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【授業】「天気予報」への道

Dscf9925▼朝から久しぶりのいい天気だ。それでも、大気中に含まれる水蒸気は多いのだろうか。ちょっと場所を移動すると、霧が一面に出ている。飽和に近いのだろうか。デリケートなところに位置するようだ。
こんなローカルな天気予報は、自分で「天気予報」を出力する・発信するしかないのだろう。
【天気の変化】の学習の終盤の授業を俯瞰してみる。
▼ねらうところは、自分の体感、天気図、ネット等をフルに活用して「天気予報」をするところまでいくこと。
○「気団と前線」
○「前線と天気の変化」
○天気は西から
 ・光(太陽)は東から 天気は西から
 ・「天気予報」への道
○日本の天気
○世界の気候
○「天気図」に挑戦
○天気コトワザを使おう
○「天気予報」をやってみよう。

これらを、時間の許すかぎりやってみよう。
ありがたいことに、毎日毎日「大実験」を観察することできる。

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【推薦本】武田康男著『図解 天気・気象のしくみ』

▼天気の不思議を楽しむ日々が続いている。飽きることはない。
何しろ日々変わるのだから、ひとつの不思議を追いかけていたら、次の不思議が登場する。
それが面白い。
変わるだけでない、その変化のなかにルールをみつけようとする。ルールが見つかったら、そのルールを使ってみて、「天気予報」をやってみる。あたっても、はずれても楽しい。
▼この楽しさ、おもしろさを何倍にも、何十倍にもしてくれる本が出た。
■『知的にひらめく!図解・空の不思議を科学する 天気・気象のしくみ』(武田康男著 永岡書店)
そうだ、あの南極の武田さんの新刊である。
私は、理科の授業の
最高の教科書は自然!
最高の指導書は子ども!

と言い続けている。
 これを翻すつもりはない。しかし、この本は私にとっての最高の「指導書」になるかも知れないと、すこしだけ読んだだけでそう思えてきた。
▼「雲見」からはじめる「天気・気象」の授業をすすめている。授業をすすめながら、天気の不思議・謎解きをいちばん楽しんでいるのは私自身かもしれない。
 この本には、天気の不思議・謎解きのカギになることがいっぱい詰まっている。誰もがいちばん知りたがることが、ズバリ書いてある。まったくその「ツボ」を心得ているのである。
なぜなら、著者は授業をやっているからである。
 ひとが天気・気象でなにに興味をもち、どんな「不思議」(科学のタネ)をもっているかをしっているからだ。
例えばこうだ。
「ナゼ雲から雨がふるのか」
「雨はホントにしずく型か」
「降水確率ってナニモノ?」
などなど
 授業中や、授業が終わったあと生徒が質問に来そうなことばかりだ。
ひよっとしたら、ほんとうに質問者がいたのかも知れない。
▼文庫版でコンパクト、安価である。しかし、中身はいっぱい詰まっている。
中学生でもわかるように平易な文章でかかれている。なおかつ、高いレベルの科学が語られている。
誰もが幼いころ抱いたあの「天気の不思議」
もう一度ひっぱりだしてきて、その不思議、追求してみませんか。
それは、最新科学につながる。
▼最初の「知恵とくふうがギッシリ 気象のフシギを科学した先人たち」を読むだけでも、この本の価値がある。
「南極の自然」(武田康男が撮影&コメント)
南極の空をリアルタイムに毎日見せてもらいながら、あわせてこの本で「天気の科学」を楽しんでいこう。


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【授業】地球が一回転すると一日という。

▼ほんとうに授業というものは面白いものである。何かについて「学習」したいのなら、授業するのがいちばんだと思う。それは、大気の水平方向の動き(風)を問題にしているときであった。
「コリオリの力」を問題としているときであった。
まずは、最初の授業でのあの直径13㎝の円での大気の厚さを問題にした。
うすぺらなうすっぺらな「大気の物理実験室」で天気の変化はおこる。
垂直に動けば、いつでもどこでも「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」
▼今度は、水平方向だ。ここで感動してしまうのだ!!
こんな、うすっぺらな大気だ。張り付いている地球が、猛スピードで回転している。
その影響をうけないわけがないではないか。こんな当たり前のこと、忘れてしまっているんだ。
もっとも「当たり前」に感動してしまうのは
我らが宇宙船「地球号」が、一回転したらそれを「一日」と呼んでいることだ。
一週間には7回転。
ずっとずっと変わらず回転している。それも、同じスピードでだ。!!
疲れもせずに。
 話をしながら、自分で言ってみて、このあたり前に感動。!!

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【授業】天気図をどうする?

Dscf9855▼雲が発生する、雨が降る、こんな「大気の物理実験室」なかで生活する日がつづいて、こんなにもよくわかるものだったとは・・・。これは今にはじまったことでない。きっとずっとずっと繰り返してきたこと、太古の昔から。
なぜ、そう見えなかったのだろう。
「空気を読む」(KY)の前に「空気を見よう」(KM)
▼KMは、原子論的物質観の発展応用だ。見えない大気の流れを、「雲見」でやる。それが主張だ。
もうひとつ、便利なものがある。そして、比較的簡単に利用できる武器をもっている。それが「天気図」だ。
漫然とくらしていてもけっこう、新聞、テレビで目にすることが多い。
人間と天気のつきあいの歴史から言うとごくごく最近だ。たかだか200年にもならない。
この天気情報が、いっぱいつまったもの、よくぞ「発明」したと、喝采したいところだ。
▼期末考査で授業は少しのあいだストップだ。このあいだに、この「天気図」どうするか。考えたいと思っている。教科書で扱いは、以前に比べるとずいぶんと簡単になっている。
今度の改訂ではどうなんだろ。いずれにしても、きっと誰もが、いろんな場面で一生つきあうことになるだろう「天気図」。「雲見」とセットで、使えるようにはしたいな。
そのために、どうすればいいのだろう。しばらくは考えてみよう。

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【授業】「雲見」が最高!

Dscf9790▼「低気圧が本州の南岸を通過するため、兵庫県の南部は朝まで、北部では昼ごろまで雨が降るでしょう。雷を伴う所もありそうです。」これは、昨日の朝刊の「きょうの天気」だ。
 ほぼ、あたっている。朝方は、まだ雨だった。そして、昼前、授業のころには雨はなかった。
どうして、こんな予報ができたのだろう。そして、それは私たちシロウトにはできないんだろうか。
▼授業「気象観測」では教科書にならって、四つの観測項目をあげた。
・気温と湿度の測定
・気圧の測定
・風向・風力の測定
・雲の観測
3つの測定と1つの観測だ。
3つの測定には、あたりまえのことだが測定器具がいる。
しかし、最後の「雲の観測」つまり、「雲見」には器具はいらないのである。
▼元々人間は3つの測定器具をもたなかった。しかし、高度の「お天気の科学」を身につけていた。
もちろん、新聞、テレビ、ネットの情報もない。
しかし、お天気は死活問題だった。そこに「科学」が芽生えていった。
測定器具がなかったというのは、正確ではないのかも知れない。測定器具はあった。
自分からだである。自分の五感のレセプターこそが、唯一最高の測定器具だったのだ。
▼いつしか、私たちは、自分の観測器具を放棄して、他から入ってくる間接的情報にたよろうとしていった。
私たちが、せっかく手に入れた「天気予報」を捨てる必要はない。
それを補うものとして、よりローカルでリアルタイムな「天気予報」情報を創ろう。
それが、私が今いちばん言いたいことだ。
その手はじめはやっぱり「雲見」だ。
私が、今、見るこの形の雲は、どこにもない。そして、今しかない。
「雲見」は、お天気の科学のはじまり
「大気の物理学」のはじまりであり 永遠の課題。
「雲見」は最高!!

これが<等身大の科学>だ!

