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今年の重大ニュース(3)

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  校庭で 初春祝う ナンテンや
   07/12/30 (日)撮影@香寺
▼ラスト一日、大晦日。外に出たら、恐ろしく風が冷たい、星空はきれいだ。これは、きっと北国では雪だろう。今年最後の重大ニュースをつづけよう。

6 楠田純一の【理科の部屋】表紙画像「校庭の樹木シリーズ」
 今年のWeb更新は、前半はほとんどダメだった。連休すぎてから、やっとなんとかできるようになってきた。とは言っても、この「表紙画像」の貼り替えだけが中心であったが。それだけでもなんとか定例更新できるようになったのは、【理科の部屋4】@folomyで多くの人に応援していただいたおかげである。深謝。<(_ _)>
これまでも表紙画像には、身の回り草花の画像に一句添えてというパターンで来ていたのだが、今年は「校庭の樹木」にこだわってみた。取材は、毎朝校庭周辺の散歩。散歩しながら「今週はなににしょうか」と案を錬る。句も考えるのである。なかなか出てこないでタイムリミットをむかえることもしばしばであった。画像を撮るのは、だいたいが土日であった。平日はなかなか忙しく・・・。(^^;ゞポリポリ
 今年最後の画像も、昨日(30日)学校に出かけて撮ってきたのである。
 これを繰り返していて気づいたことや、「発見」もいっぱいあった。「なんと樹木こと知らなかったんだろう」「身近な過ぎるぐらい身近な自然についても知らないこといっぱいあるんだな」と反省もしたりしたが、そのこと以上にこだわることによって見えてきたものや「発見」に驚き、楽しかった。まだ、このシリーズは続けたいと思う。今年の収穫のひとつである。

7 ICレコーダーを購入した。
 なんでこんなことが重大ニュースになるのか。それは、これが私に「新しい世界」を教えてくれたからだ。元々は、夏休みの「科学史セミナー」を録音しておきたい。こんな貴重な機会をなんらかのかたちで残しておきたいと考えたからである。購入以来、参加する講演等は、録音しておくことにしている。話を聴きながらメモの必要もなくなったのでほんと聴くべきことが集中してできる。つまらないものは、再生する必要もないだろうし、それだけのものなのだから。便利なものだ。感動もした。でも、これにとどまらない使い方があったのだ。これが重大ニュースにあげる理由だ。茂木健一郎の「クオリア日記」を見ていたら、自分の行った講演を「音声ファィル」としてあげてくれているのだ。「おすそ分け」をくれているのだ。これをダウンロードしてICレコーダーにコピーして聴けるのである。これは衝撃であった。このことは、このblogにも書いたことがある。「フューチャリスト宣言」を地でゆく茂木健一郎に惚れ込んだ。もっと他の人の講演も聴きたいと思った。これだと、ちっとしたすき間時間を利用して面白い話が聴けるのである。私に新しい世界をもたらしてくれた。ICレコーダーに( ^_^)/□☆□\(^_^ )カンパ-イ!

8 今年出会った本ベスト3はこれだ!!
 実は、これを書き始めたときは、7までで終わらせるつもりだった。ところが茂木健一郎の話を書いている間に、やっぱりこれも書いておこうと思うようになった。記録に残しておけば、記憶にも残るかも知れないと思った。
三冊をならべてみた。
◇『フューチャリスト宣言』(梅田望夫/茂木健一郎著 2007.5.1 ちくま新書)
◇『ウェブ時代をゆく』(梅田望夫著 2007.11.10 ちくま新書)
◇『これからホームページをつくる研究者のために』(岡本真著 2006.8.10 築地書書館)
 図らずも、Web関係の本ばかりである。教育書一般や理科教育ではないのだ。でも、私としては、これからの「教育」「理科教育」に大いに関係あると思っている。三冊ともWeb2.0時代のこれからの教育について充分に語られている。私は大きな示唆を受けた。
 もうひとつ面白いのは、この三冊ともシェーマさんのアンテナによるというところである。この事実もまた示唆的である。来年は、どんな本と出会えるだろう。楽しみである。

▼これだけ書くのにずいぶん時間を費やしてしまった。
もっと、もっと等身大の世界を書きとどめたいという思いもないわけではない。しかし一方で「これこそが、私の等身大の世界だ」という気持ちも強い。
 公開をしているかぎり、ひょっとしたら何人かの方が、この「私の等身大の世界」を楽しんでくださった方があるかもしれない。

★ そんなみなさんへ
 今年は、ほんとお世話になりました。この画面の向こう側にあなたがいると思から書き続けてきたのかも知れません。書くことの面白さを教えてもらっているのかも知れません。
 では、よいお年をお迎えください。来年もよろしく <(_ _)> 

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今年の重大ニュース(2)

▼あと2日だ。今年の私の重大ニュース続ける。こういうのっていいですね。なんか、自然と今年一年を振り返ることになりますね。まだ、まだ今年のうちにやっておかなければならない他のこともあるんだけど・・・。年賀状もまだ手をつけていない。まあ、それは・・・
ソノハナシハ\(^^\) (/^^)/コッチニオイトイテ

4 SNSの面白さにはまる。
 知らなかったわけではない。ものの本でも読んで浅い知識だけはあった。mixiもmixi版【理科の部屋】が時点で教えられもしていた。でも実際に、@niftyからフォーラムが消えて、folomyがスタートした今年、あらためてSNSを意識して使いだした。もう一度、mixiも見なおしたのは今年の後半である。
確かに面白い。多くの人たちが参加しているのがわかる。
そこには、自分だけのヒューマンネットワークを構築していくシステムが用意されていた。
folomy、mixiの他にもいくつかのSNSにも招待していただいた。ありがたいかぎりである。深謝<(_ _)>
今年は、私とってのSNS元年だ。

5 blogの楽しむ!!
 こちらの方も、以前からはじめていた。スタートしたのは2004.11.21である。いろんな人の世話ではじめさせてもらった。世間でも話題になっていたし、こんなことができるのか。そのとき、それなりの「感動」もあった。でも、ほんとうにその醍醐味に気づき「楽しい」と思えるようになったのは最近である。
 枷として、継続していくのでなく、朝起きたら、何を書こうかと楽しみながら眠る。一日の生活は、その取材の一日なのである。記録していくことで、見えてくることもある。「発見」もある。
 等身大に自分を語り、一日を語る。それに対して応答があるというのも、これまた楽しい。
 SNSと連動すれば、他の人のblogもみることもできる。いろんな刺激もいただける。いろんな世界があることも知ることができる。ここでも「情報は発信するところに集まる」を実感できるのである。まだまだ使いこなすところまではいたっていない。トラックバックをはじめ、まだまだ未知の機能もある。それはこれからである。それもまた楽しい。
ゆっくりと歩もう ゆっくり歩むものは遠くへ行く というから。

