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新・私の教材試論(10)

Dscf9164▼立春の昨日、朝は校庭、グランドは霧につつまれていた。ところが、授業をやるお昼頃になると、青空が回復していた。授業では、繰り返し「飽和水蒸気量」「湿度」「露点」をやっていた。少しややこしい計算問題もやっていた。
ちょっと嫌気がさしそうである。そこで、何をやっているのか確認した。
「朝からの天気を思い出そう」「今朝の霧を」
「そして今の青空を見よう」「あの雲をみよう」
この現在進行形の大気の物理実験が、日々私たちのまわりで行われているではないか。
これを科学の眼で観察したいのだ。
「雨がどうしてふるのか」それが知りたいのだ。計算は、その一プロセスにすぎない。
青空を教室の窓から見ながら、「雲見」のすすめをやった。
それは、自分の現在地の確認でもあった。
▼ちょっと寄り道をするからだろうか。書き始めたものの、あまりすすまないないが、やっぱり書き繋いでおこう。
もう少し、書いていることの輪郭がはっきりするまで、
「教材は横に流れるもの」と前回に書いた。その水平方向の発想はどこからきたか。
またしても寄り道なるかも知れないが、気ままにやってみよう。
 私が、はじめて読んでから、いつかはどこかで紹介させてもらいたいと思っていた一文がある。人に伝えたくなる文章だ。「これから」に非常に示唆に富む。
 『ヒガンバナの博物誌』の著者である栗田子郎先生の書かれた文章である。
それは『多様性生物学入門~ヒトへの道程~』(栗田子郎著 東海大出版 1997.3.3)の「まえがき」に書かれた文章だ。

 ホモ・サピエンス(Homo sapiens 賢い者)と自らを名付けた我々「ヒト」も「チンパンジーとの遺伝的差はほとんどない」 としながらも、二つの大きな特徴があるとおっしゃっている。

 しかしヒトという種にはほかのどんな生物にもない(と思われている)きわだった特徴が一つあります。自分自身の由来、ひいては万物のルーツを知りたがるとともに、まだ存在しない未来に思いを馳せるという性質です。

 いま一つのヒトの特徴は、細胞外で複製・増殖することのできる遺伝因子、つまり言語(言葉、文字)と映像を操る能力です。生きとし生けるものはすべて、自らを存在させているプリン塩基とピリミジン塩基で記された基礎情報(遺伝子)を次の世代へ残そうとします。ヒトも例外ではありません。しかし、この情報は時間軸に沿って垂直にしか伝わりません。ところが言語や映像という形の情報は水平方向にも伝わります。しかも、細胞核内に収められた情報は親から子へと伝わるのみで、その逆は不可能です。言語情報はこれが可能です。(『多様性生物学入門~ヒトへの道程~』「まえがき」より)

 栗田先生の言葉だけに説得力があります。教材のことなんか一言もふれておられない、しかし、私の文脈のなかでは、教材入手と深くかかわっているのである。
ここでの「水平方向」こそ、私が言う「横」なんである。
 
つづく

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