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【Web更新】09-08【天気の変化】更新

Dscf9756 風花に ふくらみたりや 我もゆく
 09/02/21 (土)撮影@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】定例更新のお知らせ
 今年になって、第8回目の更新となる。先週のあいだに、blogのアクセスカウンターを新たに設置した。これまで使っていたものもそのままにしながらである。
 それは、ここのところ従来のアクセスカウターの調子がわるく、表示がうまくできなかったからである。いっそのこと、アクセスカウンターははずしてしまおうかと思ったが、「未来の私に向けて」が、メインといいながらも、どれほどの人が読まれるのか。やっぱり気になるところであるので、そのままにして、もうひとつ確実にうごきそうなものをつけた。これが、blog設置当時からの「のべ」を表している。時期を見て、これ一本にするかもしれない。
 Webの方も微々たる更新になるかも知れないが、更新をつづけよう。それが、唯一の存在意義なのかも知れないのだから。

◆表示画像集2009 校庭の樹木シリーズ サクラ
 風花が舞う「帰ってきた冬」だった。「雲見」のそばのサクラが、かすかな春を教えてくれていた。卒業式シーズンだ。卒業生の夢を内包するがごとく、冬芽はふくらんできている。
 あと、何回地球が回転すれば、風花に変わって、サクラ舞うようになるだろう。

◆【天気の変化】更新
 残り時間数から考えても、いよいよ【天気の変化】の学習も、終盤である。
ここへ来て、右往左往しながらであるが、以前とまったくちがったかたちの授業が展開できているのに気づいた。やりながらも、どんどん更新していっているのがわかる。
 そこに、楽しい発見がいっぱいある。ありがたいことだ。
 今週は「気団」「前線」そして「天気予報」とすすめる。インターネット活用も考えている。以前から思っていたが、ネットの活用ということでは、もっとも有効なのがこの単元のような気がするので、できるだけ将来にわたっても「勉強してよかった」という授業を構想してみたい。

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【授業】高気圧・低気圧

Dscf9775▼「雲をつかむような」なんて、誰が言いだしたのだろう。これが、昔からの雲に対する認識だとしたら、それは21世紀の科学での認識とちがうだろうか。私には同じに思える。
やっぱり雲は、雲でありつづけ「つかむ」ことのできないものとしてあるのではないか。それにしても「雲見」がこんな面白い営みとは、この年になっての大発見だ。
知る人は知っていたんだろうな。教えもしてくれていたんだろうに…。
「つかむ」ことなんかできないことわかっていても、坂道の上の雲は手をのばしたくなる。
▼授業の報告をつづけよう。「気圧と風」の次である。
もういちど、高気圧・低気圧にもどる。そして、そこでどんな風が吹き、天気はどうなんだろうとやろう。
気圧の高いところから、気圧の低いところへの移動、これは前回にもふれているし簡単だ。
平面図と断面図とあわせて書きながら話をする。
断面図の方には、必ず「10㎞」と記入する。せっかく定着しつつあるこの「実験室」のイメージをくずしてしまわないように。
▼高気圧、低気圧ともに平面図に、等圧線に垂直に「吹くべき風」を記入する。
問題は、ここからだ。
私たちも、大気もともに、我らが「地球号」の乗員である。
こんな「あたりまえ」中の「あたりまえ」のこと、これを忘れてしまうのである。
気づけば簡単なことなんだ。
では、コリオリの力をどう教えるかだ。
私は、結論を天下りに「進行方向に対して右へずれる」と。
後は、初期設定の風を右へずらすのみ。
▼断面に置いては、平面図とあわせて考えると、きわめて簡単。
ここでも忘れてはなるまい。
いつでもどこでも『上がるとザアザア 下がるとカラカラ』
授業が終わったあと、
うずまきの方向の話にはやはり興味があるのか。
お風呂の水を抜いたときの話など、テレビなどでやっていたとかで話しかけてきた。
いつの時代もやっぱり子どもたちは、「科学大好き!」なようだ。

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福岡伸一著『動的平衡』共感!

Dscf9728▼昨日、朝方には、雨はあがっていた。ここが少し迷いどころだった。昨日は、神戸へ出張だった、だから「傘をもっていくのか、持っていかないか」は大きな問題である。この初歩的応用問題をとけなくては、天気の変化を学習している意味はない。「雲見」をした、ただの「雲見」ではない、西の空である。「光(太陽)は東から、天気は西から」である。
 ついさっきまで、雨がふっていたしかし、西の空には青空が見える。私は、傘を持っていくのをやめた。正解だった、しかし忘れていたことがある。いつも、車で移動しているために、すっかり忘れていた。それは、気温である、神戸について気がついた。冷たい風がビュウビュウと吹いていたのだった、コートを着ていくのを…。
 総合問題に高得点を得るのはまだ先のことになりそうだ。
▼仕事を終えて、帰路につくまえに、私は久しぶりに本屋に寄った。
めったに行かなくなってしまった本屋である。もう本は居ながらにして本をイモヅル式に選んでamazonで読むのが常になってしまっている。本屋に立ち寄っての楽しみは、偶然の一冊との出会いである。
まず、文庫本・新書本のフロアである。いや驚いてしまった、その多種多様さとその量に。
本が読まれない時代になったなんてほんとうだろうか。こんなにもいっぱい出ているではないか。次々と目移りがする、読む時間なんて考えられないのに、これもあれも欲しくなってしまう。困ったもんだ。
 そのフロアをひとしきりウロウロした後、別の階へ行った。そのフロアに入るなり、私はある一点に走っていった。
『動的平衡』の文字が見えたからである。えっ、福岡伸一の新刊!?聞いてないぞ、そんなのブログにもリンクしているはずなのに、見逃していたのかな。
帰ってみたら、ちゃんとこの初の単行本と出ていた。さらにはamazonからメールも来ていた。
▼もちろん、即手に入れた。そのとき、もっと驚いたことがある。書架に、まとなりにならべて大量に置いてあったのは、なんと武田康男著『すごい空の見つけかた』(草思社)だった。
武田さんの方は、最近いちばん注目して、読んだ・見たものである。この2冊が並べて置いてあるなんて、ひょっとして世間の注目も、私の注目も同じなのかな。と思って、なんかうれしくなってきた。
 『動的平衡~生命はなぜそこに宿るのか~』(木楽舎2009.2.25)をカウンターに持っていくとすぐ本屋でた。一刻も早くこれを読みたかった。
 電車のなかで夢中になって読んだ。予想通りだ。やっぱり面白い、ますますパワーアップしている。
一理科教師と今や超売れっ子サイエンス作家、同じレベルで話をするのが土台目茶なことだが、私は、今この人が発する言葉ひとつひとつに共感する。妙に同じ波長を感じるのである。読めば読むほど興奮してくるのである。
 私は、前著『できそこないの男たち』からぱくって、授業で「人間は考えるちくわである」を考えだした。
今回の著でも、福岡さんは書いている「人間は考える管である」(P72)と。
ミミズを引き合いにだすところまで同じとは、もう驚き以外にない。
これは、ひとつの例に過ぎない。みごとに言葉が重なってくるのである。
畏れおおいことだが、みごとに共振するのである。
▼ 読み始めたら、もうとまらなくなってしまった。きっと今の「大気の科学」ともつながるはず。
今回の著のなかに「学ぶことの意義」にふれてくれていることは私にとってはありがたい。
鳥取の高校生を前に語っている。おみごと!!

