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【授業】動物とは

▼昨日は、台風の影響か、雨だった。それだけではない、うんと気温も下がった。きっと北からの冷たい大気がうんとおしているのだろう。肌寒い一日だった。衣替えの季節到来である。
盛りをすぎたヒガンバナに冷たい雨、その姿は少し哀しい。ヒガンバナの月、9月も今日で終わりである。
しかし、ヒガンバナ観察は、まだまだ続くのである。
▼授業の方は、『動物の世界』に入る。この単元最初の授業、いろいろ構想を練った。限られた時間のなかでできるだけ、これまでにやってきたことを生かしながら、まったくあらたな「授業」にも挑戦していきたいとおもった。
特に最初の授業をどうするか。これは、いろいろ考えた。
そうして、こうはじめた。
「知っている動物を、ノートにいっぱい書き込もう。時間は5分です。」
これは、これまでにもやってきたパターンだ。
「よーい、はじめ」で生徒たちは夢中に書き始める。やがて必ずいくつも質問が飛び出してくる。
「魚って動物なん」「昆虫って動物なん」「クジラってなんなん」等々。
生徒たちの動物観が出てくるのである。
その質問には、きまって「えっ、それ植物か」「植物でなければ、やっぱり動物では…」と答えるようにした。
教科書やワークブックなどいくらみてもいいということにしているから、自然と教科書を概観することなる。
5分すぎたら、やめて数を数えて、挙手させた。「10以上、20以上…」と。
チャンピョンをきめたのだ。今回は、同点49で男女一名ずつがなった。すごいもんである。
Dscf6369▼そこで、もう一度ふりだしにもどって、「生物」とはからはじめた。
板書した。
物(モノ)-「生物」  
      -「無生物」
と、そして、写真のような竹でつくったバッタとクワガタを見せた。これは、昨日朝、でかける前に、コンピュータの前に何年もおいているもの、旅のみやげにどこかで購入したものだ、よくできていて気に入っている。
朝のひらめきである。
 これを見せながら、聞いてみた。
「これ生物ですか、無生物ですか」と。
そしたら生徒は言った。「それは、前は生物やった」
あまりによくできているので、ミイラに見えたようだ。(^^ゞポリポリ
そこで、竹でできている「つくりもの」であることを説明し、さらに同じ質問をした。
もちろん「無生物」と答える。
「では、これが無生物で、生物でないと思ったのは、どうしてだろう。逆に言えば、こいつは生物だときめているのはどんなことできめているんだろう。生物の無生物とはちがう特徴は…」
ちょっと持って回ったような発問で答えにくいかと思ったが、案外すんなりと答えがかえってきた。
「成長する」
「呼吸する」
「吸う 栄養を…」
「水を吸う」
こちらが予想していた解答だ。そこへ誘導したかった解答「細胞でできている」「仲間をふやす」はちょっと後回しにした。
 まったく予想していなかった回答で、へーと感動してしまったのがある。
それは、
「死ぬ」 である。あたりまえのこと、でも私は、この答えに( ゚o゚)ハッとさせられた。
そう言う見方をしていなかった。
生物の特徴はと問われて、「死ぬ」と答えた。そんな生物観を教えられた。まったくその通りである。

福岡伸一の『生物と無生物のあいだ』のプロローグを思い出していた。

●このあと、「粘菌」「クマムシ」を登場させて授業をしたのだが、ここで書ききってしまうことできないので明日につ づけます。 明日につづく…。
  

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【Web更新9/28】「ヒガンバナ情報2008」更新

Dscf6280 すこやかに きみのびゆくや ケヤキみち
 08/09/27 (土)撮影@安富

楠田 純一 の【理科の部屋】 週末定例更新のお知らせ

表紙画像2008 校庭の樹木シリーズ ケヤキ
 校庭には、3本のケヤキの樹がある。ケヤキは成長がすごい。一本の樹は校舎に接近している、さらにどんどん枝をのばしている。これが、色づきはじめたらどんなになるんだろう。季節を演出するにはうってつけの樹木だ。
そこに、路がある。それは神社への坂道である。私にには、その路が子どもたちの未来へつながる道にも瞬間みえた。

ヒガンバナ情報2008 更新
 考えてみたら、先週はヒガンバナ三昧の一週間であった。今、私のなかでの「ヒガンバナ流行」は、
 ◎ 校庭のヒガンバナ
 ◎ シロバナヒガンバナ
 ◎ 日本ヒガンバナ学会
 ◎ 花茎をのばしてこない鱗茎 「臨界点」があるのでは
 ◎ 熊楠とヒガンバナ
 などである。この一週間でまたかわるかも知れない。

【電流と磁界】更新
 今季の更新は、これでいったん終了する。また関連情報が入り次第また更新するかも知れないが。

blogをWebページにつないだだけが中心ですが、まとめて読んでみると、自分でもあらたな「発見」があって驚いています。

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Webで「教材研究」

Dscf6245▼「定点」のヒガンバナは盛りをむかえてきたようだ。一本、二本の今出たばかりのをのぞけば、他の球根からは、花茎はもう出てきそうにない。このままだろう。では、一体なにがわけたのだろう。今年花茎が伸びたものと伸びなかった球根を分けたものはなんなのだろう。故松江幸雄先生の32年間にわたる観察研究でも、すごくたくさんの花茎がのびたときと、あまりのびなかった年があるようだ。私のシロウト予想では、ここにも「臨界点」というのがあるのではないだろうか。貯め込んだ「栄養」量に、ここまで達したら花茎をのばす、ここに達しなければ来年度以降まわしにするというように。だから、例えばその年になんらかのヒガンバナにとっての環境変化があって、充分な生産活動=光合成ができなかった場合には、「臨界点」に達せず花茎をのばさないと「判断」しているのではないだろうか。それとも、「老死」かな。先の松江先生の研究では、32年間に一球の鱗茎は、なんと「926球」にまで分球したという。なにも特別の肥料をあたえたとかそんなことなく放置したままでである。すごい繁殖力だ、こんなすごいやつも、だんだん花茎をのばさなくなった球根もあったようなので…。
▼まとまった時間が平日ではなかなかとれないものだから、昨日でかけて行って理科室をかたづけた。こういう作業も、単元の授業をふりかえりながら、また、次の単元の授業を構想しながらやってみるとけっこう楽しいものである。さあ、次は「動物の世界」である。
時間は充分にあるわけではない。しかし、これだけは絶対に学んでほしいこと、教えたいことはいくつかある。
30年ほど前には、ずいぶんと時間をかけて楽しんだ単元である。
時間は「急行コース」で、コンテンツは「探険コース」でというのは、矛盾することなのだろうか。
そんなことを思いながら教材研究に入る。
▼まず最初にくるのは『動物とは』の問いである。動物が動物たる所以はなんだろう。教材研究は、教師自身の教材観・自然観はたまた世界観までも問われることになる。
私が今、生物を語るときどうしても気になる生物がふたつある。ひとつは「クマムシ」である。
夏休みの終わりに偶然に出会った「クマムシ」。これについては、どこかで「お話」としてだけでも出したい。
もうひとつは、これも夏休みの終わりに「熊楠」を訪ねた関係するのだが、「粘菌」である。
これもくわしく学習しようというのではない。「植物の世界」と「動物の世界」の狭間に位置するような生命、このような「かわりだね」の生命をあつかうことは、学習をドラスティクな展開に導くと考えるからである。
▼とは言っても、私自身が、この「教材研究」を充分にやっているわけではない。それは、今からはじめることだ。
そんなとき、とっても有効な手段が、Webではないだろうか。
「Webで教材研究をやる」 もうかなり進んできている手法ではないだろうか。
これなら、生徒とも情報を共有しながらの教材研究も可能である。
小さな「挑戦」を、ちょっとずつはじめていきたい。

