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「日記と記録」(6)個人文書館

▼春の気配は、そこかしこにある。しかし、雪も残るという複雑な天気がつづく。昨日は、そんな一日であった。そんな2月も、今日でおわりである。このblogのエントリーを書き上げると、2008年の6分の1は毎日連続してblogを書いたことになる。だから、なんだということはない。しかし、その事実、体験は、意味をもってくることがあると思っている。いっぽうで「ばっかり主義」は、さけたいところである。
▼『知的生産の技術』を読む。「日記と記録」を続ける。この章も、今日でおわりにする。
繰り返して言う。不遜なこと百も承知で言うのである。言わずにおれない。この章に至って、梅棹の文脈と読者である私の文脈は、40年の時空を超えて重なりあうのである。
それは、「カード日記」を「ブログ(blog)」に読み替えることで、明確であった。それが、昨日までである。
さらに「とどめ」の文があった。
▼それが、この章最後に、書かれた「個人文書館」である。引用のすぎるはだめである。それは、この本の「引用について」(P115)で繰り返し唱えているところである。その警告を省みずに引用させてもらう。そうせざるを得ないものがそこにあるからである。

自分自身の経験の記録を、着実につくってゆこうというのは、資料の蓄積ということのもつ効果を信じているからにほかならない。(P174)

人生をあゆんでゆくうえで、すべての経験は進歩の材料である。とくに、われわれのように、知的生産を業としているものにとっては、これはほとんど自明のことである。(P174)

技術の開発と発展のためには、成果よりも、それにいたるまでの経過の記録と、その分析がたいせつである。(P174)

強烈な三連発である。こんなのはどういえばいいのだろう。
これからゆくべき方向を指し示した「標」(しるべ)とでも言えばいいのであろうか。あるいは「標石」(しるべいし)であろうか。
そして、より普遍的なものとして次の文につながる。
日本人は、記録軽視、成果第一主義で、実質的で、たいへんけっこうなのだが、社会的蓄積がきかないという大欠点がある。やはり、どうしてこうしてこうなった、ということを、かきのこしておいてくれないと、あとのもののためにならない。(P174)
これは、より私の生業にひきつけて言うならば、「授業実践記録」の話になるが、これはまたべつの機会にする。
▼今日の核心部に行こう。
ぼう大な記録カードと日記の蓄積は、いわば個人のためのアルキーフ(文書館)である。わたしがいっているのは、知的生産にたずさわろうとするものは、わかいうちから、自家用文書館の建設を心がけるべきである、ということなのである。(P175)

アルキーフ耳慣れぬ言葉である。これは、独語で、英語では「アーカイブ」である。これは、n_shuhei さんのblogを読ませてもらって知った。これなら、聴いたことがある。「個人の文書館」とはなにか。それが、どのようなものをイメージすべきなのか。ここへきて一挙に見えてきた。\(^o^)/
私にとっての図式が描けた。
● 「記録カード、日記」→blog 「私の【理科教師日記】」
● アルキーフ、アーカイブ(個人文書館)→楠田純一の【理科の部屋】

ここでは、自分の文脈での結論が見えたのである。blogとホームページ(Webページ群)とを同一のものとみたりどちらかに内包してしまうような考え方、見方もあるが、私の場合は、すこしちがうものとして捉えている。
役割も少し違うように思う。
私の「個人文書館」=楠田純一の【理科の部屋】も、もうすぐ開設から10年をむかえようとしている。発信してきたものの「蓄積」という意味では、まだまだ不完全である。それ以前のものの登録がほとんど出来ていない。
ここへ来て、位置づけも、意味づけも「発見」できた。遅々たるあゆみであろが、充実を図っていきたい。

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「日記と記録」(5)一日一blog

▼一日を振り返ってみると、いろんなことがある。それこそ「記録」すべきことは山とある。なにをこそ記録しておくべきなんだろうか。その「記録」することで、多忙感が出て、「心」を「亡ぼす」ことあるなら、それは本末転倒である。げに、人間とはやっかいないきものである。自分で飼っていながら、自分の勝手にはならないのである。
▼『知的生産の技術』を読む。を続ける。もうほぼ完全に「日記と記録」とblogは、同一視してもいいところまで来ている。では、blogは何をどのようにかけばいいのか。という視点で読み進めてみよう。
まずは、「メモをとるしつけ」についてである。

メモ魔といわれる人でも、じつは、ほんとうになんでもかでも、書きつけているわけではない。そこには、おのずから選択眼がはたらいて、対象をよりわけているのである。何と何を記録し、なにをみのがすかによって、そのメモの利用価値はおおいにことなるのである。経験を選別し、有効な記録を確実に定着するには、つねひごろからの練習が必要である。メモ魔と称せられるほどにはならなくても、日常から、ある程度の自己訓練を課して、くせをつけておかなければ、うまくゆくものではない。(P170)

 こうかかれると、私などは赤面ぐみである。(^^;ゞポリポリ
 このくせがまったくと言っていいほどついていないのである。ときに、そうしたいそうしなければと思ってやりはじめたこともあるが、なかなか「定着」しないのである。この年齢になって習慣化する学習はむつかしいかもしれないが、楽しいことならひょっとしたらできるかも知れない。そのはじめにblogをつづけけることにチャレンジしているのかも知れない。
▼もう少し具体的にも提言してくれている。それが「野帳の日常化」である。
わたしの記録論といういうのは、じつは、まったくこの野帳の日常化ということなのである。野外研究の日常化といってもよい。日常生活そのものが、じつは野外研究の場とかんがえればよい。野外において、行動や、事件や、体験を、ちくいち記録していくように、毎日の行動や、事件や、体験を野帳に記録してゆけばよいのである。経験を確実に定着させるには、これはもっともいい方法ではないのか。(P174)

納得である。(゚ー゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウン
実によくわかる。自分自身の日常生活に取材し、等身大に記録する。ここでの「野帳」をそのまま「blog」にシフトさせる。それが私の文脈での読みである。
▼そして、それを「何に書くか」である。
日記をカードにかく。それは、伝統的なイメージからは、あまりにもかけはなれているが、現代ふうな日記のありかたの一例として、こころみてみる価値はあるのではないかとおもって、じつは、わたしはすでにこれを実行してみている。現在では、わたしは、ルース・リーフ式をやめて、まいにちカードに日記を書いている。(P173)

ここでいうカードとは、もちろん例の「京大型カード」である。実は、ずっと以前になるが、ある時期この文章に触発されたわたしは、これを真似て「カード日記」をやっていた時期があるのである。パソコンを使い出してからは「THE CARD3」を使ってこれをやっていた。これも、しばらく続けた経験がある。
 梅棹の「カード日記」の提言から40年、今は「blog」があるのである。梅棹が「カード日記」でめざしたことのほとんんどは、blogで実現できるようになっているのである。
▼そして、カードの記入の原則として「一日一枚」をあげる。
日記は、とにかく一日一枚である。経験の日付順索引カードという点からは、当然である。(P173)

私は、今「一日一blog」にこだわり、これを続けようとしている。梅棹の提言から、40年。
遅い、ゆっくりな開眼である。いつも遅れてきた世代には、ふさわしい開眼なのかもしれない。

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「日記と記録」(4)記憶せずに記録する

▼昨日は、高校の卒業式に出席させてもらった。感動あるすばらしい式だった。竹は節をもつことで、しなやかな強靱さをもつと言われる。人生における節目の儀式(セレモニー)は、それぞれの季節のもつ意味を深くかんがえさせる機会にもなっている。
 家に帰ると、昨日も続いてAmazonから本が届いていた。n_shuheiさんが紹介してくださった梅棹忠夫の『日本とは何か』(NHKブックス 1986)である。あの梅棹氏が、視力喪失中に出版したという本である。私には、あまりにも巨大なテーマである。まずは「つん読」で寝かせおきたい。
▼『知的生産の技術』を読むを続ける。科学者と「記録」のところへ来ている。そこで再び思い出したのが、森山和道さん
の書かれた文章で『研究者の方々へ、ウェブ日記のすすめ』である。このblogにおいても今年の1/5の記事で紹介している。何度読みかえしても、ここの「日記と記録」を考える意味においても示唆に富む文章である。
▼梅棹の文章にもどる。みごとなフレーズというか、コピーというか、が出てくる。「記憶せずに記録する」である。
すばらしい言い切りであり、決意表明だ。

観察と記録の時間のずれは、みじかいほどよろしい。(P169)

とまず、そのリアルタイム性を強調する。そして
記憶というものはほんとにあてにならないものである。どんなに記憶力のすぐれた人でも、時間とともにその記憶はたちまち色あせて、変形し、分解し、消滅してゆくものなのである。記憶の上にたって、精密な知的作業をおこなうことは、不可能にちかい。記録という作業は、記憶のその欠陥を補うためのものである。ものごとは、記憶せずに記録する。はじめから、記憶しようという努力はあきらめて、なるだけこまめに記録をとることに努力する。これは、科学者とはかぎらず、知的生産にたずさわるものの、基本的な心得であろう。 (P170)

