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茂木健一郎を聴く

▼この夏に、はじめてICレコーダーを購入した。便利なもので感動である。
ときどき、人が使っているのを見たり、聞いたりして、いつかほしいと思っていたのだが、
今年の夏の「科学史セミナー」を録音しておきたくてついに購入してしまったのだ。
▼録音して、記録しておくのに便利とおくのに便利と購入したものだが、もうひとつの
楽しみをみつけてしまった。これが、私にとっては「発見」であり、とても楽しいのである。
講演を聞くのである。自分で録音した「講演」を聞くのもいいが、ネット上にある講演を
ダウンロードして聴くのである。
▼私は、今のところもっぱら茂木健一郎である。彼のブログ「茂木健一郎 クオリア日記」
 に、自分の行った講演・講義をかなりのリアルタイムで、アップしてくれている。
 さすがだ。そのスタンスに惚れ込んでしまった。
マスメディアにも、頻繁に登場する彼は、まさに時の人なのかも知れない。
彼が時の人であるには、それなりの理由があるんだと思う。
▼すきま時間があると、ICレコーダーにダウンロードして置いた「茂木健一郎の講演」を
聴くというのが、すごい楽しみである。
 聴く度に、大ファンになっていくのである。
ともかく、話が面白い。
 彼は、45歳、私とはひとまわりも違う、若くて、多彩な才能・能力も持ち主、今や
「時の人」、住む世界がちがう。(^^;ゞポリポリ
でも、波長があうというのか、なるほどと感動することばかりだ。
▼小津安二郎の世界を熱く語る。尾崎豊のファンであるとか。
語るのは、脳科学のことであったり、文学論であったり、学問論であったり、教育論
だったり、多種多様である。
▼ それを、その場に合わせて、等身大に語っていくのである。多種多様に話は、広
がっていくが、軸は「学ぶ」ことのすばらしさ、楽しさ 伝えてくれているように思う。
いつかは、生の講演・講義を聴いてみたいものだ。
 

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コメント

楠田さん、お久しぶりです。
Blogでは栃木庭球屋を名乗っております。

茂木さんの講演ですが、先日うちの学校に来てもらって話してもらいました。本当は脳科学のお話を、と思っていたのですが、本人の意向もあってうちの生徒にあった話をしてくれました。クオリア日記にもアップされていますが、僕もダウンロードして携帯にいれて時折聞いています。

知は最高である、と言い切ってくれる人はなかなかいません。そういった意味でも良い講演会でした。

投稿: 栃木庭球屋 | 2007/11/29 18:33

 どうも、コメントありがとうございます。
 ご無沙汰しています。
blogの方も、少しほったらかしにしていたのですが、ここを基点に書くのがいいのかな。
ちょっと続けてみるかなと思っています。
やっぱり応答があるというのはうれしいものですね。
 同じような考えをしている人がいるというのは、とてもうれしい。ヘ(^.^)/
 栃木庭球屋さんところでは、講演によばれたんですか。
なにかのつながりがあるんですか。
 いいな。生の講演も聴かれたんですね。
いつ来られたんですか。そのときのものもダウンロードして聴いてみようと思います。
 
 【理科の部屋4】@folomyでも宜しくお願いします。 

投稿: 楠田 純一 | 2007/11/30 03:24

栃木庭球屋さん
おはようございます。
栃木庭球屋さんところでの講演、今聴き終えました。
前にダウンロードして、途中まで聴いていたのだがそのままにしていました。面白かったです。
質疑応答の部分が面白いですね。
こんな高校生相手に授業やっているんですね。
レベル高いですね。
尊敬してしまうな。
【理科の部屋4】@folomyでも宜しく。
では、では・・・。

投稿: 楠田 純一 | 2007/12/06 03:26

お聞き頂けましたか。

質疑応答の最初の生徒はうちのクラスの生徒で、あのようなことに興味を持っているようです。

本当に優秀な生徒が多く、質問も面白い(単に答えを聞くのでなく、本質的な質問がくることもあります)ので、やりがいはありますね。忙しいですけど。

それではまた【理科の部屋4】で。

投稿: 栃木庭球屋 | 2007/12/07 21:46

おはようございます。
最近、ちょっとblogを見なおしています。
こうして、コメントいただけるというのも面白いですよね。

それにしても、栃木庭球屋さんところの生徒さんはすごいです。
あんな質問をするんですから、私なんか講演を聴いて質問した経験ないです。あれって、質問すること自体、すごく勇気がいる行為ですよね。茂木さんも言っていますが、書く表現より、話をする行為の方が、たくさんの情報を発信しているのかも知れませんね。自分のなかでの「講演」も見なおしています。
人前でしゃべること少なくなった今日この頃です。(^_^;)
では、では・・・

投稿: 楠田 純一 | 2007/12/08 06:26

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