「私たちを規定する生物学的制約から自由になるために、私たちは学ぶのだ。」(p58)

なにも高校生だけでない。私も同じだ、さあ学び続けよう。

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【授業】気圧と風

Dscf9704▼今朝、起きて外に出てみると雨だ。昨夕からの雨が続いているのだろうか。部屋に帰って「天気図」で確かめる。首からぶら下げた「マイ気象台」を見る。(首からぶら下げたまま眠っていた、ちょっとやりすぎ(^^;ゞポリポリ)996.1hPaを示している。昨日の「雲見」もあわせて、大気の動きをイメージしてみる。やっと、少しずつ思考がついていけそうになる。でも、まだまだ「雲をつかむ」領域も多い。
まあ、ゆっくり行こう。繰り返し繰り返しやってくれるのだから…
▼授業は「天気は気圧だ!」から「大気の水平方向」の移動に移っていく。
そして、「天気図」のパーツ学習へと入っていく。垂直方向の究極が『上がるとザアザア 下がるとカラカラ』だとしたら、水平方向の究極は、『光は東から 天気は西から』だろうと思っている。
しかし、一挙にはいかない。ステップバイステップである。
▼まずは、大気は「ギュウギュウ」(気圧高い)から「スカスカ(フワフワ)」(気圧低い)へ移動することを確認する。
このあたりまえが、とっても大切。「あたりまえ」組み合わせて「科学」ができているのだから。
次に風向だ。16方位の確認だ。
 教科書ながめるだけでなく、ノートに書いてみる。それで、気づくこともある。自分が今いる位置から、その方角を確認することも必要かも知れない。
次に「風力」である。先日の「春一番」などを例に、具体的な風力をイメージできるようにする。
これは、ここ一回で終わられることでなく、日々の天気でドリルが必要だ。
そして、ここではずしてはならない「あたりまえ」がある。
「北風」は「北から吹く風」のこと、ここのところは強調した。
あの天気図の羽にも原因があるのだろうがけっこう誤解したままというのも多い。
▼こうして、天気図パーツ学習に入っていく。パーツにはまり込んではならない。と自分で自分を戒めながら…
それにしても、あの「天気図」の学習はどうしてなくしてしまったのだろう。
時間の問題だったのだろうか。意義を見いだせないという判断だったのだろうか。
あれをこよなく愛する生徒が出てくることを知ってのうえだろうか。
数少なくなってしまった「○○博士」をつくるチャンスなのに…。
では、今回はどうするか。学習をすすめながら、検討しているところである。

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【授業】これぞ「新・新マグデブルク半球」だ!

Dscf9654▼もどってきた「冬」の空は、透明感を増しているように思えた。雲ってこんなにきれいだったのかと、あらためて感動するばかりである。廊下を歩いていても、窓の外が気になってしかたない。
美術館に行って、閉館時間を前にして、せっかくの絵画を観ずに急ぎ足で通り過ぎる人のように廊下を生徒が通り過ぎる。つい声をかけて、「空があんなきれいだよ!」と言いたくなってしまう。
 「雲見」をして、デジカメを空に向けていると、声をかけてくる生徒も現れてきた。よし、これでいこうと思う。
▼授業を一気にすすめようとしている。今度は、いよいよ「天気は気圧だ!」の授業だ。
以前の授業プランでは、こちらの方を先にもってきていた。
 大気の存在をいちばん先にやり、そしてその大気の海の底に、我々は住んでいる。だから、この大気の重みから生ずる大気圧を知ることは、天気の変化のキーになる。あたりまえのことだ。
▼前回(と言っても10年以上前のこと(^_^;))、トリチェリーの水銀柱の実験から話をはじめ、4つの実験で「大気圧」の大きさを実感させようとしている。
 今回は、そのものズバリ、「大気圧と天気」の関係を示す。バロメーターの話から入った。
教室に例の「晴雨予報グラス」持ち込むところからはじめた。
授業がはじまる前から、
「今度は、なにそれ?」
「きれいやね」
と興味津々だ。
ひとしきり、この「晴雨予報グラス」の話をする。
大気圧そのものについては、一年生のときに学習しているということなので、このような導入にした。
▼それでも、やっぱり不思議なことは、何度考えても不思議なんであり、ここでも一通り、大気圧の単位、大きさを話した後、もう一度「大気の海の底にくらしていることを実感しておこう」と。
吸盤を見せた、今回の吸盤は、けっこう高級な台所などで使われているものでやってみた。
そして、例の「ガラス屋」さんの吸盤に行った。
大事大事にしてきた、曽我部さんから譲ってもらった吸盤は取っ手のところが壊れていた。あまり面白いので使いすぎたかな。どうしても新しいものがほしかった。機会あるごとに、ガラス屋に聞いてみた。でも、同じようなものを入手することができなかった。
 こんなときこそ【入手DB】を使おうと、自分のWebページにこんなもの知りませんか。と記事をあげていた。
そしたら、何年も後に、メールをくださる方があった。
そして、「こんなものがあるよ」と教えてくださった。これだ!!
 ガラス屋さんではなかったが、よりパワーアップしたものだ。さっそく2個セットで手に入れた。
Dscf9682▼まずは、以前と同じように使った。黒板に張り付けて、その強力さをアピールした。やっぱり喜んでくれた。
机も軽々と持ち上げることができる。そりゅそうだ、その道のプロが使っているもの、半端なものではない。
そこがいい。\(^O^)/
2個セットで手に入れていたのが幸いした。これで「マグデブルク半球」の実験はできないかとやってみた。
できた、それもいとも簡単に
2個をあわせて、あいだの空気をなくする。一発てできる、時間もかからない、以前のような真空ポンプも必要ない。簡単に、原理もまるわかりで、目の前でやれる。はずすときも簡単!ボタンちょっとさわってあいだに空気をいれてやればいいだけ。
私は、これを「新・新マグデブルク半球」と名付けよう。
「マグデブルク半球」の実験を最初にやったのは、マグデブルクの市長だったゲーリケだ。1967年、今から350年以上前の話だ。
これは大きな「見せ物」したわけだから、誰もが興味を示すことにちがいない。当然のごとく、すぐれた教材となった。私も、旧式の真空ポンプを動かして、これをやった。時間はかかったが、やっぱり大受けなので、ずっとやってきた。
 そして、次は「新マグデブルク半球」である。真空ポンプを使わずに、台所にボールを2個使って、なかでアルコールを燃やしてやるものである。パッキンとして、ぬらしたボール紙を使った。これはすごいアイデアだった。簡単にできる、それも身の回りにあるものだけを使って、「マグデブルク半球」と呼ぶにふさわしいものだった。たしか最初の開発者は、たしか盛口襄先生ではなかったかな。
▼したがって、私の「教材史」のなかでは、これは「新・新マグデブルク半球」なのである。
3K1Aの法則も、3Hの法則も満足した
究極のマグデブルク半球なんだ。

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【授業】上がるとザアザア…(3)

Dscf9578▼昨日は、朝からつもるぐらいの雪がふっていた。天気図は、「これぞ!」といわんばかりの西高東低だ。まったくの冬へ逆戻りである。この冬は、はじめての雪の結晶を写真に撮るチャンスである。なんと、昨年、スキー場でマスターした方法で撮ろうとするが、できない。第一にデジカメがかわっている。それだけの接写ができないのだ。
これだけでも、ちょっと買い換えを考えてしまう。
そのうちに雪は融けてしまって、「雲見」の空に回復してしまった。
▼南極の雪は、融けて液体の水にならずに、ダイレクトに気体の水蒸気になるという。昇華するのである。ドライアイスなんかと同じ状態変化をするのだ。周囲の温度が零下なんだから、考えてみればそうだ。あたりまえことだって、目にしてはじめてわかること、納得することがある。
そんな「南極の雪解け」を武田さんが見せてくれている。
いつでもどこでも『上がるとザアザア 下がるとカラカラ』授業のつづきを報告する。
教科書に沿うようなかたちで、私は『上がるとザアザア』の場合を3つあげた。
(1) 局部的に大気があたためられる場合
(2) 大気が山にぶつかる場合
(3) あたたかい大気と冷たい空気がぶつかる場合
まず(1)である。「あたたかい空気は、密度が小さく(軽く)上にあがる」よくわかっているつもりのこと、教科書には熱気球の写真が出ている。
 Dscf9662しかし、目の前で見てこそ、納得してわかることもある。
ここで長年やってきた。最終的に到達した「簡単ゴミ袋熱気球」を教室であげてみることにした。
ゴミ袋は、厚さ0.02㎜黒 スーパー探し回ってやっと手に入れた。昔、ソーラーバルーンに使用していたものである。
 ミノムシクリップ(電気の学習の)3個をバランスをとるためにつける。