とつづける。なんという説得力だ。等身大の語りで、普遍的な提言である。
Web2.0時代にあっても、さらに未来においても、「知的生産」が人の営みであるかぎり通用する大原則である。
▼先ほど外に出た。今日も「天からの手紙」が届いている。さて、今日は何を「記録」する日となるのだろう。

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「日記と記録」(3)「日記」から「記録」へ

▼昨日は、パソコン導入があって、多忙なる一日となった。家に帰ると、西園寺さんの『天気図がわかる』(三浦邦夫著 技術評論社)がAmazonから来ていた。少しだけ「見た」だけだが、やっぱり面白そうである。さすがである、わかりやすくて本質をついている。天気が、天気図が身近に感じることができる本になっている。近くゆっくりと読んでみたい本だ。
▼『知的生産の技術』を読む。「日記と記録」の章をつづける。「blogのすすめ」として読み進める。

自分のための業務報告という考えに徹すれば、なお、さまざまな工夫をこらすことができるだろう。自分の毎日の生活のうえで、これだけは記録しておかなければならないというものを、項目別にして、あらかじめ決めておくとか、あるいは書式を決めてバインダーにはさんでおくとかである。(P166)

blogで実現していることが、つづくのに驚く。blogとの酷似性といってもいいかも知れない。
さらには、繰り返して言う。
お役所の申告書みたいで、味気ないという感じもあろうが、日記は文学的である必要はまったくないのである。(P166)

「日記」観の見直しをせまっているのである。見なおすことによって、豊かな工夫がうまれ、多様な技術の開発が進むのである、という考えだ。
▼さらに「記録」へと話が展開していく。
日記を書くことをも、知的生産の一種と考えるのには、いくらか疑問もあろうが、「記録」ということであれば、問題はないだろう。(P167)

すでにしるしたような日記観からみれば、両者にべつに本質的な区別があるわけではない。ただ、日記というのは、経験の記録が、日付け順に記載されているというだけのことである。 (P168)

このように「日記」から「記録」へ話を繋いでいくのである。きわめて説得力のある展開だ。
そして、これまでも何度かふれた自然科学者でもある梅棹ならではの文脈ですすめる。
記録ということを非常に重要視するのは、やはり科学者の場合であろう。(P168)

ジュール・ヴェルヌの「地底旅行」の映画『地底大探険』のエピソードを紹介しながら
どんな経験も「記録」がなければ、それはまったく無価値だ - すくなくとも科学としては無価値だ - という思想が、鮮明にうちだされて (後略)(P169)

と科学における「記録」の重要性を説く。

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【Web更新2/24】『知的生産の技術』を読む

02240101 サクラにや 春遠からじ と声かけ
08/02/24 (日)撮影@香寺
楠田純一の【理科の部屋】 定例更新のお知らせ
表紙画像 校庭の樹木シリーズ サクラ
サクラにや 春遠からじ と声かけ
08/02/24 (日)撮影@香寺

 確実に春は近づいてきていることはわかる。でも季節の移り変わりはそう単純ではない。昨日も、この冬には2番目ぐらいのたくさんの雪が降った。校庭で色づいているのは、寒ツバキ、マンリョウの実、ナンテンの実ぐらいであろうか。やがて、校庭の樹木の代表格のサクラの季節となる。この樹木シリーズは、昨年の初夏ぐらいからはじめているので、ここへは初登場ということになる。やがて、校庭の主役となるだろうサクラ。「雪はふっても、春はそんなに遠くないよ」と声をかけてやるつもりが、その力強い冬芽に逆に声をかけられ励まされたような気持ちになった。
『知的生産の技術』を読む。
年の始めからはじめた、このシリーズもずいぶんと長くなってきている。「手紙」「日記と記録」の章に入って、この本を再読する意義がずいぶんと深まってきた。これをはじめた当初は、これまでの「整理」に主眼をおいていた。ここへきて、主眼の位置が変わってきた。今とこれからになってきたのである。今、進行中の「日記と記録」など、とても40年前の提言とは思えないのである。まさに、これぞblogのすすめである。Web2.0時代にあって、なにをどのように情報発信するかが書かれているように思う。もうひとつうれしいことは、この本を同時並行で何人かの方が読んでおられることである。その人の文脈で読まれるコメントも、とても面白い。学ぶべきものがいっぱいある。
さて、今週は、どこまで読めるだろう。

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「日記と記録」(2)自分のための業務報告

▼今朝、起きて外に出てみると、雪景色だった。昨日は寒さが少しぶりかえしはしたが、雪がふるまでに至っていなかったが、今朝はちがう。予報どおり、昨夜のうちにふったのであろう。昨日は「お太子っさん」の日だった。
尻尾まで「あんこ」の入った名物の「鯛焼き」を二匹も口にすることができた。深謝。<(_ _)>
▼『知的生産の技術』を読む。どうやら、この本の核心部に近づいてきたようだ。この章こそは、「blogのすすめ」が書いてあると昨日述べた。それを感じておられるのは、私だけではなかった。n_shuhei さんの<隠居、ネット時代の「知的生産の技術」を考える⑥日記と記録など:終>読ませてもらった。n_shuhei さんのすごいところは、共感だけではなかった。その先があるのである。タイトルのとおり「ネット時代の「知的生産の技術」」を開発されて行かれているのである。ずいぶん先を行かれている。これから大いに学ばせていただきたい。トラックバックもしていただき、コメントもいただいた。ありがたい限りである。「blogで読む」意義があるというものである。
▼ここへきて、梅棹の文脈と私の文脈は「共振」をはじめる。(ちょっとおくがましい表現だが)私も、このblogのサブタイトルを「楠田 純一の【理科の部屋】と連動しながらよりリアルタイムな等身大情報を発信」とした。
「リアルタイムな等身大情報」とはどんな「情報」なのかが、梅棹の文脈のなかに書いてあるように思う。では、それを追ってみる。

日記というのは、要するに日付け順の経験の記録のことであって、その経験が内的なものであろうと外的なものであろうと、それは問題ではない。(P163)

みごとな言い切りである。日記が文学である必然などまったくないのである。「等身大の記録」であればいいのである。
▼さらに、核心部にせまってくる。
心の問題にまったくふれない日記とは、どういうものか。たとえば、航海日誌とか業務日誌のたぐいを思いうかべればよい。それの個人版である。自分自身にむかって提出する毎日の経験報告なのだと考えればよいのである。じつは、こういうつもりで書いた日記のほうが、ほんとうは役にたつ。(P164)

いいですね。的を射てる。さらに続ける
その日その日の経験やできごとを、できるだけ客観的に、簡潔に記録しておくのである。もちろん、内的な経験を排除する必要はない。思想も、感情も、客観的に、簡潔に記録できるはずのものである。(P164)

これまでも、そう思ったが梅棹のすごいところは、いつも「ばっかり主義」に陥らないところだ。「内的な経験」を否定し排除しようというのではない。そこは、自然体である、内的なものと思われるものも自然に発露されるものであるなら「簡潔に」記録せよ、というのである。逆に言えば記録できないような内的なものとは、もともと「記録」に値しないようなものなのかも知れない。
そして、みごとな言い切りをする。
日記は、自分自身のための、業務報告なのである。(P165)

「日記」は「blog」に読み替えよ、と言えば蛇足であろうか。

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「日記と記録」(1)これぞ「blogのすすめ」

▼昨日は、全職員で「パソコンの研修」を行った。いつまでたっても「初心者」の私には、ついていくのがたいへんである。その点、若い人たちは、新しいことの習得が速い。というより、若い人たちにとっては、それはすでに「日常化」してしまっているから、習得という感覚はないのかも知れない。私の場合、パソコンとつき合いはじめたのが、ほぼ40歳になってからである。いつまでも「初心者」なのもやもえぬか。と居直ってみたい気分にもなる。生まれたときから、パソコンとつき合ってきた生徒たちにとっては、「日常化」どころではないだろう。生徒たちの眼にはパソコンはどんな「機器」として映っているのだろう。
▼『知的生産の技術』を読む。「手紙」の章でいくつかの課題を残しつつであるが、次の章「日記と記録」を読み進めたい。まず章全体を読んだ。驚いた(゚o゚)ゲッ!!
 こんなこと書いてあったかな。これまで読んだはずなのに「見ていた」だけなのかも知れない。この章を読むだけでもこの本を再読する価値があったというものである。これぞ、今日における「blogのすすめ」が書いてあるのである。これまでにも、いくつかの「blogのすすめ」なる文を読んだことがあるが、これほど説得力をもち、具体的にblogになにをどのように書くかを説明したものはなかった。繰り返す、私には
この章が
●これぞ、最高の「blogのすすめ」書である。
▼もう少し詳しく読んでみよう。
 いきなり最初から、こう書く。

