアル本どおりにいかない。昨日も、仕事のすき間時間を見計らって、準備室に行ってあれやこれやとやってみるが、なかなかうまくいかない。
「これは無理!」と断念してしまいそうだが、これまでの経験いくとこんな教材こそ、思い入れの入った分、有効な教材になる可能性が高い。まだ、もうすこし時間をかけてみる。
Dscf3041▼一方、いっちゃんの教えてくれた「SPASE WARP」のふたつのタイプが、日曜日の夜にはやってきていた。
昨日の朝起きてから、出勤時間まで、「Start」方から組み立てはじめた。
ひょっとしたら、こちらの方が「完成」がはやいかもしれない。
▼力学的エネルギー保存の法則を「ふりこ」「ジェットコースター」「逆立ちゴマ」の三つでやることは決めている。
まんなかでやる「ジェットコースター」これで、なんとしても
(゚o゚)ゲッ!!「やっぱりそうなんだ!」というものを引き出したい。
そしてさらには「逆立ちゴマ」の「ふしぎ!?」にまでつなぎたい。
はじめに「感動!」なければ、そこまでいけない。
「ジェットコースター」の完成は必須である。授業が一通りいってしまっても…。(^_^;)

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【Web更新】09-24【運動とエネルギー】更新

Dscf2891
 水滴や 蕊にまつわり クリの花
 09/06/11 (木)撮影@安富

■楠田純一の【理科の部屋】 09-24週末定例更新 のお知らせ
 Web発信は、生活本体ではない。アタリマエのことだ。しかし、「あちら」にも世界があることはまちがいのないことだ、「こちら」と対価のものが、いっぱい存在する。ひょっとしたら「生活」もあるのかも知れない。
 「あちら」と「こちら」のバランスがとても大切である。
 「ばっかり病」を持病にもっている私としては、気をつけなければ(^_^;)
 
 「あちら」と「こちら」の往復運動のなかで、今週はどんな「発見」「出会い」が待ち受けているだろ。o(^o^)o ワクワク

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ クリ
 「今週はどの樹の花にしようか」と迷うぐらい次々と、校庭の花が目立ちはじめた。夾竹桃、アジサイ、ナンテン等。花だけではではない。アオギリの幹のみどりが雨にぬれて美しい。
 こうして、一週間にひとつとりあげるまで気づかなかった。樹木がこんなに美しいものとは…。何を見ていたんだろう。
 今週は、校庭のみならず通勤路、校庭の周りの里山でもいちばん目立つものにした「クリの花」だ。この季節をもっともよく象徴する花だ。今は「クリの花の咲く季節」なんだ。
私は恥ずかしながら「花と実」の授業するまで、この花の存在を認識していなかった。昔からそうなんだ、授業をしてみてはじめて学ぶのである。これは、どうやら最後までそうなりそうだ。

◆【運動とエネルギー】更新 
 この単元もそろそろ終わりが見えてきた。ここへ来てこの単元の面白さがわかりだした。
・「エネルギー概念の形成」
・「概念形成のための教材・カリキュラム」
・「おもちゃと科学」
・「エネルギー」ですべてをつなぐ
とりわけ「おもちゃと科学」「おもちゃと教材」が面白そうだ。
今週は、どう展開するか、私にもわからない。o(^o^)o ワクワク

◆「コウガイビル」を追う 更新 いまいちばんの関心は、この次の単元【細胞と生殖】の授業まで、これが生きていてくれるかだ。生きていてくれたら、この単元の授業びらきは、この「コウガイビル」と「ウィルス」からはじめるつもりだ。
昨日観たら、さらに小さくなっているように感じた。