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授業実践DBをつくろう

Dscf6230▼ヒガンバナを追いかけていて、気づいたらすっかり秋だ。あわただしく生活していて、「定点観測」すら、ゆっくりとできていない。
「忙しさで心を亡ぼすことなかれ」と自分に言い聞かせる。
朝起きて、外に出て薄明かりのなかで定点観測地Aのヒガンバナを見た。
(゚o゚)ゲッ!!何本も開花しているのでは…。「この瞬間を」とデジカメをもってきてシャッターを押してみた。
未明の闇のヒガンバナ、これもなかなか気に入った。
赤と黒のコントラストというのもなかなかである。
▼授業の方が、少しおくれ気味になっている。そこで、年度最後までのビジョンをより明確にしておいて授業をやっていく必要性を感じている。どの授業に何時間をつかって、ここではこの教材を使って、実験・観察はこれはやってこれは省こうと、より具体的にだ。
 そう考えるとき、いちばんに参考になるのが、過去の自分の実践記録である。
ペーパーでもいくらかのものは残している。しかし、それらは散逸していることが多い。
その点では、Webに蓄積しておくとほんと便利である。
そんなことを思いながら、インターネット版【理科の部屋】が立ち上がったときに、それと連動・連携してはじめたのが、Jissendb「実践DB」である。
「実践DB」へは、そのころ【理科の部屋】に書き込んでいた授業報告をそのままWebページ化するようにしていた。その作業は、そんなに手間のかかるものではなかった。とは言ってもいつもまでも「初心者」の域を脱しきれない私であるから多くの人のアドバイスをもらいながらであるが。今となっては、その当時モタモタとしながらつくったものがいちばんの参考・資料になるのである。
 自分でも驚くほど同じことに「失敗」し、同じように迷い悩んでいるのである。感動も同じである。進歩がないと言えばそれまでであるが、実践を少しでも高めていこうと思えば、そこから出発するしかないのではないかと思ったりもする。
▼10年経った今、今度はこのblogの書き込みで「Web更新」を図ろうとしている。より簡単に「蓄積」「公開」が可能になった。未来の授業のために…。
 自分の実践記録の次に参考にするのは、他の人の実践である。この点では時代は大きく進化・深化した。
研修会・研究会に手弁当で出かけていってしか手に入れられなかった情報は、いながらにして手に入るようになりつつある。授業そのもの情報でなくても、授業づくりのための資料情報もかなり入手しやすくなった。関係機関などのページの充実・深化にも目を見張るものがある。
▼しかし、ほんとうに「そのとき」にもっとも必要な情報ということでは、まだまだである。実験ひとつとりあげても、成功の報告は多いが、「失敗」の記録は少ない。実際に「困ったこと」「悩み」などの報告は皆無である。
その反対に、「小さな工夫」「小さなひめらきのアイデア」などの情報もまだまだである。「実はそれが知りたかった」というような情報も、日の目を見ることなく忘れ去られていっているのである。
「もったいない」という気がしてならない。
▼私のように、まだまだスキルのことがよくわかっていない人間が言うのも憚るが、明日の自分に向けて言うつもりで言う。
 Webページ、blog、SNS、MLなどを駆使して、等身大の
私たちの授業DBをつくろう。


 
 


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【授業】発電機

▼相変わらず、ヒガンバナを追いかけている。自分の定点、校庭の観察地、通勤路等々今自分のまわりはヒガンバナ三昧である。身の回りにとどまらない。Web、SNS、MLなどを介してしてのネットの世界でもヒガンバナ三昧である。これもまた楽しい。
▼ヒガンバナ三昧のあいだにも、授業はすすめている。全授業をblogにあげるという「無謀なる計画」も断念したわけではない。どんなに、うまくいかなった授業にしろ、とりあえず「記録」「情報」として残しておく。それは続けておこう。
 授業は、クラスに差もあるが、【電流と磁界】最後の「発電機」のところである。
授業全体の流れ、今回どこまできたかは、【電流と磁界】実践DBを見ればわかるようにしている。これは、やっぱり便利だ。\(^o^)/
自分の実践を整理していくのに…。いちいちいろんな資料をひっぱり出すこともない、ここを見ればどこまで自分の授業がきているかもすぐわかる。「自分に便利」が出発点 それを再確認した。
▼周辺の書き込みがすぎてきている。授業そのものの報告をいそごう。
実は、ここは以前の実践では「11 誘導電流の向き」「12 発電機」としているところを一時間にまとめてやってしまったのである。
 今は「レンツの法則」までやる必要はないかも知れない。しかし、『電磁誘導』という不思議な現象を、より深く理解するためには、やってもいいのではないか。そうすることによって、「磁界の変化」→「電流」はより印象づけられると考える。これまでの復習にもなる。
 今回は、短時間でやったため、ちょっと混乱した生徒もいたが、それなりに「コイルと磁石があるだけで電流が流れ出す」この不思議さに気づきはじめた。また、「レンツの法則」そのものを理解することは、そう困難なことではなかったようだ。練習問題を4題だした。
▼そこからが、発電機である。教科書の写真を利用して「自転車の発電機」から入った。やはり、身近な発電機ということでは、これだろうか。
「ここにあるのも磁石とコイル」を強調した。
そして例のゼネコン(手回し発電機)へといった。モーターがここにあることを強調した。
かつてのゼネコンでは、分解してモーターを見せていたが、今は透明だからすぐ見せることができる。
それにしても、このゼネコンもすごい教材だ。ここ30年ぐらいのあいだに、完全に「市民権」を得た教材・教具になってしまった。今さらのごとく驚いてしまう。こいつも「現代教材発展史」に書きたいな。
▼次が、スピーカー→マイクロホンである。ここでも徹底して「ここにあるのも磁石とコイル」でいった。まだまだ、工夫の余地ありである。
そして
『磁石を動かす(磁界を変化させる)エネルギーはどこから…これが、21世紀を生きるみんなの宿題』
としめくくった。
 

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校庭のヒガンバナ一斉開花!!

Dscf6086▼「暑さ寒さも彼岸まで」とは、よくぞ言ったものである。お彼岸の中日を過ぎた昨日は、ほんとすずしくなった。それを通り越して寒くなったと言ってもいいかも知れない。なんと、北海道からは雪のたよりも聞こえてきた。
さて我らがヒガンバナである。門先の定点では、「今年は(・_・)......ン?」の不安をふっとばして、花茎が何十本とのびてきたのである。そればかりではない「はしり花茎」はついに開花したのである。中日より一日遅れだけで…。おみごとである。なんと季節に正確に応答した「生命の営み」であることか、感動である。
Dscf6138▼今年のヒガンバナ観察の第一の課題にあげているのが、「校庭のヒガンバナ」である。限られたフィールドでの観察は、多くのもくろみにかなえてくれる。定点観察の利点がいくつかある。「私のヒガンバナ」「私たちのヒガンバナ」を意識づけてくれる。勤務校がかわって、現任校にも校庭にヒガンバナを発見して喜んでいた。当初、三箇所ぐらいに発見してよろこんでいたが、開花をしだしてびっくりである。まさかの場所まで発見である。
校舎の北斜面、桜の樹の根元が「第一発見現場」であった。そこは、斜面も比較的なだらかで、まあ、ここなら安定していて鱗茎が分球していったのだろうと。ところが、きゃつらは、そんなひ弱ではなかった。同じ、北斜面でもきわめて急勾配で、夏は茫々の草むらとなっていたところからも、開花してきたのである。
 Dscf6142 さらには、校舎の西斜面、ここはもっと過酷な環境である。硬い岩盤(古生層の岩)がむきだしになったような、斜面というより崖である。
そこも夏には、草むらであったところであった。そんな場所にも、昨日、「赤くマーキング」されているのを発見したのである。これで大きく分けたとしても5箇所でヒガンバナをみつけたことになる。
▼なかでも、目立つのは西斜面である。ここのいいところはいくつもある。まず、目立ちやすい。生徒たちは、教室の廊下にでれば、いやでなくても教室からその気になれば「見える」のである。もちろん理科室からも…。理科室など、廊下をへだてることなく、もろに目前にみえるのである。従って観察もいたって簡単。これは、授業ではなしDscf6136
をしなければと、代休の昨日、夢中で観察していると、アゲハまで寄ってきた。

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「熊楠」についての5つの仮説

Dscf6033▼「おみごと!!」ととしか言いようがない。昨日(お彼岸の中日・秋分の日)のヒガンバナである。大きく外出はせずに、家のまわりのヒガンバナを見た。少し遅れていたかと思っていたが、結果的にはそうでもなかったようだ。
田んぼのまわりの畦、川淵の土手、墓参りの道の両脇、家の庭先…。いたるところのヒガンバナが一斉開花である。
田は稲刈りがおわって終わっているところが多い。なおさら「赤い行列」は目立つ。家の東に出て見渡せば、そのヒガンバナの風景は、圧巻ですらあった。きっちり日を読んでいたかのごとく。
やっぱり、もう一度「おみごと!!」\(^o^)/
▼「熊楠」も、こんな風景を田辺の地でみたのだろうか。そして、ヒガンバナの「味方」になろうと決意したのだろうか。今年の夏以来、急激に惹きつけられている「熊楠」。とてもではない、私のようなシロウトに手に合うよな人物ではないことはわかっている。もちろん「熊楠」研究家になるつもりもないし、なれるわけもない。ただ、何故にこんなに惹きつけられるのか。それだけは知りたい。シロウトの大胆さで、ここまでに辿り着いた「熊楠」について、私の仮説5つをあげておく。
▼【理科の部屋】4@folomyや、ここのblogに書き込んだことを元にしてのものである。
●【仮説 その1】
 「知の巨人」南方熊楠の「研究」に、こらからの「自由研究」を示唆するものがある。

