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新・私の教材試論(15)

Dscf0883▼花冷えがつづく。どんどんサクラが開花していっているというのに。
昨日の朝は、なんと植えかえをすませた「大賀ハス」のプールにも、薄氷がはっていた。そこから、ニョキッと顔をだす葉芽に思わず、「がんばれ!」と声をかけてしまった。はたして、どんな葉に成長するだろうか。
大賀先生のときのように、花にまで成長する「奇跡」はおこるだろうか。
▼本年度最後の日。あいかわらず、私は方向も定まらぬ「試論」をつづけよう。
「コウガイビル」の話だ。はたして、教材化は可能か。進行形で書きとどめていこう。
まだ、健在である。したがってあの「ふしぎ!?」は続いている。こんな不思議なこと、誰かが気づき研究しているのではないか。きっと…。ネットや手持ちの書籍で調べてみた。
▼やっぱり、あった!!。なんとそれは、あのチャールズ・ダーウィーンだ。書いてくれているだけで感激だ。
書いているのは例の『ビーグル航海記上』(岩波文庫 1977.10.10第21刷)だ。
全三冊を揃えて持っていた。あんまりきっちりと読んだ記憶はない。こんなところで役に立つとは…
ダーウィンが、コウガイビル(陸生プラナリア)のことについて書いているのは次の文だ。
 少し長くなるが引用させてもらう。

私は、南半球の各地で、陸生のプラナリアを十二種以上見た。ブァン ディーメンス ランド Van Dimen's Land
で得た若干の標本には、朽木を食わせて、約二ヶ月も生存をつづけさせた。一匹のプラナリアをだいたい相等しい大きさに横断すると、二週間のうちに双方とも完全な体となった。更に、片方が下面に開口を二つとも持ち、従って他の方は開口を一つも持たぬように切ってみた。施術後25日を経て、比較的完全に近かった方は、普通の標本と区別できぬまでになった。片方もその形がいちじるしく大きくなり、そして後端に近く柔らかい細胞集団のうちに透明な空間を生じ、その中には椀のような形の口の原基が明らかに認められた。しかし下面に裂口が開くには到らなかった。赤道に近づいたために、気温の上昇によって、すべての個体を殺すようなことがなかったならば、この最後の段階も構造を完成したに違いない。この実験はすでによく知られているところであるが、一方の個体の簡単な体の一端から、必須の器官がことごとく次ぎ次ぎに生ずるのを見るのは面白かった。プラナリア類を飼うのは極めてむずかしい。生活現象が終われば、一般に見る天然の変化の法則がここにも働いて、体は全体に柔らかくなり、液化する。そのはやさは、他に比べるものもないほどである。(「ピーグル号航海記 上」P54より)

▼長々と引用させてもらったのは、ここに「コウガイビル」の不思議を解くヒントがいっぱい書かれているように思ったからだ。再生実験のことが書かれている。これは、教材化へのヒントでもある。

つづく

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【Web更新3/29】09-13「新・私の教材試論」更新

Dscf0600 これからに 思いめぐらし サクラかな
 09/03/26 (木)撮影@安富

楠田純一の【理科の部屋】 週末定例更新のお知らせです。
 今年度(2008年度)最後の更新となる。なんとも、猛スピードで日々が過ぎていくような感じにおそわれる。自分のペースで時間を刻む、そのためにもWebの更新を定例的なものとしたい。
 一週間をWeb更新の一単位とすることによって、「自分のスピード」を堅持する試みだ。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ サクラ
 芭蕉の有名な「さまざまの こと思い出す 桜かな」がある。
なんとも、含蓄の多い句である。素直でありながら、豊かな意味をもつ、万人の共感よぶ。
さすがである。どこの校庭でも、これほど普遍的な樹木ないのではないか。「我らが庭」も同様だ。
花冷えで、すこし「これから」に思いとどまってしまったサクラ。
つぎには、満開に咲き誇る 桜をいっぱい紹介したものだ。


◆「新・私の教材試論」更新
 今回は、「試論」(11)~(14)までの記載である。春休みに入って、思考することにすこしだけゆとりが出てきた。そこで、この機会に「試論」をすすめて置こうというわけである。
 授業のなかから生まれた、最近の教材からすすめている。「試論」であるから、まったくまとまっていないような状態でも、「思いつき」を列挙しつづける。それらが、やがて意味を持ち始めることを期待しつつ。
 教材になってしまったものばかりでなく、これから教材化していくものについても、これからはあげていきたいと思っています。その第一弾が「コウガイビル」ということになるんだろうか。
 偶然の出会いから、教材になるまでをリアルタイムに書き綴ってみたい。

 来年度の授業びらきは「コウガイビル」かと秘かに考えはじめている。

【大賀ハス観察日記】(「蓮のページ」より)更新
 大賀蓮の植え替えを行った。いよいよ2年目の観察のスタートである。ただの観察だけでなく、大賀蓮をめぐってのいろんな話題にふれていきたい。昨年の観察では、ついに大賀先生の膝元「府中」にでかけたり、大賀池にいったりしている。今年はどんな展開があるだろうか、楽しみである。o(^o^)o ワクワク

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大賀ハスを植えかえる。

Dscf0701▼昨日は、ちょっと離れたところで「送別会」があった。出かけるまでに、やっと「大賀ハス」の植えかえをした。先週から、ポリ容器などを準備して時間ができるのを待っていた状態だ。
昨年の5月17日に発芽処理をし(「大賀ハス入刀!!」参照)その後、一粒だけが発芽した。それを、自家製観察鉢に植えかえ一年間観察してきた。ときどき、このblogでも報告してきた。
植えかえの作業をするということは、この地下の蓮根にお目にかかれるということでもある。
ひっくり返してみると、底の方に、二重三重にとどろを巻くような状態だった。
Dscf0719▼ちょっと想像していたイメージとちがっていた。もう少し、太めの蓮根が、「レンコン!」という感じで横たわっているのかと思っていた。土をシャワーで落としてみて、さらに驚いた。ものすごくながくのびているのである。
とどろを巻いているのを、のばして測ってみた。なんと、全長2mちかくまでのびているのである。驚きである。
あの一粒がこんなになるとは、大賀先生も、こんな感動を味わったのかな、最初の一年目のとき。
「光合成」という営みのすごさに感動である。
Dscf0765▼さていよいよ分根である。どれを二年目に使うか迷うところである。見るところ、5つぐらい候補が考えられる。すでにいくつもの葉芽をだしている。欲張りな私は、いちばん大きな蓮根に育っている部分を中心に、4つをひとつの容器で育てることとした。これが、失敗のはじまりかも知れない。(^^ゞポリポリ
でも、どうしても2年目で途絶えさえてしまうことは避けたい。石橋叩きすぎて壊してしまうことにならなければいいが。
 後の部分についても、一年目の容器に入れて「敗者復活用」とした。
Dscf0783▼次なる作業は、2年目の活躍の場所づくりである。ポリ容器も、ちょっと大きめ径が75㎝高さ35㎝(100L用)のものを使うこととした。
 土は、畑の土をつかうこととした。「育て方」については、検索をかけてみると、くわしくいろんなページをみつけることできたが、ここはこの大賀ハスを私にわけてくださった阪本さんの「大賀池日記」本「蓮~ハスをたのしむ~」(ネット武蔵野 北村 文雄監修)を参考にしました。本にある「大賀式の栽培法」(P27)というのを真似ました。
肥料として、「みがきにしん」「大豆」をつかっておられる。これって大賀先生がやった方法だったんだろうか。
そう思うと、ちょっとこだわってみたくなったのだ。
 スーパーで買い込んだ「にしん」(煮たものしかなかった(^^ゞポリポリ)「大豆」をつかってみた。
Dscf0796▼下ごしらえできいよいよ、四つの蓮根を容器に配置して、土をかぶせ、水をはりスタートである。
2年目の観察は、2009年3月28日(土)がはじまりである。
本や、ネットでの情報を見ていると、2年目に花が咲くことは少ないようだが、葉がどこまで成長するかが楽しみである。3年目の開花まで、なんとか行き着きたいものである。
 はやばやと、種ができたらお分けする約束までしてしまった方もある。 p(^^)qガンバッテ!
 
どんな展開が待ち受けているのかな。o(^-^)o ワクワク

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新・私の教材試論(14)

Dscf0630▼あいかわらず続ける「雲見」の日々だ。思考とは、便利なものである。簡単に時空を超えることができるのだから。ポンコツの思考は跳んだ。
「雲見」から「クラウド・コンビューティング」へと。コトバの連想ゲームをやっているのではない。
なんのつながりがあるのか。それはわからない。でも自分の脳裏に描かれたイメージ、思考の回路に表出してきた。シェーマさんに教えてもらった『クラウド』。脆弱なる頭に歯が立つようなものではないようだ。しかし、なにか興味がわいてしかたない。挫折を承知でちょっと紹介本を開いてみようと思う。
▼「試論」方を続けよう。こちらの方は、もっともっと等身大でいこう。
ちょっとちがった角度から続けよう。今、いちばん興味があるものと聞かれれば、私は迷わずこいつをあげる。
『コウガイビル』
 なんなんだ、こいつは、半年ほどのあいだに出会った2匹。
でも、それはおかしい。こんな短期間のあいだに2匹に遭遇するということは、きっとこれまでにも出会ってきたはず。でも、それは気にとまらなかったのだ。
▼そいつが、教材の話と関係するのか。私は、このblogのどこかに、
教材は、センス オブ ワンダーとセンス オブ エデュケーションの交叉するところに生まれる。
と書いた。それは、「自然を豊かにとらえる」と「教えたいこと」とが交わったところ、情報の「萃点」でできるとも言える。
Dscf0570▼私は、授業【動物の世界】の謎解きの第一方程式は「食べる」だと思った。
「食べる」を使ってみるとみごとなまでに、「動物の世界」が見えてきたかに思えた。動物の進化も、動物のからだのつくりも、最後には福岡伸一さんの「動的平衡」すら、私流ではあるがすこしは理解できたかに思えた。
 ところが、こいつには通じない。わからない。(・_・)......ン?
 こいつには昨年11月14日以来、水以外のエサを与えていない。つまり「食べる」ことをしていないのだ。
▼ここで、「動物は食べる」がゆらぐ。食べないで「生きる」なんていうことがあるだろうか。
ほんとうにそうなんだろうか。
 私が、それを知らないだけではないんだろうか。コウガイビルの「ふしぎ!?」がふくらんでいく。
 ここに、未知なる「教材」を発見した。
 教材化までの道のりは遠いだろう。でも、大きな可能性を感じる。

