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何度でも「原子論的物質観」とは

▼昨日から、暦のうえでは、寒に入った。いちばん寒い季節に突入したのである。いつも感動してしまう、みごとな「自然の読みとり」である。その通りに冷え込んだ。
仕事はじめである。久しぶりに理科室へいった。今年は、理科室の廊下に例の「太陽・月・星のこよみ」を掲示した。「1月分」と「1月の見どころ」とそして、年間の「天気表・生物季節」を掲示した。「天気表」の方は、365日毎日記録する予定で…。できるかな。家の自分の部屋と同じ設定にした。
これが、はじめての仕事であった。掲示したものを見ていると、実に多くの「情報」がつまっている。
もちろん、前の「小寒」なども当然である。これも「自然を読みとる」ための大きな武器になる。
▼年末年始で授業から遠ざかったせいだろうか。この「自然を読みとる」感性も鈍ってきているのでは自身が不安である。授業では何をやっていたのか。思い出す
Kagakumoku
そうだ、これである。
「原子」である。「原子が見えるようになる」これが、大きなねらいであった。
原子が見えるようになって「原子論的物質観」という物質観が思考の中に根付く。
それこそが、「自然を読みとる」のに大きな力となるのである。
▼400年前のガリレオの「科学」のはじまりもそこにあった。
21世紀の科学リィテラシィーとしての「生命観」も、ここにはじまるのである。
もちろんこの後やる予定の「天気の変化」も同じである。天気の変化を「大気の物理学」としてとらえていくためには、大気=空気、水を「原子の眼」でみてこそなのである。そしてこそ、より豊により本質的な理解がすすむのである。
 もう、それは「教科書」の世界を飛び出して、生活のなかでも活きてくるのである。
それが「原子論的物質観」!

▼大言壮語はつつしもう。
一歩、一歩だ。
このあとの「質量保存の法則」も
「定比例の法則」も、原子が見えたら、あたりまえのこと
この「あたりまえ」を人々を「科学」と呼んできた。
もっと具体的、授業準備を今日からはじめよう。o(^o^)o ワクワク
 

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