 これは、今年の夏の「自由研究のすすめ試論」をまとめるなかでてきた仮説である。この仮説をもって南方熊楠記念館・南方熊楠顕彰館を訪れたのである。

●【仮説 その2】
「熊楠」はこれからの人である。

 グローバリズムとローカリズムの交叉、徹底した「私」発の知的生産技術の数々、考えれば考えるほど確信が生まれてくる。まちがいなく「これから」の人である。100年の時空を超えての未来派。

●【仮説 その3】
 「南方マンダラ」は、これからの理科(科学)教育の羅針盤である。

 もっと等身大に「熊楠」を読み解く。自分の仕事にひきつけての仮説である。
 「不思議」の「謎解き」こそ理科だとしたら、この「南方マンダラ」こそ、これからの理科教育の方法、めざすべきものを示唆したものではないか。

●【仮説 その4】
「南方マンダラ」は、Webそのものである。

 飛躍した仮説かも知れない、しかし私の目には、あの絵図がWebにみえてきてしかたない。

●【仮説 その5】
 【理科の部屋】は、熊楠の言う「萃点」そのものである。

 飛躍ついでにあげる。「萃点」とは「謎解き」情報が交差するところ、情報が集まるところであり、情報が発信が発信されるところ。それなら「情報は発信するところに集まる」を掲げた【理科の部屋】そのものではないか。
これは、あまりにも手前勝手な仮説であろか。

▼少しわかる人が見れば、馬鹿げた【仮説】なのかも知れない。明日の自分がみても、お笑い物だったりするかも知れない。浅学無知を省みず、シロウトの大胆さであげておく。
誤謬、勘違い、的はずれのオンパレード。
これは、あくまで私流の直感「仮説」である。ベースになるものはなにもない。
しかし、これが巨大山脈「熊楠」登頂に向けた準備した私の等身大地形図(登山図)。
寄り道もする。すぐ引き返しもする。別ルートも検討する。
  まずは、一歩すすめてみようかな。

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「日本ヒガンバナ学会」一周年に思う

▼昨日は、秋の天気の気まぐれの影響で一日順延になった「体育祭」を実施した。とてもいい天気となり、楽しいすばらしい体育祭であった。一夜明けて今日は、お彼岸の中日である。
ということは、Higangakukais開設一周年の記念日である。
定点観測地のヒガンバナをみながら、ビガンバナ研究の今を考えてみる。
▼夏休みの最大の収穫となるだろう「南方マンダラ」。これにまだしばらくは凝っている、これも実はヒガンバナとは無縁ではないのである。熊楠がヒガンバナについて語り『石蒜の話』(1913.1.1)を書いた。私は、この論文にふたつの道から辿り着いた。ひとつは、【理科の部屋】経由である。ずいぶんと以前から何度となくヒガンバナことを話題としてきた、昨年もこの時期にヒガンバナのことを話題としていた。そしたら、伊笠さんが熊楠が書いたこの『石蒜の話』のことを紹介してくださった。私は、この論文をどうしても読みたいと思った。そんなことを書いていると、和歌山の阪本さんが、それならばと南方熊楠顕彰館に出かけて、この論分を全集のなかからコピーしてもらって送っていただいたのである。ありがたい話だ。その南方熊楠顕彰館にも、この夏に訪れた。
 もうひとつの道は10年前にであった名著『ヒガンバナ博物誌』(栗田子郎著 研成社)である。栗田先生は、この著のなかで、「私の”ヒガンバナ考”の原点に位置する論文の一つです」(P40)と書いておられるのです。「日本ヒガンバナ学会」でよりお近づきなれた栗田先生がそう言われる論文だから、なおいっそう読みたいと思うようになっていた。
Dscf6011▼ふたつの道をたどって今、読めるようになった論文『石蒜の話』。浅学な私には、面白そうであるが、なんとも難解でもある。コピーしていただいてすぐに昨年読んだはず。それを、今また何度目かの読み返しをしている。
書かれている内容についてもさることながら、「南方マンダラ」を知った今、ちょっとちがうように読めてきた。熊楠の流儀のようなものがみえてきた。博学ぶりの発揮、引用の羅列それを繰り返しながら、なにかを言わんとしている。
「ヒガンバナをネタに熊楠は何を言いたかったのだろう」そのことへの興味が強くなりつつある。
まだ途中になっている。今日一日、あいている時間を利用して、読みすすめてみよう。

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【Web更新9/21】「ヒガンバナ情報2008」更新

Dscf5902 朱き実や 誰に届けん 花水木
 08/09/19(金)撮影@安富
楠田純一の【理科の部屋】 週末定例更新のお知らせ
 
表紙画像2008 校庭の樹木シリーズ ハナミズキ
 校庭には、2本のハナミズキの木がある。いずれも、なかなか目立たない位置だ。意図してそこに植えられたのかは不明である。それでも、花の時期にはよくわかった。
 今回は、台風13号が来るかも知れないという朝に、校庭をまわっていて撮影した。雨の中であったが、葉にかくれて鳥たちに食べられなかった赤い実は、誰かのためにとっておいてあるようにも思えた。

「ヒガンバナ情報2008」更新
 彼岸に入っている、明日は中日である。ヒガンバナの季節である、いかに遅れているといってもきっちりとこの時期に合わせて開花する。おみごととしか言いようのない。
 今年も、Webページ、SNS、ML等々使えるものはすべてを駆使してヒガンバナ追いかける。私の今年のひとつの収穫は、「校庭のヒガンバナ」である。今のところ4箇所に群生しているのをみつけた。いずれも、今週に開花最盛期となるだろう。個々の「ヒガンバナ物語」は、ゆっくりと読み続けたい。
このあと、どんな情報が飛び込んでくるか楽しみである。

「究極のクリップモーターを普及させる会」更新
 MLで教えてもらった「クリップモーター」の工夫、ふたつのページにリンクさせてもらった。
「究極」はひとつではないと思えてきた。多様性にこそ「究極」があるように思えてきた。

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白いヒガンバナも開花!!

Dscf5966▼彼岸の入りの昨日。ヒガンバナがいろんなところで開花をはじめたようである。今年は少し遅れているのかも知れないが、毎年この時期に確実に日本の人里の風景が一変する、赤く燃え立つヒガンバナの行列、絨毯である。これに魅せられた人が多くいてもなんの不思議ではないだろう。
我が家の定点観測地の花茎も猛スピードで「彼岸中日」に帳尻をあわせようとしている。みているあいだにも伸びているのではと思えるぐらいのスピードである。
Dscf5960_2
▼昨日、我がの庭で、もうひとつの「発見」をした。それは白いヒガンバナである。長年ヒガンバナを追いかけるなかで、当然この白いヒガンバナにも興味をもったことがある。ぜひ、身近に育て、いつでも楽しめたらいいのにと思っていた。そしたら、数年前に、いつもネットでお世話になり、私のHPづくりの師匠でもあるイルカさんから、「うちにあるから鱗茎おくりましょうか」と分けていただいたのだ。分けていただいた鱗茎を、花壇に植えていた、それが昨年あたりから開花しだしたのである。花茎が伸びているのも気づかずにいた、毎日のみていたはずなのに、今年は花茎も何本かのびてきている。少しの期間はこの「白いヒガンバナ」も楽しめる。ありがたいことである。
▼この他に、白いヒガンバナの鱗茎を、見ず知らずの方から、送っていただいた経験がある。それは、ネットで知った方が、それでは分けてあげようと送ってくださったのである。その方から送ってくださった分は、休耕田のなかに植えていた、そこの畑をつぶしてしまった関係で、残念なことに「行方不明」となってしまった。せっかくの好意を申し訳ない。それにしても面白い。
「ビカンバナ」をネタにヒューマンネットワークを楽しんでいるのか。ヒューマンネットワークを生かして「ヒガンバナ」を楽しんでいるのか。
どちらもある。フィフティフィフティである。
たしかなこと、それらは相乗効果によりヒューマンネットワークの輪は広がっていっているということである。