(2)は、朝からの雪、日本海側の雪、太平洋側のカラカラ天気の話題にした。

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【「雲見」の連帯】をはじめよう

Dscf9534▼昨日は、「春一番」が吹いて、春を飛び越えて「初夏」にまでいっていたかにみえた天気が、もとにもどって「冬」だった。朝から、空がきれいだった。北風が、大気の水平の動きを活発化させているためであろうか。垂直方向も活発化させているのだろうか。「雲の展覧会」のように、次々とすばらしい雲をみることができた。
 仕事の合間合間に、何度となく「雲見」をやり、デジカメを向けてしまった。「雲見」を意識的にはじめて、昨日がいちばん長く時間をつかったのではないだろうか。
▼その「雲見」をしながら、少し前から、考えていたこと。それを強く思うようになった。
それは、【「雲見」の連帯】である。
 かつて【理科の部屋】には【星空の連帯】という一大人気企画があった。
「地球をまるごとプラネタリウム」プロジェクトであった。実に面白かった、どれほど多くの人が興奮して、星空を眺めたことだろう。私も、渡部さんがつくってくださる「ガイド」をプリントして教室でくばり、生徒たちにくばり、一緒に
星空を眺めた。楽しい思い出が数々ある。
 過去形で語るのはやめよう。この「プラネタリウム」は消えたわけではないし、ガリレオの時代からも、ずっとずっと続いているのだから。
▼【星空の連帯】がもりあがっているころから、【理科の部屋】でも、
「これを昼間の空でもやりたいね」
「【青空の連帯】なんていいかも」
「前線が通過するときなんか、同時にやってみたら面白いかも…」
と。話題があがっていた。
私は、いつか実現できたらと夢見てきていた。
今回、久しぶりに『天気の変化』の授業をやるようになって、あらためて空に目を向けることが多くなった。
そして、賢治の『雲見』を知った。
これは面白いと思った。「雲見」からはじめる天気学習を考えるようになった。
Dscf9568▼『雲家族10のうた』などいう、シロウトならではの遊びもやりながら、これを続けてみた。
面白さは、どんどんふくらんでいった。
「雲見」では、大先達がいた。今は、南極におられる武田康男さんだ。
これまでにも、すばらしい写真の数々で、「空を見ることの楽しさ」「「雲見」のおもしろさ」を、私たちに教えてくださっていた。その武田さんが今いる「南極の空」とつながった。感動であった。
これぞ、【「雲見」の連帯】だ!!
よし、いつかではなく、今はじめようと思った瞬間である。
▼翻って考えてみると、実はこれははじまっていたのかも知れないとも思う。
【理科の部屋】4@folomyでは、すでに東北の空、和歌山の空、南国の海上の空、東京の空等々を楽しませてもらっていたのだ。そうだ、これは今はじまったことではない。
ずっとずっと人々が続けてきたこと。それをちょっとだけ意識的につないでみようというだけのこと。
【星連】ふうに言うならば
「地球まるごと大気の大美術館」
「地球まるごと大気の大博物館」

▼「雲見」をいっぱいやった昨日、夕方には、なんと「天からの手紙」が届きはじめていた。
夕方のテレビの天気予報では、西高東低の典型的な気圧配置の天気図が映っていた。
さて、今日は…

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【Web更新2/15】09-07【天気の変化】更新

Dscf9353 霧の朝 フウの「鈴かけ」 誰言うや
 09/02/12 (木)撮影@安富
■楠田純一の【理科の部屋】09-07 週末定例更新のお知らせ

 「雲見」三昧の一週間がすぎてしまった。この一週間は、ちょっと記録に残しておいてもよさそうな一週間になった。それは、「南極」とつながった週だからだ。今朝も「南極」へ行ってみた。そしたら、「雪の結晶が手をつなぐ」などというめずらしいもの見せてもらった。やあ、感動ですね。\(^O^)/

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ アメリカフウ
 校庭の樹木を詠むうたも、どうしても「ばっかり病」のなかにある私は、ここのところ空と結びつけてしまう。しかし、考えてみると樹木たちも、空とは仲良しだ。いや、この地球上に生きる「生きもの」たちのなかでいちばんの仲良しは、樹木たちかも知れない。もちろん校庭の樹木たちも例外ではない。
 だから、空とのツーショットがお似合いなのかも知れない。
 それにしても、昔の人たちも、なかなかのすばらしい観察者だ。「鈴掛」誰がいちばん先に言いだしたんだろう。

◆【天気の変化】更新
 今週のblogのエントリーは、すべて天気関係である。「春一番」は、記録的な「あたたかさ」を残して過ぎてしまった。これには間に合わなかったが、授業の方も、かなりすすんできた。「天気図」をどうするか。
これを考える時期になってきている。「どこまで」、「なにをやるか」考えていきたい。
あいかわらずの『雲見』の連帯を続けながら…。

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【授業】「晴雨予報グラス」

Dscf9461▼昨日は、陽気に誘われて、久しぶりに「あじさい公園」の観察池にでかけた。とは言っても時間にして数分の校庭の一部のようなものだ。でも、しばらくは出かけていなかったのである。イモリくんたちも、陽気のせいか、池の底に顔をだしていた。そこからも「雲見」をやってみた。
 それにしてもどうなんだ。このポカポカ陽気は…。
「春一番」の風が吹いて、寒冷前線が通過してそして、その後には冷たい空気が再び…、が教科書のシナリオではなかったのかな。やっぱり、いつもシナリオどおりにやらないのが「お天気劇場」か。
 シナリオ知りたければ、「雲見」しかない!!
▼今朝も、武田さんの南極の空をみた。そしたら、夏の太陽が眩しく輝いていた。そうなんだ、「真夏」なんだ。あたりまえのことに今さらのごとく気づいてみたりする。
 そして、そこにも雄大なる「雲見」があった。
 観察場所、季節がちがえば、当然「雲見」のようすもちがってくる。そのちがいが面白いのだ。
同じ舞台で、さまざまな「お天気劇場」が上演されている。
Dscf9415▼この「お天気劇場」のシナリオを上演前に読みたくて、いろんなものを人間は使ってきた。
そのひとつに「晴雨計」というものがある。
 それを少しおしゃれにして、インテリアにもいいようなものがあると、【理科の部屋】4@folomyで阪本さんが教えてくださった。ネットでも簡単に入手できそうだったので、【授業】「天気は気圧だ!」に持ち込むと面白いだろうと考え、手に入れた。
■「晴雨予報グラス」
http://item.rakuten.co.jp/newton-style/int117200/
これは、なかなかおもしろい、最近ではカエルのかたちをしたものもあるようだ。
▼最初に、大気圧と天気の変化の関係に気づいたのは、あのマグデブルク半球のゲーリケである。
ここで、原子論的物質観と大気の物理学とがつながる。
 ゲーリケは、「真空」を実現させただけでなく、これを利用して「空気の重さ」(大気圧)の変化と「天気の変化」とを結びつけた。
 「お天気劇場」の未知なるシナリオを読もうとしたのである。「バロメーター」のはじまりである。
「晴雨計」の歴史を調べてみるのも面白いかも知れない。
 そんなこと思いながら、これを教室にもちこんだ。

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空は「南極」とつながっている!!