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新・私の教材試論(13)

▼季節の動きはスパイラルだ。けっして直線的を許さない。春は動き始めたはずなのに、風花が舞ってきた。咲き始めたサクラもふるえていた。空も冬に逆戻りして透明感が…。
 ポンコツのからだは、何年かぶりに風邪気味だったが、一夜眠ったら回復してきた。
Dscf9697▼「教材試論」を続ける。前回の「超簡単熱気球」のつづきからである。
ここに行き着くのに、材料についての話が必要だ。使ったゴミ袋は、厚さが0.02㎜と超うすい、もっと薄いものもある。ソーラーバルーンのときなどに使用してきたのは、0.015㎜だった。この0.005㎜の微妙なちがいは、このときには、大きなちがいである。やってみるとすぐわかる。
 ホームセンター巡りをするなかで、材料さがしのツボと楽しみがわかってきた。
Dscf9689▼もう、あとふたつこの「超簡単熱気球」にいたるまでに必要なものがある。
そのひとつは、トーチランプである。今回は、ななめに炎が出てくるタイプものを使用したが、この実験では真上に出てくるタイプの方が、ひとりでやる場合は望ましい。斜めのタイプの方が汎用性が高いので、私は愛用しているが。これで、下降しかけたら下から熱するとまた再上昇する。
子どもたちが飽きてくるまで、何度でも…。
▼もうひとつである。それは、バランスをとるためのクリップだ。ここに「超簡単熱気球」のウリがあると思っている。
電流回路の学習で使用していたミノムシクリップ・ワニグチクリップのミニ版をつかっている。身近にあったから、それを使っただけの話だが、これは微妙なバランスをこのクリップ3個でとるのである。なければ、せっかくうまく上昇しても横になってしまうのである。ここの部分は、もっといいものがみつかって進化するかもしれない。
▼「究極のマグデブルク半球」「超簡単ゴミ袋熱気球」の2つの具体例から、言えることは
●すぐれた教材は、生産と労働の現場にある。
ということだ。とりもなおさず、それは「科学は生活のなかにある」ということでもある。
生産と労働の現場の「窓口」が、ホームセンターなのである。ホームセンターは、教材の宝庫だ。
便利だから製品になり、スグレモノだから売れている。そこに「科学」がある。
ネタだけでなく、何が売れ筋かを見て回るのも楽しい教材研究である。

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新・私の教材試論(12)

▼かつて私は、『情報は発信するところに集まる』とフレーズに酔っていた。日々刻々、それを実感していた。単なる「思いつき」の夢物語が、このディスプレーの「向こう側」の世界で実現されるようすをみて興奮していた。すこしは冷静になったというものの、やっぱり本質的には変わっていない。
 春休みに入って、すこし視野をひろげているからだろうか。今、リアルタイムに進行形情報が、私のところに入ってきている。量的には、はるかに私のキャパシティを越えている。
 こんなときは、どうすればいいのか。私は、この15年ほどのあいだに、すこしずつ身につけた。
「等身大」に語ればいいのだ。
▼ポンコツの私にできることなんて限られている。まして、ひとりよりはちょっと「ゆっくり」な私には、それなりの手法が必要だ。自分の「Do it」をならべてみる。そして、閲覧、編集だ。優先順序をつけて並べ替える。
そして、ゆっくりとひとつずつ、「等身大」に語っていく。
 そしたら、また新しい世界が見えてくる。そしたら、また「編集」だ!!
思いだそう
「ゆっくり歩むものは遠くへいく」
▼新・教材試論を続けよう。それが、私にとっての「等身大」の語り。
授業のなかで生まれ、授業で進化する具体例を続けよう。
<具体例>その2  簡単な熱気球
教えたいことも意図も簡単、「あたたかい空気は、軽いだから上にあがる」
コトバにすれば、それだけのこと、板書するまでもないような事実。でもそれは、「ほんとうわかっているのだろうか」。これだけで、この「事実」は使えるのだろうか。
▼私の「教材史」のなかでも、なんども手をかえ、品をかえ挑戦してきた。なかでも
48枚のゴミ袋でつくるジャンボソーラーバルーン は圧巻であった。ついには、冬場全国たこ揚げ大会にもっていって、大凧にまじってあげるという前代未聞にも挑戦したこともある。
もう、もう25年近く前の話だ。
▼しかし、これは面白いことだが、これではふつうの授業での「教材」とならない。
「教材」用にと、ゴミ袋4枚で、下にアルコール燃焼用の皿をつけたものをつくって、体育館で見せたりしていたこともある。これでも、けっこう迫力あり、滞空時間もながいので面白いが、そのために、授業を中断して体育館へいかなければならない。
▼ 授業をイベントごととしてしまうのなら、それでもよかろう。
しかし、ずっと欲してきたのはそれではない。授業のなかで、簡単にやれて、ちょっと見て「わかった」を引き出したいのだ。
最後に行き着いたのは、ゴミ袋一枚の熱気球だった。
これなら、数分時間をさくだけでOKだ。でも、やるのとやらないのでは大違いだ。
▼【天気の変化】では、「上がるとザアザア」の前段だ。 
【授業】上がるとザアザア…(3)

<つづく>


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新・私の教材試論(11)

Dscf0529▼昨日は、修了式だった。年度終わりの式である。桜もほころびはじめた。
【天気の変化】の「感想」を提出してくれていた。読み進めるうちにすごくうれしくなってしまった。
「テレビの天気予報、今までだったらすぐチャンネル変えていたけど、天気の勉強してから、面白いと思うようになって注意してみている」
「いつか、気がついたら空を見ていることがおおくなった」
「雲をみていたら、あの雲のうたを思いだした」
「雲が天気を教えてくれていると思った」
「学校へ来るときも帰るときも空をみるようになった」
「青空のむこうを知りたくなってきた」
「もっともっと天気勉強つづけようと思う」
「インターネットで雲を見て、雲がきれいだ思えるようになった」
「天気図書いてみて、難しかったけど、とっても面白かった
等々
ほんとうれしくなってくる。最後だから気をつかってくれているのかな。お世辞半分かな。
単純な私は、とってもうれしくなり勇気・元気が湧いてくるのだ。
「さあ、もっといい授業をしなければ」と。
▼次の授業を考えるまで、すこし余裕がある。こんなときこそ、いつも中途半端の細切れにしている「新・私の教材試論」をすすめておこう。
 あくまで、「試論」だから、そんな体系だてものではないが、それでも書く旬というものがある。そのときに「これは、これはぜひ書きとめて置きたい」と思ったことでも、時間の経過ととも色褪せてしまう。
何を書きたかったのすら忘れてしまう。
 今の「思いつき」の覚え書きをすすめておこう。
▼一年間の授業を終えた今、教材について思うことは
○教材は授業のなかでうまれ、授業によって進化する。
最近やった授業から具体例をあげておこう。熱がさめてしまわないあいだに。

<具体例>その1 新・新マグデブルク半球 あらため「究極のマグデブルク半球」
教えたいことはなんだ。!
それは、大気の海の底で我々は暮らしている。大気の物理学、それが「天気の変化」。
大気は、目には見えないけれど、間違いなくそこにある。重さをもってある。
大気の海の底では、大気の重みから「大気圧」が生じる。深海で水圧がかかっているように。
それを実感させたい。
これまでにも、いろんな実験をやってきている。
 なかでも、私のいちばんのお気に入りは、マグデブルク半球の実験だ。1657年、今から350年ほど前にマグデブルク市の市長だったゲーリケの公開実験だ。これで「真空」と「大気圧」を示したかった。科学史上も意味ある実験だ。
 もし経済的なことも含めて、あらゆる条件がゆるされるなかで、「生徒に見せたい実験は」と問われるなら、いの一番に、この実験の復元実験を言うだろう。その当時と同じ半球、馬を16頭用意して…。
 もし、可能な環境にあるところがあるなら、ぜひやってみてほしい。
以前にテレビ番組で「人間の綱引き」でやっていた記憶があるが、定かではない。
私が望むのは、完全復元だ。!
▼新任のころは、真空ポンプの修理からはじめて、この実験だけで、1時間を使ってしまうというようなこともある。
アンコールがかかれば、何度でも調子にのってやっていたから…。
ドラム缶つぶしが、「科学の祭典」等でちょっとしたブームになったこともある。迫力という点では確かに面白い。
アルミ缶つぶしも、いろいろ工夫が出てきた。
それは、それで進化していくさまは面白い。
しかし、授業のなかであつかう「教材」としては、やっぱり「マグデブルク半球」が最高だろう。
▼一方、簡単にできるものとして、私は故曽我部教子さんから譲り受けた「吸盤」がお気に入りだった。
簡単にできて、その威力に生徒たちはまちがいなく唖然とした。
それも長年使っているあいだに取っ手が壊れてしまっていた。
新しいものが欲しかった、ガラス屋さんに聞いたり、教材屋さんに聞いたりしていた。ネットにも「教えて!」をあげていた。そしたら、なんとメールで教えてくれる人がいた。それが、これだ。
さっそく手に入れた、それもセットで2個。
▼やっと入手したが、そのときは授業をしていなかった。授業の機会をまった、そして、そのときがやってきた。
それが、
【授業】これぞ「新・新マグデブルク半球」だ!
である。
 30数年に理科教師をつづけてきて、たどりついた。授業なかで生まれ、授業で進化して教材のひとつ。
「新・新マグデブルク半球」あらため、「究極のクリップモーター」にならって「究極のマグデブルク半球」とよぼう。
 これが、私自身の教材史のなかで、最終形、究極のかたちだ。
繰り返しあげている「3K(感動・簡単・きれい)1A(安全)の法則」「3H(ホット、本質的、ホンモノ)の法則」すべてを満足している。
 とりわけ、最後のH(ホンモノ)が気に入っている。この吸盤は、最初から教材としてあるものではない。
業務用である。だから、みせかけでなくホンモノだ。
ホンモノだからこそ、その威力は抜群である。でなければ、業務には使えないのだ。