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定点観測地に花茎が

Dscf5925▼台風は少し「肩すかし」のようにして、過ぎていった。それは、播磨の地からみただけであって、全国の各地から
みるとちがってみえる。被害に遭われた地域の方々にはお見舞いもうしあげます。
「雲の展覧会」は開かれたのだろうか。それも、地域によってちがいがあったでしょうね。過去形で語るのは早合点かもしれない。当地では夕方には、青空までみえてきた。
Dscf5870_2▼台風の進路が気になった状況の昨日の朝の散歩。スタート地点の定点観測地A(門先ですぐみえる)でついに花茎が伸びているのを発見した。何年にもわたり観察をしている地点である。かなり注意して毎日観察していたつもりもりであるが、その花茎の芽生えの瞬間は、観察することできなかった。よほどのスピードで伸びているものと思われる。今朝も薄暗いなかみてみると、昨日の朝からくらべるとずいぶんと伸びているように思われる。
 すごい成長のエネルギーである。このエネルギー源を考えるとき、あらためて「彼岸花の一生」と植物のすごさに感動するのである。
▼過去のこの定点観測地での開花状況を見比べてみる。
「楠田 純一のヒガンバナ観察日誌」(99年の記録)
この年は、9/11に昨日と同じ状況だ。今年は8日遅れている。やっぱり「その瞬間」は見逃している。
2006年9月ヒガンバナ定点 blog
この年に花茎をはじめてみているのは、15日~16日である。それと比べると3日ぐらい遅れているのだろうか。
これだけのデータで「ヒガンバナの開花時期は遅くなっている」と判断するのは、早合点かもしれない。
もっと、もっと多くのデータが必要であろう。その年のある時期の天気にもよるだろう。
今後、多くの人からのデータが集積され研究がすすでいくといいな。
いずれにしても、定点観測地の花茎、今後も継続して観察していきたいものである。
「浮き株」になってしまっている。これが最後の年になるかも知れないので…。

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大気の大物理実験室で

Dscf5845▼昨日も、朝の校庭の散歩も、ヒガンバナ観察が中心になってしまっている感がある。家での定点観測と同じように、符号をつけてみることにする。
◎校舎の北側土手、第一発見の場 …A
◎グランド西、薮の土手 中国縦貫道のそば …B
この調子なら、もっと他に発見できるのではないかと思い注意深く観察しながらグランド周辺をまわってみた。予想は的中した。第3の場所を発見した。それも、いちばんよく目立つところにである。それは校門のま近くであった。そこには、校庭がかつての「陣屋跡」であることを書いた碑がたっている。なにかいわく因縁がありそうな場所である。でも、数は少ない。
◎校門側、「陣屋跡」碑のそば …C
▼台風13号が近づいてきている、21日に体育祭をひかえているだけに気がきではない。練習・準備も台風の影響が大である。空とパソコンとにらめっこしながらである。
このように台風などがやってきたときに、あらためて痛感するのである。わたちは紛れもなく「大気の大物理実験室」に住んでいるのであると。
▼かつて、私はお天気のプロ=西園寺さんに教えてもらいながら『台風は水蒸気を食べて成長する』という科学読み物を書いたことがある。今回の台風13号のふるまいを見ていると、まったくその通りのことがおきている。Uターンしての動き、海上で再び成長してきての豪雨等々、それは大気の大物理実験が繰り返されているのである。繰り返される実験の結果から、私たちは大気の動きの「ルール」を読みとり、防災に利用しなければならない。
▼TVやパソコンからの台風情報にも注目しておく必要があるが、それだけでなく、自分自身の「観察眼」を鍛えていくことも大切である。
武田康男さんは言っていた「台風通過の前後は雲の展覧会です」と。空を見て、雲を読み、大気の動きを予測していくのである。また、風も読むことも大切、風は、大気の急激な移動なんである。風をからだで読む、そしたら台風の現在地の見えてくるし、これからが読めてくる。これぞ「科学する」そのものではないか。
先人達は、TVもネットもない時代、そのように「科学」してきたのである。その知恵は、継承していく必要がある。
それが、自然をゆたかにとらえ、自然とうまくつき合っていく唯一の方法なんだ。

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巾着田ヒガンバナオフから10年

Dscf5807▼昨日の校庭朝の散歩は、北の土手の「ヒガンバナ」観察からはじめた。のびゆく花茎に朝日があたって元気だ。同じ土手際でも、もっと急斜面になっている西側では、その姿がみられない。ある程度、こう配がゆるやかなところに限られている。これは、洪水などで、流されてきて、ここに辿り着いたと考えられる。人為的にここに、植えたというものではなさそうだ。まだまだ、まわりの状況をみてみなければわからないが…。
散歩コースで、もう一箇所「校庭のヒガンバナ」をみつけた。西の土手の端っこ、中国縦貫道から、側道を隔ててすぐのところである。薮際である。ここのヒガンバナ「歴史」には、工事などの人為的なことがかかわっているような予感がするが、わからない。「物語」ができていくには、まだ資料不足である。
▼【理科の部屋】4@folomyでトシ先生が巾着田ヒガンバナオフのことを話題にしてくださっている。98/9/26(土)~27(日)であるから、なんとそれから10年の年月が流れたことになる。実に多彩な顔ぶれが集った。もっとも有名なヒガンバナの名所「巾着田」に、ヒガンバナに興味をもつ面々が集ったのである。ヒガンバナもさることながら、人に「会い」に来たという人もいた。今は亡き、ガベちゃんこと曽我部先生の姿もあった。思い出すだけでもワクワクしてくるようなオフだった。そのときは、天気が悪く、あいにくの雨だったが、ヒガンバナの群生は存分に楽しめた。
 今年の巾着田は、開花少しおくれているという。だが、お彼岸の中日のころには、きっとすごいものがみれるのだろう。例年のように…。
▼このときに、集まる否や話題にした本がある。それがあの名著『ヒガンバナの博物誌』(栗田子郎著 研成社1998.9.1)である。ちょうどその年の秋に初版だったのである。以来10年、ヒガンバナ研究の最前線にこの本があった。ヒガンバナ研究を語るときは必ずと言っていいほど、この本にふれていた。今は、その著者もふくめての情報交換の場がつくられている、それが「日本ヒガンバナ学会」である。
 これだけでも、今さらのごとくネットの威力に感激してしまうのである。

また、ぜひどこかでこんな「ヒガンバナオフ」が実現できたら、最高に楽しいだろうと思う。


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校庭にヒガンバナを発見!!

▼今朝、めざめて外に出た。西の空に月がまだ明るい、オリオンはなんと、天頂ちかくまで来ていた。台風13号の影響で、体育祭の練習計画の変更余儀なくされている。でも、今日一日は、「きょうの天気のツボ」をみると「嵐の前の晴れ間」となっている。この台風13号は、とても不気味なうごきをしている。もう大陸の方へいくのかと思ったら、Uターンしてきた。これも偏西風だろうか、海上にこんなにゆっくり居座っておれば、水蒸気をいっぱいたべて、うんと「元気」になってしまう。(^_^;)
▼家のまわりのヒガンバナの観察と同時に、通勤路や職場でのヒガンバナも追いかけている。昨年の「日本ヒガンバナ学会」でも、「校庭のヒガンバナ観察」を提案した。さっそく面白い展開がひとつあった。「校庭のこんなところにヒガンバナが…、どうして」と報告があった思ったら、同じ「日本ヒガンバナ学会」に、そこに植えた人がいて、「それは私が校庭に持ち込んだもので」ということになった。そうなんだ、「校庭のヒガンバナ」は、ヒガンバナ研究の面白い切り口を与えてくれる。
▼校庭と限られたフィールド、限られているから、そのヒガンバナの「歴史」も描きやすい。ヒガンバナは種子では増えない。だから、先の人為的なものも、ふくめて校庭の「歴史」を探る手がかりにもなる。校庭のヒガンバナは、それぞれ「ヒガンバナ物語」をもっているのだ。
 そんなことを思ながら、現任校の校庭でもヒガンバナをさがしていた。
Dscf5771▼発見」はいつも思わぬ瞬間にやってくる。昨日の夕方、もうそろそろ戸締まりもしておかなくてはと、職員室の外の廊下にでた。廊下の北の窓から見える空は、ずいぶん高くなっている巻雲がきれいだ。校舎の北側は、急な坂道、崖がある。その崖に、シルエットのように浮かび上がったあの「花茎」。
「えっ、ひょっとしたらビガンバナ!?」。さっそく下履きに履き替え、近づいてみた。
間違いないなくヒガンバナだ。それも一箇所ではない。けっこう何カ所にも花茎をのばしている。桜の樹の根元である。これだったら、観察にでかけるなんていうこともない。職員室を出ればすぐ見える。開花が楽しみである。そしてこのヒガンバナたちの「ヒガンバナ物語」も…o(^o^)o ワクワク

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「クマムシ」を見たい!