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【授業】力学的エネルギー保存の法則をこの三つで

Dscf2953▼昨日の土曜で、今年植え替えた大賀ハスは、11週が過ぎた。加速度的に葉は成長している。先に芽をだしたものが大きくなっていくとは限らないようだ。後から葉を広げたものの方が、はるかに大きくなっているものもあるようだ。それなりに準備して「発芽」に到ったのだろうか。同時に他の雑草も大きくなってきていた。これまでの「迷い」を捨てて、この際大賀ハスに集中するようにした。他の生物も含めて、我が「大賀ハス池」まるごとを観察しようとも思ったが、やっぱり他の雑草たちの成長もすごいので、これはちょっと大賀ハスに応援の手をだした。
Dscf2961▼本家の「大賀池」ではみごとな大賀ハスが花開きはじめたようである。それにしてもみごとなものである。いつの日か、こんなになってくれることを願う。追い肥も、ちょっとたっぷりとやってしまった。過保護にならなければいいのだがと思いつつも…。
▼【授業】の方も、スピードアップする。もう最終ラウンドも見えてきたので加速する。
「位置エネルギー」「運動エネルギー」ときて、次がいよいよ本命の「力学エネルギー保存の法則」である。これをやることにより、よりガリレオに近づけるかも知れない。
 教科書、これまでの実践を参考にしながら、これを3つの具体例でやることにした。
●ふりこ
●ジェットコースター
●逆立ちゴマ
の三つである。
▼「位置エネルギー」「運動エネルギー」の総和は一定である。言ってみれば簡単な法則である。
法則は使わなければ意味がない。だから、いっぱい具体例をあげればいいだろうが、時間の制約もある。あとは生活のなかでだ。この三つ順番にもこだわりたい。
 やっぱり最初は、「ふりこ」だ。
 振れる「ふりこ」を観察しながら、徐々にエネルギーの入れ替わりをイメージしていく。そして途中で釘で停めてみる。釘の位置を変えることによって、釘のまわりの回転運動にまでもっていく。
そしてジェットコースターだ。
▼手づくりジェットコースターに挑戦中だ。参考にさせてもらっているのは有名な辻本昭彦さんの「ジェットコースターモデルをつくろう」(『おもしろ実験・ものづくり事典』東京書籍所収)だ。
 材料を手に入れるところから、けっこう悪戦苦闘をやっている。また、このあたりはあらためて書きとめたい。
今日の午後は、ちょっと製作に挑戦してみることにする。
 ひょっとしたら、いっちゃん教えてもらった「スペースワープ」も到着するかも知れない。o(^o^)o ワクワク

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【授業】アリストテレスは健在なり

Dscf2941▼通勤途中でも、散歩していても、クリの花の存在が目立つ。栗の花の咲く頃というのは、今がまさにそれなんだろうと思う。それにしても植物たち生命の営みは、かくも正確に時間を計っているのだろう。それも気の遠くなるような膨大なる時間を繰り返し、繰り返し正確に疲れもせずに…。この繰り返しのなかで「突然変異」がおこってもなにの不思議があろう。
▼こんな膨大な自然を、まるごと理解し、解説しようとした人間がいる。それがアリストテレスだ。アリストテレスは過去のひとりの哲学者を意味するのでない。21世紀の私たちの内にも存在するのである。
『極地方式入門-現代の科学教育』(高橋金三郎・細谷純著 国土社 1974.3.20初版)のなかにある実践報告「七 「運動と力」の学習-わがアリストテレスたちとのたたかい- (中村敏弘 同書p181)
ことについては以前にふれた。
 繰り返してになるが、すごい実践記録だ。いつかこのように授業を語りたいと思う。
▼そのなかに取り上げられている問題がある。

 問 空気中を、空気の抵抗を受けながら飛行しているジェット機がある。エンジンを働かせて一定の速度で飛行しているときエンジンによる推進力(前にすすめる力)と空気の抵抗(まさつ力)との関係はどうなっているか。
(1) 推進力はまさつ力より大きい
(2) 推進力とまさつ力の大きさは等しい
(3) 推進力はまさつ力より小さい
(ジェット機・ふたつの力の図がある 同書P185)

 中村先生が、今からだと40年ほど前に高校生に聞かれたのでは
(1) 52% (2) 36% (3) 0%  無答 12%
であったという。そこから、授業づくりがはじまるのである。
▼私も、いつか中学3年生に聞いてみたいと思っていた。「慣性の法則」「等速直線運動」をやってからしばらくの時間がたっていた。そこでテストのなかで、これを聞いてみた。
テストのなかなので理由までは聞かなかったが、結果はひとつのクラスで
25人のなかで (1) 7人 (2) 17人 (3) 1人
「腑におちているか」は別にして、まずまずの数かなと思った。しかし、もうひとつのクラスでは
(1) 11人 (2) 13人 (3) 1人
だった、やっぱりアリストテレスは健在だった。
雨粒の終末速度のことなどにもふれたが、ことはやっぱりそう簡単ではなかったようだ。
さあ 『きみも21世紀のガリレオに!』の授業を続けよう。

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【授業】エネルギー概念こそキーコンセプト!