▼ 今朝、移動したオリオンを観ようと外に出たら、雨だ。比較的あたたかい雨だ。北国では大雪という天気予報だったが、さてどうなんだろう。さあ、ラスト2日だ。今日はどんな日に・・・。

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今年の重大ニュース

▼「今年の10大ニュース」「今年の重大ニュース」などというのを、新聞・テレビで目にするころである。今年もあと3日だ。部屋のかたづけをやりながら、今年をふりかえってみる。「10大」とまで、あげることできないかも・・・そこで「重大」とする。
 思いつくままあげてみる。

【理科の部屋4】@folomyがスタート
まずはこれだろう。4月1日 14年間続けてきた【理科の部屋】が@niftyを離れて、folomyに移籍して再スタートした。Web2.0時代にふさわしい取り組みを展開しはじめた。まだ、まだ確かな方向は見えていないが「これから」をみんなで模索していきたいものである。

2 『日本ヒガンバナ学会』を設立する。
9月23日、お彼岸の中日である。かねてより多くの人と一緒に「ヒガンバナ情報」の交換をしてきたが、この際、私たちが理想とするような未来派「学会」をつくってしまえと、「いいだしっぺ」になってしまった。リコリスさんや蜂蜜さんにも参加してもらい楽しくやっている。mixiで、このようなことするのははじめてであるし、私にしては、すごい重大ニュースである。

3 「科学史セミナー」を姫路で実施する。
8月26日。兵庫県立歴史博物館の地階ホールにて3人のお話を聞いた。
     阪本尚生さんの話    忘れられた植物学者(大賀ハスの大賀博士)
     森本雄一さんの話    独逸・瑞西 アインシュタインの旅
     森裕美子さんの話    石原純・アインシュタインを日本に紹介した物理学者
      -- 手紙という記録 --石原純、斎藤茂吉、伊藤左千夫、寺田寅彦等、自筆の手紙を公開
これは、ほんと楽しかった。このあと久しぶりに6名(シジュウカラさん、ゴルジ体さん私を加えて)で【理科の部屋】オフもやった。私にとっては、今年最大のイベントだったかも知れない。来年以降も、第2回、第3回・・・をやっていきたいものである。また、これをきっかけに、今はやりの「サイエンス・カフェ」というのもいいな。

まだまだあるがひとまずここまで   

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「御用納め」だ。

▼これまでになんとか。思いつつ、なにもできずに今日になってしまった。「仕事」の内容でくぎりをつけることも大切だが、時間でくぎっていくことも大切である。この年になると、その方が生活のリズムができて効率的である。どうしても、ズルズルと時間を無視してやるタイプなもので・・・(^^;ゞポリポリ
▼とフェースマークを書いた後、話が飛んでしまうが「日本最初のホームページ」の森田洋平さんの「スマイリーの由来」という文章を思い出してしまった。「ケータイ文化」のなかで生まれたかのごとく思われているふしがあるが、そうではない。これにも、歴史がある。おっと、あぶない、あぶない。また、横道にそれて時間を無視してしまいそうである。
ソノハナシハ\(^^\) (/^^)/コッチニオイトイテ
▼職場にもいっぱいやるべき残っているが、とりあえずはくぎりをつけよう。「御用納め」ということで。
生活のスタイルを固定化する。決まった時間に決まったことをやる。それを自分の枷とする。そのことで、逆に突発的なことに対応することもできる。このごろやっとわかってきた私の生活術だ。
▼残っている「仕事」の主なものはまたしても「整理」なのである。私の「三種の神器」は有効か。検証していかねば、袋ファイルのメンテナンス、システム手帳のリフィルの整理、パソコンの掃除。
やるべきことはいっぱい。でもできることには「限り」がある。さあ・・・。

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日本最初のホームページ!!

▼Webの歴史に興味をもつようになった。それは「これから」を考える上で、大いなるヒントを与えてくれると思うからである。例の『これからホームページをつくる研究者のために』を読んでいて発見したのであるが、日本最初のホームページは、1992年9月30日に発信されたんだという。意外に新しい話である。わずか15年ほどの歴史なんだ。茨城県つくば市にある文部省高エネルギー加速器研究機構 計算科学センターの森田洋平博士によって発信されたのだという。
▼【理科の部屋】ができたのは、1993年11月23日。インターネット版【理科の部屋】は1995年8月31日。そして私の拙いページがスタートしたのが1998年4月25日である。そして今、Web2.0の時代へ、なんとわずかな年数の間に歴史は動いていることだろう。私たちは、とんでもない歴史の渦中に遭遇しているのである。すべてが大きく変わろうとしている。
▼「日本最初のホームページ」をみて、注目したいのは森田さんというひとりの「研究者」が、その自らの研究のための情報交換の手段として情報発信を行っているということである。その森田さんは語っている
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 今、日本でも、インターネットを使った犯罪や不正利用の問題が深刻になりつつ あります。情報やネットワークは使い方次第で毒にも薬にもなります。
 インターネットは、誰でも、必要な情報を、必要とする人々に、瞬時に伝えること ができる力を持っています。その力の持つ意味を正しく理解し、正しく使えば、 世界中の人々がお互いをよりよく理解し合える社会を築くことも可能なはずです。 一つだけ確かなことは、世界はもうインターネットが無かった時代には後戻り できないことです。私もネットワーク社会の一員として、これからも インターネットの正しい使い方を模索していきたいと考えています。
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日本初のWeb発信者の言葉は説得力を持ちます。
誰もが渦中の一員として、「正しい使い方」を模索していきたいものである。
等身大の世界にひきつけつつ。

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個人ホームページをつくる研究者のための10ヶ条

▼今、反復読みをしている本に『これからホームページをつくる研究者のために~ウェブから学術情報を発信する実践ガイド~』 (岡本 真著 築地書館 2006.8.10)がある。最初は、少し「今さら・・・」などいう生意気な気持ちがなかったわけでない。そのうち「これは、なかなか面白い」という本になった。さらに反復読み(理解力のない私は、縫い物をするときの「半返し縫い」のように、行きつ戻りつの読み方をすることがある。)をしているあいだに「ぜひ、多くの人にすすめたい本」と思うようになった。Web発信をしていくうえで大いに参考になるだろうと思う。
▼その本の最後の方に、「個人ホームページをつくる研究者のための10ヶ条」というのがあがっている。
  1 実名を名乗ろう
  2 サイトポリシーを記そう
  3 著作権を理解しよう
  4 リンクの自由を理解しよう
  5 見栄えより内容を重視しよう
  6 だれもがみやすいものにしよう
  7 更新情報を明記しよう
  8 個人ホームページを核にしよう
  9 批判と向きあおう
  10 楽しさを語ろう
なかなか含蓄のある提言である。具体的で、なおかつ本質的である。
考えてみると、この種の本は、ありそうでなかったのではないかと思う。
▼「研究者」のところを「教師」と読み替えて、ぜひ多くの現場教師に読んでほしい。そしたら、授業【実践DB】も加速化していくだろう。現場教師にしかできないWeb発信というものがあるだろうと思う。すべての教師は、臨床教育学の「研究者」であり、「実践者」であるのだから。

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「日本ヒガンバナ学会」3ヶ月!