Dscf5739▼中秋の名月をゆっくりと観て、一夜あけた昨日。よし、これでヒガンバナの花茎はいっきょに出てくるだろうと、ちょっと勢い込んで、朝の散歩に出た。まず門先の定点観測地Aの方だ、まったくである。花茎の気配はない。(^_^;)
途中では、いろんなところに花茎がのびて開花へまっしぐらというところもいくらか出てきた。問題は群生定点観測地Bである。ここがどうなっているんだろう。
例年とようすがちがう。それは、この畦が定期的に草刈りが行われなくなってきているところから来ているように思う。以前なら刈り入れを前に、夏の終わりには、きっちり草刈りが行われていて、そこへにょきっと顔を出した花茎がするするとのびていく、それも多数が一斉に、そして真っ赤に燃え立つ松明の行列となる。これが、これまでの定点観測地Bのイメージである。今年は、草むらのなかなかから、気づいたら花茎が伸び開花まじかというかんじである。彼岸に向けて、この「風景」はどのように変化していくのか。楽しみではある。
▼ヒガンバナへの興味もさることながら、ここのところちょっと気になってしかたない生物がある。それが「クマムシ」である。夏休みの終わり、「熊楠」に出会いに行く前に、衝撃的にであった。「熊楠」の予習もそっちのけで夢中になってしまった。この案内人は、またしても我らが森山和道さんである。森山さんが、この夏に『クマムシを飼うには』(地人書館)を出されたのである。うわさには聞いたことがあるが、半信半疑であった、しかし森山さんが興味をもったというのなら話は別だ。本家本元の鈴木忠さんの「クマムシ?!小さな怪物」(岩波ライブラリー)も一緒に手に入れた。あまりの面白さに一挙に読んでしまった。
▼学期はじめの忙しさから、少し熱がさめるかなと、自分を人ごとのように静観していた。そこへニュースが飛び込んできた。「クマムシ 宇宙から生還!!」のニュースだ。(mixiの「クマムシすげぇ!」のコミュニティで知った。)
(゚o゚)ゲッ!!やっぱりホンモノなんだ。こんなすごいやつが、すぐそこにいるなんて信じられない。どうしても自分の眼で、そいつを見てみたい。そんな気持ちがつのるばかりである。
▼もうすぐ、【動物の世界】の授業をはじめる。どこかで、こいつにふれたい。それには、やっぱり自分の眼でたしかめたい。そこに「生きている」ことを…。

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【Web更新9/14】「ヒガンバナ情報2008」

Dscf5608 包みてや そっと差し出す 秋の風
 08/09/10 (水)撮影@安富

楠田純一の【理科の部屋】 週末定例更新のお知らせ

表紙画像2008 校庭の樹木シリーズ アオギリ

 アオギリは二度目の登場です。とても、不思議な樹ですね。校門のすぐ側にあって、一年中、季節によってちがういろんな姿で子どもたちをむかえてくれます。
 朝の散歩の到着地点にあるので、どうしてもここに眼がいってしまいます。とっても変わった実をつけますね。今度は、タネつきボートが、冬の風に舞いだしたら、また報告します。
 今は、そっとやさしく手のひらにつつでいた秋風をタネと一緒にさしだされた、そんな気持ちになったので…

ヒガンバナ情報2008
 今年も、このページをつくってみました。ヒガンバナ情報のWeb発信はなんと11年目になります。毎年いろんな「発見」がありました。ヒガンバナを通して、とてもうれしいヒューマンネットワークもいっぱい生まれました。昨年は、さらに多くの人との交流を願って「日本ヒガンバナ学会」も設立されました。
 今年の「ヒガンバナ情報」からは何が生まれるだろう。楽しみです。o(^o^)o ワクワク
 

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久しぶりに「袋ファイル」をつくった。

Dscf5683▼昨日の雨は、比較的はやくあがった。でも、なんともすっきりしない。暑さ、雲の残骸をまだ空に残している。季節のうつかわりは直線的ではない。螺旋的である。
そして、今日は中秋の名月である。これでは、お月見できるのかな。ちょっと心配である。
仕事から帰って、雨上がりのヒガンバナ「定点観測」(門先の地点A)をおこなった。と言っても、ただ、デジカメを向けたというだけの話だ。花茎の気配すら、やはりないのである。それよりも、この地点のヒガンバナを10年以上ずっと継続しておこなってきたのだが、ちょっと不安な状態である。もう、完全な「浮き株」になっていることと、門先で自動車を切り返す地点にあるせいもあるのか、徐々に崖っぷちにおしやられ、もうずり落ちそうなのである。昨年も、いくつかの鱗茎が田んぼにおちてしまったのだ。この地点での観測は、今年で最後になるかも知れない。どうするかは、来年の春、地上部から、ヒガンバナの葉が、姿を消してから考えたい。
Dscf5696▼仕事はいっぱいたまってはいるが、一応「三連休」ということで、ほっと一息である。部屋をみてみると、ずいぶんひろがってしまっている。夏以前のものも含めて、未整理のままになっている。まずは、「空間の整理」からはじめるということで、袋ファイルをつくるところからはじめてみた。「袋ファイル」とは、初期のあの「山根式袋ファィル」である。これも歴史が古い。「山根式袋ファイル作成定規」の日付をみていると「第1号 90.12.06」となっているから、もう18年前からのやっていることになる。18年間この定規で「袋ファイル」をつくりつづけてきたことになる。その数はどのくらいになるだろう。膨大な量になるだろう。最初から、「このメンテナンスこそ勝負!!」と自覚しながらも、「情報」は、放り込まれたままの場合も多々ある。(^^ゞポリポリ
でも、一瞬でも目の前から「ペーパー情報」は姿を消す。すっきりした気分になる、そして次の「情報」を集めようという気持ちになるのである。
▼「袋ファィル」システムは、今年で18年ということは、あと2年で20年だ。ちょうど区切りのときでもある。そのとき、整理のシステムそのもの本格的に見直すことにしようと思う。それまでは、この春にblogで読んだ『知的生産の技術』、そしてその後に共感し気に入って導入した『佐藤可士和の超整理術』に従って、整理をすすめていこうと思っている。さあ、この連休中にどこまですすむだろう。

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授業【動物の世界】を俯瞰する

Dscf5662▼雨だ。台風の影響もあるのだろう。温かい湿った空気のかたまりと、冷たい空気のかたまりとが、日本列島の弓に沿うように衝突している。あたたかい湿った空気のかたまりは、上がるとザアザアで雨である。
この雨は大いにヒガンバナを刺激することになるのでは、これは希望的観測である。雨が上がれば、いっきょに花茎を伸ばし「彼岸」に向かう。いかに遅れていても、お彼岸の中日には、きっちりと帳尻をあわせているというのがいつものパターンである。はたして、今年もそのパターンであろうか。
▼体育大会の練習などで、少し授業から遠ざかっている。だからと言ってのんびりしていては、授業再開したときあわててしまう。ほんとうなら、夏休みのあいだにきっちりと構想を練り、準備をしておくべきであったが、できていない。少し時間がある今、次なる単元【動物の世界】の俯瞰をし、具体的準備にかかろうと思う。
 まず、これまでの実践DB【動物の世界】をみてみる。INDEXしか残していない。一年と二年に単元が分かれている時代から、けっこう気に入っている単元である、でも、記録をWeb上に残していない。今回は、ヨタヨタとした実践になろうとも記録は残しておきたい。
▼まずは、なにをねらう単元なんだろう。
「新学習指導要領」(文部科学省ページより)からみておく。

(3) 動物の生活と生物の変遷
 生物の体は細胞からできていることを観察を通して理解させる。また,動物などについての観察,実験を通して,動物の体のつくりと働きを理解させ,動物の生活と種類についての認識を深めるとともに,生物の変遷について理解させる。
ア 生物と細胞
(ア) 生物と細胞
 生物の組織などの観察を行い,生物の体が細胞からできていること及び植物と動物の細胞のつくりの特徴を見いだすこと。
イ 動物の体のつくりと働き
(ア) 生命を維持する働き
 消化や呼吸,血液の循環についての観察,実験を行い,動物の体が必要な物質を取り入れ運搬している仕組みを観察,実験の結果と関連付けてとらえること。また,不要となった物質を排出する仕組みがあることについて理解すること。
(イ) 刺激と反応
 動物が外界の刺激に適切に反応している様子の観察を行い,その仕
 組みを感覚器官,神経系及び運動器官のつくりと関連付けてとらえること。
ウ 動物の仲間
(ア) 脊椎動物の仲間
 脊椎動物の観察記録に基づいて,体のつくりや子の生まれ方などの特徴を比較,整理し,脊椎動物が幾つかの仲間に分類できることを見いだすこと。
(イ) 無脊椎動物の仲間
 無脊椎動物の観察などを行い,その観察記録に基づいて,それらの動物の特徴を見いだすこと。
エ 生物の変遷と進化
(ア) 生物の変遷と進化
 現存の生物や化石の比較などを基に,現存の生物は過去の生物が変化して生じてきたものであることを体のつくりと関連付けてとらえること。