Dscf2918▼もう限界に達したかと思っていたコウガイビルが、また異様なほど活発にうごいていた。それは「生物」と「無生物」との臨界点に近づきつつあることの症候であろうか。「コウガイ」の部分をものすごいスピードで動かしている。このエネルギーはどこから生まれているのだろう。「飢餓状態」にあるだろうに、どうしてこんなエネルギーを生み出しているのだろう。やっぱり「ふしぎ!?」は深まるばかりである。
 次なる「生命」の授業までもつだろうか。
▼そうなんだ。「エネルギー」「生命」と書いてみて、はたと気づいた
この二つに「粒子(原子・分子)」「地球」を加えて、この4つこそが、中学校3年間の理科を貫くもっとも重要なコンセプトなんだ。
次期の学習指導要領を見ていたも、そのことが言える。
▼この4つのなかでも、今進行形だから、なおさらそう思うのだろうが、
エネルギー概念こそ最もキーになるコンセプトだと思う。
すべての概念をつなぐのもエネルギー概念だ。
21世紀を生きる人間とって、もっとも基盤に置いておくべき概念だ。
そこで、もう少し知りたいことがある。それは、2つだ。
この概念は「どこから生まれてきたのか」ということと、この概念形成はどんな手続きが必要で、どんなプロセスを経て形成されていくのかということだ。

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【授業】うけたのは「はしごだるま」の方だった。

▼中学授業3年間、すべての授業をblogで語るというのが、当面のわたしの「夢」である。
このときの「語り」は、きわめて等身大である。
かつては「三行レポ」を呼びかけ、自分でも取り組んでみた。かつてに比べて、比較にならないほどWeb環境は進化した。今、再び思う全国の理科室から、小さな「三行レポ」が語られはじめたら、これまでになかった授業研究のシステムができあがり、まったくちがった21世紀の理科授業が生まれてくるかも知れない。
これは、単なる「妄想」か。
▼「能書き」はこれくらいにして、自分自身のことをリアルタイムに等身大に語っておこう。
【授業】は力学的エネルギーの導入に向かう。
授業のはじまる前の一時間ちかく、理科室で、自分でいろいろ思考錯誤やってみた。
▼エネルギーの定義の後は、さっそく「位置エネルギー」である。
あいかわらず「杭を打ち込む」という実験が図で教科書に出ている。
なんか面白くない。黒板実験を四苦八苦やってみた。なんとか見ることできるかなというものができた。
教室に持ち込んだ。
しかし、それは「失敗」だった。うまく槌が杭に衝突しなかった。
それよりも、受けたのは「はしごだるま」の方だった。
Dscf2933▼『はしごのてっぺんにあるだるまは「位置エネルギー」をもっていて…』とこじつけるが、ほんとうにここに持ってきていいのか、不明である。
 受けることはたしかである。そこに何かがある。
 この種のおもちゃを日本玩具博物館で手には入れてきている。
どこかで使えないものかと思い。
「おもちゃ」で【運動とエネルギー】をというような実践はどこかにないものだろうか。
考えて見ると、「ゼネコン」「ビースピ」だっておもちゃの世界から教材化されたものなんだ。
おもちゃの世界には、まだまだ教材化の可能性を秘めたものがいっぱいあるのでは…。
自分の思考錯誤の「失敗」実験の「負け」を認めながらそんなことを思ってみた。

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【授業】エネルギー概念をどうつくるか

▼今朝起きたら外は雨だった。暦の上では明日が「入梅」となっている。いよいよその季節の到来だろうか。久しぶりにWebのトップに貼り付けている「きょうの天気のツボ!」に行ってみる。なるほど、暖かい大気と冷たい大気が衝突している。いずれ劣らぬせめぎ合いだ。九州では「雨脚が強まり大雨のおそれ」があるという。ここで「上がるとザアザア」だ。せめぎ合いのなかで、暖かい空気は急激に上にあがる運動を起こすのだろう。大したエネルギーなんだろう。
▼そう、その「エネルギー」が、次なる授業のテーマである。
21世紀の人類の最大の課題=エネルギー問題、その「エネルギー」概念をどのように形成していくかが授業の課題でもある。「今さら」という面もあるかも知れない。
「今さら」と言うなら、その既存のすでにできあがってしまっている「エネルギー」概念とこれから形作ろうとする「エネルギー」概念とどこが同じで、どこがちがうのだろう。?(゚_。)?(。_゚)?
▼移行期の教科書を追う。
「エネルギー」とは「仕事をする能力」と定義する。
そして力学エネルギーには、「位置エネルギー」と「運動エネルギー」がある。
それぞれのエネルギー何によってきまるか。
「位置エルギー」と「運動エネルギー」の総和は一定であるとして、「力学的エネルギー保存の法則」へとシナリオはすすむ。
▼ひとつひとつは、納得できるかも知れない。
でも、それこそ総体として何を学ばせようとしているのだろう。
新しい概念形成のためには、どこかで「概念くずし」が必要である。そこに感動!がある。
(・_・)......ン?
それは、どこにあるのか。まだ、まだ戦略がさだまらない。