▼私は、今、どのように表現したらいいのかわからないほどの「感動!!」のなかにいる。
Webの醍醐味を実感している。
2/11(水)のblog『南極の空が見れるぞ!!』で第50次南極地域観測越冬隊員として活躍しておられる武田康男さんのblog『南極の自然(武田康男撮影&コメント)』を紹介した。
その武田さんから、メールをいただいたのだ。
うれしかった。\(^O^)/
これ以上の喜びはない。南極の空をリアルタイムに見せてもらえるだけでも、ありがたいのにメールには、この私のblogにあげている拙い「空」もみてもらっていることが書いてあった。
毎日blogを書いてきた甲斐があったというものである。
「つながっている」ことを実感する瞬間であった。
▼高さ(厚さ)10㎞周囲4万㎞のこの薄ぺらな「大気の大物理実験室」。
これを私たちは「空」と呼んでいる。
この実験室では、日々刻々と「天気の変化」という実験がおこなわれている。
この実験室はひとつだ、境界がない、もちろん国境もない。
ひとつにつながっている!!
私の今見る「空」と南極にいる武田さんの「空」とはつながっているのである。
そんなことを、武田さんからのメールを読みながら
そして、blogの「南十字星」「夕焼け雲」「月と氷山」などの「空」をみせてもらいながら思ったのである。
すばらしい!!
Dscf9414▼こちらでは、昨日、ここ近畿はのぞかれているが、中国・四国地方などは「春一番」だと言う。
春一番が吹くまでには、授業をそこまで進めておきたいと思っていたが…
近畿までに間に合うかな。
 この授業も、武田さんの南極とつながりながら、展開できると思うと考えるだけでも、ワクワクしてくるのである。

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【授業】雲粒が100万個!で雨粒に

Dscf9342▼昨日の朝は、校舎もグランドも霧のなかにあった。まるで私たちの「大気の物理実験室」では、こちらの学習の進度にあわせるがごとく、次々とみごとに実験を繰り返してくれる。
 みごとなタイミングで、そしてダイナミックにだ!!
ずっとこうだったのだろうか。
それなことあたりまえ、だからこそ「自然」!!
「自然」いつも教えつづけていた。気づかなかっただけ。意識してみなかっただけなんだ。
繰り返そう。
最高の教科書は「自然」!!
最高の指導書は子ども!!

▼二つのクラスで授業をしている。時間割りの関係で、どうしても進度に差ができてしまう。一方は「上がるザアザア 下がるとカラカラ」を通り越して、「大気圧」より先を行くかたちになっている。
どちらかのクラスの授業の様子を、あるいはそれらをミックスして記録している。
その記録は、授業報告と言うより、私の思考記録という方が正しいのかも知れない。
「雲をつくる」授業から、一挙に「上がるとザアザア」へ一挙に向かっている。そう記録したが、実はその前に一時間あった。それは、あたりまえのことだから、すぐわかることとして、これまでもあまり詳しくやったことがない。
▼朝の霧をみながら、はっと気づいた。
「雲から雨」ここに飛躍があるのでは…。
あたりまえと思っているが、そこに「つまづき」があるのでは…。
それは、子どもたちの「つまづき」というのでない。むしろ私自身のものなのかも知れない。
それは、スケールの問題だ。
 雲の水滴・氷が「成長」して雨になる。ほんとうにわかっているのだろうか。
雲粒の直径0.01㎜
霧粒の直径0.1㎜
小さな雨粒の直径1㎜

▼教科書も図入りで書いてある。板書もした。
「数字」というものは、ほんと便利なものだ、これで「情報」を伝えたり、共有したりできる。
時空を超えて…。すごいものを発明したものだ。
しかし、ここで気をつけなければならないことがある。
数値化することによって「わかったつもりになってしまう」ことだ。
この数字は何を意味するんだろう。
▼「雲粒がたくさん集まって雨になる」
ほんとうにわかっているだろうか。そのダイナミックさは伝わっているだろうか。
私には、イメージできていなかった。そのダイナミックさが。
雲粒の直径と雨粒の直径を比べる。100倍だ。それは長さ!だ。
面積で10000倍!
体積で1000000倍!!
(゚o゚)ゲッ!! 100万倍!!である。
それは、雲粒を100万個集めて、雨粒になる。ことを意味する
直径1㎜の雨粒とはちょっとこぶり、それだけでもこうだ。
私は、今さらのごとく驚いた。どうしてもこれ伝えなければと思った。
Dscf9393▼授業では、窓からまだ見える「霧」粒の話から入っていった。
数字こと書いてみて、つぎに示したのが
直径1㎝の「ビー玉」
これを雲粒とすると
直径100㎝の球が、雨粒ということになる。
もうしまい込んでしまっていたあのビッグバルーンを急遽再びひっぱりだしてきた。
今度は色を変えてふくらませてみる。
(゚o゚)ゲッ!!
驚きである。いちばん驚いているのは私かな。
やっぱり伝わっていなかった。わかったつもりになっていただけ。
自然のダイナミックさは、感動を呼ぶ。
これで、「雲から雨へ」が、すこしわかったと言えるかも知れない。

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【授業】上がるとザアザア…(2)

Dscf9329▼2月の空は、ほんとうにコロコロと変わっていく、「雲見」の有効性がわかるときかも知れない。次々と繰り返されるこの「大気の大物理実験」に、初心観察者の私はついていけてないところもある。
 「マイ気象台」のバロメーターにたよってみようとするが、それよりも空を見る方がはやい。
みるみるうちに空は「雨 雨 ふれ ふれ ラン!ラン!」
▼天気の不思議・謎解きの第一方程式『上がるとザアザア 下がるとカラカラ』の話を続ける。授業では、「雲をつくる」授業のあとに、「雨はどのように」という時間を設定もしているが、それは、もう一緒にして報告する。
ともかくここまでの授業が、この言葉を理解するためにあった。
▼実際の授業では、例の飽和水蒸気量のグラフを簡単に板書する。もうほんとうに簡単にだ。
何度も何度も、この話をするたびに書く。そして究極は、脳裏にこのグラフを貼り付ける。
そして繰り返す「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」と。
▼いつでも、どこでも、誰でも 
使えるから科学だ!
「高いレベルの科学」とは、こんなもののことをさしていうんだろうと思う。
「天気のコトワザ」(冬休みの課題研究にもした。)をこのあとの授業に入れていきたいと思っているが、
これはある意味、究極の「天気のコトワザ」である。
あまりに気に入った私は、
それむけの科学読み物『上がるとザアザア 下がるとカラカラ』をつくったこともある。
ちょっと雑な文になっているが、考えは今もかわらない。
▼今回は、日本の天気、世界の気候への応用は、後回しで、時間の許すかぎりということでいきたいと思っている。


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南極の空が見れるぞ!!

Dscf9320▼昨日は夕方まで、「何かがちがう」「何かを忘れている」という感覚が尾を引いていた。なんだろうと、今になって考えてみたらわかった。朝の定例散歩をしていなかったのだ。家での犬を連れての散歩、早朝の校庭散歩いずれも事情があってしていなかった。それだった!!
 もう身体のなかに、その「感覚」が刷り込まれているのだろうか。それが、生活習慣というものだろうか。ここに新たに刷り込もうとしている習慣がある。それは、『雲見』だ。これは、時間をきめてやっていない、やっているうちに定着するだろうと思っている。その定着するところが、いちばん据わりのいいところなんだ。
だから今は、アトランダムに気のむくままに…。
▼「雲見」をやっていると、自然と「おっ、あそこにケンケン三兄弟が…」と出てくるからうれしい
(^^)V
 「雲見」ということでは、大先達がいる、それはうれしいことに、私たちの身近にだ。それが我らが武田康男さんだ。武田先生もかなりの雲・空・天気関係の本を出しておられるが、私はあの『雲のかお』(武田康男著 小学館文庫 1998.10.1)がいちばんお気に入りだ。
それぞれの季節の「雲見」から「雲の表情」を写真と文章で記録されている。さらには、365日、一年間の定点観測でとらえた「かおの変化」の記録もある。
▼と、ここまで書いて武田さんのWebページにリンクしようとして、たいへんなものを発見してしまった。
今、武田さんが、南極観測隊に加わっていることは、【理科の部屋】などで教えてもらっていた。
その武田さんが、南極の「雲見」・「空見」をblogでリアルタイムに発信されているのである。\(^O^)/
◆南極の自然(武田康男が撮影&コメント)
がそれである。
なんとすばらしい!!
感動である。
なんと南極の空とリアルタイムにつながるなんて \(^O^)/
これぞ、【「雲見」の連帯】だ!!
私は、今日のblogのタイトルを急遽変更する。
「上がるとザアザア」の続きを報告をするつもりでいたが、それは後ほどということにして…
しばし、南極の空を楽しませてもらう。なんともありがたい時代だ。深謝。

 

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【授業】上がるとザアザア …(1)

Dscf9295▼昨日は、はじめて授業で、休日の「雲見」の成果、苦労の作品を発表した。

ケンケン 三兄弟に
コウコウ 姉妹
ソウセキ 離れていても りっぱに ソウ!セキ!
雨 雨 ふれ ふれ ラン!ラン!

