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新・私の教材試論(17)

Dscf0965▼雨がやんで広がる青空。そして、サクラはその青空に似合いのように、刻々とスペースを占めていく。
コマ落としの動画でも見ているように、風景がかわっていく。
そのなかで、新しい年度がスタートした。
▼「試論」つづける。ひとつのネタにこだわりはじめると、「ばっかり」になってしまうのが、私のやり方のようだ。
「ばっかり」に徹底すると、そこからいろんなものへの「つながり」も見えてくる。
あらたな「ふしぎ!?」も生まれてくる。
それは、まるで熊楠の「萃点」のようなものである。
そうして、教材化を志向しながら、まだできていないものが、たくさんある。「宿題」になったままのものである。
▼そのなかでも、やっぱりこの「コウガイビル」というやつは超一級だ。
「なぜ、食べないのに生命活動を停止しないのか」
「いや、実は食べているのではないか。自分自身を」
「どのようにして、最期をむかえるのであろうか」
「これは偶然に起こっていることなんだろうか、それともこの種類の生き物全てに起こっているのだろうか。」
「こいつの細胞レベルでの活動は…」
「さらには分子レベルでの活動は…」
そして、そしてついには、こいつに聞いてみたい「生命とは(・_・)......ン?」
▼前回の資料を公開してくださっている佐々木玄祐先生に突然で失礼とは思いながらもメールでお尋ねした。
やっぱり、さすがホンモノだ。うれしいことに応答メールをいただいた。
「低酸素で代謝が落ちていて、水があれば…」
「4ヶ月以上とはかなり長いですね。」
「今後とも観察を続けられたら、…」
の言葉をいただいた。やっぱりもう少しつづけよう。観察を。
▼「3K1Aの法則」「3Hの法則」との関係も、もうすこし明らかにしながら

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