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二匹目のコウガイビルと出会う。

Dscf0509▼自分でも信じられないことと遭遇した。昨日の朝の散歩のときであった。あの私の「ふしぎ!?」をどんどんふくらませてくれているコウガイビルの二匹目にであったのだ。犬をつれての朝の散歩の途中である。よくデジカメを携帯しているのだがこんなときに限って持ってきていない。捕獲しても、入れるものがない。私は慌てた、とりあえず捕獲するナイロン袋だけでもとりに帰った。こんなときに限ってすぐみつからないナイロン袋が。(^_^;)
 なんとか間にあった。みつけた場所にいったら彼いや彼女(どちらでもいいんだ、きゃつは雌雄同体!)は、アスファルトの路上を気持ち悪くうごいていた。そして捕獲成功!!記録しておこう。2009年3月23日朝6:00。
▼何度か、書いている一匹目のコウガイビルであるが、今なお健在だ。「ふしぎ!?」はまだまだつづき、ふくらんできている。何もエサは与えていないはず、それなのについに冬を越してしまった。春がわかったのか、妙に活発な動きが見えてきた。すこし、ナイロン袋に異変がある。袋の内部が緑がかっている。なんだろう、これが「エサ」になっているのだろうか。彼・彼女の最期はどうなるんだろう。袋のなかから消えていくのだろうか。
答えを知っている人にとっては「アタリマエ」かも知れないが、答えが「未知」である私にとっては不思議はふくらむいっぽうだ。そこへ、この二匹目だ。
 単なる偶然の出会いであろうか。こいつが私に「生命とはなにか」を教えてくれる使者なんだろうか。
また、いつものオオバーなことをと笑われそうだが、そうとしか考えられないんだ。
もう知っている人にとってはアタリマエも未知な人間にとっては「ふしぎ?!」のかたまりだ。

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【Web更新3/22】09-12【天気の変化】更新

Dscf0391 熟す日 思い馳せるや 春うごく
 09/03/19 (木)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】 定例更新のお知らせ
 間違いなく地球は一日に一回転し、七回転して一週間が過ぎていく、同時に太陽の回りも、一年かけて回ろうとしている。このアタリマエは、どうしようない「事実」である。それも不思議なことに同じスピードでである。
 暑さ寒さも彼岸までの「彼岸」もすぎようとしてしている。Web更新もこのスピードにあわせようと、今年12回目の更新である。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ ナワシログミ
 朝の定例散歩にずいぶん「ナワシログミ」(?)をみつけた。これが赤く熟するころ、去年のそのころには、また定例の朝の散歩をはじめていたと思うのだが気がつかなかった。月日の過ぎるのをはやく感じる今日この頃、つい思いは、赤く熟する日を想像してしまう。そのころは、どんな思いでここを歩くのだろう。
 名前の通り、そのころは田植えがはじまっているかな。春、始動!!

◆【天気の変化】実践DB更新
 私自身がずいぶんと楽しませてもらった単元だった。終わってみて、この単元を再び概観してみると、これまでとはちょっとちがったまったく新しい展開が考えられる単元だと思う。
 「雲見」にはじめて、「天気図」で終えた単元だった。あと、「日本の天気」と「天気コトワザ」は機会あるごとにふれたい。
 しばらくは授業がない。すこし淋しい気分になる。

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「チャート式」の歴史に学ぶ

Dscf0475▼青空がうれしい昨日だった。少し休養の日とした。一度だけ外出した。それは、例の「大賀ハス」植え換えの準備である。鉢の購入だ、適当なものがなかなか見つからなかった。ホームセンターで大きなポリのたらいを買った。その後、「大賀式栽培法」(『蓮~ハスをたのしむ~』監修北村文雄をみていると出ていた。)によると、「みがきにしん」を元肥につかっているようなので、それを真似てやろうと思い、「みがきにしん」を求めてスーパーの堂々めぐりをやった。でも結局みつけることできなかった。(^_^;)
後で、ネット検索をやってみると、「大賀蓮を育てる」ことにはまっておられる方は、たくさんおられるんですね。これまた奧の深い世界のようだ。今日こそ、植え換えをしようと思っていたのだが、雨だ。
日延べかな。(O.O;)(o。o;)
▼もうひとつ昨日面白いことがあった。amazonから『チャート式シリーズ 新化学』(野村 祐次郎・辰巳 敬・本間善夫著 数研出版)が届いた。
発注した翌日に届いている、速いな。
何故今ごろ、受験参考書なのかというと、この執筆にシェーマさんこと本間善夫さんがかかわっておられるからだ。最近まで、そのこと知らなかった。この度、3月に「化学Ⅰ」+「化学Ⅱ」版が出たということで知ったわけである。そうと知れば、やっぱり手元に置いておきたい。また、今教えている中学生が、高校でこんな勉強をするということを知っておくのも何かの役に立つだろうと思って購入した。
▼私自身も40年ばかり前にお世話になった。そう言えば10年ばかり前には、子どもたちも持っていたように思う。開いてみるとなつかしいチャートがならぶ。「同素体はSCOPで掘れ」なんて、頭に残っているな。
なんなんだ、これは…。高校の授業や大学の講義などは、ほとんど頭にないがこれは残っている。
まあ、もっとも優秀な学生・受験生でなかったことは確かだが。
▼「チャート式」がスタートしたのは、1929年だという。なんと今から80年も前ではないか。
そして、今も多くの高校生が手にしている「チャート式」。
なんなのだろう引き継がれていっているものは…。
どこから生まれてきたんだろう。誰がこんなのはじめたのだろう。急に「チャート式」の歴史が知りたくなった。
▼シェーマさんが教えてくれた。「数研」のページにその歴史があると
http://www.chart.co.jp/corp/00epitome/epitome_index.htm
http://www.chart.co.jp/corp/00epitome/02histry/histry_chart.htm
なんと面白い歴史をもつのだ。
さらに、今度は「星野華水」に興味がわいてきた。ネット検索をかけてみる面白い論文に行き着いた。
◆中村滋・杉山滋郎 「星野華水による"チャート式"の起源とその特徴」(『科学史研究』第45巻(no.240)[2006年12月]) これは実に面白い!!
 論文のなかで、著者たちは次のように語っている。

しかし、現実には、極めて多くの学生達が受験期において、受験参考書に接してきたし、今も接している。長く読み継がれている受験参考書が、人々の「数学・科学に対するイメージ」の形成に大きく寄与した可能性は高い。(P209)

(中略)以上のような観点から、受験参考書の研究は、人々の科学像やマニュアル化の変遷を考える上で貴重な基礎データを与えてくれる可能性がある。(P209)