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「日本ヒガンバナ学会」という少々大袈裟な学会が立ち上がって、3ヶ月が過ぎた。(2007.9.23設立)言い出しっぺ役を務めることになったが、ここでも同じである。いちばん世話になる「世話係」でありたいと思っている。
この「学会」は、未来派「学会」である。これからの学び合いは、このようにして成立していくという典型を創り出したいのである。SNS(mixi)の有効性も体現できればと少々欲張りである。
▼この3ヶ月で、結構なところまで歩むことができたと思っている。ヒガンバナ研究の第一人者リコリスさんもお迎えして、いろいろ教えていただいている。ありがたい限りである。今後も、きっと、ヒガンバナに興味・関心を抱く多くの人々も参加してくださるものと期待している。私自身は、いくつかトピックを立ち上げながら、繋ぐことできていないこといっぱいあるんだが、それはそれでゆっくりやって行きたいと思っていきたいと思う。
「ゆっくり歩むものは 遠くへゆく」というから。
▼ヒガンバナは、今は葉の季節である。光いっぱいひとりじめして、地下に栄養をいっぱい貯め込んでいる。この我らがヒガンバナの「戦略」に学ぶなら、私たちも今、「開花」の時期を射程にいれて、どんどん栄養(エネルギー源)を貯め込んでおきたいものである。
 リコリスさんのアドバイスで、水栽培の種子、枯れた花茎からとりだした。それが画像である。今年の収穫は一個だけ、ちょっと小さめ、持ってみた感覚では、カラのような感じがするが、このまま植木鉢に眠らせることにする。
奇跡を願って(信じてとは言わない(^_^))…。

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【Web更新12/23】『丹生を追う』

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実盛りの 季節(とき)ぞ恋しや 花のビワ
  07/12/23 (日)撮影@香寺
楠田純一の【理科の部屋】の定例更新のお知らせです。

▼表紙画像 校庭の樹木シリーズ ビワ
実盛りの 季節(とき)ぞ恋しや 花のビワ
  07/12/23 (日)撮影@香寺


 ビワも、二度目の登場である。
人知れず 熟していくや ビワの実も
  07/06/17(日)撮影@香寺
で登場している。不思議なものである「花が咲けば 実がなる」「実があるなら 花が咲いたはず」と教えていても、あまりにもその季節が離れていると、ピンとこないものですね。ちょうど真反対の季節なんですね。私自身もはじめてじっくりとビワの花を観察しました。花と実の季節が半年ちがいなんて、どうしてなんだろう。ビワのどんな「戦略」があるのだろう。花は、毛で覆われた(防寒?(゚_。)?(。_゚)?)マントが開くように咲きます。その「戦略」のわけをビワに問うてみたい。
『丹生を追う』6年ぶり更新!!
これまた久しぶりの更新である。Webページ発信・蓄積の大切さを実感することがあった。それを実感させてくださったのが、KUMAさんだ。KUMAさんは、「仁豊野」「水銀」でネット検索されて、私のWebページに到着されたという。そしてお近づきになり、丹生のこと、いろいろ教えてくださるなかで『日本の地球化学図』を紹介してくださった。これは面白い、身の回りに水銀がどれだけ存在するかがわかる。「丹生」の地とこれを重ね合わせることにより、すごい発見があるかも知れない。活断層と水銀の関係も見えてくるかも知れない。
こんなことを考えていると、これはぜひともリンクして、未来の自分のためにも残しておこうと思った。それが、6年ぶりの更新の理由だ。
 たくさんの知見をもった「研究者」つながることの大切さを実感する。今日この頃である。世の中には、同じことに興味感心をいだく人がいっぱいいるもんなんですね。
とりわけその道のプロたちは、さすがである。そんな方々にぜひ「おすそ分け」いただきたいものである。

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今日は、私の「インターネット記念日」

▼1955年12月23日(土) この日は私がはじめて「インターネット」を体験した日である。場所は、大阪市立科学館である。この日、【理科の部屋】メンバー5名があつまり、渡部義弥さん案内のもと「科学館オフ」が開催されたのである。その第1部に、「インターネット体験」があったのである。科学館の地下の一室で「ネットサーフィン」なるものを、目を見はりつつ楽しんだのである。まちがいなく、新しい時代の幕開けであることを語り合いながら、渡部さんがあやつるひとつのモニターをみんなで眺めたのである。
▼この時点で、すでにインターネット版【理科の部屋】はスタートしていた。この年の8月31日に、100校プロジェクトのひとつとしてたちあげてもらっていたのである。したがってネットサーフィンの出発はもちろんインターネット版【理科の部屋】であった。自分たちも参画してのプロジェクトであったが、それを実際にモニターで見せてもらうのははじめたであった。感動・歓喜の瞬間であった。
 インターネット版【理科の部屋】と同じくすでにスタートしていたページがある。横浜物理サークル(YPC)のページである。すごいことができるものと、あこがれの思いをもって見たのを昨日のことのように憶えている。
▼私は、この感動を一度では、満足できずすぐさま暮れも押し迫った12月27日、大阪まで出かけたついでにそのころブームになりつつあった「インターネットカフェ」に出かけていっている。
その当時の【理科の部屋】の私の書き込みに次のようなものがあった。 
********************************
連続して2度のインターネット体験で、「もう少し環境が整うまで・・・」
と距離をおいて見ておこうと思っていたインターネットとであるが、ちょっと
のめり込みそうです。(^^;ゞポリポリ
 自分の通信環境が整うまでに、情報だけは入手しておこうと、本屋で雑誌を
みていると『日本初の月刊イエロー・ページ登場』というふれこみで『INTERN
ET GUiDE』(ソフトバンク)という雑誌が創刊されていました。なんと
なくおもしろそうなのでつい買ってしまいました。
 ホームページが、いっぱい紹介されているんですが、なんと「教育・学術」
のところにインターネット版【理科の部屋】が紹介されている。(P102)Y(^^)ピース!
『理科に関するリソースが、なんと200以上もリンクされている、驚くペー
ジ』と。
そして、充実度☆☆☆☆☆、快適☆☆☆☆、専門☆☆☆☆である。ちなみに充
実☆5つは教育関係のホームページ14紹介されているなかで、唯一なのであ
る。それだけ高く評価されているということであろう。
うれしいことですね。\(^O^)/
********************************
 インターネット版【理科の部屋】が如何に先駆的な取り組みをしていたかがわかる。
▼ちなみにこの年の流行語大賞は「インターネット」。村井純『インターネット』(岩波新書)がでたのが、この年の11月である。あの日から12年の年月が経った。時代はWeb2.0へと進化してきた。
しかし、あの日の感動は、いつまでも忘れたくない。
今日、12月23日は、私の「インターネット記念日」だ!!