ついでに「内容の取扱い」についてもみておく。

(4) 内容の(3)については,次のとおり取り扱うものとする。
ア イの(ア)については,各器官の働きを中心に扱うこと。「消化」については,代表的な消化酵素の働きを取り上げること。また,摂取された食物が消化によって小腸の壁から吸収される物質になることにも触れること。「呼吸」については,細胞の呼吸にも触れること。「血液の循環」に関連して,血液成分の働き,腎臓(じんぞう)や肝臓の働きにも触れること。
イ イの(イ)については,各器官の働きを中心に扱うこと。
ウ ウの(ア)については,脊椎動物の体の表面の様子や呼吸の仕方,運動・感覚器官の発達,食物のとり方の違いに気付かせること。
エ ウの(イ)については,節足動物や軟体動物の観察を行い,それらの動物と脊椎動物の体のつくりの特徴を比較することを中心に扱うこと。
オ エの(ア)については,進化の証拠とされる事柄や進化の具体例について取り上げること。その際,生物にはその生息環境での生活に都合のよい特徴が見られることにも触れること。

こうしてみると、ずいぶんと内容が豊富である。でも、いくらでも時間があるわけではない。
ある程度 的を絞る必要があるだろう。
▼単元を読み解くキーワードをならべてみよう。
・細胞
・個体維持
・種族維持
・進化

あれ、これだったら「植物」とかわらないではないか。「動物」は、なぜ「動物」であって「植物」ではないのか。
そこから、はじめなければ…。
・従属栄養→「食べる」→「動く」→「動物」
▼ここから行かなければ、「食べたらウンコをする」
すこし話がとぶが、理科ハウス企画展「みんなウンチ」は本日13日が最終日だ。「ウンチ」を切り口に豊かに「動物の世界」を描いた企画展で教えてもらったこと、少しでも授業に生かしていきたいな。(まだ行っていない人、今日はラストチャンスですよ。(^o^))
▼話がとびついでに熊楠の「粘菌」もどこかに入れることできないかな。さらには、夏休み最後にはまってしまった「クマムシ」のこと、どこかに「読み物」、「お話」としてでも入れることできないかな。
ずいぶんながいことこの単元やっていない。ネット環境もずいぶんと変わってしまった。小単元の区切りのときにでも、Webを活用しての「調べ学習」も挑戦してみたいな。
おっとっと、ダメだ。これでは的を絞るどころか拡散するばかりだ。(^^ゞポリポリ
▼これまでの「頭骨」コレクション、シーラカンスの魚拓、人体のDVD等々はどこに行ったのかな。そうだ、食肉店に連絡して、血液、心臓の入手は可能か確かめておかなくては…。なおさら頭が混沌としてきたぞ。(^_^;)

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散歩でヒガンバナをさがす

Dscf5643▼「誰でもできることを、誰もできないくらい継続する」そうすると見えてくること、自分だけの「発見」があるかも知れない。そんなこと考えながら、続けていることがある。それが、朝の散歩だ。
ふつうであれば、2回行う。それは、家のまわりの散歩と学校周辺(校庭)の散歩である。
2つの散歩とも、定番コースはきめている。定番コースをきめているので、季節の変化がよりわかってきたりする。
▼散歩で、ある程度テーマをきめたりしてすることがある。今の時期なら「ヒガンバナ」である。
家の散歩では、例年の「定点観測地」A,Bと二ヶ所ある。そこの「ヒガンバナの今」を観測・観察する。一日でも大きく変化することもある。二ヶ所とも、まだ本格的に花茎が出てきていない。他の箇所のものばかりが目立つ。目立つのは、溝端、田んぼの畦である。花茎がのびるのに、水関係しているのだろうということは予想できる。その程度である。
▼同じく学校周辺でも、校庭も含めて「ヒガンバナ」をさがしている。こちらは、今年初めてであるので、どこにヒガンバナが顔を出すのか。さっぱりわからない。それが、また面白い。校舎は坂道・崖のところにある。古くは、陣屋跡であるという。ヒガンバナの面白いところは、それが種子でふえていかないところである。鱗茎の分球で増えていっているのである。人為的であれ、動物が運んだのであれ、雨で流れ着いたのであれ、かなりはっきりと「歴史」を追いかけることも可能なんである。それが面白い。
 ひとつ、ひとつのヒガンバナが、「ヒガンバナ物語」を持っているのである。
どこに、最初に「発見」できるだろう。今年は、どんな「物語」と出会えるだろう。

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ヒガンバナと「熊楠」

Dscf5646▼朝夕は、もう逆戻りをしない涼しさである。空が高くなったぶん昼間の直射日光は厳しい。
朝夕の涼しさが、眠っている鱗茎を揺り起こしてくれているのではと思う。
「おーいヒガンバナ 出番だ!!」と。
寝覚めが悪くぐずっているのは、なんなのだろう。この夏が暑すぎて、熟睡できなかったのだろうか。
水がたらなかったなのだろうか。まだ、いちばん快適な気温にはなっていないと言うのだろうか。
うーん。(・_・)......ン?
▼熊楠が、このヒガンバナのことについて、「石蒜の話」を書き発表したのは、大正4年(1915年)の正月だ。
それから数えても93年だ、おおかた一世紀近くたとうとしている。その時代から、比べて人々の「ヒガンバナ」への認識は変わったのだろうか。
 人里の植物で、これほど目立つ植物は、他にないだろう。救荒食の歴史をももち、人々の命を救ったのかも知れない「ヒガンバナ」。古今、多くの人を魅せてきた「ヒガンバナ」。
それなのにあらぬ「汚名」をかぶせられもした。
しかし、熊楠は、例の博学ぶりを発揮して、ヒガンバナの味方をしようとした。
そんな深読みができない、シロウト読みの思い込みかもしれない。
そんな熊楠を、なんか応援したくなる。単なる気分の問題かな。ファンとはそんなものかも。
ゆっくりと、もう一度読んでみよう『石蒜の話』

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ヒガンバナの開花と地球温暖化!?

Dscf5573▼今朝は、涼しい通り越して、寒いぐらいである。それでも昼間になると、あの日差しは強くなるのだろうか。季節は、「暑さ、寒さも彼岸まで」の彼岸に向けて、進んでいる。
 もうなんぼなんでも、花茎が芽をだすのではと、定点観測地をていねいに観察するが、その気配はない。「初見」
のヒガンバナは、ついに開花してしまった。その場所だけが、ケタはずれの「走り」なんだろうか。
全国ではどうなんだろう。
▼私が、シロウト学びでヒガンバナを追いかけだしてからも、10年以上たつ。ここのところ毎年、「開花が遅れている」ということを話題にしてきたような気がする。
 地球温暖化と関係するんだろうか。気温とはどんな関係があるのだろうか。
 私なんかよりも、ずっとていねいに、長年にわたってビカンバナを追いかけている高校生たちがいる。Web発信の歴史も古い。それが熊本国府高等学校PC同好会の
■彼岸花開花情報2008
ここを見せてもらっていると、「ヒガンバナの開花は日平均気温20~25度が目安」と書いてある。それが昨年度はそんな旬間がなかったとも…。
うーん、やっぱり地球のなにかがくるってきているのだろうか。ヒガンバナは、何かを教えてくれているのだろうか。
今朝も、もういちどていねいに花茎はまだかみてみよう。

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NHK趣味悠々『地形図片手に日帰り旅』を観た!

