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新・私の教材試論(2)

Dscf6943 発芽処理をしてから、5ヶ月が経った大賀ハスが、その「生産の季節」の幕を閉じようとしている。黄色く色づいてきていた葉が、今度はふちから枯れだしたのだ。その枯れ方もちょっとおもしろい。葉は周囲から巻くように枯れていっているのだが、正八角形になっているように見える。一葉だけでなく他の葉もそのようだ。なにか、ここにも「からくり」があるのだろうか。
不思議だ。?(゚_。)?(。_゚)?
▼「教材試論」をつづけようと思う。昨日、書いてみて気づいたのだが、このblogでもこれまでにも「試論」をはじめたことがあったのだ。
 新「私の教材論」と題して、3日間だけ挑戦している。2年前の夏である。
 今度は、再度のリベンジということになるのだろうか。
今回は、少し最初に書いておきたいことがあってはじめた。
「教材」にも不易流行がある。
その「不易」の部分についてである。勝手に無理矢理に「法則」をつくってしまうところからはじめる。
■3K1Aの法則
3Kとは
●「感動」のK
●「簡単」のK
●「きれい」のK
これは、私の記憶では大阪の山田善春さんの受け売りかな。(^^ゞポリポリ
それに1Aを加えた。1Aとは
「安全」のA
 詳細については追々に語っていこう。先をいそごう。「思いつき」が消えてしまわないうちに
▼もうひとつ勝手に法則をつくってしまった。ここまでくると「遊び」と失笑されるかも知れないが
■3Hの法則
さて、その3Hとは
●「ホット」のH
 教材は「ホット」なものでなければならない。話題性に富み、生徒の興味を惹くモノでなければならない。それでは「不易」の部分にならないのではないかと思われるかも知れないが、モノは常に流れている。生命体ですら福岡伸一流に言うならなら「動的平衡」を保ちつつ流れている。その流れている瞬間を「ホット」にとらえて、教室に持ち込むのである。ビビッドな生徒たちの感性は、これを受け入れるだろう。
 ここでこれからのWebは、大いなるヒントを与えてくれるだろう。
●「本質的」のH
 より本質的な教材こそが、「高いレベルの科学」を保障するのである。末梢的なガラクタ教材では、生き生きとした授業をつくりだすことができない。では「何が本質的なのか」、これを明らかにする具体的な作業をやっていきたい。あらかじめわかっている解答はないのである。しかし、この取り組みはこれまでに行われなかったわけではない。これまでの取り組みからも大いに学びながら、すすめていく必要があるだろう。
●「ホンモノ」のH
 「ホンモノ」には、ふたつの意味をもたせたい。ひとつは従来の「教材論」でもあげていた「自然そのもの」の「ホンモノ」である。「自然は最高の教科書、生徒は最高の指導書」何度も何度も確認してきたこと。最高の自然そのものが「最高の教科書」なら、その自然そのものを可能な限り教室に持ち込むことは、きわめてアタリマエのことだ。
それが最高の「教材」なる可能性をもっていることもわかるというものだ。次なる課題は、どの自然そのものを切り取って教室に持ち込むかだ。そこにセンスの問題がある。
 「センス・オブ・ワンダー」と「センス・オブ・エデュケーション」が交叉するところに「教材」がある。
 もうひとつの「ホンモノ」は、プロの科学者たちがやっているモノを持ち込むということである。現代科学最前線の
「ホンモノ」を「教材」として教室に持ち込むことである。
 科学最前線のことなんか「高度すぎて」と言う前に、教師自らがそれを「学び」「体験」し、楽しんでみよう。きっとわかってくるはずだ。「ホンモノ」はわかりやすくて、面白いものであることが…。逆に言えば「わかりにくく」「面白くないもの」は、「ニセモノ」と言えばいいすぎだろうか。
▼時間をきめて書き始めたはじめたはずなのに、ついついわけのわからないことを書いてしまっている。\(__ ) ハンセィ
 次にこの試論を書くのはいつだろう。それは決めていない。決めたことは
●書き続ける
●期間限定 2011年(平成23年)の春まで 書く
ふたつである。
不定期、不連続になるだろうが、また<戯れ>の時間が許されるときに綴りたい。

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