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年表がつくりたい

▼「年表がつくりたい。」こんな思いをずっともっている。口に出しても言ってきた。しかし、実現していない。なんで、そんなものが作りたいか。それは、時系列に物事をならべてみると、いろいろんなものが見えてくるからである。
時空間を超えての「学び」を創り出すのには、きわめて有効な手法であるからだ。
▼実に簡単な年表「もどき」を作ったことがある。
現代理科教材発展史『スライム』
がそれである。こんなまねごとでも、私にとっては、頭のなかがスッキリとして、そこからいろんなものが見えてきたのである。
だから、こんなものをより本格化したもの、よりビジュアル化したものが作りたいのである。
▼では、より具体的にどんな年表がつくりたいか。思いつくままに列挙してみる。

◇【理科の部屋】の歩み
 これは、ぜひともやりたい。【理科の部屋】の歴史こそが、日本のWebの歴史であるという自負がある。
ここから未来の理科教育研究の方向も見えてくる。そこまで大風呂敷を広げてみたい。(^^;ゞポリポリ

◇現代理科教材発展史
 「スライム」に続いて「究極のクリップモーター」「ピンホールカメラ」「周期表」等の個々の教材に焦点をあてたもの。
 概論史、もっとテーマに焦点をあてても、たとえば『圧力(大気圧)はどんな教材で教えられてきたか』など。

◇自分史
 これは、そのままだ「自分史」を回顧でなく、自身の未来をきり拓くために。

ちょっと次元のちがうことまであげてしまったが、まだまだある。
▼ともかく「年表・年譜」という手法で、時空間を超えた学びと発見をつくりだしたのである。意志はある。ないのは時間と技術である。でも、こうしていろんなところで表明をしておけば、きっとどこからか助け船があるだろうというのが、私の楽観的予感である。
▼年表をつくるようなフリーソフトに挑戦したこともある。それも、今一つぴったりとこなくてすぐにやめてしまった。
「このなの作っているよ。」「こうすれば、いいよ。」の声がモニターの向こうから聞こえてくることを待ちたい。
宜しく。<(_ _)> 

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整理のツール・三種の神器

▼「もういくつ寝るとお正月・・・」ああ、少しあせる。(^_^;)整理が進んでいない。「整理は楽しみながら・・・」「整理は創造的営みで…」。いろいろ頭で理屈をこね回してみる。でも、目の前の現実は変わらない。
なんとかしなければ。
▼多くの人がそうであるように、私の「整理学」も、名著『知的生産の技術』(梅棹忠夫著 岩波新書 1969)に学ぶところから始まった。それまでも整理ベタであった私は、完全にかぶれた。書くのは「京大式カード」と決め、まとめ買いをして、授業の板書計画、授業テキスト素案をカードに書き込んだ。新聞の切り抜きも取り憑かれたようにやったこともある。キャビネット・ファィルのフォルダーもしこたま買い込んで、ファイリングにはまったこともある。この仕事をはじめたばかりのころであった。でも、いっこうに事態は解決しなかった。整理ベタはそのままであった。
▼1989年12月末。私は、みなより遅れをとりながら、はじめてパソコンを買った。翌年(1990)からパソコンライフをはじめると同時に、それまでの「カード」「ノート」は、システム手帳のリフィルに替えた。ファイリングも、山根式の袋ファイルと決めた。それらを管理するためにパソコンソフト「CARD3」を使った。目の前から紙の書類が消えたかに見え、頭の中も整理ができたかに思った。だが、事態はそう簡単ではなかったのかも・・・
▼パソコン導入をきっかけに、私の整理のツールは「パソコン」「システム手帳」「袋ファイル」と決めたのである。この三つを、私の整理のための「三種の神器」とした。(1990)
それから、紆余曲折はあったが、このシステムは変えていない。したがって整理ベタの「整理」の歴史も、17~18年の歴史をもつこととなる。自分でも驚くばかりの遅々たる歩みなのである。
▼居直りついでに「ウェブ進化論」の梅田望夫の真似をして、『整理の進化論』でも書いてやろうかと思うぐらいである。今、ながく続けるだけは続けてきた、三種の神器をフル活用をして、Web2.0時代にふさわしい「整理のシステム」の再構築を図りたい。とまあ、理屈はこれぐらいで・・・「もういくつ寝るとお正月…」だ。p(^^)qガンバッテ!

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「むらの鍛治屋」さんと繋がる!!

▼『むらの鍛冶屋』 さんより、mixiの「マイミクシィへの追加リクエスト」というのがあった。うれしいことである。この世界では、以心伝心というのがあるようだ。「ひょこむ」に招待してもらい丹生のことが話題にあがり、それに参加させてもらうなかで、非常に興味をいだいた方がおられる。
 それがこの『むらの鍛治屋』さんだ。私などよりも、もっともっと深く、広く「丹生」に興味を抱いておられると直感した。この人から学びたいと思った。そしたら、このメッセージが飛び込んできたのである。これぞSNSの醍醐味なのかも知れない。
▼むらの鍛治屋さんの次のテーマも「水銀・丹生」であるという。これまでにはベンガラを調べておられたという。
ながい間継続して発行しておられる『夢通信』のほんの一部を見せていただいた。驚いた!!。こんなすごい人が近くにおられたなんて。あらためてお近づきになれたこと感謝する。
▼一種の職業病である。こんな方にお出合いするとつい考えてしまうのである。「こういう方から学び・連携しながら教材開発はできないだろうか」と。『「常民の科学」を授業に』というのを、ライフワークのひとつと決めている。決めているだけ。遅々としてその歩みは進んでいない。私にとっての「夢」なのかも知れない。
この『夢通信』は、多くの人たちの夢に刺激を与え続けてきたのだと思う。これからも。
繋がったこと喜びたい。\(^o^)/
末永くおつき合い宜しくお願いします。