 日記は、人にみせるものでなく、自分のためにかくものだ。自分のためのものに技法も形式もあるものか。こういうかんがえ方もあろうが、そのかんがえは、二つの点でまちがっているとおもう。第一に、技法や形式の研究なしに、意味ある日記がかきつづけられるほどには、「自分」というものは、えらくないのがふつうである。いろんなくふうをかさねて、「自分」をなだめすかしつつ、あるいはばましつつ、日記というものは、かきつづけられるのである。第二に、「自分」というものは、時間とともに、たちまち「他人」になってしまうものである。形式や技法を無視していたのでは、すぐに自分でも何のことがかいてあるのか、わからなくなってしまう。日記というものは、時間を異にした「自分」という「他人」との文通である、とかんがえておいたほうがいい。手紙に形式があるように、日記にも形式が必要である。(P162) 

「手紙」のところでは、「手紙」=「メール」かという課題を残したままである。でも、ここでは確信をもって断言できる。「日記」=「blog」である。日記をblogと読みかえてみる。胸にストンと落ちるのである。
では、「何を、どのように書くのか」。その技法・形式は・・・。
すごく興味あるところとなってくる。

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「手紙」(4)ヒューマンネットワークの構築

02210006▼昨日、今日ととてもあたたかい。こんなの三寒四温というのだろうか。週末は、また寒さがやってくるという。
昨日、仕事の合間に陽気に誘われて、ちょっとだけ昼の散歩にでかけた。例の「非接触温度計」をポケットに潜ませて、ほんとこいつは楽しいアイテムである。こんな陽気でも、青空に向けて測定すれば、ー25℃とけっこう低い温度を測定する。学校の隣りを流れる恒屋川の水面に向けてみる。水温は、15.2℃を示す。おおやはりあたたかくなっている。液温測定は、この温度計の本領発揮でもある。これをいつもポケットに入れておけば使い道はいっぱいありそうだ。
▼春が近づいてきたのに、三軒となりのおばさんがなくなった。どうも、ここのところ隣近所の方がなくなることがつづいている寂しいかぎりである。昨夜がお通夜で今日が告別式であった。お通夜に出ながらいろいろ幼い頃のこと思い出していた。何十年も前に声をかけてもらった一言が、鮮明に残っていたりする。人間の脳の構造ってどうなっているだろうと思ってしまったりする。

▼『知的生産の技術』を読む。「手紙」の章は、昨日で終わりにしてとも考えていた。ところが、渡部のコメントがつい、もう少しだけ「手紙」を考えてみることにした。
「手紙」=「メール」かの、最初の問いに、もう少し自分なりの考えまとめておこう、と思った。
▼ひとは、自分の人生を決定づけるような「手紙」をひとつやふたつ持っているのではないだろうか。
私の場合のそひとつを紹介する。これは、「手紙」というか。正確には葉書である。
’78.4.21中村敏弘先生よりはじめていただいた葉書である。私の「たからもの」ものである。
Nakmurafirst

いただいてから、ちょうど30年の年月がたとうとしている。30年後今も、中村先生から【季節のたより】の葉書をいただいたり、【理科の部屋4】@folomyでは、まるで我が家の窓をあける気分で、中村先生のお家の庭の様子を画像で見せていただいたりしている。理科教育の「おすそ分け」をいただいたり、あたたかい励ましの言葉をいただいたりすることが、ずっと続いている。そのはじめが、この「葉書」だったのである。私の理科教師としての歩みもこの葉書への「応答」のためであったのかも知れない。
▼いろいろ書きたいこともある。しかし、余韻は残しておこう。
最後に、もう一度、梅棹の文脈にもどる。
「アドレス・カード」の最後に

 こんなことは、企業や組織においてはあたりまえのことだろうが、わたしがいっているのは、個人においても、わかいときから自分自身のために、こういうシステムをつくっておくことたいせつだ、ということである。自分の交友範囲のアドレス・カード群をつねに整備しているというのは、現代人の一つの基礎的教養ではないかとさえ、わたしはかんがえているのである。(P160)

これは、よくよく読んでみると、これまた今日的な大切なことを提言しているように思う。
ここでいう「システム」とは、ヒューマンネットワーク構築のためのシステムであり、「自分の交友範囲のアドレス・カード群」は、その方途のひとつにすぎない。

●ヒューマンネットワークの構築こそが、知的生産のベースである。
●ヒューマンネットワーク構築のはじめに「手紙」がある。

●「手紙」「メール」「ケータイ・メール」は、現時点では、それはそれぞれ違うものであるが、共通してめざすものは、ヒューマンネットワークの構築である。
願望をも含めた、現時点での私の結論である。
書きたいこともいろいろある。整理したいメールに対する思いもある。
しかし、今回はここまでとする。


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「手紙」(3)メールの行方

▼今朝起きて、外に出た。月の明るさに驚いた。ふと気づくと月日がいつのまにか経っているということがある。月の明るさが教えてくれた、「もうこんなに変わっているよ」と。
▼『知的生産の技術』を読む。またしてもスピードダウンである。あせる気持ちが出てくると、よけいに進まぬものである。なにも、これを読むことですべてを「解決」しようというわけではない。わかっていながらも、これからに生かせるような「解答」をさがそうとするのである。「こだわり」も出てきたりする。(^^;ゞポリポリ
▼「中村メール」が教えてくれたのは、「メール」こそが、情報交換の源基であること、そしてパソコンの画面の向こう側に間違いなく「人がいる」ということだ。メールは、間違いなくその人に、何らかの情報を伝えるために書かれるものである。40年前、梅棹はなげいた。
 

現代日本社会は、どうも、手紙の技術の開発と洗練をおろそかにしたために、手紙による通信、情報交換の体系は、今日安易ならぬ状況にたちいたっていると、わたしはみている。(P145)

これは、当時の「手紙事情」の話である。では、今日の「メール事情」ではどうだろう。とりわけ「ケータイ・メール事情」では、どうだろう。これから「メール」はどこへ行ってしまうのだろう。

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「手紙」(2)中村メール

▼昨日は、ちょっとした「捜しもの」をする日だった。捜しものをして、みつけたときは、ほんとにうれしい。それにくらべてみつからないときは、哀しく無念である。「整理」していなかったことを悔やむ。「捜しもの」をなくするために整理をしているようなものだ。それなのに・・・。このくやしさをバネに「整理」を押し進めよう。
捜しものは必ずある。そう確信している。そもそも「ない」ものなど「捜す」はずがないのである。
▼『知的生産の技術』を読む。自分の文脈で読むこと続ける。「手紙」でいちばんに想起した高橋金三郎先生の文章については、昨日のblogでふれた。私が次に「手紙」(メール)で想起するのは、あの伝説の中村メールである。
私が、NIFTY-Serveに入ったのは、90年の4月だった。当時NIFTYの会員になるとこの「中村メール」が送られてきていた。それは、それはうれしいものであった。会員になったときだけではなかった。一ヶ月後、三ヶ月後、半年後、一年後と次々とメールが送られてくるのである。
メールがどんなに受信したものに喜び、楽しさをもたらすものかを、このとき知った。中村明さんが、7年間に発信したメールの総数は365万通に達するという。今の時代では、それは驚く数ではないのかも知れない。
しかし、当時はネットワークの黎明期である。まだ、その世界ははじまったばかりであった、それを考えると驚異的な数である。私は、この「中村メール」こそが、その後のNIFTYの大ブレークを創り出したと思っている。
▼【理科の部屋】は、NIFTYの教育実践フォーラムの一つの会議室として、93.11.23にスタートする。私は、【理科の部屋】でも、「中村メール」を見習うべきだと思った。書き込みに対する応答は、メールに対する応答もおなじである。それは1:1の「手紙」の世界から、多:多のコミュニティの世界まで共通して貫く、鉄則があるからである。

