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【授業】21世紀のガリレオに

▼昨夜、夜遅く待っていた本が届いていた。理科教育関係の雑誌などに広告が出ていたので手に入れようと決めていた。
板倉聖宣著『増補 日本理科教育史(付・年表)』(2009.4.10)だ。
やっぱりだ。!!
実に面白い。1968.3.1にだされた同名の原著があることは知っていた。いつかは手に入れたいと思っていたが、そのままになっていた。そこへ今回の「増補版」だ。ありがたい。
 ものすごくタイムリーな出版だ。
新しい理科教育がはじまろうとしている今日、これまでの「歴史」(過去)を知っておくことは大いに意味あることだ。
いい飽きたセリフ 「過去と他人は変えることできないが 未来と自分は変えることができる」が、頭に浮かぶ。
 未来の理科教育を変えていくためには、きわめて有効な本だ。
 この本の価値は、例のわかりやすい、等身大に語る板倉さんの文章にもあるが、付録の「年表」にあるような気がする。
 1853.2.8から2009.3までの「理科教育」関係の年表である。これが実に面白い。
くわしくは、またもう少し時間のあるときに書こう。
▼これも、偶然であろうか。【運動とエネルギー】のところの一時間一時間の授業を構想していく前に、ちょっと読んでみたくなった本があった。気になる人物がいた。それが、昨日のblogの最後にあげた「ガリレオ・ガリレイ」だ。
そして読み出した本は『ぼくらはガリレオ』(板倉聖宣著 岩波書店 1972.5.20) 。新任のころ夢中になって読んだおぼえがある。何十年ぶりかに読むこの本は、やっぱり面白い。
▼ガリレオがアルキメデスに夢中になった話からはじまる。「ああでもない、こうでもない」と思考をめぐらし、議論をし、対話し、そして「実験」をして確かめていく、こんな「科学」がここからはじまった。
 そして、400年が経った。人間の自然にはたらきかける営みの歴史からすると、400年前はごくごく最近だ。
 ここに近代「科学」のはじまりがある。
 「科学」の「原点」ではない。それまでにも「科学」はあった。そこで交叉したのである。熊楠流がいい、ここが「原点」でなく「萃点」だ。熊楠はいった「萃点からはじめよ」と。
▼ガリレオの時代に、まわりに「運動」するものは、現代と比べるとすごく限られていた。自動車、電車、飛行機も、もちろんロケットも…。
 でも彼は実験・観察によって、これまでとはまったくちがった「宇宙」像までつくりだした。それが、今日までつながる「科学」だ。
 私は、これまで授業の単元のところで、授業をする自分にも「ねらい」を意識するつもりで、単元のサブタイトル、いやスローガンという方がいいか。そのものをあげていた。
たとえば、化学変化では
Kagakumoku
という感じだ。
さらには、昨年度の実践では「21世紀の原子論者!」を意識した。
そこで、今回も同様に考えてみた。
こうだ。
『21世紀のガリレオに…』 
等身大の「ふしぎ!?」を大切にしながら、少しずつ少しずつ自分の「科学」を創り出していこう。
それが、未来を切り拓く「科学」になることを信じて。

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コメント

こんばんは。板倉先生の「日本理科教育史」に増補版が出ましたか。
元本は持っています。学生時代か学校を出たころに読みました。蚕食読みかな・・・でもところどころ黄色のデルマトグラフを引いていますから、かなり気合いを入れて読んだ記憶があります。
初版が1968年でかれこれ40年経ちますから、増補版が出てもおかしくないですね。
いいお値段しますが、価値ある1冊ですから購入したいと思います。

投稿: sakamoto | 2009/04/17 22:01

阪本さん 
おはようございます。コメントうれしいです。
このコメントで今日のblogに書くこときめました。
増補の「その後の日本理科教育史の研究」の部分と年表だけでも、手に入れておく価値はあると思います。
また、それを読まれての感想も教えてください。

投稿: 楠田純一 | 2009/04/18 03:43

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