きわめて興味深い「可能性」を示唆している。
▼私には、これからの授業づくりのヒントが、ここに内包されているように思えるのだが…

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一年間の授業をふりかえって

Dscf0455▼春分の日の昨日は、朝は少し遅めにうごきだした。そのせいだろうか。いつも見ているはずのものが、ゆっくりと見ることができた。たいへんなことをみつけてしまった。例の大賀ハスから新しい葉の芽が出ている。それもひとつではなく4~5つもである。(゚o゚)ゲッ!!
どうしたものだろう。春には容器を換えて、2年目につき合おうと思っていた。しかし、すっかり意識していなかった。蓮根の姿を見なければと思うし…。どうしたいいんでしょうね。阪本さんアドバイスを…。<(_ _)>
▼大賀ハスを見たあと、学校に出かけて理科準備室の片づけをやった。あいかわらず、「整理ベタ」の私は、もうひどい状態にしてしまっていた。「整理」をしながら、この一年間の授業をふりかえっていた。
 ひとつひとつのプリント・教材や実験器具にも、その授業を思いだして手が止まる。一年間は短いようたけど、こうしてふりかえってみると、ずいぶんたくさんの授業をやったものだと、感慨ぶかいものだ。
▼まず、最初にやったのが【電流と回路】の学習だった。ひさしぶりの本格的授業ということで緊張ぎみ、授業をはじめている。blogの記事を読み返してみるとそれがよくわかる。
久しぶりに教科書を熟読して驚いた。その変容ぶりに。
 それは随所にみられた。そのシナリオは、かつて自分たち描いてきたものに、そっくりなんだ。ここでも、はじめに「静電気」がきていた。
 もう一度、自分でもシナリオを描きなおしながら授業を組み立てていった。
▼次が、大好きな【電流と磁界】だ。「電流」と「磁界」この不思議な関係、これほど面白い単元はない。久しぶりにやってもやっぱり面白かった。私の十八番「究極のクリップモーター」もやってみた。やっぱり楽しんでくれた。うれしくなってきて「究極のクリップモータ-」を普及させる会までつくってしまった。その後、音無であるがけっしてやめてしまったわけではない。全国の中学生に普及するまで、可能な限り続けていくつもりである。情報あればよろしくお願いします。<(_ _)>
▼夏休みのエネルギー充填期間を経てはじめた【動物の世界】も面白かった。はじめの授業は、たしか「クマムシ」と「熊楠の粘菌」からだった。この単元では、「ブタの心臓」や「ぬりえ」などのこれまでにやったきた授業の部分もあるが、まったく新たに授業を組んだところもある。
 『食べる』を第一方程式にした「動物の世界」は、私にあらたな「発見」をもたらしてくれた。ここらあたりになって私は気づきはじめていた。授業をするというのは、自分の「学び」の最高の手段であることを。
『人間は考えるちくわである。』もそんななかで生まれた。冷蔵庫をのぞいたら、このときのちくわがまだ眠っていた。(^^;ゞポリポリ
 また授業をやりながら、何度も何度も自分に問いかけていた「生命とはなにか」。発端は生徒の発言だった。まだ解決はしていない、永久に続く私の宿題だ。
「クマムシ」にもまだ出会っていない。今年中には会いたいものだ。
▼次が「はじめに原子ありき」からはじめた【化学変化】だ。ここでは、あらためて私自身の物質観を問い直してみた。それは、あらたな教材観にまで発展していった。
「原子論的物質観」の有効性を立証したかった。
そしたら、あらためて「二十一世紀の原子論者!」を唱えた大先達大竹三郎さんに出会いなおすこととなった。
オストワルドの『化学の学校』にも出会ったのは大きな収穫だ。
これまた久しぶりの「カルメラ焼き」も大いに楽しんでくれた。冬休み課題で「化学式いっぱい」のレポートは、私を大いに勇気づけてくれた。生徒たちに感謝したい。
▼そして、最後が先日までやっていた【天気の変化】だ。従来の実践から離れて、ここもあらたに授業を組み立てなおした。「雲見」からはじめた。【「雲見」の連帯】もよびかけた。これはこれからもずっと続けていく。
「雲家族10のうた」も創作してみた。自分ではけっこう気に入っている。おぼえてくれている生徒いるかな。
そんななかで、南極の武田さんがメールをくださったうれしかたな。今朝も南極の空・自然を見せてくださっている、ありがたいかぎりだ。
「天気図」も最後にやってみた。コンピュータ室で2時間をやった。
Webの時代だ。生徒たちの興味関心とスキル向上に驚いた。さらにあらたな【天気の変化】の学習展開の可能性を教えられたきぶんになった。
▼こうしてふりかえってみると、授業することの面白さをジワジワと実感する。
授業こそ、教育実践の最前線である。
これが、ポンコツ理科教師の結論である。

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【授業】「ふしぎ!?」いつまでも

Dscf0423▼今日は、春分だ。昨日の午後から、雲のようすがおかしい。と思ったらやっぱり今朝は雨だ。ポツリポツリと降り出したのだ。昨日、雲が空を覆いだした頃、理科室に置いていた例の「晴雨予報グラス」の水位がうんとあがっていた。やっぱり、ある程度は反映しているのかな。アリマエであるが…。
▼春分で、ちょうど天文学的にも、分け目の日にあわせるがごとく、今年度の私の授業も終わった。ずいぶん久しぶりのまとまったかたちでの授業だったが、昨日で終わった。
 今、これを書くことによって、中学2年生の一年間の全授業をなんらかのかたちでblogに書きとめたことになる。初期の目標を達成したことになる。\(^O^)/
▼さて、その最後の授業いろいろ考えたが、コンピュータ室で幕ということにした。天気図を書いていた。今年の3月15日の天気図を書いていた。各地の天気、船舶からの報告は、書きとめたものを地図上に書き写すは宿題としていた。そして、いよいよ漁業気象である。
 ここをやらなければ、天気図を書いたことにならない。しかし、パーフェクトなもの期していては時間がいくらあってもたまったものでない。低気圧、閉塞前線、温暖前線、寒冷前線。いくつかの低気圧、高気圧。練習をしてみた、やりながなら少し自分で納得してしまった。
「天気図」を書きながら、この単元の総復習ができる。
▼最後が等圧線だ。いつもなら二本いうところ、このときは一本だけだった。
天気の変化は「気圧」だ!
それを繰り返しながら、ひいてみた。
さて、この天気図、プロはどう書いたのだろう。実際に雲はどう動いたのだろう。この後、どのように天気は変化していったのだろう。それをWebでみることにした。
それが、これまでとはちがったかたちだ。
これはなかなかよかった。
▼残りの時間で、気象庁黄砂情報デシタル台風:雲画像動画アーカィブ(全球画像)(自分の誕生年月分必須)等は必須としながら、今日の「天気予報」をWeb探検をさせた。
▼霧中になって、天気図をかいたり、Web探検をやっている生徒の姿をみていると、やっぱり「ふしぎ!?」の謎解きは面白いなとつくづく思った。
 この一年間、生徒たちと「授業づくり」を通して、自分の「ふしぎ!?」の謎解きをやってきた。
実に楽しかった。どのひとつとして、「終わってしまった」ものはない。むしろ「ふしぎ!?」はふくらんだぐらいだ。それがまた面白い。
 いつまでも いつまでも…。

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【授業】天気図を書こう-(2)

Dscf0365▼ポカポカ陽気の春がやってきた。用件があって、校区を北から南の端までドライブした。けっこうな距離である。ほんとうに、空ばっかりになっているあいだに、地上に春はやってきていた。
小川のせせらぎに、フキノトウ(「ふきまんぷく」この言い方がすきだ。)、ツクシ、タンポポ、ホシノヒトミ、ホトケノザ等々野はお花畑だ。季節はまちがいなく「春」だ!!
▼【天気の変化】の授業も最終章の最終だ。今、天気図でしめくくろうとしている。
終わってしまうのに、変な話だが、一冊の本を注文していた。それが届いた
『天気図の歴史~ストームモデルの発展史~』(斎藤直輔著 東京堂)
なぜ、この本を購入したかというと、一般的な天気関係の本を読んでいるとよく、参考文献としてあがっていた、それとこのタイトルだ。
 「天気図の歴史」で検索をかけると、この書がよくヒットしたからだ。
この道のスタンダード本のようだ。
さっそく、開いてみた。おっと、これはすぐさま読み切れるものではない。私には歯が立ちそうにない部分もある。
でもなにか面白そうことが書いてある。
 「はしがき」と「エピローグ」を読んだ。これは、さすがである。
これはホンモノだ。時間をかけてゆっくりと読んでみようと思った。
▼授業の記録を少しでも続けておこう。
残りが少なくなった時間なので、大切に
「失敗の記録」の方が大切、と常々言いながらも、なかなか「うまくいかなかった」ことに対しては書きづらいものがある。生徒たちにとっては、失敗で終わらすことのできない切実な問題なのだから…。
 まだ続けて、3月15日の天気図である。頭の中では、何日分かに挑戦できたらと思っていた。
ことは、そう簡単なものではない。各地のメモした気象情報を天気図に書き込んでいく。
一見単純で地道な作業である。次に「漁業気象」である。
ここが、実は「天気図を書こう」本番なのかも知れない。
ともかく、この天気図を書く作業は、【天気の変化】総復習を含んでいる。
▼教科書から「天気図を書く」が消えてしまっている現状、時間数などを考慮すると難しいことはわかる。
しかし、今度の改訂で、少しは時間的余裕は確保できるかも知れない。
そこで、体験的に提案する。
さわりだけでもいい。一度は
「天気図」を自分で書くことに挑戦してみよう。

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【授業】天気図を書こう。

Dscf0324▼やっぱり予測どおりだった。昨日の空は…。「黄砂」である、こんなに意識してこれを見たことはなかった。空には雲はない。雲量からいくと快晴だ。ポカポカ陽気のいい天気だ。だが、なにかちがうすべての輪郭がぼやけている。車は、黄砂で汚れが異様に目立つ。間違いなく、異様な物質が飛来してきている。
Dscf0316▼私は、あまりこの物質について認識がなかった。これは、いろんな「ふしぎ ?(゚_。)?(。_゚)?」の飛来でもあるようだ。黄砂については、まだまだわかっていないことも多いようだ。
 「酸性雨」「異常気象」等々の問題も含めて、21世紀の大気を考えていくうえで、大きな鍵になりそうだ。ものごとをバラバラに考えるのでなく、関連付け、総合して考えると、バラバラでは見えなかったことが、見えてくることもある。それこそが「科学的」と言えるのかも知れない。
▼【天気の変化】の学習で、生徒たちとともに、私自身が学んできたことが要約してしまえば2つある。
「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」

