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【授業】感覚器官

▼「三行レポ」にこだわる。
「これは、まずい」なと思うことがある。それは、ときどき、このblogのかきはじめにとまどうのである。書くべきことがなくてなくてでなく、「あれも書いておきたい」「これも記録」しておかなければ、とちょっと欲張りになってしまうのである。そうすると、逆に書きにくくなってしまうのである。
こんなとき、自分に言い聞かす。『原点にもどれ』と
▼授業報告を続ける。「地球カレンダー」「頭骨標本」とつづけさまに、インパクトあると教材で、生徒たちに伝えようとしていることがある。
それはなにか。何度も何度も自問しながら、授業をすすめる。
逆に考えたほうがいいかも知れない、引き出したいのは
・『へえー』そうなんや、面白いな。
・へー、きれいやな。
・なんで、そうなんやろ。
・知らなかった、うまいことできとるな。
・もっと、そのこと知りたいな。
 等の言葉。
教育とは「引き出す」だと定義づけるなら、その営みの最高の場は「授業」であろう。
どこまでこんな言葉を引き出すことが引き出すことができるだろう。
さあ、拙くても、失敗の連続であってもいい。 あくなき「挑戦」である。
▼今回は、情報をキャッチする感覚器官である。
まず目だ。上記の言葉を引きださんとして準備したのは
●虫メガネ、凸レンズ
●「ぬり絵」(目、耳、鼻、舌、皮膚)
生徒から、感動を引き出そうとするなら、まずもって教師自身が感動するものを持ち込まねばならない。
教材の第一鉄則だろう。
私には、ずっと「ピンホール・カメラ」の感動がある。その延長線上に「レンズ」がある。
教室全体を「ピンホール・カメラ」にして外の風景が映ったときの感動は、理科教師としての「原点」がそこにある。
ピンホールに「レンズ」をもっていった、風景はくっきりとした。そのときから「レンズ」は光をあつめる道具という認識が生まれた。
 その「レンズ」が目に組み込まれている。やっばりそれは教えなければ、繰り返しになってもいい、何度も感動できる事実だ。
 凸レンズ、虫眼鏡をくばり、窓・そとの風景を手元のノート・下敷き等をスクリーンにして映してみるところからはじめた。                                      <つづく>

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