●「応答」こそが、情報交換から情報創造(知的生産)に向かわせるのである。 

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「手紙」(1)「手紙」こそが原点

▼季節の変化は連続している。空気は確実に春の「陽気」を感じさせる。しかし、ときに風景は「冬」に逆もどりしている瞬間がある。「天からの手紙」が舞う時間もあった。自然に四季があるように、学校にも四季がある、これまた連続していて、なかなか直線的ではない。これまた行きつ戻りつであるが、確実に「春」に向かっている。
▼『知的生産の技術』を読む。この章「手紙」も、まずは著者梅棹さんの40年前の文脈で読んでみる。
小見出しを順を追って列記してみる。
(1) 情報交換の技術
(2) 手紙形式の収れんと放散
(3) 形式の崩壊
(4) 手紙ぎらい
(5) 形式の再建のために
(6) あたらしい技法の開発
(7) タイプライターがきの手紙
(8) あたらしい技法の開発
(9) 手紙コピー
(10) 住所録は成長する。
(11) アドレスカード
これだけでも文脈の概観はできる。
▼ネットの時代の今日、ここでの「手紙」は「メール」と読みかえてしまっていいのだろうか。
単純にそうだとすれば、今日、メーラー等のアプリケーションソフトのおかげで、ほぼ梅棹さんがめざしたものは
実現可能になってきている。しかし、それは可能性だけで、実現しているということではない
私の場合、どこまで来ているのか。それは、ちょっと後回しにしよう。
それから、前提としている「手紙」=「メール」か。そうしてしまっていいのか。この問題もちょっとおいておく。
▼私の文脈で、「手紙」を読んでみよう。「手紙」ですぐさま私が想起したのは、高橋金三郎先生の次の文章である。
 「【理科の部屋】とはどんなものと?」と問われたとき、その応答のために
しばしば引用させてもらう次の文章があります。

この理科通信サークルは次のような動機で始められました。

1.理科教育研究は現場の教師を主体にしなければならないが、教師は研究者
 として認められていないために、相互交流の機会が少ない。年一回の大会で
 は不十分である。

2.大会自体の運営がおかしく、現場の実践をおしすすめるためのきめこまか
 なものになっていない。もっとザックバランに何でも話し合えるサークル的
 雰囲気がほしい。

3.創造的な教育研究をやろうとすると、どうしてもひとりぼっちになるし、
 失敗も多くて、くじけてしまう。
 どこかで仲間が絶えずはげましていてほしい。

4.研究をそのまま発表するのでなく、それ以前にチェックされたり、援助さ
 れたりして、できるだけレベルの高いものにして発表したい。
 
  (中略)

 こうした事情を見聞するにつれ、どうにかして手軽な手段で最初に書いた願
いを満たすものをという気持ちが段々強くなりました。そして思いついたのが、
この通信サークルノートの回覧です。そのBack Groundには次のよ
うなことがありました。
1.東北大学で理科の通信教育に従事して非常に有益だったが、同時に受講者
間の交流がないために無駄な労力が払われた。
2.第一線の科学者は航空便や電話で国際的に日常の研究を交換している。学
会はその決算日にすぎない。現場の教師でも手紙を出す暇はあるだろう。
3.1:1の手紙の交換(ラブレター方式)は有効だし、これからもすすめら
れねばならないが、研究集団組織を強化していくためには、semi-pu
blicのノートの回覧の方が有効である。多くの変わった角度からの意見
が出る。
4.ひとつのサークルに沢山の人をいれていけば、その人が中心になって多く
のサークルができてくるだろう。
5.学生時代のクラブ活動で、部屋に厚いノートがあり、各人が勝手なことを
書いているうちに連帯感が強められたし、普通の勉強では得られぬ多くのこ
とを学習した。

 『中学理科サークル通信ノート1.2.3』(科教協東北地区協議会1966.3.31)の序文に書いておられる文章なのです。「中学理科サークル通信ノート」は、1960年にスタートしているので、ほぼ半世紀まえの文章ということになります。今読み返してみても、驚くほど今日的です。
これまでも何度も『【理科の部屋】とは?』の質問の応答に使わせてもらってきました。
「手紙」の位置づけについても書かれていますね。ここに同感します。
私にとっての「手紙」とは、これだったんだと思います。
ここで確認できることは
●情報交換の原点は「手紙」(メール)にある。

今日の「メール」やML(メーリングリスト)【会議室】、【掲示板】、SNS等々の書き込みにしても、その原点は「手紙」にあるということです。「手紙」文化を原点として、その延長線上にあるということです。


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【Web更新2/18】『知的生産の技術』を読む

02120013 サツキはや 予感のつぼみ ほんのりと
08/02/12 (日)撮影@香寺

楠田 純一の【理科の部屋】定例更新のお知らせと 言いながらも週末のスキー実習で、なかみ的には苦しいが・・・。

◆表紙画像 校庭の樹木シリーズ 「サツキ」
http://homepage3.nifty.com/KUSUDA/hyoshigazo/2008/2008hyoshi.htm
 サツキはや 予感のつぼみ ほんのりと
  08/02/12 (日)撮影@香寺

 今回は、「雪国」にでかける前に撮った「サツキ」である。ほんのりと赤く色づき、どこか春の香りが漂って来そうな気がした。前庭では、いちばんスペースをとっている樹である。庭木の定番中の定番である。先日、盆栽を紹介するテレビ番組をみた。この木も年輪を経ると大樹の風情を持ってくるものだと驚いた。

◆『知的生産の技術』を読む。
http://homepage3.nifty.com/KUSUDA/KENKYU/johou/titekiseisanyomu.htm
「ペンからタイプライターへ」の章で、簡単に読めるだろうと思っていたら、ずいぶんと手間取る結果となってしまった。さもありなんで、この章よくよく読んでみると「奧が深い」のである。日本語の問題や文化論をも内包しているのである。浅学な私には、手強い章である。これから、また何度か読む返すことになるかも知れないと思っている。ここへきて同時進行で一緒に読んでおられる方がおられることを感じてきている。ありがたい限りである。
今週は「手紙」「日記と記録」と、進む予定である。

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「雪は天から送られた手紙である」(2)

02170005_2▼ハチ高原でのスキー教室も、今日で3日目である。雪の結晶の肉眼での観察と非接触温度計での雲の温度を測るということを関連させながらやって見る。生徒たちへも、せっかくの機会ということで「雪の結晶をしよう」ということが呼びかけられた。どんな報告があるのか楽しみでもある。
02170014_2▼今回の実習で、「雪」のことについて益々興味がわいてきた。画像をも一緒にしての報告は、帰ってからということにする。
▼帰宅してから、実習期間に撮った画像を整理して、昨日と今日の「観察」の報告をまとめた。
非接触温度計の初使用とスキー実習と重なったこともあって、けっこう面白い展開となった。それにしても、中谷宇吉郎は「天からの手紙」とは、うまく言ったものである。それだけ「雪」に魅せられた人のことばであろう。
中谷宇吉郎の「雪の科学館」へは数年前に一度訪れたことがある。今回のスキー実習で、もう一度ぜひ訪れたいと思うようになった。
 生徒たちにも、これを機会に空・雲に興味をもち、「手紙」が届くたびに、空をみあげ、どんなとこから送られてきたのか想像してくれるようになってくるといいなと思う。
02170028▼昨日と今日の分の日記は、数回にわけて、場所もちがうところからの書き込みということでぎこちない感じだが編集しなおすことはあえてしないようにしようと思う。このままにしておいてWeb環境の「記録」にもしておこうと思う。今回の書き込みは、旅先でもblogなら、更新が可能であることを教えてくれた。私にとっては、このWeb発信の可能性を拓いてくれた。
02170078

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「雪は天から送られた手紙である」

02160054▼昨日からハチ高原に「スキー実習」にきている。昨日は、少し吹雪いたときもあったが、開校式のときは、晴れていい天気であった。例の非接触温度計を空に向けてみる。やはり青空の部分は「ー30℃」以下しめす。雲の底はもう少し高い。「-10℃~ー20℃」程度である。ちょうど雪がつくられやすい温度である。
02160094▼今日は、昨夜の吹雪もおさまりスキーびよりである。「雪は天から送られた手紙である」は、中谷宇吉郎の有名なことばである。せっかくの機会である。この手紙を読むことを試みてみる。実に面白い展開があった。のちほど時間があるときにくわしく報告する。
▼雪の結晶をじっくりと観察をした経験がない。今度、このスキー実習中にぜひ、この雪の結晶を見てみたいと思っていた。しかし、充分に計画をたてていなかったのでルーペや顕微鏡(昔のライトスコープ100倍は用意していたが)も用意していない。肉眼でどこまで可能やら。
簡易ルーペでよいから、みやげもの屋にでもないだろうかととなりの宿のとなりにでかける。残念ながらそんなものはない。それの代用するようなものはと見て回るがない。そのかわりに、観察に関係する偶然おもしろいものを02160132目にした。雪の結晶の観察には、黒い布(フェルトがいいという)を敷いてその上に降ってくる雪を受けて観察するとよいというが、その黒い布のかわりになりそうなものをみつけた。「ネックウォーマー」(黒 ポリエステル製)という商品名でうられれているものである。1200円(別の場所では1000円)もするがここは思い切って購入した。これがヒットであった。\(^O^)/
02160124
▼人工雪をつくった中谷先生の中谷ダイヤグラムを見ていると、雪の結晶といってもいろいろあることがわかる。02160129
それが、温度と水蒸気量(過飽和度)によって決定されている。「手紙」を読むと(結晶の形を観察すると)、上空の大気の状態がわかるということになる。結晶の観察ということになると、顕微鏡の観察などを考えてしまうが、そんなことないルーペや肉眼でも観察できるのである。そのことは知っていたが、ルーペを持って来なかった。その準備もしてこなかった。肉眼しかない。
ただ可能性として、デジタルカメラの接写である。02160130
▼先の「ネックウオーマー」で、降る雪を受けて、デジカメで撮ることを繰り返す。なかなかうまく撮れない。すぐ融けることもあるし、なかなか結晶にピントをあわすことができない。なんとかそれらしいものを撮ることができた。