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もう限界か?コウガイビルの生命

Dscf2830▼この頃、家での朝の散歩でも、学校での定例散策でも、共通して気になる植物がある。それが「白十字」こと「ドクダミの花」である。家の前の溝端で何十年と見続けている花だ。でもあきない。とても新鮮で美しく感じる。
これは、例の「ヤマボウシ」に共通する美しさがある。
なんだろう、白と緑(黄緑)の色の組み合わせだろうか、シンプルな幾何学的美しさだろうか。名前と反する美しさだろうか。それとも、「薬になるぞ」の刷り込み故だろうか。そんな、こちらの思い入れなど関係なく、今いたるところで旬だ。
▼気になると言えば、あいつのことが気になってしかたない。
『なんとかできぬか』
という思いはあるが、いつも無手勝流な私には、さして打つ手が思いつかない。
あいつとは、コウガイビルのことだ。昨年の11月14日に遭遇したのだから、実に7ヶ月の日が過ぎようとしている。もうそれから、地球は自ら200回も回転したことになる。Dscf2854
▼それまでの私の動物に関しての「常識」をくつがえした。ずっと授業【動物の世界】では、「食べる」こそ、動物に関する「ふしぎ!?」の謎解きのキーワード。
「食べる」こそが、第一方程式と強調してきていた。
ところが、どうだ。コウガイビルは、あの200日前以来、何も「食べていない」。
確かに牧野尚哉・白澤康子先生たちの研究で「飢餓状態」があることはあきらかになっているようである

 『また長期間の飢餓に耐え、もとの体重の1/100に減少しても生存し続けることができる。』
 『なお、飢餓個体の設定は、採集された個体のうち、何としても餌を食べないものがあり、かなりの期間絶食にも耐えられるが、やがて死に至る。体重減少と生存期間の長短は一定ではないが、採取後減少の一途をたどる体重は、ある時点で平衡状態となり、これ以降急激に減少して死ぬものが多い。』(P276より)
『プラナリアの形態分化~基礎から遺伝子まで~』(手代木渉、渡辺憲二著、共立出版 1998.3.25)

▼「死にざま」という言葉がある。それに対して「生きざま」という言葉があると思っていた。もう何十年も前にもなるが、どこかで【植物の世界】の実践を発表しているときであった。私は、「植物たちのドラスティクな生きざまを子どもたちに教えたい」と言った。そしたら、同席していた先輩教師が教えてくれた。
『「死にざま」ということばはあるが、「生きざま」なんていうことばはありませんよ。それは流行ですよ。』と。
私は、それ以来この言葉「生きざま」を意識して使うようになり、というよりあまり使わなくなってしまったような気がする。
ソノハナシハ\(^^\) (/^^)/コッチニオイトイテ
▼このコウガイビルの死にざまとはいかなるものなんだろう。まちがいなくコウガイビルに死は近づいている。
こんなに小さくなったのだから、第二号のクロイロコウガイビルがそうだったように、気づかぬあいだにこの袋のなかから姿・かたちを「消して」しまうのだろうか。それが「死にざま」なんだろうか。
▼なにか、今のうちにやっておくことはないのだろうか。
消えてしまったら、私の「ふしぎ!?」も一緒に消えてしまいそうな気がする。

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【Web更新6/7】09-23『理科の「自由研究」の研究』等