「光は東から 天気は西から」
の2つである。
その2つが交わるところに「黄砂」がある。
これは、タイムリーなだけの問題でなく、そうなのだと思う。
赤道付近で「上がると ザアザア」で熱帯雨林ビシャビシャ ジャングル地帯をつくりだした大気は、30°を中心として、20~40°のところで、「下がると カラカラ」で、世界のカラカラ砂漠地帯をつくった。ゴビ砂漠は、「下がると カラカラ」で大気が降りようとしたら、世界の屋根ヒマラヤがあってそこから、少しずれて下がらざるを得なかった。そして、そこで、舞いあげられた砂は偏西風にのって飛来する。
あまりにも、単純な大気の流れの図式化である。
単純であるが、ドラスティクな流れである。思わず自分でもつぶやいてしまった。
こんな「単純」でいいの(・_・)......ン?
▼授業では、窓の外にこの「黄砂」を見ながら、天気図を書いてみることにした。
書くのは、この間の3月15日(日)正午のものだ。いろいろやってみたが、結局今や、ちょっと原始的な「カセットテープ」に録音してという方法でやった。
 ちょうどありがたいblogをみつけた。
◆blog「天気図」描こう!
これはいい。聞き漏らしがあっても、これで補足ができる。
音声ファィルをどこかでみつけられたらと思ったが、今のところみつけることができないでいる。
▼もうひとつ参考にさせてもらったものがある。南極の武田さんの書いた『天気の自由研究』(武田康男著 永岡書店)にある「天気図の書きかた」(P104.P105)を使わせてもらった。今のところ、私が見た範囲では、いちばん「わかりやすい」天気図の書き方の説明である。さすがだ!!
▼各地の天気を書きとめるところまでしかできかなかったが、あの「緊張・集中」がもどってきた。やっぱりいいな。今日も続けてみよう。

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【授業】今、「黄砂」も西から

Dscf0311▼昨日の空は、なんともすっきりしなかった。なんだろう、単なる曇り空というのでない。なにか霞がかかったようなぼんやりとした感じだ。ひよっとしたら「黄砂」か。(゚o゚)ゲッ!!
 ネットで天気予報をみてみる、あたりだ。黄砂のシーズンになってきているのだ。
▼気象庁の黄砂情報(実況図)黄砂情報(予測図)をみていると、リアルタイムに黄砂の流れがわかる。それは、同時に大気の動きでもある。
なんという偶然であろう。授業では、今まさにそれをやっているところだ。
 地球をとりまく大気の大循環をあつかっている。最初に、赤道付近が年がら年中、太陽からのエネルギーからたくさんもらう。その付近の大気はだからいつも上がっている。
そして対流をおこす。上がった大気は、極をめざすが、そこまではいかない。案外はやく込み合ってしまい30°あたりで下がる。ハドレー循環だ。
 大まかに三つの循環をみる。そして、地表近くの流れ(風)をあつかう。
世界地図に書き込んでみる。貿易風、偏西風、極風を…
▼とりわけ重要視したいのは、偏西風だ。「光は東から 天気は西から」はここからきているのだから。最初にあつかうのは、ここでの定番。
堀江謙一の「太平洋ひとりぼっち」(1962 偏西風)と2年半後の鹿島郁夫のヨットでの太平洋横断(貿易風)だ。
 定番以外にもいろいろあるが、ここではリアルタイムに「黄砂」。
「窓の外を見よ!!これぞ西からだ!!」
なんとリアルタイムに、大気の大循環を教えてくれていることか。
やっぱり、最高の教科書は自然!
黄砂予測図をみていると今日はもっとすごそうだ。どんなようすになるだろう。しっかりみておきたい。

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【Web更新3/15】09-11【天気の変化】更新

Dscf0200 出立の 「はい」の返事や みどり聞く
 09/03/12 (木)撮影@安富
■楠田純一の【理科の部屋】 09-11定例更新のお知らせ
 卒業式も終わり、今年度もあと2週間を残すのみになってしまった。今年度の「整理」の季節に入ってきている。
このWebページも、もうすぐ、開設から11年にもなろうとしている。ほんとうに微々たる更新の繰り返しである。
blogとの連動の更新だけになってきている。そこにプラスして、【理科の部屋】4@folomyが入ってくることが私は理想とするところである。三位一体の更新ができていけばと願っている。
 これからの「学び」は「学び合い」としてしか成立しないのだから。「学び」の醍醐味もそこにある。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ アメリカフウ
 「空」ばっかりに夢中になっていたら、地上の生物たちの「春」を見逃してしまうところだった。野のホシノヒトミ(オオイヌノフグリ)、ホトケノザ、タンポポたちが、色とりどりに春を告げてくれている。でも、私はあえて「校庭の樹木シリーズ」にこだわり続ける。先週は、卒業式があった、卒業生たちのすべてを集約したかのような「はい」の返事が体育館に響いた。少し離れたところのアメリカフウの新芽も聞き耳を立てているがごとく、私には見えた。

◆【天気の変化】更新
 授業も最終章に入っている。どんな単元も、最終章は「開いて」終わりたいと願っている。この学習が、この世界に入っていく「はじまり」で終わりたいのだ。
 世界の大気の流れ、日本の天気、天気図、天気コトワザ等々やりたいことはまだまだある。
発展的に「しめ」をやりたいものだ。

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【推薦本】『天気図がわかる』(三浦郁夫著)

Dscf0286▼昨日は、お昼近くなって「青空」がもどってきた。この時期の「青空」っていいですね。色がすこしうすい感じがする。濃い青ではない、それは大気が水蒸気を多く含んでいるからそうなっているんだろうか。
意識的に「雲見」をはじめてからもだいぶん日が過ぎてきた。
でも、まったく飽きることはない。だって「二度と同じ雲はない」、その瞬間、瞬間に更新されていっていると思うとすごい未知なるドラマを見ているようなものだ。
▼天気図も同じである。「人の指紋と同じように全く同じ天気図はないと言われます。」(P47)と語るのは西園寺さんこと三浦郁夫さんだ。
■『天気図がわかる』(三浦郁夫著 技術評論社)
 ついにこの本を紹介するときがやってきた。実は、この本が発刊されたのは昨年の2月だった。私は発刊されると同時に、この本を購入した。西園寺さんのblogに書き込みもした。著者からの「感想聞かせてください」のコメントをもらっていた。
 でもすぐさまは書かなかった。書けなかったというのが正しいのかも知れない。そのときは、授業からも遠ざかっていたし、なにか通り一遍の「感想」を書くのがもったいないような気がしたからだ。読むだけは読ませてもらっていた。そして、このときを待っていたのだ。
 今なら、実感をともなって書ける。
▼最近、私はほんとラッキーな人間だと思うことがある。元々パソコンなどとは、まったく「縁のなかった」、と言うより「大の苦手」人間が、パソコン通信(なつかしい響きだ)をはじめて、【理科の部屋】で多くの人と知り合いになれて、人生最大の宝物=ヒューマンネットワークを手に入れた。それを生かして、授業づくりをやっていっている。
 夢に描いたようなことを現実にしている。ありがたいかぎりだ。
 西園寺さんとのおつき合いも、その典型だ。
 ネットを介して、たくさんのことを教えてもらってきた。
たとえば、科学読み物「台風は水蒸気を食べて成長する」「雨粒の形と大きさ」などを書くときがそうだった。具体的にくわしくアドバイスをしてくださった。
▼世話になってきたのは「天気」のことだけではない。『私の【理科の部屋】活用法』に執筆してくださったり、パソコン通信が終焉をむかえたときには、「これから」を示唆してもらった。
 この私にこのblogを勧めてくださったも西園寺さんだ。従ってトラックバック第一号は、もちろん西園寺さんだ。
深謝。<(_ _)>
▼本自体の紹介が後になってしまっている。
ひとことで言うのはむずかしいが、あえて言うなら西園寺さん(三浦郁夫さん)でなければ書けない本になっている。この道の現場最前線にいる三浦さんだから書けること、それが満載である。

第1章 天気図を読むための予備知識 ─ 記号の意味を理解する
第2章 季節に典型的な天気図を攻略 ─ 気圧配置と天気の関係
第3章 歴史的な天気図を読みといてみよう ─ 進化する天気予報
第4章 仕事で使う,専門天気図の読み方 ─ より深い理解のために

からなっている。
とりわけ、第3章、第4章が読みどころである。類書にないせまり方である。
第3章の「歴史的な天気図」というのが面白い、非常に興味ぶかい。ここに毎日、毎日「天気図」が書かれる意味が語られている。「天気図」を書いて未来予測をして災害を防ぐのである。防災・減災にこそ意味がある。
そして、天気予報も進化してきている。進化は進行形だ。
 過去の記録「天気図」は、未来予測の大きな武器だ。
 見えない大気の運動を可視化した天気図、歴史的な天気図。その読みとりのノウハウが語られている。
プロ中のプロの人だから、ツボを心得ている。アタリマエと言えば当たり前だが、それがすごい。
▼第4章もそうだ。一般的な類書で敬遠するところだ。ところが三浦さんはちがっていた。「プロが使う天気図」を解説してくれているのだ。これは、きっと三浦さんが、こんな面白いこと「ひとりじめ」するのがもったいないと思われたからだろう。三浦さんたちプロの楽屋裏公開である。
 そこに、その世界の醍醐味があるからだろう。
ホンモノはいつも本質的で、高いレベルの科学を有している。見た目に誤魔化されてはいけない。ホンモノはいつも「シロウト」にわかりやすいのである。なぜなら、それがホンモノだから…。
▼三浦さんは、表紙の帯に、『いずれは気象予報士試験を受けてみたい人も、この一冊から!』 と書いておられる。これで、この本を手にした人のために、気象予報士の試験問題もいくつか取り上げられている。
 それに誘われるように、ポンコツ理科教師の私も、「いつも日か、気象予報士の試験に挑戦したい」という夢がふくらんでいきます。
 