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「ペンからタイプライターへ」(5)

▼そんな眼でみれば、毎日は、いろんなこと「発見」の連続だ。発見にランク付けというのなかなか楽しい営みである。昨日もいろいろあった。かなりランクが上かなと思うことに、「非接触温度計」がある。にわかに信じがたい機器である。『たのしい授業』の2月号で紹介されているのを見て、さっそくネット検索をして購入した。離れていてその物体(いちおう固体・液体のとなっている)の温度を測れるというしろものである。面白い、いろんなものに向けてオンしてみる。「(゚o゚)ゲッ!!ほんとに」と思うが。確かに窓でも、運動場側と廊下側とではちがう。いちばんやりたかったこと、それは空の雲の温度を測ることだ。これができれば、「大気の物理学」=天気の学習は、ものすごくリアルになる。やってみた、突き抜けた青空に向けて、雲の底に向けて・・・・。なんとちがった温度が出るではないか。
それぞれに「-23℃」と「-10℃」とちがっている。原理は、簡単に言えばそこから出てくる「赤外線」を測っているという。さらにくわしくは、これから・・・。私には、最近の超特大「発見」物だ。
 今日(15日)から、2泊3日のスキー実習に出かける。そこへも、これを持っていくつもりである。雪降る空に向けて、この「発見」物を試用してみるつもりである。報告環境にあれば、報告する。
▼『知的生産の技術』を読む。「ペンからタイプライターへ」は奧が深いようだ。迷うところであるが、とりあえず今日で終わりとする。3回目のときに、等身大に読んで2つのことをまとめた。

●「かく」技術の問題は、日本語論、文化論をどうしようもなく内包している。

●Webの時代にふさわしい、自らの「かきことば」形成を図る必要がある。

どうもここに着地するのが、今の私には、精一杯のようである。
▼今、「ケータイ文化」がすごく気になる。Webの時代、ネットの時代の副産物なのか。それとも、これからの時代をきりひらく「文明開化」なのか。私たちはそれとどう向き合うのか。緊急の大きな課題だと思っている。けっしてちがう世界でおこっていることではないのだから。そのことと、「かく」技術の問題、日本語の問題、文化の問題は深く関係があるように思われる。前記のひとつめと関係して考え続けたい。
▼自らの「かきことば」の形成ということに関係して、これも私自身ふりかえってみて、進行形である。ネットに書き込むようになってから、15年近くなっている。ワープロもずっと敬遠していたから、はじめるのがすごく遅かった。使い始めても「清書機」ぐらいの感覚であった。ネットの世界(パソコン通信)を知って、本格的に書き始めるのが、【理科の部屋】(93.11.23発足)がスタートしてからである。
これ以来、私にとって「かく」ことの主流は「ネット」に移っていった。そこでのかたちもいろいろ変化していった。
特徴的こととしては「語りことば」が「かきことば」となって行った。絵文字など、もちろん使ったことなかったが、ネット世界では多用するようになった。あとから、自分でみても必要以上にというところもある。(^^;ゞポリポリ
パソコン通信から、blog、SNSへと変わっても、まだまだ私の「かきことば」は変遷中である。
これからの時代にふさわしい「かきことば」を、模索しつづけたい。
ここまででとりあえず、この章を終える。

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「ペンからタイプライターへ」(4)

▼今朝もよく冷え込んでいる。天気図をみるとよくわかる。大陸の寒気がおしよせてきている。日本の典型的な「冬」である。こんなとき、天気の大原則・概念「上がるとザアザア、下がるとカラカラ」を思い出す。ことさらに「理科の学習」とかまえることもなく、生活のなかに生きていて役立つ「科学」。それこそホンモノの「科学」であり、今問われている「科学リテラシー」とはそんなものかも知れない。昨日は、ついに播磨北西部に大雪警報までた。今日は、公立推薦入試の日である。無事に会場まで行き、存分に力を発揮してくれることを祈るのみである。
▼『知的生産の技術』を読む。「ペンからタイプライターへ」の4回目である。「個性のない美しさ」楽しむ梅棹氏の辿り着いた究極の道具は「ひらかなタイプライター」であった。それは、「日本語ワープロ」の出現で、夢は現実のものとなった。しかし、すべての課題が解決したかというとそうではない。そのことは前回にふれたとおりである。
▼今一度、日本語の「表記法」をめぐっての経緯を、梅棹の文脈で読んでみる。
 「手がきをはなれて」→「ローマ字論の伝統」→「ことばえらびとわかちがき」→「文字革命のこころみ」→「きえた新字論」→「ローマ字からカナモジへ」→「カナモジ論の系譜」→「カナモジへの抵抗」→「ひらがなだけでかく」
→「ひらかなタイプライター」→「改良すべき問題点」

小見出しをならべてみただけでもこうだ。ただ、ただうなってしまう。散歩がてらに登ろうとした山が、現地に行ってみたらとんでもない高山で、呆然とたちすくんでいるようなものである。
「出直します」とあきらめるか。それでも登山を決行するか。今回はとりあえず前者を選択する。またの機会にする。
▼「自分の文脈で読む」と決意して、今回は読み始め「書こう」としたが時間ぎれである。この章、もう一回書くかは、明日の朝きめることとする。

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「ペンからタイプライターへ」(3)

▼一昨日は、せっかく春めいた陽気だと思ったのに、昨日はまたまた一転して、「冬」がもどってきた。夕方から、また雪がふりだした。季節は直線的でなく螺旋的に移り変わっていく。
今朝、外にでたら、雪はやんでいたが、凍結が心配だ。
「非接触温度計」到着のメールが入っていた。空き時間ができたら、帰りにでもとりに行きたい。o(^o^)o ワクワク
▼『知的生産の技術』を読む。簡単にすませようとした「ペンからタイプライターへ」の章を、自らの文脈のなかで、読むことを続ける。
読むうちに気づきはじめていることだが、私はこの『知的生産の技術』を、「情報発信の技術」と読みかえているようである。これは、梅棹氏の文脈のなかでも、そうなのである。
そうしてみると、この章で示唆していることは
●「かく」技術の問題は、日本語論、文化論をどうしようもなく内包している。
と言えるのではないだろうか。さらには、ネットの時代の今、「かきことば」にとっても激動の時代をむかえている。
そのなかで、「かく」技術の向上をめざしながら、誰もが自らの「かきことば」の形成を行っていく必要があることを教えてくれているように思う。
●Webの時代にふさわしい、自らの「かきことば」形成を図る必要がある。
▼「かき文字の美学と倫理学」(P123)では、古くて新しい問題が指摘されている。美的・倫理的な立場からの「かく」という日本文化についてである。ここにも重要な指摘がある。梅棹自身は、「筆跡が個性をもつことはさけがたい」(P123)としながらも、タイプライターで「個性のないうつくしさ」(P125)を楽しむにいたっている。
今に引きつけて考えてみると、この問題は、単純に技術の問題としてはPDF化することで一定の解決を得られているように思う。しかし、ことはそう簡単に直線的に解決できそうにない。今の季節のごとく螺旋的に考えていく必要がありそうだ。
▼さらに自らの「かきことば」の形成ということでは、考えてみたいこといろいろありそうである。まだ次回も続ける必要がありそうだ。こんなはずではなかったのに・・・(^^;ゞポリポリ

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「ペンからタイプライターへ」(2)

▼昨日は、ほんと一転して陽気な春めいた天気でした。日だまりでひなたぼっこをしていると気持ちいい。春は確実に近づいていることは確かだ。建国記念の日であった。そんなことを意識してであろうか。NHKで「平成20年いま大切にしたいもの」という特別番組をやっていた。茂木健一郎も出ているということで、ビデオだけとってもらうようにたのんでおいた。ビデオを少しだけ見た・・・。
▼mixi版【理科の部屋】や、『日本ヒガンバナ学会」の関係で、mixiもよくのぞくようになった。のぞいたときに、ときどき「足あと」をみる。私のところにきてくださった方の記録がのこっているのである。先日その数が「1000」を越えた、繰り返し訪問してくださる方もある。それだけ情報発信していることに興味関心をもっていただいている思うと、うれしいかぎりである。訪問してくださる方々からも大いに学びたいものである。これからの「学び」は「学び合い」としてしか成立しないのだから。
▼『知的生産の技術』を続ける。第7章「ペンからタイプライターへ」である。結論として梅棹さんの「理想のタイプライター」とするワープロの登場で、問題は解決したかというとそうではないらしい。それから、前回の梅棹さんが「かな文字」たくさん使う理由についての仮説は、短絡的すぎるところもあるようだ。そのあたりはコメントくださっている
n_shuhei さんの 「隠居、ネット時代の「知的生産の技術」を考える④「かく」」 の方がやっぽど正解のようだ。それにしても、こんなかたちで「一緒に」読める人がいるなんてうれしいですよね。もうこのこと自体が、今がどんな時代なのかを象徴しているように思うのだが。
▼問題は「ふりだし」にもどった。ワープロの歴史にバトンタッチされても、なおかつ「知的生産」の「技術」としては、課題も引き継いだのだ。そう考えながら、もう一度、最初から読み直してみた。びっくりした。冒頭に、こう書いている。
 

