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イエローフォックス

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色づきて 黄色い狐 秋をよぶ
  06/08/31(木)撮影@福崎

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吾亦紅

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 秋風や さみしさ運び 吾亦紅
  06/08/30(水)撮影@福崎

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夏休みも もう終わり

 夏休みも終わりですね。今年は、自分自身も「自由研究」のテーマを設けて「今年こそ・・・」と決意はしたのだけど、結局いっぱい「宿題」を残すだけになってしまった。(^^;ゞポリポリ
■ピンホールカメラ まったく進んでいない。2学期の授業にまにあわないのでは・・・
 写真の引き伸ばし機 送ってもらい。その方の準備すすでいたのに・・・
■タンポポを育てる これは生徒たちがやってくれたので 元気にそだっている。
■「コウナイの石」を追う はストップしたままだ >市川のカッパさん 申し訳ない<(_ _)>
■blogの毎日更新 これだけはなんとか最後までいきそうである。

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ベニバナがやっと咲く

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 前にも報告した山形から送ってもらったベニバナがやっと花を咲かせた。完全に種をまく時期が遅れてしまったものだから、こんなに遅い開花となった。これが、紅色にかわっていくことだろう。
 来年は、もっとはやくから蒔いて、ベニバナを楽しみたいものである。

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ヒガンバナ浮上株

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 ヒガンバナ定点観測地の株がだんだんと「浮上株」になってきている。
 我が家の門先にあり、外に出れば自然と目につく場所にあるだけに、このまま花茎がのびなくなってしまったらどうしようと、ちよっと心配なところである。

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ナツズイセン

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 ナツズイセンが、例年のようにナンテンの樹のふもとに咲いた。今年は、花茎が伸びてきているのに気づかぬまに咲いてしまっていた。キツネノカミソリに引き続きナツズイセンである。いよいよ真打ち登場間近!!

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ヒガンバナはまだか。

 今年も、ヒガンバナの季節になってきました。Web上で追いかけはじめてからだけでも、ずいぶんたつような気がする。毎年、あらたな展開できごとが起きている。
 今年は、どんな展開が待ち受けているのだろう。楽しみである。o(^o^)o ワクワク

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思えば遠くへ

 ちょうど、今から13年前の夏のことである。
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 はじめまして、中学校で理科の教師をやっています。パソコン通信をしたく
て、パソコンを3年前から購入しNIFTYに入って来ました。F○○○にて、
教育実践=授業を中心にしたを提案したこともありましたが、あまり応答あり
ませんでした。
その後、このフォーラムができて、ついに理科の授業実践を中心にしたもの
ができたと楽しみにしていましたが、どうも理科授業に関するものは少ないよ
うです。このまま、理科専用会議室ができるのをじっと「棚ボタ…」で待って
いるのは、少しなさけない気がしてきました。
 はじめての書き込みで生意気なことを言いますが、理科教師のみなさん、こ
こにいっぱい「授業のこと」「教材のこと」「サークル研究活動のこと」等な
どを書き込んで、理科会議室を独立させませんか。
 最初から生意気なこと書きましたが、宜しく…。
 応答楽しみにしています。
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 「理科会議室独立に向けて」と題して、私がはじめて教育実践フォーラムの
会議室にこのトツトツとした文章を書き込んだのは93/8/22でした。
この年の11/23に【理科の部屋】は、設立されます。
  今も【理科の部屋】では、たくさんの豊富な話題で盛り上がっています。
思えば遠くへきたものです。

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クズの花

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風すずし のびたるつるも ゆれクズの
 06/08/23撮影@香寺

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ワタの花

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 夕立の 雨ため咲くや ワタの杯
  06/08/22(火)撮影@香寺

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タンポポを植えかえる

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 今日は、全校登校日だった。タンポポを「育てている」生徒たちが登校してきた。担任の先生が前から準備しておられた塩ビのパイプの植木鉢(背が高い(^o^) 80cm)に植え替えた。
 これで根がいくら伸びても、簡単に観察できるというものである。
 さて、うまく根はのびるだろうか。花は本当に咲くだろうか。楽しみである。

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オミナエシ

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 気配染め 一番乗りに オミナエシ
   06/08/20 (日)撮影@福崎

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韮の花

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 過ぎし風 清楚にゆらし 韮の花
  06/08/19(土)撮影@福崎

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オジギソウ

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 門先に 毬ころがりて オジギソウ
  06/08/18(金)撮影@福崎

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台風の科学

 台風10号が、少し動いて九州南部へ近づきつつあるようである。この後の進路が心配されるところである。それにともなう雨も心配である。
 これからの季節は「台風」の季節でもある。もちろん十分に備えをして、大きな災害にならないように注意することは第一である。が、同時に「台風の科学」についても、学んでおくことは防災の観点からも大事なことである。
 台風のメカニズムについて、科学読み物『台風は水蒸気を食べて成長する』という文章を書いたことがある。台風の正体を考えながらテレビの天気予報をみていると、みえてくることもある。

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キツネノカミソリ

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 われ咲かん ひと足先に 剃刀の
  06/08/16(水)撮影@市川町