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「天気図」200年の歴史

Dscf0254▼昨日、校舎から窓の外を見ていた。いつもの「雲見」だ。あいにくの天気で雨だ。
なにも、特別の風景ではない、いつも繰り返して見てきたはずの風景だ。でも、私は思わず声をあげるぐらいに「感動」した。放課後で、校舎内で部活動をやっている生徒に思わず呼びかけてしまった。
「おい、あれを見ろや!あれを!!」
 そう、雲が発生していたのだ。加茂神社の方角だ。山裾に、雲が発生し、消えてはまた発生する。それを繰り返していたのだ。
 これほど、リアルに「雲の発生」を眼前でみたのははじめてだった。いや、そんなことはないだろう。実はいつもアタリマエのこととして、繰り返しているのだろう。この「大気の大実験」を意識的にはじめて見たということだろう。
 それにしても、これほどの感動の大実験を居ながらにして、毎日観察できるとは、なんとありがたいことだ!
▼今朝(14日)起きて、外に出てみると強い風だ。昨夜、21時の「天気図」をみてみる。寒冷前線の通過だ。
まったく、その通りの天気になっているのである。それにまた感動してしまうのである。
見えない大気の流れを、可視化して、一枚の地図に書く。
なかなかの発明だ、この「天気図」というやつは。
 知りたくなってきた。この「天気図」の歴史というやつが・・・。
▼案外この歴史は浅い。はじめての「天気図」から200年も経っていないのだ。
はじめての天気図はドイツのブランデスという人によって1820年に描かれたという。
その年には、あのダーウィンの「ビーグル号」が進水している。
人類と天気のつきあいの歴史から言うと、ごくごく最近ということになるだろう。また、ブランデスが物理学者であったことが示唆するところは大きい。
 「大気の物理学」としての出発は、ここからなのかも知れない。
 物質探険の旅に「原子の周期表」が欠かすことができないように、「天気図」は天気の未来予測学に必須である。
 200年の「天気図」進化の歴史をもう少したどってみたい。
ここに、今日の「科学」の意味を発見できるかも知れない。そんな予感がする。

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【授業】「天気図」mp3データは

Dscf0234▼今朝、一回目外に出たときは、雨がふっていなかった。でも先ほど外に出たら雨が降っていた。卒業生たちが、入試に向かう日だというのに…。こればかりはどうしようもない、足元が悪いかもしれないが、そんなことにはめげず蓄積してきた力を存分に発揮してくれることを願うばかりだ。
▼【天気の変化】最終章のシナリオは描いた。そのさわりの部分は、実際にやってみた。やりながら、やっぱり面白い、ひとつのクラスは「貿易風」「偏西風」まできた。やっぱり資料があると、作業をやりながらとなるのでわかりやすいようだ。ここで最終章でぜひやりたいこと、ひとつ残している。
「気象通報」を聴いて、天気図を書くという試みだ。現行の学習指導要領では、「発展」課題となるのだろうか。
でも、絶対に一回は、その「さわり」だけでもやってみたい。
▼「気象通報」をテープで録音しておいて、それを書きとめて、天気図にしあげていく。
書きとめていくときのあの緊迫した静寂、集中が私は好きだ。私自身は、ゆっくり人間でなかなかすぐさま書き上げてしまうということできなかったが、生徒のなかには、すごいやつが必ず出てきた。
これをやって以降、「天気図」にはまってしまい、気象大学に行き、その方面の職業についたものもいる。
また後年、「気象予報士」の免許に挑戦をし、みごとに合格した生徒もいる。
 一見地味に思える作業であるが、なんともいえない魅力を内包した教材なのである。
▼それは、今も言えることなんだろうか。やっぱり今回も挑戦してみたい。
そのためには、「気象通報」を録音の必要がある。
あれ、もうテープで録音なんいう装置はないぞ!時代はWeb2.0時代、いやこれすらもっともっと進化してきているのかも知れない。じゃどうすればいいだ。
 これこそ、絶対にネットにあるはず…。いろいろとググってみた。
やっぱりあった。\(^O^)/
ところが、それがもう「テキスト」になってしまったものだ。これはこれでありがたいが、やっぱり「音声ファィル」(mp3ファイル)がほしい。それも、できるだけリアルタイムなものが欲しい。
授業をやるまでに少し時間がある。あの「緊迫・静寂・集中」の時間までに…

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【授業】大気の大循環から明日の天気へ

Dscf0183▼卒業式が終わった。学校の最大の行事が終わった。それはひとつのことの終わりであり、はじまりである。
ひとつの時代と世界の終わりである。学校には季節がある。その季節の節目である。
現場にいて、この行事を体験するのもあと数回ということなってきた。感慨もひとしおである。
 ふだんは、学校の最大にしてかつ最高の行事は授業である。というのが、私の持論だ。
でも、この卒業式だけは例外である。すべてを集約した<ハレの行事>だ。
こんな気分のときはやっぱり 真壁仁の峠だ。
実にいい!何度か音読してみる。
 

みちはこたえない。
 みちはかぎりなくさそうばかりだ。

▼「大気の大循環」の授業は、卒業式の準備の最中にやった。実に中途半端な、準備も不十分のなかやった。
なんとも、ふがないことしてしまった。こんな面白いところをつまらなくしてしまってはたいへんだ。
これまでの実践では、もっとも大切にしてきたところである。
この単元の授業で、私自身がいちばん「感動」した部分でもある。
 以前に使っていたプリントの部分を再度印刷して、準備をして再度挑戦である。
それを今日やってみる。
▼授業の前で、こうやってみようと言うのも面白いかも知れないと思い書き続ける。
まずは、太陽からのエネルギー
そして、そしてハドレー循環だ。次に、そこから地球上の大気の大循環に入る。
そして、地図上に貿易風、偏西風、極風を書き込んでみる。
書き込むときに、コリオリの力を意識する。北半球では、右へずれるのである。
そして、偏西風を強調する。
ここで、堀江謙一と鹿島郁夫のヨットで太平洋横断をあつかった【読み物】『貿易風と偏西風』
これは、やっぱりあつかってみようと今思った。まだ印刷していない。朝印刷だ。
▼「偏西風」いろいろやりたいことがある。
「光は東から 天気は西から」の源がここにあるわけだから、やっぱりここにもこだわりたい。
今からの季節、黄砂もやりたいな。火山灰も…。
ジェットストリームについてもやりたい。「ふ号作戦」の風船爆弾だって、本まで買って調べていたことがあるのだから、ここでやらなければ、やるときはない。(^_^;)
でも、盛り込みすぎると、授業はぼやけてくる。うーん迷うな。
▼風をあつかったら、次は雨だ。ここでも「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」を使ってみる。

そうすると、すぐに見えてくるのだ。「熱帯ビシャビシャ ジャングル地帯」が。
そして「世界の砂漠」が。
世界の砂漠の地図に、20°と40°のラインをひいてみる。
世界の砂漠は、みなおさまる。感動である。
?(゚_。)?(。_゚)?でも、例外がある。「ゴビ砂漠」だ。降りようとしたら、世界の屋根ヒマラヤがあった。
やっぱり例外ではなかった。納得だ。(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン
▼これで、世界の気候は見えてくる。
そして、「日本の気候」へ、さらには明日の天気へ これが【天気の変化】最終章 私の描いたシナリオだ。
シナリオどおりにいかないのが、授業の魅力でもある。
今日 最終章リベンジからはじめる。さて…。
 

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【授業】世界の大気の動き

未来を予測する。実は、学ぶことのねらいのひとつはここにあるのではないかと思う。では、どのようにこの未来を予測するのか。まずやることは、過去のデータを徹底して収集することである。その蓄積収集したデータから、「きまり」をみつける。
 その「きまり」を使ってみる。使って「未来予測」をやってみる。
「きまり」が、どうもホンモノでなく使いものにならなければ、また別の「きまり」をみつけようとする。
使えるホンモノの「きまり」をみつけるために、そして、よりホンモノに近づいていく。
そんな営みを繰り返し、繰り返しやりながら学んでいく。学びの喜びや楽しみは、そのプロセスを多くの人と共有しながらやっていくところにある。
▼「天気予報」という。未来予測もまったく同様である。古今東西、地球上に生きるすべての人が、レベルと手法はことにしながらも、この未来予測をやってきた。
 いちばん身近にあって、もっとも直接的に日々の生活に影響のある関心事として…。

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【授業】「天気コトワザ」をどうする。

Dscf0141▼「雲見」以来、「空ばっかり病」にかかっている。なんでも、すぐ「ばっかり病」にかかる。
どうやら、それが私の持病らしい。この病は、ときには一点突破ですごい世界が見えてきたりしてうれしい。一方の病の弊害もある。その第一は、プライオリティがみえなくなるということだ。ものごとをとりあえずならべてみる、ならべてみるときの座標軸は「時間」である。そして、優先順位をつけていく。そのときの判断を曇らせる。それが「ばっかり病」のまずいところ。何置いても、「○○ばっかり」になってしまうのである。
▼昨日、定例の朝の校庭を散歩していて気づいた。いたるところに「ホシノヒトミ」(オオイヌノフグリの別名・というよりこの時期の呼び名は、私はこちらが本名だと思っている)が広がっているのだ、ホトケノザの赤・ピンクとのコントラストが鮮やかである。木々の芽には緑が復活してきている。まさに地上には、「春」がやってきているのだ。
そして、卒業のシーズンである。
明日、11日は、卒業式である。
学校の最大の儀式。
こんなとき、やっぱり気になるのは「お天気」。さてどうなるのだろう。
学んできたものを使ってみたいものだ。
▼授業の全体構成も一考の必要がありそうだと感じてきているところだ。
残された時間のなかで、ずっと宿題・課題としてきたものに「天気コトワザ」がある。
これをどうするか。
 これまでも、<常民の科学>の一典型として、「天気コトワザ」を考えてきた。
どうしても授業に位置づけたいもののひとつである。生徒たちに教えられるようなかたちで、Webの時代であることに気づいた今。でもなおかつこだわりたい。
 ここに、込められた「教育の原点」をどうしても具現化したい。
▼もう一度、冬休みの課題をひっぱりだしてくる。
 【天気の変化】の学習の前に、宿題にしていたものだ。今なら、あげているコトワザの意味がわかるようになってきているだろうか。「うまく言ったもの!」と感動してくれるだろうか。
Webの時代においても、「明日の天気は…?」のときは、これが有効にはたらくのである。
有効にはたらくものだけが、今も生き残っているのである。
庄司和晃先生が、コトワザの研究に向かわれたのもわかるような気がする。