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ネットで「丹生」を追う。

▼ここのところ、丹生への興味が再燃している。これは仕事やめてから、じっくりと思っていたが、あまりに面白いのでついついはまっていきそうだ。多忙なる時期にあえてと思うが、逆にそんな時期だからこそ、楽しいことには夢中になってしまうのかも知れない。
▼ことのはじまりは、もう20年ほど前になる。「仁豊野」は「丹生(にう)野」から来ているのではないか、
という生徒の夏休み自由研究にはじまる。そこから松田壽男著『古代の朱』『丹生の研究』との出会い。
面白いと思ったらフィールドに出かけてみる。あたりかまわず人に聞く。浅学非才なる人間の学びの道は、無手勝流である。動けば何かが見えてくる。見えてきたものは興味を膨らませてくれる。
▼そんな数年繰り返していた。やがて、パソコン通信の時代になった。ここでも同じ流儀で、フォーラム回りをして「丹生」のこと聞いた。ていねいにいろんな情報をいただくことができた。
しかし、動くには時間がなかった。「いつか」「いつか」と思っている間に、20年が経ってしまった。
そして、時代はWeb2.0時代。
なんとネット検索で、「仁豊野」「水銀」で、私のWebページがひっかかたことに始まり、地元の大学の先生(熊谷先生)とお知り合いなれた。そこからSNSへ招待していだいたり、blogを通しての情報をいっぱいいただくことになった。同じことに、私などより深く、より広く興味をもっておられる方がいっぱいおられることを知ることになった。
▼私の「丹生を追う」ページは、更新の必要性が出てきそうだ。はやる心おさえて、ゆっくり歩もう。ゆっくりと深く、広く、遠くへ行こう。
丹生をめぐって、これまで出会ってきた人々、これから出会うであろう人々、気長に末永く 宜しくお願いします。
楽しみながら、ゆっくりと。

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ヒガンバナの「種子」黒く

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▼「水栽培」していたヒガンバナの花茎がついに折れて、ダウンした。問題の「種子」だが、これでは熟することはないのかと思っていたが、ひとつは確認する前に、どこかに行ってしまい、今一つは花茎にとどまり、黒くなった。
自然落下をまっている状態である。\(^o^)/
▼机上にころがり落ちれば、播いてやるつもりだ。発芽の見込みはないとは思いつつ、「奇跡」を信じて・・・
これは、「殿様生物学者」である徳川義親がやった方法である。最も義親の場合は、花茎の根元が腐るのを防ぐため水を何度も換え、ていねいにやったようであるが。
▼これに興味をもちはじめてのは「小橋家の自然観察的道楽生活」の「ヒガンバナ・ラプソディ(狂詩曲)」を読んでからである。「日本ヒガンバナ学会」を立ち上げてから、3ヶ月がたとうとしている。今年何人の人が、種子をゲットしただろう。ひょっとしたら、そのうちどこかで発芽の報が聞けるかもしれない。

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【Web更新12/16】「教師のための情報学入門」

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空凍り 突き刺してなお メタセコイア
 07/12/16 (日)撮影@香寺
▼楠田 純一の【理科の部屋】
 http://homepage3.nifty.com/KUSUDA/
週末定例更新のお知らせです。一週間を集約して微更新をしていくつもりです。
「定例」というのが、結構枷になったりするものです。でも、怠惰な私には、それぐらいをして置かなければ継続が難しいんですよね。(^^;ゞポリポリ
▼表紙画像 校庭の樹木シリーズ 再びメタセコイア
  空凍り 突き刺してなお メタセコイア
    07/12/16 (日)撮影@香寺

  何にするか、今週も迷いました。寒ツバキは、今盛りとなっていましたので、そのままにしておこうかともおもったのですが、やっぱり変えてみることにしました。画像も準備できていなかったのですが、タイムリミットぎりぎりにメタセコイアにすることにしました。寒空にメタセコイアの「骨」だけが突き刺さっているように感じました。
▼「21世紀の『教師のための情報学入門』 微更新
 今から見ると、お恥ずかしいようなWebページをつくっていたものだ。99年、21世紀になるまでに「21世紀の教師はこうあるべきだ。」なんて意気込んでつくったんだろうと思います。
 構想はしてみたけど、そのままにしていたんですね。Web2.0の時代です。それにふさわしいようなかたちに軌道修正して、自分でも使いやすいようなページにしていこうと思います。ちびり、ちびりと・・・。

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SNSの可能性

▼SNSの魅力にはまりつつある。ここに面白い世界がある。人と人が繋がることによって新しい世界が拓かれていく。新たにふたつのSNSに参加させてもらった。ひとつは、Webページづくりの「我が師」ひらせんさんの『教育について語り合うメーリングリスト(eduml2)』のSNS版。もうひとつは、熊谷さんから招待していただいた「コミュニティ活動支援型地域SNS」の『ひょこむ』である。
▼ひらせんさんの方は、これまでMLでやられていたことを、SNSに切り換えて運営されている。SNSの技術的なことをふくめていろいろ教えてもらうつもりである。なにしろWebページを最初に挑戦したときは、手取り足取りご指南いただいたひらせんさんだ。究極は、直接お出合いして教えていただいたりした。ほんと、その節はお世話になりました。もうそれから10年近く経っているのかな。SNSの可能性について教えてもらえそうだ。o(^o^)o ワクワク
▼熊谷さんとは、mixiのメッセージで知り合いになれた方だ。「丹生」「仁豊野」をキーワードにお近づきになれた。
その熊谷さんが紹介して下さったのが『ひょこむ』。これは地域密着のSNSだ。こんなのがあったらいいなと思っていたので、うれしい限りである。
▼ふたつとも、新しい世界の楽しみを期待できそうである。「ゆっくりと行く者は遠くへ行く」と言う。
ゆっくりと新しいヒューマンネットワークの世界を楽しませてもらいたい。

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今、「教師の知的生産技術」とは

▼整理がなかなかすすまない。(^^;ゞポリポリ
どうも、これが年をとったということなんだろうか。「整理」がいつか「回顧」になってしまうのである。それにプラス繰り言となれば・・・。これはどう見ても。
▼回顧ついでに、Webページの方も整理しなければと思ってみていると、拙い文が出てきた。もう21年も前に書いた文章である。
『教師の知的生産技術・ここがポイント』
さすが、私も若い。ちょっと生意気なところもある。21年も経った今読むとは考えていなかった。恥ずかしいところもいっぱいある。でも、この時代にしてはなかなかのこと言っていると自画自賛してみたりもする。(^^;ゞポリポリ
▼こんなことができるのことこそWeb2.0時代ならではのことであるのだろう。今、問うてみる『教師の知的生産技術』とは、どこかで自分なりの解答を出したいものである。99年、21世紀を目前にして『21世紀の教師のため情報学入門』などという大それたWebページを立ち上げているのも、そんな意志の表れかも知れない。
このページ表紙リンクに貼り付けていなかったので、あまり人の目には触れなかったかも知れない。今度の更新で貼り付けておこう。ひょっとしたら、反応があるかも知れない。
▼このWebページとなの更新をしながら、自分の仕事の「整理」もしていくようにしたいものである。
「整理」が創造的な営みとなるために。21年前の文にも、結論として書いている