Dscf5455▼一昨日は、隣保での道普請だった。草刈り作業が中心だった。草刈りをしながら、彼岸に向かう野山の植物の観察だ。そう考えると、けっこう楽しい作業になる、作業を終えたあとの近くの人との情報交換も楽しい。
こだわりのひとつ「ヒガンバナ」は、やはり初見の場所しかみあたらない。初見の場所のものは、すでに開花間近になってきている。定点観測地には気配すらない。
「おい、彼岸には間に合うのか」と声をかけてみたくなる。
玄関でて、すぐ見える線路の土手のクズが、今年は特に気になる。夏に草刈りを怠っているせいだろうか、よくぞここまでのびたものと思えるぐらいのびている。そして、クズの花だ。こんなに花が出来るのかというぐらいたくさん花をつけている。気になる原因は、これだったのだろうか。
▼昨日、ひさしぶりに中心部に出張で本屋の近くを通った。本屋は最近、ほんと行かなくなっている、ほとんどネットになってしまっているからだ。これまたネットでの情報でNHK趣味悠々『見かたがかわると景色がかわる 地形図片手に日帰り旅』という番組を9月からやっていて、テキストだけでも結構面白いと聞いていたので、そのテキストだけでもと思い、立ち寄って手に入れた。
 確かに、面白い。ちょうど月曜日で、第2回を放送していたので、観てしまったのだ。
これが、けっこう面白かった。ビデオに撮っておいて、次回以降も観たいと思った。
▼地形図が、情報の宝の山だという。なるほどと思う、以前は地形図を揃えて、外に出るときは、そのまねごとのようなことやっていたが、最近はガイドブック、ネット情報ばかりがたよりなってしまっている。
「地形図」の面白さみなおしたいな。
そう言えば、紀の国オフのとき、トシ先生はきっちりと地形図をご覧になっていた。よっくんは最新鋭のGPSだったし、やっぱりやるべき人はやっているな。あらためて感心してしまったりする。

番組は、関東方面が中心だが、これは自分の住んでいるところでもやりたい。
時間がないときにかぎって、いろんな「寄り道」をしたくなってしまう。
いつまでたっても、治らない性格です。(^^ゞポリポリ

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【Web更新9/7】【電流と磁界】等

Dscf5287 残像や 高くなる空 染みいらん
 08/09/04(木)撮影@安富
楠田 純一の【理科の部屋】の週末定例更新のお知らせ

表紙画像2008 校庭の樹木シリーズ 白い百日紅
 校門の北にある白い百日紅、最初は気づかなかった。校庭にあるのは、ピンクのもの一本と思っていた。白い花が咲きだして気づいた。白がこんなにもあざやかな色と思うのも新鮮な感覚だ。
純白の色は、夏の思い出の残像にみえた。その純白が、高くなる秋の空に吸い込まれていくようであった。

◆実践【DB】-【電流と磁界】
更新 
 2学期がはじまって、授業再開である。授業をblogで語る、2学期もつづけたいと考えている。単元は、一学期に残してしまっていた【電流と磁界】である。「究極のクリップモーター」に引き続いての部分である。
いずれも、blogの記事を引っ張ってきて、Webにのせるという方法をとった。この方法で、これからも各単元の実践【DB】を更新していくつもりである。さて、どこまでいけるか。
 
「理科の自由研究」の研究更新
 ちょうどこのページを立ち上げて、3ヶ月である。二人目の孫の誕生を記念して、この孫が自由研究をやるころには、理科の自由研究をやりはじめるころには、それはどうなっているかな。というようなことを考えながらのスタートであった。ページを立ち上げることによって、ずいぶんと私自身の勉強になった。
 「これからの理科の自由研究」の研究が、趣旨であった。それがいつしか「研究」そのものを問うことになった。それは、さらに発展してこれからの「学び」の在り方を問うものになってきた。
 たかが自由研究 されど自由研究
3ヶ月では、はじまったばかりなのかも知れない。今後も、ゆっくり継続していきたい。
 

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ヒガンバナの花茎を発見!!

Dscf5401▼今日は白露。秋の気配が濃くなり野草に白露が宿る頃である。確かに、そのように季節の風は移ってきている。では、そろそろヒガンバナの出番ではないか。
 いくら遅れていると言っても、もうもうそろそろではないか、と思いつつ、昨日の朝散歩していてみつけました。
花茎が出ているのを。
▼ここ10年来「定点観測」をやってきている場所ではない、また例年の「初見」の場所でもない。その場所は、水分補給が充分であっただろうと思われる溝端である。
 水分補給と開花時期、異常気象と開花時期のずれ、このあたりはぜひ、今年の「日本ヒガンバナ学会」では追求していきたいものである。
▼「日本ヒガンバナ学会」と言えば、今年はシーズン2年目である。現在の参加人数は、19人である。mixiでは50人を越えると正式にアドレスを割り振られるとか。今年中には、そうなればいいな。参加数自体が目標ではないが、多くの人が参加してくだれば、それだけ多くの情報が寄せられるということであり、学び合いもより豊に展開できるというものである。ここを読んでくださっている方で、参加可能な方があれば、ぜひのぞいてほしい。そして、あなたの「ヒガンバナ情報」を発信してほしい。
 情報を発信することで、必ずやあらたな「発見」があるはずです。これからの時代の「学会」。未来派「学会」を育てていきましょう。「情報は発信するところに集まる」です
▼先にあげた「水と開花時期」「異常気象とヒガンバナの開花」「地球温暖化とヒガンバナ」。それらに限らずいっぱいある。「ヒガンバナの不思議」を等身大に追求していきたいですね。
「リンク集」も提案だけになっています。ネットの世界で「ヒガンバナ情報」を発見したら、つないでいきたいですね。これまで枠組みや、範疇を度外視して、まったくあらたな「学び合い」のコミュニティになれば楽しいですよね。
Dscf5431▼私の「定点観測地A」のヒガンバナは、完全な浮き株になり、崖っぷちからずり落ちそうです。はたして、今年も花茎がのびてくるだろうか。たょっと不安です。


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自由研究の可能性(2)

Dscf4917▼あれから一週間。そして、2学期がはじまってからも一週間である。
昨夜のことでもあるような気がするが。時間が経過することによって鮮明によみがえってくる。
「熊楠」記念館、顕彰館そして、私にとっての『日高の一夜』。
つないで、『新・自由研究のすすめ試論』を先達たちの前で話をした。
 先達たちは温かく聞いてくれた。賛同までいただいた。貴重なアドバイスももらった。
▼私は、やがていつかは「試論」をとって、どこかで『新・自由研究のすすめ』を書きたいと思うようになった。そして、これも確信をもって言えるようになりつつある。
『新・自由研究のすすめ』は、次なる『新・学問のすすめ』につながる と。
たかが自由研究 されど自由研究
「熊楠」は、それを示唆し、加速化してくれるだろう。
まだまだ反芻作業がつづく。
▼昨日、「理科の自由研究」の発表会を持った。
テーマ、簡単な内容、いちばん「面白い」と思ったこと等を発表してもらった。
・天気、空、雲等にかんするものについては、「自由研究の可能性」で書いた。
定番もある。
・金属の酸化・還元反応
・ドライアイスの研究
・過冷却
・アリ、ハムスター等の研究
・石鹸作り
「定番」は定番で意味がある。そこに、興味がいきやすいということだ。
自由研究を「研究」する立場からみると、なぜそこに興味がいくのか考えていく必要がある。
「また、これか」ですませないで、なぜ興味を持ったのか部分で、充分に聞き取り・読み取りをしたいものである。
▼ネットの時代である。やはり、その影響は当然ある。
「調べる」で、ネット検索は徐々に常識化しつつある。
・銀河の研究
・星座の研究
・台風について  等々において当然と言えば当然である。
消費的活用が中心である。生産的活用にかわっていくのには、まだもう少し時間が必要なのだろうか。
その面では、ある程度の事前の指導も必要なのは当然である。
それをも射程に入れた『新・自由研究のすすめ』でなければと思う。

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【授業】電磁誘導

▼ほんとうに時間がすぎるのは、はやいものである。「熊楠」「大賀ハス」のオフ・旅から一週間である。なかなか「反芻」作業はすすまない。それどころか、新学期がはじまり、どんどん新しいことができてきている。
でも、頭、心というものは、不思議にできている。瞬間に時空を超えることができるものである。瞬間に、あの風景にもどったり、あの人の「一言」に飛んでいったりできる。
ありがたい限りだ。そのなかでも、やっぱりいちばんに繰り返し出てくるのが「熊楠」だ。
私は、とんでもないものと出会ってしまったという感がしている。これまでの多くのことが「熊楠」に収斂し、そして今を貫いて、これからも指し示しているように感じるのである。
私にとっての「熊楠」の中心に「南方マンダラ」がある。なんなのだろう。
Dscf5316▼授業の報告を続ける。
「コイル」と「磁石」がある。そして、そこから「電流」が流れ出す。
これは、なんなんだ。なんで、こんなすごいことを、「あたりまえ」のごとく語ってきたんだろう。さも、わかりきったことのように教えてきたのだろう。
熊楠流に言うならば、世紀の「物不思議」である。ファラデーの「感動」は、どうすれば伝えることができるだろう。
私たち、原初の「不思議」感動に今一度もどる必要がある。
▼とは、言っても、急にはその道筋を提示できるわけではない。
できるだけ、ていねいにこの「物不思議」を、共感を引き出すように話をする。
最初に、磁石とコイルを見せて、
『このふたつで、電流を流すということできないものだろうか』と問うてみる。すでに、教科書を見、夏休みのあいだにワークなどで学習をして「知っている」。
 しかし、今一度 概念崩しをやってみるのである。この「物不思議」の原点にたちかえるのである。
何度でも繰り返す。言葉でも繰り返す。
『不思議やと思えへんか』
『なんで、こんなことで電流が流れ出すや。でもこれを利用して我々は毎日生活している。』
『この不思議発見がなかったら、電気のある生活にはなっていない。』
はたして、「感動」強要は有効か。わからない。でも、どうしてもそうしたい。
▼「磁界の変化」が問題。ちょっと深入りかもしれないが、さらっと「レンツの法則」にも触れた。
この理解には、そんなに時間はかからなかった。
やっぱり元にもどるが
私たちは、「電磁誘導」という不思議現象を、感動的にとらえていく「道筋」を創りだしていかなければと思った。