Dscf2750
黄のもと たどりつくなり 卯の花や
 09/06/05 (金)撮影@安富

■楠田純一の【理科の部屋】 09-23 週末定例更新のお知らせ
 昨夜、月につられて夕涼み(ちょっと早いか)をしていると、ホタルが一匹、二匹と畑の上を飛んでいた。我が家に居ながらにして、ホタルをみるなんてすごく久しぶりのような気がする。それにしても、もうそんな季節になったのだ。今年23回目の週末定例更新のお知らせである。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ ウツギ
 黄のもと たどりつくなり 卯の花や
 09/06/05 (金)撮影@安富
 これだけでは、なんのことかわからない。句の解説なんて邪道だ。わかってはいるが、それでもやるのがシロウトというもの。実は、先週めずらしい昆虫というか、ハチと出会った。「ウツギノヒメハナバチ」と言うらしい。検索をかけてみて知った。地面に巣をつくるハチがいるというので前庭に見に行った。なにやら腹に黄色ものをつけている。これが特徴かな思いつつ、調べてみるが。他の先生に教えてもらうまでそれが「花粉」であることを知らなかった。
ウツギのつまり卯の花の花粉をつけているのである。さて、どこにその卯の花はどこにと思っていると、朝の散歩のときにそれらしいりっぱな「卯の花」をみつけたのだ。それは、同じく「誇りの庭」にあった。

◆【運動とエネルギー】更新
 「仕事」「仕事の原理」と続けてやって、次はいよいよエネルギーである。
21世紀に生きる人間にとって必須の基本的概念「エネルギー」これをどう扱うか。日常概念とどう重なり合うのか。また、どこに感動があるのか。まだまだ道は遠い。

◆「新・私の教材試論」更新
 方向も定めぬまますすめてきている「試論」だ。それも今回で20回目になる。一回分だけ書き込んで、ページにリンクしておいた。時間があるときに、また書き繋いでいくことにする。

◆「理科の「自由研究」」の研究 更新
 また、世間で「自由研究」のことが話題になるような季節となった。理科教師としては、なんか心がワクワクする季節でもある。昨日でこのページたちあげてちょうど一年になる。記念して「試論(6)」をアップしてみた。
 今年も、この時期を利用して、「自由研究」についての我流「研究」をすすめるつもりだ。

◆ 「21世紀の原子論者!」必携の書!
『元素の事典~どこにも出ていないその歴史と秘話~』
(山崎昶編著 医学評論社)

 いつもお世話になっている伊笠さんこと、山崎昶先生の近刊だ。
とても面白い本だ。人類がこの「元素」とどう出会ってきたかがわかる。またこれからどうつき合うべきかも見えてくる。どこか今風の「新鮮さ」のにおいのする本だ。表紙に紹介を貼り付けた。

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新・「自由研究」のすすめ試論(6)

Dscf2816▼昨日で、我が「大賀ハス池」は植え替えから10週間が過ぎた。水面に、大賀ハスの葉が占める面積は飛躍的に拡がっている。大賀ハスの葉には、水滴がころがっている。次々と伸びてくる葉も、巻葉の状態からすでに大きくなったものが多い。ふたつ迷っている。ひとつは、雑草等を除去するかどうか。もうひとつは、二度目の追い肥をいつどれだけやるかである。できるだけ手の加えないで、「そのまま」を観察するか。大賀ハスの成長を第一に考えてやるかだ。この一週間の課題だ。
 いずれにしても、この観察が、今年も私の夏の「自由研究」のひとつになることはまちがいない。
▼「自由研究」と言えば、今年もその季節が近づいてきた。
ちょうど孫娘の誕生を記念して、「理科の自由研究」の研究のページを立ち上げて一年である。
昨年度、このページのなかで、『新・「自由研究」のすすめ試論』なるものを書き始め、夏休みの終わりに「新・「自由研究」すすめ試論(5)」でまとめて、それを「紀の国オフ」に持っていき【理科の部屋】のメンバーに発表した。
さすが【理科の部屋】のメンバーである、熱心に聞いていただき、示唆もいっぱい受けた。
うれしかった。
▼今年も、そのつづきを展開しようと思う。
まず、試論(5)の提案2つ これからである。
【提案 その1】
 まわりの大人(親・教師)も、「自由研究」をはじめよう。それが究極の「自由研究のすすめ」になる。
さらには、それが「最新・学問のすすめ」になる。

【提案 その2】
 プロの研究者(研究者であることを自認するすべての人)は、自分の「研究」の面白さ、楽しさを多くの人に伝えてほしい。未来の自分の「研究」のためにも。