この『雲家族10のうた』わかってくれるかな。
「やっぱり名前おぼえておいた方が面白いかと思って、こんなのつくって見ました。自作です。」と板書し始めるとちょっとにっこりしくれた生徒がいた。ホッ
▼この後の授業は、いよいよ【天気の変化】の学習の佳境をむかえる。
それが、これだ。
『上がるとザアザア 下がるとカラカラ』
私は、何十年来、天気は「これ」だと固く信じている。
いつでも、どこでも 天気のこと考えるときは 使える!! 大大原則!!
これをはじめて教えてくださったのは、中原正木先生だった。
どこかの「お楽しみ広場」でいただいたテキスト『日本の気候』の表紙にこの言葉がある。
はじめて知ったときの感動は、今も忘れない。
複雑に考えるから、面白くない。こんな簡単なルールでいけるなんて\(^O^)/
使っているうちにますます気に入ってきた。今もこのテキストを私は大事に持っている。そして、今回も迷ったら見ている。著書『理科教育の構想』(中原正木著 新生出版 1978.3.15)にも所収。

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【Web更新2/8】09-06「新・私の教材試論」等更新

Dscf9200
 青空に ネットワークの ケヤキかな
 09/02/06 (金)撮影@安富

■楠田純一の【理科の部屋】09-06定例更新
 今朝、起きて外にでると、大きな月が西に傾いてあった。どうやら、今夜が満月のようだ。その月明かりでも、「雲見」ができること発見した。「月見」「雲見」が同時にできるなんて、何倍も得をしたような気分だ。
 古人たちが、この月で、時間の流れを読んでいったのも納得できる話だ。
 今年になって、第6回目の更新ということになる。

◆表紙画像集2009更新 校庭の樹木シリーズ ケヤキ
 今回は、少し迷っていた最後まで、
 立春の朝 霧のなかで「発見」したセンリョウにするか。このケヤキにするか。
そして、最後は、今は「空」ばっかり見ているから、こちらの方にした。
まあその方が「等身大」と言えるかなと思って 
 毎朝の散歩の出発点にある三本のケヤキ、見あげたら、小枝が縦横にのび、まるでWebのように見えた。Webの背景は青空だ。同じ青空にも季節があるように思われるのだが…。冬の青空には透明感がある。

◆『新・私の教材試論』更新
 「試論」だから、気ままなものである。思い立ったら書き綴るだけだから、自分のなかでは「文脈」はつながっているつもりだが、後で読み返してみると赤面したり、不思議に思ったりすることいっぱいある。
今回は、「教材の入手」に関して、思うところあって、書き始めた。しかし、それも尻切れトンボになっている。
 機会をみて、書き続けたいと思っている。

◆【天気の変化】更新
 【天気の変化】の授業の方は、かなり本格化してきている。これまでの実践を下敷きにして、授業を構想していっているわけだが、「これまでの」と言っても、10年近くのブランクがある。
 だから、まったく新たに考えた方がいいのかも知れない。
しかし、不易な部分ある。10年前にも考えたこと、それは
「【天気の変化】は、これからの理科の授業を考えるとき、もっとも豊かに構想できる単元である」
ということだ。
 「雲見」からはじめる天気の学習、今週もすすめます。

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『雲家族10のうた』をつくった!

▼昨日は、久しぶりにずっと家に居て、『雲見』三昧の一日をすごした。
右のポケットにデジカメ
左のポケットに非接触温度計
首からマイ気象台
のスタイルで…。
朝は、まさに雲一つない「快晴」。しかし、それは朝のひとときだけのこと。
次々とこの「青空のキャンバス」に「作品」が登場してきた。
まるで雲の展覧会のように…。
えっ、こんなに雲ってあったかなというぐらいに。
Dscf9267_2▼雲見』三昧は、リアルな空だけではなかった。雲に関する本を書棚からひっぱりだしてきた。
けっこういろんな本を購入している。存在すら忘れているものもある。そのなかで、ちょっと時間かけて見なおしたもの2冊。
●『雲の名前の手帖』(高橋健司著 ブティク社 1998.11.20)
●『くものてびき』(湯山 生著 日本気象協会編集:クライム気象図書部2000.2.15)

2冊ともなかなかいい。写真がいい。
こんな写真を私もいつかは撮りたいなと思ったりする。
前者は、雲の名前を「低気圧の通過」の順番にうまく解説してくれている。「雲を掴む」話を、そうはさせないところに「雲見」のおもしろさがあることを、みごとな写真とともに語っている。
後者は、少し学術的(!?)。【理科の部屋】で紹介してもらって購入したと記憶する。手に入れたときに値段にびっくりしたのをおぼえている。70ページばかりで¥5000だ。しかし、今回見なおしてみて、それだけの価値はあるなと思い直した。「雲見」のバイブルになるな、と思った。
これ以外にも、雲に関する本をけっこうもっているのに、自分でも驚いた。
▼ネットでも、雲の名前に関するページをいくつか見た。そのなかで、これは、授業でやってみようかと思ったのは、昔から有名な「インターネットスクール『天気とその変化』にある「雲の学習」だ。クイズなんかあって面白い。
他にも、blogでも「雲」「空」をテーマにしたものはけっこうあるようだ。そりゃそうだ、こんな面白いことみんなほっておかない。
Dscf9262▼授業で「雲見」のすすめをやって、そこでは教科書の写真を使って、「十種雲形」を紹介した。
『まずは、「雲見」をやってみよう。面白ですよ。名前なんておぼえなくていいよ。…』と言ってしまったけど、
ちょっと\(__ ) ハンセィ 
 やっぱり、この「十種雲形」の名前は知っている方が、より楽しく「雲見」ができそうだ。
でも、私自身も、あまり整理できていない。似たような名前で、ゴチャゴチャしている。
そこで、半日がかりで「うた」にしてみた。はたしてつかいものになるかな。(・_・)......ン?

雲家族10のうた

ケンケン三兄弟に(巻雲 巻層雲 巻積雲)
コウコウ姉妹 (高層雲 高積雲)
ソウセキ(層積雲) はなれても りっぱに ソウ! セキ! (層雲 積雲)
雨 雨 ふれ ふれ ラン!ラン! (乱層雲 積乱雲)
 