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【Web更新3/8】09-10【天気の変化】更新

Dscf0101 啓蟄や 蒸気もまた 枝 留まり
 09/03/05(木)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】 週末定例更新、今年になって10回目の更新である。福岡伸一の「動的平衡」は、生命の営みの現象をさして表現した言葉だ。しかし、それはやがて、ひとつの世界観の表明のようでもある。
 修羅万象すべてが、更新することに「営み」の意味が存在するような気がする。
このWebページ・blogまでもが…

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ カエデ
 春は、ほんとうに大気に含まれる水蒸気の量が多いようだ。それが、「飽和」状態になって、我々の目にも見えるようになって、姿を表す。それは、ときに木々の枝にとまったりする。
 それが、とってもきれいだ。これをなにか、表現したような言葉はないのかな。
 角川の「俳句歳時記」(第4版)を買いそろえた。ふつうの人にとっては今さらなのかも知れないが、私にとっては、とても新鮮なものに思える。いつか本格的に俳句をはじめたいという気持ちがないわけではないが、今はシロウトの横好きである。その歳時記をページめくってみるが、この水蒸気の「枝にとまった」姿を表した言葉がない。
 そのついでに、みつけた有名なことば いいな。さすがだ
 寺田寅彦の
「歳時記は、日本人の感覚のインデックス(索引)である」
いやおみごと!!

◆【天気の変化】更新
 この単元も、終盤である。ここまできて言うのも、へんな話だが、Webで「お気に入り」をみつける授業をしていて、その豊富な情報をみていて、これまでとまったくちがった授業展開が必要なのではと思えてきた。
これからの時代に、もっとふさわしい【天気の変化】の学習があるような気がしてきた。
 インターネット元年に生まれた生徒たち。頭にある「地球」とは、どんな姿をしているのだろう。
私が頭に描く「地球」とは、どこがどのようにちがうのだろう。確かめたくなってくる。


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【授業】「お気に入り」ベスト3は…(3)

Dscf0121▼昨日は、少しうれしいことがあった。妻といっしょに定期の検診のため病院に行った、目の方の検査もあったので車に乗せてもらった。帰りに、ディスカウンターショップによって、時計を買ってもらった。
愛用の「腕時計」のベルトが壊れてしまい使われなくなっていた。ここ何日か「腕時計」のない生活だったのだ。「腕時計」はなくても、まわりに時計は、いっぱいある。携帯しているものにだって、携帯電話と「マイ気象台」にある。しかし、それではダメなのである。アナログ人間の私には、あの針が必要なのである。
あの針で生活を刻んでいくのである。
安物である。1980円だ、これで十分だ。うれしい気分になった。
短い針が2回転すれば、それが一日だ。
地球は、1回転すれば一日だ。
▼授業の報告を続ける。生徒たちが見つけてくれた「お気に入り」ベスト3を、後から私がなぞっている。
いっぱい面白いところがあって、すべてを書き込むことができないほどだ。
地球が回転している。それに乗っかっている大気、その大気の動きがつくだす「天気」。
そういうものが見たかった。
生徒はちゃんと見つけだして来てくれた。
◆デシタル台風:雲画像動画アーカィブ(全球画像)
これは、いい。(^^)V実にいい!!
これが欲しかったのだ。これが生徒のコンピュータの画面に映し出されたときには、思わずそこいって「必ず、それベスト3に入れといてな」とお願いをした。
月ごとに残してあるというのが、うれしい。
生徒のコメントにもこんなのがあった。
「自分の生まれた年の雲が見れたところ」
「雲の様子が動画でみれて、昔から現在まで月別で見れたのがよかった」
◆雲の百科
◆tenki.jp日本気象協会
等々まだまだある。
▼書ききれない、まだまだある、別の機会に書くことにする。
ともかく
 子どもは最高の指導書!
を実感!である。実は、このあと従来の「天気図」「日本の天気」「世界の気候」をやるつもりでいた。
しかし、それは少し考えてみなければ…。
時代はここへ来ている。これだけの情報を生徒たちは、その気になればすぐさま手に入れることができる状況にあるのだ。そこでの授業だ。
再度、考え直してみようと思う。

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【授業】「お気に入り」ベスト3は…(2)

Dscf0116▼どんなに忙しくても『雲見』だけは続けようと思う。
左のポケットには「非接触温度計」
右のポケットにはデジタルカメラ
首からは、「マイ気象台」
これが、私の「雲見」の基本スタイルとした。それは継続している。
ポンコツになってきて、物忘れが激しくなった私は、基本スタイルからはずれることもしばしばだ。でも、基本スタイルからはずれても、『雲見』はできるし、基本をきめているから、すぐそこへもどれる。
用件があって、外出するときも、この基本を確認してでるようにしている。
 それにしても、空が、雲がこんな複雑系科学を表象しているなんてこれまで気づかなかった。
一瞬たりとも、同じ風景はない。刻々と風景は流れていっている。
ふっと賢治の「雲見」の
「実に僕(ぼく)たちの理想だね。」のことばが頭にうかぶ。
▼授業で子どもたちが見つけていった「お気に入り」ベスト3の話の続きだ。
気象庁のページの充実ぶりには、感動すらおぼえる。
事実、そこから、どこへも行かなかった生徒も多くいる。
そんな生徒たちのベスト3のコメントに
「勉強したことがすべて出ている」
「天気の移り変わりが動画でよくわかる」
などがあるのはうれしい。
また、いろんなページを見てきた後に、気象庁にもどり
◆「気象庁 天気図」
「いちばん見やすかった」
「動きがわかりやすかった」
などのコメントがつづいている。
◆「気象衛星」
これも同様である。
「雲の動きがよくわかる」
「勉強したことがほんまやとよくわかった」
「これ見ていたら、天気予報もできそうや」なんていうのもあり、うれしい。
気象庁では、まだいっぱいあげている。
▼実は、私は今、生徒たちが教えてくれた「お気に入り」ページ順次見ていって、ひとつひとつに納得し、発見をしている。もう、ここでは生徒は教師だ。
生徒たちのセンス選ぶ「お気に入り」は、いろんなことを教えてくれる。
日本のインターネット元年(1995年)に生まれた生徒たち、Webの時代そのものに生きている生徒たちだ。
今さらのごとく仰天している私などとちょっとちがうのかも知れない。
ひょっとしたら、彼らの脳裏にある「地球像」と私が描いている「地球像」とちがうのかも知れないと思いだしてきた。
 では、何をこそ教えるか。何をこそ学ぶべきなのか。
もう少し、教えてくれたページ巡りが続きそうだ。
<つづく>


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【授業】「お気に入り」ベスト3は…(1)

Dscf0109▼春は、大気中の水蒸気が多いのだろうか。そのせいだろうか。はみだすやつも多い、冬のように透明感のある風景とはならない。それが、春の気配というものだろうか。
いずれにしろ、春へ確実に移ってきている。「啓蟄」で活動をはじめているのは、土中の虫たちだけではない。
▼授業の方は、少し「板書」説明の一斉授業が続いていたので、少し予定を変更して、コンピュータ室に入ってインターネット情報を入手するという授業をやった。
考えてみると、自分自身で、こんな授業をするのは、何年ぶりだろう。ひょっとしたら、10年近くなるかも知れない。この世界では、「大昔」だ。
 まずは、自分自身が驚いてしまった。10年前に夢に描いていたようなことが、現実になっていることに。
「いつの間に…!!」というのが。はじめの感想だ。
▼最初は、またしても武田さんに世話になった。武田康男さんの『天気の自由研究』(永岡書店)より「気象庁のホームページを利用しよう」(P118)をコピーして使わせてもらった。
武田さんが薦めるだけあって、気象庁のホームページはすごい充実ぶりだ。いつの間に、こんなすごいことになったのかな。西園寺さんに聞いてみたいところだ。
ネットの時代の「天気の学習」に、これを利用しない手はないだろう。
▼「気象庁」に行くことは、共通して最初に開くページとして、あとは、自分のお気に入りをみつけることを課題とした。課題プリントにはこう書いた。
『これまでに学習してきたことを生かしながら、自分の「お気に入り」ページ、ベスト3をみつけよう。どこが「お気に入り」かの説明も書こう。』
授業の終わりに、この課題プリントを提出することとした。
▼「浦島太郎」の私には驚いたことがいろいろある。
まず、いちばんに驚いたのは、子どもたちの「検索術」だ。見ているあいだに、こちらが飛びついてしまいそうなページを次々とあけてくるということだ。
「(゚o゚)ゲッ!! そのページ どないしていったん?」と聞きまわる次第だ。
ひとりが、面白いページを発見すると、それはすぐさま感染する。みんなが、そのページを見に行く。
なんか、その場で、情報の伝わり方の「見本」を見ているような気分だ。
あきらかに、時代はネットの時代になっていることを実感する。
▼気象庁のページがあまりにも充実しているので、なかなか他のページにいかない生徒も多くいる。
気象庁のページのなかでも、小学生向けページ『はれるんランド』は中学生にも人気だ。ゲームなんかもあってうまくつくられいる。工夫がある。
気象に関するデータバンクの役割をしているがすごい。
利用の仕方をいろいろ考えていきたい。これからの授業を考えるときは、せひ訪れるべきページだ。
<つづく>