ともかく継続の最大の秘訣は″楽しくやる″ということだ。


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森山和道『ネットワークと教育』を読む

▼世の中には、すごい人がいるものである。森山和道さんである。
この人には「未来」が見えているのだろうか。森山さんが12年も前に書いた一文がある。
『ネットワークと教育』である。
▼なんと今日的であることか。私は、何度となくこの一文を道標としてきた。
時空を超えるとは、こんなことを言うのであろう。
なんと示唆に富む文だろう。
すべての現場教師に読んで欲しい。
そこから、かならずや今なすべきことが見えてくるのではと思う。
▼インターネット版【理科の部屋】のリンク集は、森山さんのお世話になっていたという。今にして思えば、きわめて納得のいく話である。これからも森山さんの仕事からは目が離せない。お世話になりつづけたいものである。

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SNSか blogか

▼どうしても「あちら」側に行く時間の制約がある。
【理科の部屋4】@folomy日本ヒガンバナ学会でいっぱい応答したいことがある。でもblogも書きつづりたい。どちらを優先させるか。ここがなやむところである。
今のところは、こちらのblogを優先させてみる。より「私」発ということで。
▼私にとってはSNSが、パソ通時代「フォーラム・会議室」に近づきつつある。これは、とてもうれしいことである。それもかなり機能的にバージョンアップしてである。
blogの方も、どんどん進化してきている。従来のWebページづくりにくらべると、きわめて簡単につくることができるようになっている。いろんな機能をプラグインできていくところもよい。
等身大の世界をよりリアルタイムに書いておくには、こちらの方が向いているのかも知れない。
でなおかつ「大海」とつながっているところがすごい。
▼どちらにしてもそれぞれにいいところがある。
Web2.0時代のすごいところは、「AかBか」の選択の問題を「AもBも」の多様性の問題にしてくれるところである。欲張りでいいんだ。
ありがたい。

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未来は変えることができる

▼なかなか「標準的」な日とはならない。難しいものである。
あたり前と言えば、あたり前であるのかも知れない。
それが、日常というものであろう。スケジュールどおりことが運び、思いどおりになるなら苦労はしないだろう。
だから「楽しい」とも言えるのかも知れない。
偶有性に満ちた「日常」だからこそ、「日常」と言えるのだ。
▼でも「標準」は必要である。
朝起きる。「あちら」側に行く、blogを書く、メールをチェックする、【理科の部屋4】@folomy・mixiに行く。
「こちら」側に帰ってくる。今日のスケジュールを確認する。散歩にでる。朝食を済ませて、出勤。
これが私の最近のスタンダードだ。
ほんとうに忙しくなるとこれが崩れる。でも、軌道修正を繰り返しスタンダードにもどるように努力する。
▼軌道修正をするときに、自分でいちばん苦労するのが、「過去」にこだわることである。
どんなに、すばらしい能力をもつ人間でも、過ぎ去った「過去」を変えることなどできないのに。
できるのは、『変えることができるのは、未来と私だけ』と自分に言い聞かせる。
さあ、今日も始まる。 一日一生

 

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授業【実践DB】を創るとは

▼【理科の部屋4】@folomyで、理科授業【実践DB】の構築を提案している。けっして新たな提案ではない。【理科の部屋】、インターネット版【理科の部屋】ができた当時からの提案である。
 ひょっとしたら「授業」をする誰もが思いつくことであり、願ってきたことかも知れない。でも、それは、これまではいろんな克服すべき課題がありすぎて具現化できなかったことであるのかも知れない。
▼単なる大風呂敷を広げての法螺話になるのか。夢物語でおわるのか。それは、わからない。
このようなことを考えていくとき、私がいつも思い出す一文がある。もうずいぶんと以前に書かれた文章だが、次のような一文である。

森山和道さんが『ネットワークと教育』と題して書かれた文の一節である。

『マルチメディア時代──とは、10年に一度しか閲覧されない資料を、どんどんどんどん蓄積していく時代なのかもしれない。そういう風に考えていくと、別に教育現場にコンピュータ・ネットワークなんか必要ないんじゃないか──そんな風に思えてくるかもしれない。しかし、それは違う。各人が全く違う目的で蓄積したデータベースや、全く違う目的のために造られたネットワークがシームレスに繋がっていくのが「ネットワーク時代」である。全く違う知識・思考方を、全世界規模で共有することができるのだ。例えば、それぞれの教師が自分の授業ノート・データベースを構築し、公開する。それは巨大な授業のデータベースとなるだろう。それだけで、全く違う授業が生まれるかもしれない。』

書かれたのはなんと、12年も前にである。
▼なんと今日的で示唆的な提言あろう。ここで森山さんが言うところの『授業ノート・データベース』を構築していくことからはじめようと言うのが、私の授業【実践DB】づくりの提案の意図するところである。
日本全国いたるところ理科室で、同じような教材を使い、実験をやり「授業」が行われているのである。
この全国の理科室がつながれば、どんなことになるだろう。
比較的簡単に、「つながる」ことができる環境が整いつつある今。
まずやりたいのは「これ」なんだ。という思いがある。

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【Web更新12/9】寒ツバキ

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  里枯れて せめて紅さす 寒ツバキ
   07/12/09 (日)撮影@香寺
楠田 純一の【理科の部屋】の定例更新
表紙画像だけの更新ですが、週末定例更新のお知らせです。
▼表紙画像 校庭の樹木シリーズ 「寒ツバキ」
里枯れて せめて紅さす 寒ツバキ
07/12/09 (日)撮影@香寺
 表紙画像は、まだまだ「校庭の樹木シリーズ」続けます。他にも、今が旬というものないわけではないが、こだわることで見えてくることもあるかと思っています。事実樹木のこと、これまであまり知らなかったが、少しだけわかるようになってきた。校庭にもどんな樹木があるのか。かなり意識的に見るようになってきましたし・・・。
▼今回、寒ツバキである。前々回にはサザンカの画像を貼り付けたので、繰り返しになるかも知れないが、若干ちがうかな。校庭の西側の花壇、校舎の北側の花壇と比較的日当たりの悪い場所にある。
学校の西側の里山はすっかり冬支度である。落ち葉舞うなか、寒ツバキの赤は、紅をさしたようにあざやかである。
▼コンテンツはここのところ更新していないのだが、「まあいずれやるか」ぐらいで行きたいと思う。
Webに蓄積していくことは、思わぬ出会いを引き起こすものである。
今は、検索技術がすごく進んできたからいろんな展開が出来るのである。
▼たとえばgoogleで「仁豊野」「丹生」と検索してみると、拙文「常民の科学を授業に」行き当たるのである。驚きである。これを知って、ならばと、私の天気学習のキーワード「上がるとザアザア」を入れてみた。
きっちりと自分の登録しているページに行き着くのである。恐るべしgoogle!!
少しずつでも、更新はしておきたいものだ。

