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再び21世紀版『化学の学校』とは

Dscf7738▼ゆっくり西に一歩一歩坂道をのぼる。それは、一日の生活のリズムを整えるための「歩み」である。距離にして、数十メートルである。のぼりつめて南へもかう。そのとき眼前にいくつもの巣のようなものがぶら下がっている。木々の落葉がすすみそれは目立つようになってきた。
ハゼの実である。りっぱなハゼの木々。150年間も陣屋跡であったいう歴史をもつ校庭。
このハゼの実から蝋燭をつくったという歴史はないのだろうか。
そんなことを想像したのは、この実が緑の夏のことでもあった。今また、北風にゆれる季節を前にして同じ想像をしてみた。
 もしも、そんなことがあったとしたら、そこにも「化学」があったのだろうな。
▼21世紀版『化学の学校』という無手勝流で思いついたことに少しこだわってみる。
「化学変化」のところを授業しているからということで
たまたま手にした『高校化学~その視点と実践~』(盛口 襄著 新生出版1984.8.10)
に次のような文章をみつけた。

19世紀の化学を古典化学・近代化学とするならば20世紀の化学は現代化学と呼ばれるべきです。20世紀化学は、19世紀化学の土台の上にたつけれどもあきからかに一線を画されるものです。その特徴となる点をいくつかあげてみますと

1.原子不可分の原則の崩壊と新しい原子像の確立

2.有機合成工業の急成長 中でも高分子工業の発表とその影響

3.生命体化学の発展

4.機器分析などのあたらしい手法の登場

5.公害と市民化学時代の到来

6.新しい化合物・新しい材料の開発

などがあげられます。(4章 「新しい化学への道」(p182)より)

 この後、盛口先生は、「近未来」を生きる高校生に「現代」化学の息吹ぐらいは感じさせておく必要があると、有機化合物の授業を提案されている。
 そのときに盛口先生の言われた「近未来」は、来てしまっている。
今、この21世紀版『化学の学校』を考えるとき、ここに大いなるヒントが含まれているように感じるのだが、どうだろう。
ソノハナシハ\(^^\) (/^^)/コッチニオイトイテ
▼今日は、化学反応式だ、授業を考えねば…。

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コメント

私は、化学は門外漢なので、不勉強ゆえ勘違いしている可能性大なんですが・・・。

盛口さんの視点は、公害云々にみられるように、1984年という時代を写している限界もあるし、なんといっても20世紀の化学をみるに、実用(工業)化学と基礎化学がゴッチャになっているのも気になります。

基礎化学に、物理学の手法が入りこんだこと。特に原子・分子論に端を発するスペクトル分析。
化学の応用範囲が、生体そのものに広がったこと。
各種手法の高度な精密化。

がここ100年のエポックなのかなあと思います。

市民化学なる言葉は、なんだか変で、過去には化学は、シャーロックホームズが趣味にしていたように、家庭で行える世界であったのが、精密化が進んでブラックボックスになっていっています。

もちろん、コンピュータを個人が持ち歩く世の中になったわけですから、そういう高度、精密なものに市民がわも対応できるといえばできるのかもしれない。しかし、パソコンは誕生したが、パソラボは誕生しなかった。これからするかもしれないけれども。

投稿: 渡部義弥 | 2008/12/04 09:35

渡部さん
コメントありがとうございます。
いいですね。こんなコメントがいただけるから、やっぱり今日も書いてしまうんですね。
 「100年のエポック」が、ふつうの人間の「感動」や「不思議」が地続きであることを伝えたい。そんな気持ちがあります。ブラックボックス化させない、等身大の科学をとりもどすこと。その面白さを伝えたいですね。より豊かな材料(教材)をもとに。

「パソラボ」のイメージもう少し詳しくおしえてください。

投稿: 楠田純一 | 2008/12/05 05:05

>「パソラボ」のイメージもう少し詳しくおしえてください。

ちょっと脇の話から。
来年は、ユネスコの世界天文年です。
http://www.astronomy2009.jp/
これは、世界で初めて、ガリレオが望遠鏡を天体観察の道具に使ってから400年を記念するものです。

ガリレオはコペルニクスからニュートンに至る「科学革命」の主役です。

彼は一方では「再現できる実験で実証する」という科学の基本の確立。そして、もう一方では「はっきり見えなかったものを見る」という技術革新による視座の拡大でなされたわけです。

ガリレオが確立した科学の基本は、まもなく自然哲学のあらゆる分野に浸透していくわけで、当然錬金術(薬学)や冶金学などとして発達していた化学もその例外ではなかったわけです。

そして、実験も観測も、先端分野については手の届かないものになってしまいました。そうでなくとも化学は「危険」がともないますので、法律などで規制されることも多々あります。薬事法や爆発物取締法などですね。

でも、新しい物質や薬品を合成したり、分析をしたりというのは、日常的にやらないと、化学の楽しさがわかりません。

そうしたことが、手軽にやれるようなホビー化学パッケージがぼくのイメージする、パソラボです。パソラボはエントリーモデルが5万円以下で購入できるもので、次のような機能が必要と思います。

1.成分分析
 微量の資料を入れると、どんな化合物が含まれているかをだし、パソコンとネットにつなぐと、それぞれの化合物がどのようなものか、データベースを引くことができる。犬のエサに何が入っているかを調べられる。などなど。

2.分離・合成実験装置
 試料を組み合わせて、化学合成実験をすることができる。温度、溶媒、試料の料などをセットしておくと、自動的に実験が進行し、成果物がでる。

3.テスト装置
 顕微鏡でみたり、いろいろな薬品操作などをすると、何がどうかわるかをテストする。

これら、すべて、非常に微量なサンプルで行うというイメージです。

ってなかんじです。家庭用天体望遠鏡ではなく、家庭用デスクトップ実験室というイメージですね。


投稿: 渡部義弥 | 2008/12/05 14:00

渡部さん
やあ、面白いですね。
やっぱり「情報は発信するところに集まる」は生きていますね。拙いblogでも発信したからこそ
ほんとうに欲しい情報が手に入る。\(^O^)/

>来年は、ユネスコの世界天文年です。
>http://www.astronomy2009.jp/

いいですね。実にいい。
意識していなかったです。見てきました。
400年ですか。ここに近代「科学」がはじまったんですね。ガリレオの「感動」と「不思議」は、子どもたちの脳内で繰り返しているはずです。それだけが、400年の時空を超えることを可能にしてくれるはず。

私は、渡部さんには「原子はどんなふうに見えているか」それが知りたかった。私が見ているものとちがうのか。

いただいコメントを繰り返し読ませてもらっていてそれがよくわかった。
 間違いなく渡部さんには、私が「見ているもの」よりもはっきりと輪郭をともなって、はっきりと見えている。
そうしたことが、手軽にやれるようなホビー化学パッケージがぼくのイメージする、パソラボです。パソラボはエントリーモデルが5万円以下で購入できるもので、次のような機能が必要と思います。

「パソラボ」のイメージもわかってきました。
これは、そんな遠くない未来において実現可能ですね。
いや、ひょっとしたら、これに近いものがもうできているのではと思っています。

>家庭用天体望遠鏡ではなく、家庭用デスクトップ実験室というイメージですね。

この発想に感服です。
同時に、私にこんな思いもあります。
意図ある切り取った「自然」でなく
「身の回りの自然」そのものを大実験室に変えてしまうことはできないだろうか。と思いがあります。
 私たちは、大実験室のなかで、「生活」という営みを繰り返している。実験結果の情報を交換しながら…。

投稿: 楠田純一 | 2008/12/06 07:27

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