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【授業】消化とは(3)

Dscf7171「記憶」というのは、不思議な情報である。側頭葉にしまい込まれるときには、無色無臭で、ベクトルを持たないかのようである。あるとき、他の情報とつながって、前頭葉にたちあらわれたときには、あたかもしまい込まれたときから意図があったかのように妙に輪郭もくっきりのベクトルをもった情報になることもある。不思議だ。
 「水飴屋さん」の記憶。なぜか、妙にくっきりとこの記憶がよみがえるときがある。初任の中学校は、田んぼの真ん中にたっていた。まわりには、比較的家は少なかった。学校の西に坂道があり、それを下っていくと竹藪があった。その道路沿い、川の側の竹藪の中ほどに、「水飴屋さん」があった。水飴だけで商いはできたのだろうか。卸屋さんだったのだろうか。駄菓子屋さんだったんだろうか。でも、他のものが売られていたかについては記憶がない。
 水飴の透明感、あの四角透明瓶に大量に入っていた。「すごい、欲しいな」と思った記憶はあるが、実際に買い込んだのか、それについては記憶はない。
▼この記憶が、「教材」というベクトルをもって立ちあらわれくるのは、ずっとずっと後のことである。
「飴」というのは、すぐれた教材である。
それまではただ白い粉が、その瞬間、透明な甘いねばりある「飴」に変身するのである。これぞ、化学マジックの極致である。
 その同様の作用が、私たちの口のなかで行われているというのである。
その実験が、教科書にも記載されている。
「デンプンのりのデンプンがだ液によって、糖に変わる」という実験である。
デンプンは、ヨウ素溶液で確認し、糖はベネジクト液で確認するという。
定番中の定番の実験である。その実験の準備を昨日やった。
▼定番実験のあとは、だ液による「酒づくり」の話や「飴づくり」の話を、これまでしてきたが、お話だけでなく実際にやってみたいという衝動に駆られるが、今回はひかえておこう。
そんな実践はないのだろうか。検索してみる。
やはりあった。
■「ジャガイモと大根で水飴をつくる」
これだ。\(^o^)/
こんなのがやりたいのだ、「自由研究」にでもよびかけたいな。
「水飴」の記憶が、ベクトルをもって、教材化を促してくれる。
水飴工場の見学は…、「常民の科学」の歴史での「飴作り」は…、定番実験の歴史は…。
やってみたいことは、次々とでてくるが
まずは、今日は「定番」で…。

 

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