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結婚式に出た

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▼姪の結婚式に出た。すばらしい結婚式だった。トランペット奏者である新郎とフォルン奏者である新婦の結婚式である。音楽家同士のカップルということで、披露宴も、もうその道の方ばかりでさながらディナーショー(それがどんものか知らないが)のようであった。
 その道のプロたちの世界を垣間見た気分だった。
▼人生最高に幸福なセレモニーである結婚式は、人との出会いの場でもある。披露宴でとなりにすわった方は、うすい親戚になる方である。これまでにはあまり会話をしたことのなかった方である。カメラにずいぶんとご堪能な方のようだったので、「一眼レフカメラのこと」「ピンホールカメラのこと」「現像のこと」などで声をかけてみた。少し高齢の方で、それまで無口な職人さん風の方だったが、実に嬉々として「写真」のこと話されたのだ。
自宅に現像室を作っておられること。デジカメとフィルムカメラのちがい。究極の写真は白黒であること等々。
興味深いお話をいっぱい聞けた。ピンホールカメラの話まで至ったときは、感動してしまった。
またぜひお会いしていろいろ教えてもらいたいものである。
人と出会いのすばらしさに ( ^_^)/□☆□\(^_^ )カンパ-イ!
▼結婚式と言えば、あの森山和道さんも結婚されたようである。
もちろん私なんかよりもずっとお若い方だが、これまでにいっぱい示唆を与えていただいた。
この世界の「我が師匠」であると勝手に思っている。結婚されて、ますますご活躍されて、「おすそ分け」いっぱいいただきたいものである。【祝】( ^_^)/□☆□\(^_^ )カンパ-イ!
▼朝方(12/8)に、mixiのメッセージが入っていた。
近くにお住まいで、私の出身大学の教授からであった。内容は「丹生」と「仁豊野」のことについてであった。
しばらく遠ざかっている「丹生を追う」であるが、興味が再燃しそうである。同じく「丹生を追う」人との出会いを予感させるものであった。
Webは今、まちがいなく人との出会いを加速させている。

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袋ファイル

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▼整理ベタの私は、「整理」に色々と苦労をしてきている。
それにも歴史がある。今から17年前のこの季節、「整理ベタ」の私が出会った画期的なシステムがある。
それが、「山根式袋ファイル」システムである。
▼当時の私にとっては、この方法は画期的であった。毎日、毎日書類の山のなかで、悪戦苦闘の連続であった(実は今もそうだったりして(^^;ゞポリポリ)。そんなとき、とりあえず目の前にあるペーパーはすべて、この袋ファイルにほりこんでしまうのである。
なんか、頭のなかまで、スッキリとした気分になったものである。
▼以来、ずっとこのシステムを続けている。あまり使わないときもあったが、ともかく継続だけはしてきた。やりはじめた時は、家族(妻も子どもたち)も巻き込んだから、今も袋ファイルが家のいろんなところにある。
このシステムに欠かせないのは、メンテナンスである。にもかかわらずこの17年間さしたるメンテナンスも行わなかった。ちょっと本腰を入れて、整理をやってみようと思う今日このごろ、この袋ファイルの整理・メンテナンスからはじめてみようかなと思っている。
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▼システム手帳・袋ファイル・パソコンを、私の整理の三種の神器として、こんな文章を書いたこともある。その後はどうなったのか。ときどき、このblogでも現在進行形で語っていきたい。自分に意識化するために。

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師走だ!整理だ!!

▼師走だ!
「もういくつ寝るとお正月・・・」どんどん年の瀬が押し迫ってくる。
限りが見えてくると
あせる気持ちが出てくる。年内にやっておきたいこともある。
▼整理ベタは、いつも苦労する。
次に生きる「整理」を心がけているつもりだが、なかなか・・・

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絵を描くことに挑戦

▼絵を描くことには、ずっと「あこがれ」を持っていた。中村敏弘先生が送ってきてくださる『季節のたより』の絵や、盛口満さんの描く、生物画をみていると、自分でもこんなものが描けたらどんなにすばらしいだろうと思い続けてきた。でも、誇らしげに言うことではないか。絵はダメである。ほかにもいっぱい苦手なものあるが、とびっきりダメだ。
「あこがれ」だけあって、待っていても機会はやってこない。
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▼職員室の机の上に、空っぽの一輪挿しを置いていた。埃をかぶっている。
 2時間目が終わって帰ると、「あれ、こんなきれいなのを誰が・・・」。ノイチゴの赤い実が、新鮮な光を放っている。こんなの描けたら、とんでもないことを思いついたのだ。
 まずやってみることにした。美術の先生の指南を受けながら・・・。
▼「集中して・・・」「ていねいに」と指導を受けながら試みた。
やってみるとなかなか面白い。できはともかく、これはすごい「自然観察」の手法になるんではないかと思った。
細かいところまで描こうとすると、自然とくわしい「観察」になる。発見もある。こんなところに毛が出ているんだ。
これが萼かな。といろいろ思いながらの時間となる。
 何十年ぶりの「あこがれ」への挑戦は、思ったようにはいかなかったが、また新しい楽しさの発見であった。

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私の『全面教育学』とは

▼なんとも、なさけない。
通信状況がよくない。ながながと書いた文がどこかに行ってしまった。(/_;)
でも、連続しての書き込みこだわってみよう。
▼私には、うれしいことに「師」と呼べる人が何人かいる。
こちらの勝手な「思い入れ」「惚れ込み」の場合も多々ある。
そんな「師」のひとりが、庄司和晃先生である。
▼すごい人である。私らの足元にも及ばぬ数々の仕事をしてきた人である。
私にとって、とくに興味あるのは、理科教育と柳田國男を結びつけた人であるということである。
「仮説実験授業」の創始者のひとりであることでも知られている。
教育を、授業を等身大に語ってよいのだと教えてくれた人でもある。
▼私が『「常民の科学」を授業に』などと大風呂敷を広げていたときも、いちばんにエールを送ってくださり、『紅花を追って』というレポートを書いたときには、わざわざ電話をくださった。
 私など田舎者にとっては、雲の上の人に声をかけてもらったようなもの。感動ものであった。
▼庄司先生の書く文章、文体は独特である。
それも、大ファンになった要因のひとつである。その庄司先生が提唱する「全面教育学」が気になりだしてからもかなりの年月がたった。
  もうそろそろこの提唱を受けて、自分なりの【私の『全面教育学』】をまとめたい今日この頃である。
 大風呂敷の癖は、変わらぬものである。(^^;ゞポリポリ