わたしは、激動の時代のまっただなかで、自分の「かきことば」の形成をおこなわねばならなかった世代に属している。それだけに、この日本語の変化と問題点を、自分自身の変化と問題点として、うけとめてきたようなところがある。さまざまなうごき、ながれを、目のまえにみてきたし、自分自身も、そのうずにまきこまれたこともある。そのような体験をふりかえりながら、この、日本文明の大変動期に、「かく」技術の変化と問題点について、かんがえてみることにしよう。(P120)

何度も言うが、これは今書かれたものではないのだ。40年前なのである。なんと今日的な課題をながかけていることか。今、「知」の世界では、大激動の時代である。梅棹が、これを書いた時代以上大変動期である。よりグローバルに、より急スピードに変動が展開されている。そう考えるとき、これからの「知的生産」の「技術」を考えるうえで重要な問題提起をしていると読める。
▼正直言うと、この章は一回ですまそうと思っていた。これは、「ワープロの歴史」で解決だ、と思っていた。それよりも次からの章の方が、これからの時代の「知的生産」を考えるうえで、興味ぶかかったし、今日的でもあると思っていたから、この章は、流してと思っていた。どうも思惑がちがってきたようだ。(^_^;)
 

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【Web更新2/10】『知的生産の技術』を読む

02100054
  ヒイラギの みどり目覚めて 校門に
   08/02/10 (日)撮影@香寺

楠田 純一の【理科の部屋】 定例更新のお知らせ

 http://homepage3.nifty.com/KUSUDA/

◆表紙画像 校庭の樹木シリーズ 『ヒイラギナンテン』
http://homepage3.nifty.com/KUSUDA/hyoshigazo/2008/2008hyoshi.htm
 ヒイラギの みどり目覚めて 校門に
   08/02/10 (日)撮影@香寺

樹木の四季折々の姿を表紙にしていると、ほんとつきることないですね。校庭に植えられている以上、なんらかの意味があるのでは、と読んでしまうのは深読みなんでしょか。ヒイラギナンテンは、校庭には、二箇所にあります。一つは、この校門です。もうひとつも、プール入口の花壇です。ヒイラギは「邪気の侵入を防ぐ」ナンテンは、「難を転ず」、ふたつ合わせて「邪気の侵入を防ぎ、難を転じ幸を願って」といったらこじつけですかね。
そのヒイラギナンテンが、春を待ちかねて、花の枝をのばしてきましたね。黄色い花をつけるのはもうすぐ、そしてはるが、みどりの目覚めです。

◆『知的生産の技術』を読む。
http://homepage3.nifty.com/KUSUDA/KENKYU/johou/titekiseisanyomu.htm
 これを読み始めて、けっこう日が経ってきている。でも「ゆっくり」なんである。適当なスピードの読みこそ、いろんな情報を呼び込んでくる。それが次なる展開が面白くなる。
この本をいつの時代に、「どのように」読んだか。世代によってちがいがあるようだ。それがまた面白い。コメントをいただいたり、リンクさせてもらったりしながら、それぞれの世代から学んでいきたい。


 

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「ペンからタイプライターへ」(1)

02090002▼ 昨日は、県内の私立高校の入試であった。一昨日から天気が心配であった。受験生にとっては、できるかぎり万全の態勢で試験に臨ませてやりたい。交通機関のことを考えてそうである。受験会場へ移動する時間帯には、なんとか雪はふらなかった。ほっとした。9時すぎになって、予報どおり雪はふりだした。
02090039
 このいちばんの「大雪」になった。夕方には、やんだ。半日よくぞずれてくれたことだ。
 校舎の周囲をまわった。冬のあいだは、色を添えるぞと頑張っている寒ツバキもふるえあがっていた。
▼『知的生産の技術』を読む。第7章「ペンからタイプライター」である。せっかく「読書」のところで、再確認したところである。「二重読み」をしようと、今回の「一回目」読みをしていった。この章は、以前に読んだときも、あまり印象に残っているところがなかったのだろうか。傍線も、蛍光ペンの跡もないのである。しかし・・・
▼冒頭、「日本語を「かく」」で次の文章ではじまる。

 「よむ」ことにつづいて、こんどは「かく」ことをかんがえてみよう。知的生産の技術としては、よむ技術よりもかく技術のほうに、はるかに問題点がおおい。一般に、よむよりかくほうが、ずっと難儀で、時間もよけいにかかるものであることは、いうまでもないが、とくに日本語では、かくことにおおくの問題点がある。(P119)

その通りだと思う。しかし、これは40年前の話で、今はこの問題点は解決しているのではないかと思っていた。それが、章を通して読み始める前の印象である。
▼ソノハナシハ\(^^\) (/^^)/コッチニオイトイテ
この章を読んで、ずっと疑問に思っていたことがひとつ解決した。今回読んで、本の文章を「引用」していて気づいた疑問であるが、梅棹さんの文章には、ひらがな異常に多い。という事実である。引用するからには原文に忠実でなければならないと思って、引用するところは、注意深く書いてみる。だが、ついつい原文から目をはなし書いてみる。そうすると自然と漢字変換をしてしまうのである。この疑問は、この章の最後まで読んでみるとわかる。この時点での、梅棹さんの「究極の筆記具」は「ひらかなタイプライター」であったのではと思われる。だから、この本の原稿も、この「ひらかなタイプライター」によって書かれたものなのではないかと思う。それが、この疑問に対する私の仮説だ。
▼「筆記具」の話から始まっている。
「毛筆」→「鉛筆」→「万年筆」→「タイプライター」と筆記具変遷の話をつづけておられる。今だったら、これは「ワープロ」の話へとつながるところであろう。等身大に読んでみよう。これを最初に読んだころ、私は、教師になりたてであったかと思う。梅棹さんも言っているが、私はそんなの比較にならないほど「悪筆」である。ちょっとそれでは、自信がある。それだけで、「教師失格」かも知れないと、真剣に悩んだこともある。だから、ここは切実な問題だったのである。文具店へ出入りして、真剣に自分に合う「和文タイプライター」をさがし回ったこともある。とても高価なもので、高嶺の花に終わってしまったが。
▼「寄り道」読みばかりになるが、章を読み終えて、梅棹さんからのバトンはどのように引き継がれたのか興味わいて「ワープロの歴史」について、googleで調べてみた。トップにあがってきたのはそのものずばり『ワープロの歴史』である。なかなか面白い。あまりにおもしろそうなので、少しネットをさまようことにする。そして、なんとこんなページに行き着いたのだ。
◆隠居、ネット時代の「知的生産の技術」を考える④「かく」なんということだ。今、同時並行で『知的生産の技術』を読んでおられる方がおられるのである。私などよりより深く、するどく読んでおられる。これから大いに学ばせてもらおうと思う。
▼休日だとどうしても時間をとってしまう。(^_^;)
まあ、これが唯一の楽しみだからと、ちょっと自分をなぐさめたりもする。

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「読書」(8)

▼今年のキーワードは「楽しむ」であった。「楽しい」こと発見した日は、一日が充実しておもえる。そんなら、一日まるごと、仕事もなにかも含めて楽しんでしまう手だったある。そのものズバリのblogがある、『「手帳ブログ」のススメ』の著者大橋悦夫さんがつくっている『シゴタノ!』である。ここには、仕事をも楽しむヒントがいっぱいあるように思う。
▼『知的生産の技術』を読む。「読書」の章も八回目になる。この章は、今日で最後にする。あまりにこだわりすぎると全体像が見えにくくなる。
私流のこれからの「読書法」が見えてきた。そこで、今回は最後にそもそも、読むに値する本にどのように出会っていくかを考えてみる。これは、ずっとやってきた方法に「イモヅル式」がある。22年前の文章にも

● 本の選び方・捜し方。
① 興味をもったり、知りたいと思うことがあれば一冊の本の参考文献から次
 次とイモズル式に本をあさる。
② 気にいった本があれば、同一著者、同一シリーズのものはそろえる。
③ 〃積読″も大切。きっと役に立つ。

