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ヒガンバナの「実・種子もどき」を求めて

Dscf7226▼昨日の朝の散歩は、少しながめにとれた。「あれを見ておかねば」と、デジカメをもって、犬をひきつれて例の場所にでかけた。ヒガンバナの「実・種子もどき」である。前に見に行ってから一週間がたっている。何か変化しているだろうか。前に見逃している「もどき」はないだろうか。
 あれっ、一週間前には、「やっぱり、ここには…」と思った場所にない。確かに、あったのに、現に一つの花茎は、瓶につっ込んで部屋の机上にあるのだから幻を見ていたわけではないはず。なんどていねいにその畦を見ていった。あった、でもひとつだけだ。それも枯れて倒れている、だからなかなかみつけることできなかったのだ。
 もう、それは引きちぎって持って変えることにした。
▼一週間前の「仮説」はどうなるんだ、ここは『特別の場所』だったはずなのに…。なんかワクワク感すっとひいてちょっとくやしい気分になった。そのまま帰るのが悔しすぎるので、しばらくそこで、高くなりつつある太陽のめぐみをもらって、ひなたぼっこしていた。そしたら、また根拠のない「仮説」が思い浮かんだ。
ここ数年の観察よりここのヒガンバナは「特別」なんではないか。というのが、一週間前の仮説であった。
その「仮説」では、見逃している「実・種子もどき」はていねいに見れば、もっともっと発見できるはずだった。そしてみつけているものについては、 元気に熟していっているはずだった。これは、ここを「特別の場所」と考え、ここの環境に原因を求めての仮説であった。
 翻って考えてみよう。もし、ここ「ヒガンバナの種」に原因を求めたらどうなるだろう。この場所で、変異を起こしているのでなく、すでに変異を起こしてしまっているものが、ここにいるだけだとしたら。
 ここの仲間はどこから、やってきたのだろう。これを考えるとき、種子で増えるのでないヒガンバナのルーツをさぐるのは、単純である。
 ここの小字名は「川原」である。そう市川の川原なんだ。だから、何度と氾濫を繰り返してきて出来た市川の川の水があったはず。それがヒガンバナを上流から運んできた。そして、ここにある。
だとした一緒に流れ着いたであろう、ちょっと上流(北の方向)にも、そんな「特別の場所」があるのではないか。
これが、「ひなたぼっこ」でちょっと立ち直った私の次なる「仮説」である。
▼ちょっと「仮説」など、大袈裟にいうのが恥ずかしい「空想」が、あながちそうとばかり言えないなと立証されるのに時間はかからなかった。畦の「生産の季節」に入ったヒガンバナを凝視しつつ、数十秒、歩いただけである。
あったのである。それちゃんと花茎も立ったままのものが、それが一本ではない数本も\(^o^)/
思わず「バンザイ」をしてしてしまったのだ。
 休日の朝、同じ畦道をいったり来たり、そして畦道で「ひなたぼっこ」をしているかと思ったら、今度はバンザイをしている。もし人が見ていたずいぶんと不思議な光景だったことだっただろう。(^_^;)
一週間後、また来てみよう。o(^o^)o ワクワク
 

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