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現場教師は「研究者」か。

▼朝は、久しぶりの雨。師走の雨、雨のせいもあるのか。少しあたたかい。
そして、一週間の「師走」の学校がはじまった。
▼「現場は忙しい」こんな言葉を何度自分でも吐いて来たことだろう。
確かにそうである。とりわけこの時期は忙しい。
そんな時期に考えることではないのかも知れないが、こんな自問が頭をよぎる。
「現場教師は、「研究者」だろうか」
この自問には、自答と願望が含まれている。
▼教育の最前線は、授業である。
日々の授業こそ、最大の学校行事である。
ならば、現場教師はこの「授業」の「研究者」でなければならない。
ところが、現実には「研究者」とはなかなか認められいない。
また、そんな環境にはおかれていないこともしばしばである。
当事者意識も、日常的にそこには至っていない。
私自身も、「研究者」というのは、大学の先生であったり、○○研究所等に属する人たちをイメージすることが多かった。
▼ところが、最近のネット環境の変化をみていると、ひょっとしたら「現場教師こそ、最前線の「研究者」となれるのではないか」と思うようになってきた。
 日々の授業を、メディアを駆使して報告しあう。そして、授業の【実践DB】を構築していく。
そうすることにより次なる新たな授業が創造されていく。
これが、単なる夢物語でない状況が整いつつあるのではないか。
そうなったとき、現場教師こそ、最前線の「研究者」になるのである。
▼忙しさ故の「妄想」話にしないために、自分に可能なことをやっていくしかない。

 


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【Web更新12/02】カエデ

12020013
クルクルと 師走の風に カエデ舞う
  07/12/02 (日)撮影@香寺
▼ 楠田純一の【理科の部屋】
を週末定例更新をしました。
「週末定例」も、実は不規則になっていたのですが。
毎週、同じことを定期的に継続してやるのも、かなり
エネルギーがいる営みである。(^_^;)
 でも楽しい営みでもある。
▼ 楽しみのひとつは、表紙画像の貼り替えだけの
更新で、「更新」と呼べるようなものでもないかも知れ
ない。それにもかかわらず、毎週数百もの方が、それ
を見に来てくださる。ありがたい限りである。
 訪問者も、いつの間にやら20万人を越えるようにな
になった。深謝<(_ _)>
▼ このWebページをつくりはじめてから、もうすぐ10
年になる。10年前と同じスタイルである。コンテンツ
も最初に構想したままだ。なんの工夫もない、単純
そのものである。技術的なことよくわかっていない
私には、それがよい。
▼ ホームページビルダーを使ってやっているが、そ
れも「ver 3.0」のままである。慣れしたんだものが
一番だ。
▼ せめてコンテンツだけはと思っているが、それも
ままならぬ(^_^;)。
でも、構想だけは持っている。いつかこれを「ここに入
れよう」と。途中までだけでも・・・と。
Webページは蓄積していくにはやっぱり最適なんだ。
これは私のポートフォリオである。
▼表紙画像は、校庭の樹木シリーズを続けている。
まだまだ続く予定だ。
同じ樹木でも、季節がちがうと、まったく違う顔をして
いる。
▼今週の一句は
□ クルクルと 師走の風に カエデ舞う
    07/12/02 (日)撮影@香寺

今ひとつだ、なかなか「らしく」ならない。
赤ペン指導を受けたいものだ。

次回更新をめざして・・・・。

 

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忙しさで心を亡くすことなかれ

▼ 師走だ。
どこか気忙しいものである。
2007年も、もう一ヶ月ということになれば、「あれもやって
おかねば」「これもしておかねば」いろいろと思うところであ
る。時間が限られている。出来ることは限られているのに、
気持ちだけがあせる。(^^;ゞポリポリ
▼またしても隣保にお葬式ができてしまった。考えてみる
と、あたりまえのことひとの一生も限られている。
 限られた時間に「生きる」ということだ。
限られた時間の長さは、例外はあるにしても、たいてい本
人はわからない。
茂木のいうところの「偶有性」の世界にある。
▼ 「一日一生」こんな言葉が、頭をよぎる。
このごろの標準的一日の朝のタイムテーブルを作ってみる。
イレギュラになることの方が多いこと承知のうえで
<朝>
4:00 起床
    パソコンの電源を入れる
    メール、blog、SNSをチェック
    スケジュール
6:00 犬の散歩
6:30 家を出る    

▼<昼><夜>については、これぞまったく偶有性の世界である。
できるかぎり、一時間ユニットの生活を心がけてるようにしている。
授業時間に合わせて、50分の「仕事」、10分の「休けい」と言うよ
うにして、限られた時間であることを意識化するために。
 たいていはうまくいかない。
 それでも繰りかえす。「シーシュポスの神話」のごとく。
▼ 「ああ 私の魂よ、不死の生に憧れてはならぬ、
   可能なものの領域を汲みつくせ」

  ピュダロス『ビュテイアの祝唱歌第三』
久しぶりに「シーシュポスの神話」をあけたら、扉にことば
があった。
▼ いずれにしても、忙しさで、心を亡くすことのない師走に
したいものである。


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熊楠とヒガンバナ

▼「おっちゃん」のお通夜に行った。
 遺影はやさしい笑顔やった。
 もっと「おっちゃん」から゜「常民の科学」を習得しとくべきやった。
 悔やまれる。
▼南方熊楠の『石蒜の話』を読み始めた。実に面白い。
これを何で読むことができているかと言うと、ちょつとした経緯
がある。
 【理科の部屋4】@folomyで、ヒガンバナの海水への耐性を
話題としているとき、熊楠が、このことに触れた文章を書いて
いるということを教えていただいた。
 私が「読みたい」と発言していると、いつもお世話になったい
る和歌山の阪本尚生さんが、それではと、その日のうちに、
南方熊楠顕彰館に行って、
館の方にお願いしてコピーしてもらってきて下さったのである。
それを郵送してくださって(ちょっとアクシデント(^^;ゞポリポリもあ
ったが)もあったが、私の手元にあるというわけである。
 この経緯だけでも、私がいかに「ネットの時代」を楽しませて
いただいているかがわかるというものである。みなさんに深謝。<(_ _)>
▼熊楠の文章にもどる。まだ全文を読んでしまっていない。
でもわかることがある。
 この人は「ヒガンバナの味方」である。いじめられてきたヒガン
バナを、「そうではないだろう。」と弁護し、ビカンバナの有用性
とすばらしさを説く。西洋とも照らし合わせながらも、我らの文
化の見直しを迫り、碩学のかぎりを尽くしヒガンバナを擁護しよ
うとしているように思う。
▼熊楠という人の人柄が見えてくる。これを正月、元旦に発表
しているところにも、この人の主張が見えてくる。
このアイロニー、スタンスから、熱き「正義の味方」たらんとした
のだろうことが読める。
 他の文章も読みたくなってくる。「熊野の森の巨人」の姿をち
ょっとだけ垣間見たというところです。


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