と書いているのだから、この方式には年季が入っている。これは、これからの時代に有効でもあり、普遍的なメソッドである。ここの①にもあげているが参考文献から、次々とイモヅルをたどっていくわけだが、あくまでも「わたしの文脈」(P116)においてである。自らの文脈にリンクさせるということでもある。

●本は、自らの文脈にリンクさせイモヅル式に発見し、出会っていく。

同じイモヅル式でも、その領域は、以前に較べたら、格段に進化した。
以前は、本から本へたどっていく「イモヅル」であった。多少は周りの人から人への「イモヅル」もなかったわけではないが。今はちがう、これからも。
人から人への「イモヅル」が中心になってきているのである。
「あの人」が紹介する本だから読んでみよう。」
「あの人が参考文献にあげている本だから読んでみよう。」

ときには、よく知っている
「あの人が書いた本だから読んでみよう」
となってきているのである。
今、世界中のすべての文献が、大学や図書館に行かなくても瞬時に読める時代になってきている。これは、けっして夢物語ではなく、もうそこまで来ている現実の話である。
文字の獲得、印刷技術の獲得以来の大変革がおころうとしている、いやもうおこっているのかも知れない。
だからこそ、なおさら等身大に「読む」技術を開発していかなければならない。

●本(文献)を、「等身大に読む」技術の開発を加速化させよう。

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「読書」(7)

「一日一生」。なんども口にしてみたことばである。一日のなかに自分の人生がつまってしまっている。確かにそうである。その一日一日に、個性がある。名前つけたい、不特定連続日の一日でなく「何の日」か。昨日は「非接触温度計」をはじめて知った日ということにしておこう。この日は、これからのどの日とつながるだろう。
▼『知的生産の技術』を読む。第6章「読書」はもう一週間をかけていることになるだろうか。でも、まだ続ける。昨日は著書の技法を次のようにまとめた。

(1)「一気に読む」(一回目読み)
(2)傍線を引く。(鉛筆で欄外にメモ、見出し、感想)
(3)「つん読」
(4)読書ノート(カード)を書く。(二回目読み)
(5)読書ノート(カード)の活用→「知的生産」

これを私流に「これからの私の読書法」書き換えてみる。
●Web2.0時代の「私の読書法」
(1)「一気に読む」(一回目読み)
(2)傍線を引く。(鉛筆で欄外にメモ、見出し、感想)
(3)「つん読」
(4)読書blogを書く。(二回目読み)
(5)読書blogの活用→「知的生産」

これでは、まったくの「パクリ」である。(^^;ゞポリポリでも、これでいいと思っている。
これが、今の時点で考える。最も、私にあった方法であると考えるから。
これを推し進めてみよう。まだ、これはビジョンにすぎない。
実践をしながら軌道修正をしていけばよい。
▼これで、少し私の頭のなかは、すっきりできた。この章を梅棹の言う「本を二重に読む」(P111)をやってみるとこうなったということである。次は、どのように本とであっていくかということにふれたい。

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「読書」(6)

▼朝のスケジュール これは、けっこう忙しい。メール・【理科の部屋4】@folomy・blogのチェックしてこのblogをかく。このことを一日のスケジュールをたてる前にやってしまいたいと思っている。ところが、このことが。けっこう面白くて、そこにはまり込んで、一日のスケジュールをたてる時間がすくなってしまっている。なかでも、面白いのは、【理科の部屋4】@folomyである。雪がふったと言えば、日本全国から、そのようすの画像つき「便り」が寄せられる。木星・金星が大接近といえば、その画像が紹介される。「季節のたより」から、日本全国の季節のうつりかわりを画像で楽しむことができる。それも「あの人」と会話しながらである。多くの「あの人」がいるのが楽しいのかも知れない。ついつい時間が経過するのを忘れてしまうのである。(^^;ゞポリポリ
▼『知的生産の技術』を読む。「読書」の章をつづける。私には、だいぶん輪郭が見えてきた。
私は、この章のはじめ「読書」(1)のところで、「自らの文脈」で本を読むことが結論だと言っている。ここまで読み進めて、この結論をもう一度、再確認し、きっちりと書きとめよう。

●本は、自らの文脈で読むべきである。それが「等身大に読む」ということ。

これを確認して、つぎにもう一度「著者の文脈」をみてみる。

▼著者の技法を順を追ってならべてみる。
(1)「一気に読む」(一回目読み)
(2)傍線を引く。(鉛筆で欄外にメモ、見出し、感想)
(3)「つん読」
(4)読書ノート(カード)を書く。(二回目読み)
(5)読書ノート(カード)の活用→「知的生産」

「なるほど」と納得したり、「ああここは、これで真似てしていたんだな。」と再認識したりである。
では、私はこれからどうするのか。これは明日に・・・。

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「読書」(5)

▼このblogを書くことが「日課」になりつつあることを実感している。昨夜は、イレギュラーに夜に書いた。ちょっとリズムがちがうのである。やっぱり、朝一番という方がピッタリくるようである。朝起きる、トイレに行く、空をみる、顔を洗う、歯を磨く、犬の散歩をさせる・・・・。同じ感覚で、「blogを書く」をさらに日常化してしまいたい。
▼『知的生産の技術』を読む。昨夜の続きである。昨夜、最後のところで、読書カードの替わりに「読書blog」というのを自分に提案している。いくらかの試行をやってみて・・・。と思って考えてみたら、どうも自分でそれは、はじめてしまっているような気がしてきた。ここ二ヶ月ほどのblogを振り返ってみてもわかるように、本に関するネタはたくさん書いてあるのである。その有効性・有意性もすでに見えてきているのである。
ここで、きっちりと書き留めておこう。

●本をblogで読もう。「読書カード」「読書ノート」の替わりに「読書blog」を書こう。

これは、自分だけの読書【DB】を構築することにもつながるのである。いつ、どのように「その本」を読んだかもわかる。そして、読書の究極の目的「自分の文脈のなかで読む」ことにもつながるのである。
▼上記の自分への提案を応援してくれている文章を「創造的読書」(P113)のところでみつけた。少し長くなるが引用する。

「わたしの文脈」のほうは、シリメツレツであって、しかも、瞬間的ひらめきである。これは、すかさずキャッチして、しっかり定着しておかなければならない。傍線をひくときに、なにがひらめいたかを、きわめてかんたんに、欄外に記入しておく。この種の着想・連想は、一種の電光みたいなものであるから、傍線だけでは、あとからみて、なぜ線をひいたのか、そのとき何を考えたのか、わからなくなってしまうこともあるからである。
 すでにあきらかなように、こういう読書ノートは、まえにかいた「発見の手帳」の、まさに延長上に位置するものである。あるいは、それ自体一種の「発見の手帳」であって、読書は「発見」のための触媒作用であったということができる。(P114)

ここに至って、私自身の文脈がつながるのである。
「発見の手帳」→「発見のカード」→「発見のblog」→「発見のDB」と、いう文脈でこの本を読んでいくと、何十年ぶりかに読んでいる意義も「発見」したといえるのかも知れない。
▼私の文脈がつながったところで、これも自分への提言として書き留めておこう。

●「発見の手帳」「発見のカード」を「発見のblog」に進化させよう。

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「読書」(4)

▼毎朝書き続けてきたこのblogを今日は、今、夜に書いている。2ヶ月以上書き続けてくると、続けることに「意義」
を見出そうとしているのかも知れない。(^^;ゞポリポリ
立春をすぎると、どこか「春の足音」が聞こえてくる。日差しの中に、朝の散歩の「におい」のなかに・・・。
▼『知的生産の技術』を読むをつづけよう。この章に入って少し、読み方を変えていくことは、前に書いた。どうも、この本の周辺をウロウロしているような気もする。もう少しこの本の「技術」のことに焦点をあててのべてみようと思う。先にのべた「誘導電流」を起こしていく工夫・技術がのべてある。

第一の作業として、この本はたしかに「よんだ」ということを確認するために、その本のどこかに、そのことを記入するのである。(P103)

第二に、わたしが「よんだ」のはたしかにこの本である、ということを確認する作業として、わたしは、読書カードの作成ということを実行している。(P104)

 第一は、これまでも似たようなことはやってきたが、第二はあまりやっていない。確かに有効な方法ではあろうと思う。では、これからの自分がそれをやるかというと、やらないと思う。
▼では、これからはこの応用編はできないだろうか。わたしは、このblogを一枚のカードとみたてて、カードでやっていたことはできないだろうかと思っている。読書カードをつくるかわりに読書blogをつくるのである。これで、第一、第二のことが同時に実現すると思うが、それは、妄想であろうか。
まずは、少し試行してみて考えてみよう。今日はここまでとする。夜に書くのはなかなか筆が進まぬことわかった。これ以上は明日の朝にまわそう。