▼私自身のことを考えてみる。この一年間のあいだにも、いくつもの「自由研究」のテーマができてしまっている。
丁度、この試論(5)を書いたすぐ後に、「クマムシ」本二冊とであった。
これで自由研究は「きまり!」だと思った、ところが現物に出会う前に、「コウガイビル」なるものに出会ってしまった。今の私には、これへの興味の方が優先してしまっている。
 先の「大賀ハス」も進行形である。「ヒガンバナ」「丹生」「磁石石」等もそのままだ。
そのほかにも、授業研究と並行して「理科教材史」「日本理科教育史」の興味も深まる一方である。
▼それでも、【提案 その1】を受けて
現時点で、確信をもって断言できることがある。
「「自由研究」のすすめ」の究極は「新・学問のすすめ」である。

 

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新・私の教材試論(20)

Dscf2802▼昨日は、雨が恨めしい日だった。一年生が校外学習に校区を歩く日だったのである。また二年生はトライやる・ウィークの最終日でもあった。だから「雨」が恨めしい。できれば晴れて欲しかった。
 空を見あげたら、どんどん雲が発生していた。しかし、考え方によってはこれも含めての「自然」なんである。こちらの都合だけでつき合っていくことはできない。自然を豊かにとらえるとか、自然に学ぶというのは、こんなのすべてをひっくるめてのことなんだろう。雨の季節がやってくる。雨がどんなはたらきをしているのか。雨とどうつきあうのか。雨を科学するチャンス到来でもある。
「雲家族10のうた」を思いだした。
ケンケン三兄弟に(巻雲 巻層雲 巻積雲)
コウコウ姉妹 (高層雲 高積雲)
ソウセキ(層積雲) はなれても りっぱに ソウ! セキ! (層雲 積雲)
雨 雨 ふれ ふれ ラン!ラン! (乱層雲 積乱雲) 

▼授業【運動とエネルギー】も、ちょっと一息である。
次なる実験を考えながら、ここまでで、ちょっととぎれている『新・私の教材試論』を書きたくなってきた。
最近、「理科教育史が面白い!!」と思うようになった。以前から興味はあったが、特に新しい授業づくりを意識してやるようになってなおさらである。
▼「理科」の面白いところは、モノのがあるということである。モノとはなにか。
それは、教材・教具である。それが、かたちあるモノとして残っているのである。それがまた面白い。
他の教科にもそれはあるかも知れないが、とりわけ「理科」ではそれが顕著であるのだ。
Dscf2718▼古めかしい「記録タイマー」を準備室の棚にみつけた。さらには「斜面」の実験器具をみつけた。
班の数はもう残っていない。どんな実験をしたんだろう。学習指導要領の何度かの改訂でもう用なしになってしまったのだろう。その「斜面」を見ていると、そのころの授業が想像できる。
理科教育の変遷がたどれる。この器具で、どんな「なるほど」という納得が引き出せたのだろう。
「ふしぎ!?」は豊かにふくらんだだろうか。
▼実験器具だけではない。教科書に「定番」として生き残る実験・観察ひとつひとつがそうである。そこには、「日本の理科教育史」を色濃く反映して、そこにあるのである。
 教材ひとつひとつに歴史がある。それは理科教師の思い入れの歴史でもある。
 悪戦苦闘の授業をつづけながら並行して、このひとつひとつの実験・観察、教具、実験器具・道具のルーツを訪ねる旅に出たいと思う。果てしない旅になるだろう。でもそれは、理科教師にとってこれ以上のない面白い旅だろうと予感できる。

 

 アメバ、アメナテ
 カゼバ、カゼナテ
 ダレ、ツケタンダベナ
 イチバンハヤク、ダレツケタンダベナ。
 (「新しい綴り方教室」国分一太郎・新評論)
 