あまり解説をしないようにしよう。まずは第一次作ということで…。

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【授業】雲をつくる

Dscf9224▼確かに、「雲見」は面白い。少しずつ少しずつその楽しさがわかってきている状態である。
長い間生きているのに、こんな世界があったのか!とまるで「新発見」でもしたような気分である。私の「ばっかり病」は悪いことばかりでない。思考回路のリセットももたらしてくれる。
リフレッシュして、なにもかもが新しく出会ったように見えてくる。
空は鏡になっていて、地上を映しだしているのではという錯覚にも陥っている。
「安上がりの現実逃避」と揶揄するもうひとりの自分がいるが、そんなこと介しない。やっぱり楽しいものは楽しいのである。
▼「雲見」からはじめる天気の学習つづけよう。
さあ、いよいよ雲である。「雲をつくる」実験である。ここでの定番実験、注射器と丸底フラスコを使っての定番は、今の教科書ではペットボトルを使って簡易型に変わっていた。
3K1Aの法則から行けばそれもいいのかも知れない。
肝腎の部分さえクリアであるのなら…。
私が、予備実験する範囲では、今ひとつだった。一瞬にして「雲発生」は、やっぱり丸底フラスコの方が鮮明なようだ。とりあえず、今回は簡易型でいった。
▼まず、予備知識二つ。
(1) 空気は膨張すると温度が下がる。
 いろいろ考えてみたが、今回は帰宅途中で立ち寄ったドラッグストアで手に入れた。コールドスプレーと酸素スプレーでやってみた。「圧縮したものが、膨張するとこんなにも温度さがる」と、デジタル温度計感知部へふきかけてみた。
(2) 大気は下からあたたまる。(地面からの赤外線)
 ここで、例の非接触温度計の登場である。
 太陽からのエネルギーは、まず地面・海面に吸収される。そして、その後にその上の大気は下からあたためられる。あたりまえにして、驚愕の事実。
 それだけで、十分に感動に値する事実だ。
 しかし、ここではあえて簡単に「さらりと」やった。教室の窓から青空に非接触温度計を向けた。
地上部に向けたときと比較してみた。それだけに…。
Dscf9231▼ 二つの「予備知識」のあとにいよいよ実験である。
ここもstep by step で
(1) 飽和水蒸気量のグラフを板書する。
(2) わずかの水でペットボトル内を飽和させる。さらに、線香のけむりを入れる。
  (線香のけむりについては、水蒸気が団体になるときの中心核になると簡単に説明) 
(3) 手でペットボトルをギュッとつかむ。(圧縮)
   ペットボトル内の「すっきり」を観る。温度計を観る。
   (今回使った、デジタル温度計はホームセンターで購入、感度今ひとつかな(^_^;))
(4) つかんだ手を離す。(膨張)
   「雲」発生!! 
   温度計を観る
(5) 板書した飽和水蒸気量のグラフを見ながら、
   (3)(4)繰り返す。

天気の謎解き第1方程式
「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」
は、まだださなかった。

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【授業】教室に含まれる水蒸気

▼昨日もいったい何をやっているのだろうと思うぐらいの忙しさであった。でも「雲見」は欠かさなかった。そんなたいそうに言うほどのことではない。
 「雲見」を続けながら、呼びかけながら、ひらめいたことがある。まだ「かたち」にならないことだ。でもここには書きとめておこう。
■「雲見」の連帯
■「雲見」表
いずれも、もう少し自分の頭のなかで整理できたら書いてみよう。
Dscf9169▼「新・私の教材試論」のこともあるが、授業の方も書き続けておこうと思う。あまり時間をおくと、忘れ去ってしまいそうだから…。ここでは、ともかく「中学理科全時間」というのが目標だから、「うまくいった」「失敗だった」という次元ではない。まずはとらえた「事実」を。
 「飽和水蒸気量」「湿度」「露点」、計算ドリルも含めて2時間のあとである。
もう一度、ふりだしにもどる。計算ができるようになったからと言って、即、空気・水蒸気がよく見えるようになったというわけではない。あたりまえだ。
 そんな簡単ではない。
見えない空気・水蒸気の話はやっぱり不思議。この不思議を解きたい。
そして「雨がどうしてふるのか」に行きたい。
Dscf9196▼そこへ行く前に、もうひとつステップを作ってみた。それがこの授業だ。
「今いる、この教室のなかにも、水蒸気が含まれている。いったいどのくらいの水蒸気が含まれているのだろう。」
この授業を私は以前からちょっと気に入っている。
授業をやっていて、自分でも授業の意義のようなものがわかるからだ。
具体的、「見えない水蒸気量」ただ数量化するだけでなく、具体的に可視化するからである。
これまたステップを作っている。
【ステップ1】教室内の湿度を知る。
【ステップ2】教室内の空気1m3に含まれる水蒸気量を求める。
        飽和水蒸気量×湿度
【ステップ3】教室の体積を測る。
【ステップ4】教室全体の水蒸気量を求める。
【ステップ5】求めた量を目に見える「水」で確認する。
 目標は、【ステップ5】である。明確である、そこがいい。
計算はプロセスに過ぎない。
▼ほんとうは、もう少しくわしく書きたい。でも時間切れである。
明日に続けるかも知れないが、そこはわからない。

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新・私の教材試論(10)

Dscf9164▼立春の昨日、朝は校庭、グランドは霧につつまれていた。ところが、授業をやるお昼頃になると、青空が回復していた。授業では、繰り返し「飽和水蒸気量」「湿度」「露点」をやっていた。少しややこしい計算問題もやっていた。
ちょっと嫌気がさしそうである。そこで、何をやっているのか確認した。
「朝からの天気を思い出そう」「今朝の霧を」
「そして今の青空を見よう」「あの雲をみよう」
この現在進行形の大気の物理実験が、日々私たちのまわりで行われているではないか。
これを科学の眼で観察したいのだ。
「雨がどうしてふるのか」それが知りたいのだ。計算は、その一プロセスにすぎない。
青空を教室の窓から見ながら、「雲見」のすすめをやった。
それは、自分の現在地の確認でもあった。
▼ちょっと寄り道をするからだろうか。書き始めたものの、あまりすすまないないが、やっぱり書き繋いでおこう。
もう少し、書いていることの輪郭がはっきりするまで、
「教材は横に流れるもの」と前回に書いた。その水平方向の発想はどこからきたか。
またしても寄り道なるかも知れないが、気ままにやってみよう。
 私が、はじめて読んでから、いつかはどこかで紹介させてもらいたいと思っていた一文がある。人に伝えたくなる文章だ。「これから」に非常に示唆に富む。
 『ヒガンバナの博物誌』の著者である栗田子郎先生の書かれた文章である。
それは『多様性生物学入門~ヒトへの道程~』(栗田子郎著 東海大出版 1997.3.3)の「まえがき」に書かれた文章だ。

 ホモ・サピエンス(Homo sapiens 賢い者)と自らを名付けた我々「ヒト」も「チンパンジーとの遺伝的差はほとんどない」 としながらも、二つの大きな特徴があるとおっしゃっている。

 しかしヒトという種にはほかのどんな生物にもない(と思われている)きわだった特徴が一つあります。自分自身の由来、ひいては万物のルーツを知りたがるとともに、まだ存在しない未来に思いを馳せるという性質です。

 いま一つのヒトの特徴は、細胞外で複製・増殖することのできる遺伝因子、つまり言語(言葉、文字)と映像を操る能力です。生きとし生けるものはすべて、自らを存在させているプリン塩基とピリミジン塩基で記された基礎情報(遺伝子)を次の世代へ残そうとします。ヒトも例外ではありません。しかし、この情報は時間軸に沿って垂直にしか伝わりません。ところが言語や映像という形の情報は水平方向にも伝わります。しかも、細胞核内に収められた情報は親から子へと伝わるのみで、その逆は不可能です。言語情報はこれが可能です。(『多様性生物学入門~ヒトへの道程~』「まえがき」より)

 栗田先生の言葉だけに説得力があります。教材のことなんか一言もふれておられない、しかし、私の文脈のなかでは、教材入手と深くかかわっているのである。
ここでの「水平方向」こそ、私が言う「横」なんである。
 
つづく

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新・私の教材試論(9)

Dscf9131▼昨日、節分の朝。空は、今にも泣き出しそうだ。でも、定例散歩にでかける。
ケヤキの坂を出て、西に坂道だ。やっぱり「空」に目がいっている。「雲見」だ!!
なにも特別の風景があるわけではない。これまでに、生まれてこのかた、回数などを問う次元ではなく「ありふれて」「あたりまえ」に見てきた風景、曇り空である。
 非接触温度計を向けてみる。一昨日、青空に向けたときは「-17℃」。そのときとは対照的だ、-にはならない「プラス」を示すのだ。つまり温かい。あたりまえの事実に感動する。
 「地球温暖化」を語りはじめるとき、人々は、この「あたりまえ」に気づいているんだろうか。と思ってしまったりするのである。
 もっとあたりまえがある。この雲から雨はふってくるのである。あの巨大なゴム風船で考えても、たった1㎜の高度から、雨はふってくるのである。この不思議を当分は徹底して科学してみたい。
そして、この「あたりまえ」を伝えたい。
『雨はどうしてふるのか』に答えたい。
▼今朝も許された時間は、そう長くない。でも書きとめておかなければ、消えてしまいそうなので、「覚え書き」だけでも、書いておこうと思う。
新・私の教材試論をつづける。
とりあえずは、2つのことを書きたくて、断続的な「思いつき」をつないでいる。
繰り返す
●教材入手情報をWebで…
●教材は、ホームセンターにある。