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【授業】なんでもスピーカー

▼二学期の授業びらきである。ずいぶん久しぶりに、授業報告のblogをかくことになる。
一学期のあいだに、【電流と磁界】の単元を終えてしまいたかったが、なかなかそうは行かなくて、『究極のクリップモーター』のところで終わってしまっていた。そのつづきである。
▼この間に夏休みをはさんでしまったので、『はい、ではその続きを…』とはいかない。
「右ねじの法則」あたりから、少し復習をしておいて、次に行くことにした。
それから、まだ「究極のクリップモーター」は、すべてが回せていない。回らないで残っている生徒に、呼びかけもした。夏休み中に何人かは、回して報告に来てくれていた。
Dscf5239_2▼『磁界のなかで、電流が流れると力を受けます』とここまで、復習できたところで、最初から、つけていた「バイブラ電球」を紹介する。
 理科室に入ってくるときから、ずっとつけていたので、
「これ、おもしろそう」「これ、なに?」と興味ぶかげに、みてくれていた。
その説明をした。今手元にあるのは、4色だ。透明のももっていて、けっこう便利で説明によく使っていたがそれもフィラメントが切れてしまった。
ちょっといたずらして、強力アルニコ磁石を近づけたりしてみた。
Dscf5258▼次が「なんでもスピーカー」である。
なんと、これまで教科書に出てきているんですね。驚きだ。
『磁界のなかで、電流が力を受ける。その応用したものに、こんなものも…』と紹介した。
最初に、聞かせたのは、「バケツスピーカー」
これは、バケツに磁石がくっつくということもあって、やりやすい。
音も、金属音で高音にひびくのでわかりやすい。
Dscf5262「黒板スピーカー」もやってみた。
「段ボールスピカー」
「下敷きスピカー」…等々(^^)V
聞こえにくかった部分については、授業がおわって最後にでていくときに再度聞いていた。
Dscf5272
今回の生徒名言
『先生、そんなんやったら、ふつうに聞いた方がええんちゃうん!?』

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自由研究の可能性

▼真夜中にすごいカミナリであった。天も割れんばかりの光と音である。雨を落として、一挙に秋に向かうのであろうか。
少しずつ、学期中の生活のリズムができつつあったが、この夜中にカミナリにたたき起こされて、ちょっとくるってしまいそうである。人は、昔からこの突然の「来訪者」をどのようにむかえたのだろう。「神の怒り」ととらえたって、なんの不思議もないだろう。子どもたちの自由研究のテーマにも、この「カミナリ」をテーマのものがけっこうあった。この突然の衝撃を伴う「来訪者」の不思議を探ろうとするのもきわめて納得のいくことである。
▼自由研究と言えば、いよいよ夏休みあけ、生徒たちの自由研究が出そろってきている。まだ、深くまでは見せてもらっていないが、テーマと概観だけを見せてもらった。
テーマの似たようなものをならべてみる。それだけでも、いくつかのことを学ばせてもらえる。
・雲の研究(雲の移動の速さ)
・大気圧を感じる
・雲の研究(雲の種類)
・地球温暖化の研究
・くもり止めの研究
・毎日の気温と湿度
・積乱雲
・雲の研究(雲の種類・できかた)
・雷の研究
・雲の研究(雲のできかた)
・ペットボトルに浮かぶ雲
・何故、空は青いのか。

▼いちばん多いのは、やっぱりこのように「天気」に関するものである。これは、何を教えてくれているのだろう。
夏休み前に、充分に時間をとって説明もできていない。だから、生徒たちは、なにかをテーマに選ばなければならないとなったとき、空を見あげたのだろう。空の不思議、雲の不思議に目が行ったのかも知れない。
 炎天下のグランドみた「入道雲」に不思議を感じたのかもしれない。
今度、3学期には【天気の変化】の授業をする。そこへどのようにこの「不思議」をつないでいくかは、今度は私の宿題でもある。
 

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「熊楠」って!?

Dscf5215▼学校がはじまった。元気な子どもたちの笑顔と出会うと、すごいエネルギーをもらう。「よし!!がんばるぞ」という気持ちになる。ありがたい仕事である。
夏休み前に見たドングリはどこまで成長したかなと見に朝の校庭の散歩に出かけた。思っていたよりジックリである。でも確実に成長している。子どもたちと同様に…。白い百日紅も校庭にあったことを発見、やっぱり新鮮な目がある学期はじめである。
▼なかなかゆっくりと考えたり、本を読んだりする時間は、学期中にはない。しかし、あの「熊楠」が気になってしかたない。記念館・顕彰館・旧邸と庭にちょっと行っただけである。
しかし、なにかに「出会った」。それは確実な事実である。それがこれまでに追い求めてきたものと深く関係しているように思えてしかたない。
 その天才的な能力、仕事とてつもない「巨人」である。凡人にすらなれない私に理解できるような人間ではない。理解は無理である。あくまで、自らの文脈のなかで「熊楠」を発見するだけである。
あの限界まで使いたおし窪んだ硯、夥しい量のメモ、覚え書き、手紙、日記…、そしてあの「南方マンダラ」。
旅の余韻というのには、強烈すぎるものが頭をよぎる。
何ものなんだろう、「熊楠」とは…。繰り返し問いつづけたい。
▼いくつかの仮説と予感はある。
・彼は、誰もが安易には到達できないような「なにか」を発見していた。
・彼の学びのスタイルのなかに、これからの「学びのスタイル」を示唆するものがある。
・過去の人ではない、これからの人である。
・ヒューマンネットワークのなかでの「研究」こそ、「研究」の名に値するとわかっていた。
・「常民の科学」と彼の「科学」とは深いところでつながっているのでは…。

これらが、シロウトの私には正しいどうかなんてわからないこと。
私のなかで、「熊楠」を追う旅がはじまろうとしているかも知れない。

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【Web更新8/31】『「理科の自由研究」の研究』更新

Dscf4829 実りの季節(とき) 君に告げんや 
        校門に
 08/08/27(水)撮影@安富
■楠田純一の【理科の部屋】 週末定例更新のお知らせ
 夏休み、最後の定例更新になる。学期がはじまってしまうと、なかなか週末定例更新というわけにはいかないかも知れない。とりあえず、夏休みの期間中は、自分へのこの「枷」はクリアしたことになる。(^o^)

表紙画像2008 校庭の樹木シリーズ クリの実
 夏休みのあいだに、これも勉強したかったな。「俳句」と「樹木」。
学期中に持ち越しである。少しずつ少しずつ歩むしかしかたないのだろう。校門近くのクリは、梅雨時にみごとな長い長い動物の尾のような花を咲かせていた、そして夏と気づいたときには、もうすでに「実り」ははじまっていた。実は、夏休みのあいだは、この姿ではなかったかと思う。これからは、色づきを増し、そのクリが栗たるシーズンをむかえる。長いながい2学期は、その年度の「実り」の季節でもある。夏休みあけで登校してくる生徒たちに、校門で待ち受け、その季節の到来を告げているようでもある。

「理科の自由研究」の研究
 これも、夏休みのあいだの私の「宿題」のひとつとしていた。現段階での「新・自由研究のすすめ試論」を書くことで、一応自分の頭のなかで整理をつけようとした。それを、ひとに聞いてもらう機会もあった。私にとっての「日高の一夜」である。先達たちを前に「発表」するのは、ちょっと勇気がいったですね。
でも、たくさんのアドバイスをもらいました。そのひとつひとつをこれから反芻しながら、来年の夏休みには「試論」でなくなっていたらうれしい。
 blog以外に、参考本のところに、「クマムシ」関連の二著を加えた。最後の最後に出会った。「クマムシ」研究の現在は、これからの自由研究の方向性ということでは、ひとつの典型をみせてくれている。
これに夏休み前に出会っていたら、まったくちがった展開になったかも知れない。ぜひ、多くの人に読んでほしい。
いつか私も「クマムシ」に出会いたいものだ。

◆ 「蓮のページ」更新
 「大賀池」に行きつくことで、私の時空を超えて「大賀ハス」を追う旅、第1話は終わりです。
blogから拾ってリンクしてみました。 

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