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【授業】科学は「生活」のなかにあってこそ

▼今日は、二十四節季でいうところの「芒種」である。芒(のぎ)のあるものの種を蒔く頃という。太陽黄径75度のときという。この二十四節季をむかえるたびに驚いてしまう。そこにある「科学」に。みごとである、きっちり生活と結びついている。その根拠は、単なる「暦のうえ」ではない。自然にはたらきかける営み関係させている、そして蓄積してきた自然の観察力がかたちになっている。それは天文学的な根拠にうらうちされている。ここにこそ科学があるような気がしてならない。
▼授業の方も、「仕事」「仕事の原理」「仕事率」とすすめながら、少し「面白くないな」と思ってしまっている。結果的には、計算が中心になってしまっている。もちろん数値化すること意味を軽んじるわけではない。
しかし、なぜか「面白い」という感覚が少なくなってきている。
 いくつかの原因を考えてみた。
ひとつは、
 (1)物理実験はダイナミックに…
ができかねている。これは、いろんな単元で実感してきたところである。たとえば、光の単元であれば、同じピンホールカメラを教材にするのなら、「教室全体をピンホールカメラに」でやってきた。ああいうダイナミックさがほしい。
▼今ひとつは、
(2)日常「生活」のつながり
が見えていないというところだ。これは、見えるように設定できていないからだろう。
「道具を使っても、使わなくても仕事の量は変わらない。それが仕事の原理。」
というとき、その道具が見えなくなってしまっているのだ。昔の生活のなかでは、それらが「むき出し」のままであった。
Dscf2684▼と思っていた。そう思いこんでいた。ところが、少し意識的に周りをみていると、そうとばかり言えないと思えてきた。
「定滑車=力の方向を変えるのみ」「動滑車=力を1/2にする」
黒板実験では、具体的な滑車を使いながらも
「なかなか、生活のなかで見ることはすくなってしまって…」なんて言っていた。
それは、ちがっていた。そんなことない意識的にみればあった。
朝、校庭を散歩していたら、校門のところに防球ネットが張ってあった。そこにはきっちりと「滑車があった」。
校舎の北側は、急な「坂道」=「斜面」だ。
 見方を変えれば、いっぱいあるのだ。
問題は、「生活」と「科学」をつなぐかだ。そのつなぎ方如何によって「面白さ」も生まれくるのかもしれない。

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「時間とは?」の不思議

▼昨日の朝の散歩のときだ。まったく唐突に「回転禁止の青春さ」というフレーズが口からでてきた。その前に何を考えていたのかわからない。ともかく突然だ。
これは、あの美樹克彦の「回転禁止の青春さ」のタイトルであり、その一節である。古い話だ、私の中学生のころのことだろうか。なぜ、そんな記憶がよみがえったのかわからない。そのころから「時間」は「回転禁止」と思っていたのだろうか。
▼授業で、仕事率のことに入った。「仕事の原理」で道具を使っても、手段を変えても同じを強調したあと、仕事量を「時間」で割って単位時間で仕事量を問題とするのである。
 つまり「仕事の能率」を問題とするのである。
 でもなんで「時間」で割ったりするんだ!! 
ここでも、「時間」が顔をだす。
Dscf2676▼下校時間をすぎる間際であった。ふたりの男子生徒が声をかけてきた。
「先生!あげよ!!この夏一番のクワガタを…、明日の実験でもつこて」
「へー、もう夏なんやな」
もらったクワガタを見ていると「夏休み」が頭に浮かんでくる。
そうだ、もう夏なんだ!!「時間」を経つのがすごくはやく感じられるのである。
▼そう言えば、福岡伸一先生は書いていた。あの『動的平衡』(木楽舎)に

 つまり、年をとると一年がはやく過ぎるのは「分母が大きくなるから」ではない。実際の時間の経過に自分の生命の回転速度がついていけてない。そういうことなのである。(『動的平衡』p45)

▼いずれにしても、私はここにきて、「生命とは?」の「ふしぎ!?」に続いて別の「ふしぎ!?」を抱え込もうとしている。それは、「時間とは?」の不思議である。
これが、この世の中のたくさんの「ふしぎ!?」を解くカギではないかという予感がするのだが。

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【授業】「仕事の原理」と生活

▼忙しい日々が続く。なにが忙しいのか問われると、答えに窮する。
すべてである。こんなときは、できるだけ「ゆっくり」歩むに限る。
強引に自分に言い聞かそう。あの「ゆっくり歩むものは遠くへ行く」
Dscf2653▼ちょっとした合間に「あいつ」を観る。大丈夫だ。コウガイビルの姿、かたちがある。相変わらずの眠ったふりだろうか。こいつが「生きている」あいだに少しは解決したい「ふしぎ!?」がある。
でもそこへ行けない。それが残念だ。
今からの季節は、こいつにとって欠かすことのできない「水」が充分なときだ。
どこかで、第三の「あいつ」に出会うことがあるかもとも期待している。
▼はやいクラスは、次の授業である。
「仕事の原理」の授業である。教科書にそって「三つの場合で考える」
(1) 動滑車
(2) 斜面
(3) てこ
「力で得したら 距離で損」
「力で損したら 距離で得」
何度も唱えながら、生活訓の響きをもってくる。結局は仕事量は同じだったら…。
そんな擬人化していいのかな。でも、その方がストンと腑に落ちるだったらそれもよしなのかな。
▼そもそも、ここで何故「仕事」なのか。まだ完全には見えていない。
次の学習指導要領も見てみる。それを見る限りは「エネルギー」への前段と読める。
21世紀に生きる人間にとって重要な基本的概念「エネルギー」。
そこにいたる道だとすると、さらに豊かに考えていかねば…。