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【授業】情報科学の最前線は

▼今日は、啓蟄だ。それにしてなんというみごとな季節の読みとりであろう。
二十四節季のたびに、ほとほと感心してしまうのである。
自然の営みと、自然に働きかけて生きる自らの営みをコラボする。全身の五感をフル駆動させて「季節」を読みとる。それは未来を読むことでもあった。
 未来を読むことが、死活問題であった。そこから、二十四節季は生まれた。
 これが、「中国の黄河流域のものなので、そのまま日本で採用すると多少のずれが生じる」『天気・気象のしくみ』(P212より)と指摘するのは、南極の武田さんだ。
▼南極の武田さんと言えば、あいかわらずリアルタイムに、南極の空を「日替わり」で見せてくださっている。これは、日本の空を見上げるすべての人に、超「おすすめ」である。
 現在進行形で、こんな面白いものを見逃す手はない。そこには、これまで「あたり前」と思っていたことが、実は「ふしぎなこと」なんだ。と教えてくれたりして楽しいものなんである。
▼肝腎の授業のことがあとになってしまっている。(^_^;)
授業の方は、前線の通過にともなう天気の変化のところである。
教科書にも典型的な図が出ている。「人」の字型をした、お馴染みの図である。ずっと使われている図で最新科学を駆使しての図だと思い込んでいるが、実はそうではない。
「この図はビヤークネスとゾルベルグという人が1921年に発表した論文に掲載した図」が元になっていると教えてくれたのは、西園寺さんだった。
 西園寺さんは、【理科の部屋】でやった「ひまわり学習会」で実に多くの「天気のふしぎ」のことについて教えて
くださった。この前線についても同様だった。
▼概念にとらわれることなく、自分にとっての「最新情報」をもとに、大気の科学を進めよう。
ここであらためて思ったことがある。
それは、
この「大気の科学」の謎解き、未来予測の科学こそ
情報科学の最前線ではないか。!

ということだ。
今日の授業では、コンピュータ室に生徒を入れる。
何を発見するだろう。o(^o^)o ワクワク

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【授業】気団と前線

Dscf0075▼昨日もまた、雨だった。山ぎわの雨はほんとうにみごとである。雲が発生するところから、見て取れるようだ。
繰り返し、繰り返しこの「大気の大実験」を経ながら、春は訪れてくる。
確かに、前線通過後は寒い、しかしその寒さのなかに、どこか春を含んでいる。それはなんだろう。
蠢くなにものか。その正体は…。
▼授業再開である。本年度ラストに向けて、【天気の変化】をつめる。
まずは、ある面で「天気予報への道」のとっかかりの部分でもある。
使うルール、謎解きの方程式は今のところ2つだ。
●上がるとザアザア 下がるとカラカラ
●光(太陽)は東から 天気は西から
いたるところで使いまくる。
これは、「使える!!」と思ってくれればしめたものである。
▼今の教科書では、「日本の天気」を本格的にあつかうことがなくなってしまっているせいもあるのか、例の4つの気団の名前は、後ろの「読み物」程度のあつかいにしか登場しない。今度の改訂ではどうなるだろう。
「日本の天気」が帰ってくるから、当然この部分はくわしくなっているだろう。
 教科書に載っている載っていない、そんなのは関係なく。
「シベリア気団」「小笠原気団」これぐらいは、テレビの「天気予報」をわかるためには必須用語。
▼ここで、ふと思ったんだけど、テレビの「天気予報」って、短時間「天気予報」、ニュースの「おまけ」も含めて積算すると、テレビ番組史上もっとも「高視聴率」番組だろうな。
これは、デジタルになっても事情はかわらないだろう。それだけのニーズがあるからだ。
それだけ、世界の共通の関心事でもあるのだ。
▼授業に話をもどす。
気団、同じような性質をもつ空気のかたまり、団体さんだ。日本列島を取り巻くこの気団が、毎日の天気に大きく関与している。いわばあたりまえのことだ。
それらが衝突することがある。これまた、あたりまえのことだ。
ここで、ぶつかるとその境目できる前線面だ、面が地面と接するところそこが「前線」。
ぶつかっている標、それが「前線」。
ぶつかれば、あたたかい空気は上へ、冷たい空気は下へ
そして ここで
「上がると ザアザア 下がるとカラカラ」だ。
なっとくできる話だ。ある面あたりまえの話だ。
あたりまえの話で、よくわかる。しかし、わかればいいのではない。
これだけでは面白くない。なにか一工夫必要だ。なんとか考えねば…

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「コウガイビル」のふしぎ!?

Dscf9982▼どこまでも続きそうな青空、そんな青空にも限りがある。そこに浮かぶ雲は、いくら高いと言ってもたかだか10㎞そこそこの「身近にある」という。そんな空の不思議・謎解きからはじめた「天気の不思議」の謎解きだった。
そこには、次々といっぱい「不思議」が出てくる。
 次々とでてくる「ふしぎ?」、その不思議解き・謎解きに「科学」の名を与えよう。
そして、自らの日々の営みのなかで、生まれてくる「ふしぎ!?」。その不思議解き・謎解きに<等身大の科学>の名を与えよう。
既知のこと、「あたり前のこと」として、ひとの謎解きを鵜呑みにせず、自らの納得をみつけていこう。
▼ここのところ、「天気のふしぎ」ばっかりにはまり込んでいるが、そのあいだにも、「ふしぎ!?」に思い続けていることがある。
 それが、「コウガイビル」である。
こいつは、いったい何ものなんだ。
出会ったのは、昨年の11月だ。最初は「ヤマビル」だと思っていた。
それ以来、私はナイロン袋にいれて、そのまま「飼い」つづけているのである。
エサも何も与えない。気づいたときに(2週間に一度、それも不定期だ)水を入れ替えているだけ。
こうしているあいだに、こいつの正式な名前もわかってきた。ヒルではなかったのだ。
Dscf0052▼ときどき、デジカメを向けて、写真を撮る。
そんなゆるやかな観察を続けてきた。そして、こいつは年を越してしまった。
生き続けていたのだ。
◆七草粥とコウガイビル参照
エサなんか何も与えていない。
つまり、何も「食べていない」そんな日が100日近く過ぎている。
でもこいつは、元気に生き続けている。
眠っているのかと思ったら、背伸びするように袋の内側をのびていく、そのときの長さは、
今なお13㎝にも達する。
▼どうなっているだ。
動物の不思議・謎解きの第一方程式は「食べる」
ではなかったのか。
 福岡先生教えて下さい。こいつの「動的平衡」はどうなっているんだ!?。
▼「コウガイビルのふしぎ!?」まだまだつづく
こいつには「肛門」がないらしい。ちくわではないんだ。
からだの中央の腹部に「口」だけがあるらしい。ちくわでなく「巾着」だ。
でも、それだけではこの「ふしぎ!?」はとけない。
?(゚_。)?(。_゚)?

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【Web更新3/1】09-09【天気の変化】更新

Dscf9886 梅の香や もどり冬にも ほのぼのと
 09/02/26 (木)撮影@安富 

■楠田 純一の【理科の部屋】 09-09定例更新のお知らせです。
 もう今年も三月です。定例更新の方も、9回目になります。今回もblogとWebをつなぐだけの更新ですが、報告します。「つなぐこと」に意味を見出すためにも継続しておきます。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ 梅
 今回の白梅は、正確には校庭といいがたいかも知れない。いつも朝の散歩道にある。ケヤキ坂(勝手に私がなづけてしまった。)をすぎるとすぐの坂道にある。見ようとしなくても目に入ってくる。朝一番の「雲見」の前に、この香をかいでからということになる。天気は何度も低気圧が通過して、雨、晴れを繰り返す。「もどり冬」を繰り返しながらも、確実に春になっていく。梅の香は、もどらず春にスパイラルに近づいていく。

◆【天気の変化】更新 
 今年度の残りの時間数も読めるようになった。限られた時間のなかで、ねらいとするところのどこまでいくことができるだろう。幸いこの学習は、生涯にわたってつづくわけだから、「天気の変化」の見方だけは、やっておきたいものである。これからの中心は「天気図」になってくるだろうと思っている。
 いつの日にか、「気象予報士」の試験受けたくなってきた。(^^;ゞポリポリ

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私にとって等身大とは…

Dscf9943▼二月が終わってしまった。今日から三月である。
早いものである。2009年もこれで、1/6が過ぎてしまったことになる。どうも、最近いろいろ、つまずいてしまっている感覚がある。妙に「さがしもの」が多かったり、もの忘れがはげしい。
 ということは、これまでの私の経験則から言うと、「忘れていること」を忘れてしまっていることがあるのでは、自分をふりかえってみたりしている。
▼何なのだろう。例の「ばっかり病」の弊害が出ているのだろうか。それとも、単なる忙しさから来ているのであろうか。そう言えば、
「忙しさ」

「忘れる」
とは、同じ漢字を書くんだな。今気づいた。(゚o゚)ゲッ!!
ともに「心を亡くす」だ。
▼どうも、同じところに源がありそうだ。「やりたいこと」と「やるべきこと」がいっぱい、いっぱいなりすぎているのかも知れない。自分の処理能力を越えてしまっているのではないかと思う。
スピードがちがうのである。自分の能力にあったスピードでなくなってしまっているのである。
では、どうするか。
ここで、2009年スタートにもどろう。今年は、「光太郎の牛」からスタートした。そうあの「急がない」牛にもどうろう。
それが、私の等身大ということ。

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