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【授業】消化管は「ちくわの穴」だ。

Dscf7241 四日ぶりに朝、校庭を歩いた。ほんと木々は、色づいてきいる。単色ではない、多様である。同じ樹の葉でも、日当たりによっても移ろい度合いがちがう、だから色は微妙にかわってくる。まるで「紅葉」でくくってしまわれることを拒否するがごとく、一枚一枚の葉が自分を主張するがのごとく多様な色である。生きているのだから「多様の美学」は、ここにもある。
▼授業をつづけよう。消化管のところであった。ひとつのクラスは、それを終えていた。もうひとつのクラスである。
口→… … →肛門 と「ぬり絵」をしながら、消化管のなまえとはたらきを追っていく。
 まずは、どうしても教えたいことがあった。
前のクラスでも何度も強調した。それは
●消化管が一本のパイプ・一本のチューブである
単純だけど、とても使える事実。それがこれだ。この「見方」がすごく納得をひきだす。
この表現にもっとみごとなものをみつけた。
『生物と無生物のあいだ』以来、大ファンになってしまった福岡伸一さんの文章にみつけた。
連休中のすきま時間を利用して、福岡さんの出たての新著『できそこないの男たち』(福岡伸一著 光文社新書 2008.10.20)を読んでしまった。この人は、どうしていつも人を惹きつけるような文章を書くのだろう。
それは、さておき問題の文章はこの本の中ごろにあった、こうだ。

トポロジー的にいってみれば、消化管は、ちょうどチクワの穴のようなものだ。口、食道、胃、小腸、大腸、肛門と連なるのは、身体の中心を突き抜ける中空の穴である。空間的には外部とつながっている。私たちが食べたものは、口から入り胃や腸に達するが、この時点ではまだ本当の意味では、食物は身体の「内部」に入ったわけではない。外部である消化管内で消化され、低分子化された栄養素が消化管壁を透過して体内の血液中に入ったとき、初めて食べ物は身体の「内部」、すなわちチクワの身の部分に入ったことになる。(福岡伸一著『できそこないの男たち』p148より)

じつにうまい。これだ!!私が言いたかったこと、教えたかったことがみごとに書いてある。
これは、いただこう。
Dscf7270▼消化管は、「チクワの穴」。
●多細胞動物のからだは一本の「ちくわ」である
これは使える。
これで消化・吸収の意味もスッキリととらえることができる。
あのミミズの解剖学習の「見どころ」もわかってもらえる。
たまたま、そこの教室にあった模造紙がまいてあった筒があった。
その筒をたてて上からチョークを落としてみた。チョーク(食べ物)は、筒をスッと通過して、床におちて(ウンチ)割れた。これでは通過したというだけ、からだのなかに入りはしなかった。
そこで、消化・吸収の妙が発揮されるのだ。
低分子化の化学変化、化学変化を促進する触媒=消化酵素のはたらきも、小腸の長さ、表面積の巨大さの意味も具体的なイメージとしてとらえることができる。
 これからは、何度も使わしてもらおう。この「からだは一本の「ちくわ」」を。

 

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