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【授業】「仕事」とは

Dscf2631▼6月に入ったからもうすぐ梅雨がやってくるだろう。そしたらこの「青空」が恋しい日々になるだろう、青空を見上げながら、朝に「呼びかけた」南極の空のこと思いだしていた。帰ったら、南極から「こだま」が返ってきていた。
やっぱり「つながっている」!!感動であり、実感である。
▼昨日から一週間、2年生は「トライやる・ウィーク」にでかけた。それぞれの事業所・職場で「仕事」を体験するのだ。もう長い取り組みとなった。
 さて、それを一年前に経験した3年生。その彼・彼女たちが「仕事」って言う言葉を聞いて、この「トライやる・ウィーク」を連想するのはごく自然なことのようだ。
 それとは違う「仕事」。
理科で言うとこの「仕事とは」と入っていこうとするが、ほんとうは、どのように頭に入っていっているのだろう。
それは、私にもわからない。
▼移行措置で帰ってきた部分である。これなしでもエネルギーはやっていた。
「仕事」をここに戻して、「エネルギー」つないでいくわけだ。
「仕事」をここに戻していく必然はどこにあったのだろう。そのことを認識することは、授業をより豊かに展開するためには、ぜひとも必要なことように思う。
そして、あらためて思う。
 「力」「運動」「仕事」「エネルギー」こんな概念が、日常概念とどう重なったり、遊離したりしながら生徒の頭の中に、心の中におさまっていっているのだろう。そのことにすごく興味がでてきた。

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【Web更新5/31】09-22【運動とエネルギー】更新

Dscf2556 苗代や 閑かに知らせ 山法師
 09/05/31 (日)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】 週末定例更新のお知らせ 09-22
 今日から、はやくも6月である。6月が終われば、今年も折り返し地点だということだ。なんという速さだ、けっして地球が回転のスピードをあげているわけではないだろう。そのスピード感は、もちろん自分のうちに起因するのだろう。ふと「大気」でつながっている武田さんの南極の空が見たくなったので行ってみた。なんと「太陽のない季節」に入っていると言う。あいかわらず、すばらしい画像で私たちが、地球人であることを教えてくれている。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ番外編  ヤマボウシ
 苗代や 閑かに知らせ 山法師
 09/05/31 (日)撮影@安富
 今回のヤマボウシは、校庭の樹木シリーズからいくと番外である。校区内でのスポットであるが、残念ながら校庭にはない。樹木の花では、私は、この「山法師」がいちばんお気に入りである、それぞれに魅力があり序列をつけるのがほんとうは難しいが、もしお気に入りひとつだけあげろと言われれば、これをあげる。
 何がそれほどまでに惹きつけるのか。それは、この白と緑のコントラスト、あでやかではないが閑かで落ち着いた美しさがある。もっとも自然によりそう優しさがある。校区内には、いくつかのスポットがある。
通勤路にもある。これが目立ちはじめると、田植えの季節であることを知る。実は、昔からそうだったと聞いたことがある。なおさら、この花に惹きつけられるのである。

◆【細胞と生殖】更新
 前倒しして新設したページの更新である。「ウイルスとは!?」と問うことは「生命とは!?」と問うことにつながると、今こそ、その機であると「新型インフルエンザ」→「ウイルス」に関連した、資料提供の時間のことを上げている。刻々と状況は変化しているように見える。しかし、「ウイルス」たちにとっての状況には変化はない。
 昨日は、また新たな「iPS細胞」に関する新聞記事があった。私たちは、「生命とは!?」という今世紀最大の「ふしぎ!?」とつき合わずして生きてはいけない。
 授業化以前のことも含めて更新を続けたい。

◆【運動とエネルギー】更新
 「きみも21世紀のガリレオに」へともどってきた一週間の授業のようすをあげている。
実は、これを書きながら、教材研究のために頭を整理して行っている。私にとっては「書くこと」が、アウトプットのはじまりであり、さらなるインプットの手段になってきている。今週も遅々たる歩みでもつづけよう。

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