▼Web2.0時代の教材の素材入手、教材情報をどのようにあつるめるか。
【入手DB】をよびかけたときからも、大きくWeb環境は進化した。人々が普通のモノを手に入れる、買い物をする、本を買う、そのスタイルも変わってしまいつつあるんだ。
 むしろ教材の入手のスタイル、方法が変わっていかないわけがない。
私は、この変化に関してうれしく思っている。
教材情報の流れ方についても、とっても「理想」に近づいてきているように思う。
●イメージしていることを、短い言葉にするのは、私のような人間にはなかなか苦労するところであるが、ともかく書いてみておこう。
「教材は横に流れるもの」
明日の自分が読めば、これだけではなんことかわからない。
教材は、「たて」にどこからか降りてくるものではない。「たて」から降りてくるモノを無視しようということではない。
それがガラクタばかりと言っているのではない。
「たて」から降りてくるもののなかにも、スグレモノはいっぱいある。すばらしいものがあるからこそ「定番」になり、
「教科書」にのり、著名な実践者が「実験書」にとりあげている。十分に吟味にあたいするものばかりだ。
▼私が、ここで語ろうとしている「教材」とは、自分が授業するときに、ぜひとも必要とする「教材」「教材素材」。
ようするに「わがまま」なんだ。
 昔なら、この「わがまま」は許されなかったし、「わがまま」を通すことはなかなか困難だった。
 ところが、今はちがう。
「ロングテール」の時代だ。小さな「わがまま」がつながる可能性がある時代なんだ。

またまた中途半端だが、今日もここまで  <つづく>

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新・私の教材試論(8)

Dscf9120▼節分だ。季節を分ける日、春は(一年は)、明日からはじまる。空はどうだろ、季節をうつしだすだろうか。
いや逆だ、季節は空からやってくるのである。空はいつも連続している。
昨日も「雲見」をした。いろんな場所から「雲見」をしてみた。
 例によって「非接触温度計」をあててみる。「マイ気象台」で気圧をみる。定番メニューには、まだ遠い。
▼不定期連載中の「新・私の教材試論」を書いてみたくなった。
きっと時間切れになると思うので、先に結論を書いておく。
今回は、「教材の入手」ということに絡んでである。2つある。
●教材入手情報をWebで…
●教材は、ホームセンターにある。
ふたつとも、「今さら」のことばかり、小さなことだ。その小さなことにこそ意味があるのだが。
▼ここのところ、Webを利用して、「教材」を手に入れることが多くなっている。
かつて、私たちは、かつて【理科の部屋】で、「教材の【入手DB】をよびかけるなかで、人のヒューマンネットワークが構築できたら」と願っていた。
 願っていたことが、具現化したこともいっぱいあった。それは、とても楽しくうれしいことでもあった。そのころから比べると、とてつもなくネット環境は進化した。
 Web2.0の時代だ。(やっぱりそう言っていいのかな。不案内な私は、少し不安…)

※やっぱりそうだ、時間ぎれだ。つづきは後日

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【Web更新2/1】09-05【天気の変化】更新

Dscf9034 冬芽にも 夢孕みたり 誇りの庭
 09/01/29 (木)撮影@安富

■楠田純一の【理科の部屋】09-05更新のお知らせ
 今年になって5回目の更新になる。なんとも時間の流れは、速いものだ。もう一月が終わってしまった。
「全てが、時間の流れなかにある」これは、諦観ではない。
これは、人類が長い時間をかけてたどりついた自然認識の結論のひとつだ。問題はここからだ。
「それで、あなたは…?」の時代。
私は、小さな小さな更新をする。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ ドウダンツツジ
 ここにも5枚目の画像を貼り付けた。この画像の選択に時間をとることがある。撮ったときの「空気」がそのまま表現された一枚を選ぶのが難しい。それに加えて、デジカメを前機から、変えて接写がうまく撮れない。これは、腕に問題があるのだと思うが、思い切ってデジカメ新機導入を考えたりもする。(^^;ゞポリポリ
 校庭のドウダンツツジ、これはフルシーズン、「誇りの庭」で我々を楽しませてくれる。今は冬芽が、春への期待を思わせ、楽しませてくれている。

◆【天気の変化】更新
 いよいよ【天気の変化】の授業をはじめた一週間であった。授業というのは、ほんとうに不思議な力をもつものである。それまでは、漠然と考えていた「構想」では、思いつかないことがひらめく。
 実際にやってみると、なかなかうまく伝わらなくて、次なるよりよい展開に気づかされる。
「発見」の連続である。
 いつか「ばっかり病」の症状が出ていた。
「雲見」は続けようと思う。

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マイ「気象台」携えて

Dscf9079▼一月の晦日、昨日の「雲見」は、バラエティにとんでいた。いろんな雲の顔をみることができた。
朝は今にも、泣きそうな空を眺めていたら、なんかなつかしいメロディがくちをついて出てきた。(歌などまったくダメな方なのに)
「空がないたら雨になる…♪」
そうだ。渥美清主演のテレビ番組『泣いてたまるか』の主題歌だ。
いや、なつかしいな。テレビ見ながら毎回、泣いていましたね。泣いているのを家族に知られるのが恥ずかしくて隠れて泣いていたかな。もう40以上前の話だ。(^^;ゞポリポリ
それにしても
「空が泣いたら 雨になる 」
「山が泣くときゃ 水がでる…♪」いいですね。
▼宮澤賢治の「雲見」から、よし私もやってみようと思ったときは、いつもの「無手勝流」、なんにも準備せずに手ぶらでの「雲見」がいいなと思った。
 しかし、今までずっと空を見るとき一緒だった「非接触温度計」をともにするのもいいなと思いだしていた。
 右のポケットに「デジカメ」、左のポケットに「非接触温度計」当分は、このスタイルでの「雲見」でいこうと思っていた。ところがもうひとつ強力な「とも」が現れた。
それが、
気圧式デジタル高度計(携帯タイプ) 「ADC-Summit」だ。
Dscf9087▼これは、【理科の部屋】で和歌山の阪本さんに教えてもらったもの、「晴雨計」のついでに教えてもらった。話を聞いていると、ぜひとも自分もほしくなってしまった。
そこで、さっそくネットで注文したが、「品切れ」になってしまっていた。それが、やっと30日に届いたのだ。
どんなものだろうとワクワクしながら、昨日箱を開けた。
腕にはめるぐらいの大きさかと思っていたが、ちょっと無理なようだ。主目的は名前の通り登山のとき、スキーのときなどに「高度」を見るためのもののようだ。
 これが、話の通り、なかなかスグレモノだ。
 「気圧」「気温」「高度」なんと「風力」まで…。
24時間の「気圧」「気温」の推移もわかる、そして「天気予報」までやっている。
気象情報を網羅している。
とりわけ瞬時に「気圧」がわかるというのがいい。
私は、このスグレモノを勝手に「マイ「気象台」」と名付けた。
▼手ぶらの「雲見」がえらく重装備となってしまった。
言いかえよう。
「右のポケットには デジカメ」
「左のポケットには 非接触温度計」
「首からは  マイ「気象台」」    

でも、いくら重装備にしたからといって「大気」が見えてきて「天気の変化」が予測できるとは限らない。
「雲見」の基本は手ぶらである。自ら身体のレセプターをフルに駆動させるのが基本。
これを忘れてはなるまい。
「雲見」からはじめて、ウエザーレポーターに
これを、当面の目標にしていこう。

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