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【Web更新2/3】『知的生産の技術』を読む

02030021
 ぬれてもや なお春祝う マンリョウ
   08/02/03 (日)撮影@香寺
楠田純一の【理科の部屋】定例更新のお知らせ

 生活のなかにいくつかの枷をつくっておくと充実感がある。私の場合は、このWeb更新はひとつの「枷」なんだと思っている。一週間のうちにのべ数百人の方がみてくださっているというのもうれしい、励みになっている。なかには、「見ているよ」と声をかけてくださる方もある。「よし、今週もなんとか…」となるわけだ。(^^)V
http://homepage3.nifty.com/KUSUDA/
◆表紙画像 校庭の樹木シリーズ『マンリョウ』
  ぬれてもや なお春祝う マンリョウ
   08/02/03 (日)撮影@香寺

 金曜日まで、今週はなににするか迷っていた。というよりみつからなかったのである。金曜日の朝に校庭をグルッとひとまわりしていた。「あった\(^O^)/」赤く輝く実が、こんな目立つのにどうして、今まできづかなかったのか。不思議なくらいである。それも一本ではない、数本の「マンリョウ」がみられた。「センリョウ」と「マンリョウ」私の目には同じように見えてしまったりする。くわしい用務員さんに確認もした。なんか、すごい大発見をしたような気分になった。赤い実は祝いごとに使う、リコリスさんの「祝の赤い実」にくわしい。立春をいわうがごとく赤い実は輝きをみせていた。

◆『知的生産の技術』を読む。
http://homepage3.nifty.com/KUSUDA/KENKYU/johou/titekiseisanyomu.htm
 このblogを書き続ける「ネタ」のひとつとしているようなところもある。はじめて、一ヶ月がたとうとしている。できるだけ等身大に読むことをモットーとしているが、ときには『Web2.0時代の「知的生産の技術」』を私が書く、と大風呂敷を広げたりして、楽しみながら読み進めたいものだ。この一週間のblogを、Webに貼り付けてみた。
 次の一週間、どこまで読み進めることできるだろう。自分でも楽しみである。

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「読書」(3)

▼節分の朝、冷たい雨がふりつづいている。冷たい雨にも、少し「あたたかみ」を感じる、不思議なもんだ。連続した自然の「変化」に節目をつけた先人たちの「自然を読みとる」叡智に今さらのごとく感服する。昨日の我が家の「光」導入計画、なんとか無事いけたようだ、こうしてできているのだから、あまり実感がないが、ともかく通信環境は、「変化」してきた。あのダイヤルアップで、パソコン通信をやっていた時代にくらべたら、すごい「変化」である。通信環境の「変化」は氷山の一角、私たちの住む社会は、かつて人類が経験したことがないほどの大きな「変化」がはじまっているのかも知れない。渦中にいる私たちには、この連続した「変化」を見抜けないだけかもしれない。
▼『知的生産の技術』を読む。自分の拙い、それも大昔の「読書論」(そうよぶのは少し恥ずかしいが・・・(^_^;))からはじめたが、ここはまた、この本にもどる。そもそも「本を読む」という営みは、どんなことなのか。著者、梅棹らしい表現がある。技術論に入る前に、みておく。

読書においてだいじなのは、著者の思想を正確に理解するとともに、それによって自分の思想を開発し、育成することなのだ。わたしは、読書というものは、電流の感応現象のようなものだとおもっている。ひとつのコイルに電流を流すと、もうひとつのほうのコイルに、感応電流という、まったくべつの電流が発生する。両者は、どこもつながっていないのである。たいせつなのは、はじめに流す電流ではなくて、あとの感応電流のほうなのだ。これをうまくとりだすことによって、モーターははじめて回転しはじめるのである。(P114)

いや、実にうまい。うまいたとえである。さすがである、まえの「生物の個体発生は、系統発生をくりかえす」を、自らの文書整理の歴史に、応用し、たとえたとき(P86)も、そう感じたが、自然科学に造詣がふかいと、たとえ話にも説得力をもち、的を射ている。この「読書論」を、私は『読書=電磁誘導論』とよぼう。
▼著者もいうように問題は、誘導電流の方なのである。どれだけの誘導電流をひきだすことができるか。そのための「技術」が問題なのである。読者=二次コイルに「大きな電流」が流れたとすれば、一次コイル側のその本は、すぐれた本、良書といえるわけだ。二次コイルに大きな電流が流れるような、装置の工夫、技術を開発していこう。ときに、二次コイルは、三次コイルに電流を流すこともできるのであるから。

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「読書」(2)

▼2月に入って、私自身のネットワーク環境が大きくかわろうとしている。職場でも、家でも同時にシフトしようとしている。たまたま重なってしまったので、なおさら私の「技術」では、ついていけない部分がある。あせることしきりである。(^^;ゞポリポリ
 こんなときこそ「ゆっくり歩むものは、遠くへいく」でありたいものである。ゆっくりと、しかし確実に自分にとってやりたいことができる環境を整えていきたい。家では、今日から「光」である。うまくいくであろうか。
▼『知的生産の技術』を読む。読み方を少し変えていきたい。それは昨日述べたとおりである。まず、私自身の「本の読み方」である。自分がそのことについて書いた文章をさがしてみる。ずいぶんと古いが、あまり変わっていないようなので少しひっぱり出してみる。『教師の知的生産技術・ここがポイント』として22年前に書いたものである。そこから引用してみる。

ためになる本の読み方

 「本をどう読むか」などというのは、人それぞれ流儀があるだろうから、この方法
でなければなどというのはないだろう。ここでは、自分が授業づくりに関する本
を読むときに、気づいたこと、やってきたことをあげておく。

● 授業実践記録の本を大切にする。
先行する仲間の教師の実践記録は、ぜひ読みたいものである。子どもと教師の造
り出すすばらしいドラマを読みとりたい。「それでは自分も……」という思い
をかりたててくれるものだ。

● 「子ども向けの本」を読む。
科学書などは、特に「子ども向けの本」が役に立っておもしろいのだ。ホソモノ
というのは、とってもわかりやすくて、楽しいものなのだ。「専門語」ばかりで
にげてしまう本より、子どもたちを楽しませる本の方が本質的で、レベルも高い
ということもある。

● 仲間と一緒に読む。(共同吸収)
「輪読会」 「読書会」を開いて、仲間と一緒に読むということは、とても意義の
あることである。議論しながら読むと、それだけ深く、多角的に楽しく読める。
また、一緒に読む人から得ることも多いはず。

● 本の選び方・捜し方。
① 興味をもったり、知りたいと思うことがあれば一冊の本の参考文献から次
 次とイモズル式に本をあさる。
② 気にいった本があれば、同一著者、同一シリーズのものはそろえる。
③ 〃積読″も大切。きっと役に立つ。

● 雑誌等は、目次をコピーして、自分だけのリストを作っておくと便利である。 (1986.1)

▼メモ程度のもので、あまりまとまったものになっていないが、22年前の自分を「他人」として読むと面白い。ちょっと気恥ずかしいところもあるが。自分でも驚くほど変わっていないなと思う。今もほぼ基本的なかまえは同じである。進化(進歩)していないのかも知れない。各部分については、「三位一体」読みのなかで、深めていきたい。
▼明日の朝は、新しいネットワーク環境のなかで書くことになるはず、さて・・・。

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「読書」(1)

▼2月がはじまった。始まってしまったと表現した方がいいのだろうか。ともかく月日がたつのが早く感じる今日この頃である。やりたいこと、やらなければいけないことはいっぱいあるのに、次々とステージは変わっていくのである。ついつい、カウントダウンがはじまっていることを忘れてしまう。
▼『知的生産の技術』を読む。後半に入る。これまではインプットに主眼をおいた「技術」の話だったが、ここからは、どちらかというとアウトプットを主眼においての「技術」に話にかわってきている。私の読み方も、少し変えてみようと思う。これまでも書いてきたが、「三位一体」読み(blog、Web、SNS=【理科の部屋4】@folomyを連動させた読み)をより強くしていきたい。なんのために、40年も前のこの本を読んでいるか。究極のねらいは、これからの『知的生産の技術』を、創り出すことにある。これを意識しながら、後半を読み進めたい。
▼後半の第一歩は、「読書」(P97~P117)である。ここにも示唆に富む提言がいっぱいある。それは後回しにして、まずは自分の結論を言うと、「本は、自らの文脈のなかで読むべきである」と考えている。考えていることと実行していることとは、残念ながらぶれがある。しかし、結論はそうなのである。
「本を読む」というような基本的な営みには、千差万別、十人十色いろな「読み方」があり、いろんな「技術」があるだろう。それらを公開しあい、あらたな「技術」を開発していきたい。それが、私のこの章を読むねらいである。
▼少し前ぶりがだらだらながくなってしまったようだ。でも、後半スタートにあたり、スタンスだけは今一度確認したかったためである。中味は明日以降ということにしておく。

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