 かつて柳田國男は『野草雑記(草の名と子供)』において、彼岸花のことを「播州でも私たちは狐の剃刀と呼んで居た」と書いている。なるほど、ここでは彼岸花のことを年輩のひとたちはまだ「狐の剃刀」と呼んでいる。
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 実際の「キツネノカミソリ」は、彼岸花より一足先に今、咲いているところである。前々任校の近くを通りがかったのでその近くで写真を撮った。この後「ナツズイセン」が咲き、いよいよ今年もヒガンバナの季節となる。

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イネの花

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  気づけばや 炎天のもと 花揺れて
   06/08/15(火)撮影@福崎

気づかぬうちに、イネの花の時期になってしまっていました。やっぱりイネ科の成長ははやい。

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Web2.0とは

 最近この「Web2.0」という言葉を見聞きすることが急激に増えてきた。大きな時代の流れが変化してきていると言う。何なのだろうこの「Web2.0」と言うのは・・・。元々このようなことには疎い私であるが、少しばかり私なりに考えてみることにした。時代の流れを自分なり解釈しておくことは、未来に生きる子どもたちの教育に携わる人間にとって無駄になるまい。
 まずは、前にも紹介した『Web進化論』(梅田望夫著 ちくま新書)から

では、Web2.0本質はとは何なのか。二〇〇五年半ば頃から広く使われるようになったこの新語の正確な定義をめぐっては、今も相変わらず議論が続いている。「ネット上の不特定多数の人々(や企業)を、受動的なサービス享受者なく能動的な表現者と認めて積極的に巻き込んでいくための技術やサービス開発姿勢」がその本質だと私は考えている。不特定多数の人々には、サービスのユーザーもいれば、サービスを開発する開発者も含まれる。誰もが自由に、別に誰かの許可を得なくても、あるサービスの発展や、ひいてはウェブ全体の発展に参加できる構造。それがWeb2.0の本質である」(P120 「Web2.0とは何か」 より)

 これは新しい概念なんであろうか。構造としては、よりめざしていたものに近づいて来たのかもしれないが、概念としては、けっして「新しいもの」ではないように思う。このようなことに疎いシロウト考えかも知れないが、そう思う。私は、かつて【理科の部屋】がスタートしたころ【理科の部屋】の案内にこんなこと書いている。

 この間ずっと、一貫して【理科の部屋】では
   『情報は、発信するところに集まる。』
と唱えてきました。これは、これまでの教育研究運動のコペルニックス転回で
あり、一大パラダイムの転換です。
 つまり、これまでの情報の「受信者」が、「発信者」に変わっていくのです。
じつは、ほんとうに必要な情報は「発信」するところに集まってくるのです。
 先行する実践者の報告を、ありがたく聞くだけが研修(研究)ではないので
す。
(先行するすぐれた実践からは大いに学ぶべきです。そこからしか、私たちの
研究活動は出発しないのも事実なのですが)自分の実践をどんどん発信するの
です。
 そのことが、なによりの自分にとって有用な「情報の収集活動」になるので
す。これまで3年間の【理科の部屋】の歩みこそが、そのことを如実に教えて
くれていると思っています。
 私たちは、今こそ自分の学校の理科室を、研究室を、仕事場を、家庭を、フ
ィールドを、・・・
 そして自分自身を「日本の理科教育情報発信基地」に変えてしまいたいもの
です。「私」発→「地球」行きのメディアを駆使して・・・。

「情報は発信するところに集まる~【理科の部屋】とは~」より

 きわめて我田引水的な考えであるが、私にとっては、けっして「Web2.0」は「新しいこと」とは思わないのである。より私たちの望んでいた「構造」に近づいてきたのであると思う。そういう意味では、とても喜ばしいネット環境ができつつある。
 私たちにとってのインターネットがより「インターネット的」になり、コンヴィヴィアリティな世界を創り上げる構造に近づいてきたのだと思う。
 かつて、糸井重里は、「インターネット的」を解くキーワードとして、三つのキーワードをあげた。
「リンク」 「シェア」 「フラット」である。
 これが、より具体的に実現可能な「構造」となり、インターネットがより「インターネット的」になってきた。
それが「Web2.0」なのである。
 というのが、くわしいことはまだ何もわかっていないシロウト判断の現時点での結論である。

 もう少し、自分なりに勉強をしていこうと思う。これが、教育現場で如何に有効なのかも含めて考えていきたい。

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【Web更新8/13】クサギの花

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   里山の クサギはじけて 墓参り

     06/08/12(土)撮影@福崎

 里山のクサギがはじけて花開いています。こんなにもきれいな花を咲かせるものであるということを、私は香川の蜂蜜さんに教えてもらいました。
蜂蜜さんから送ってもらった画像
 まさに、ゼンマイじかけで、それが「はじける」というような感じで花開くのですね。感動ですね。

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「コウナイの石」(5)

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市川のカッパさんの「コウナイの石」の資料について続ける。
それにしても、どんどん話が広がっていくのに驚きである。『仮説・コウナイの石(第三部)』(中世文献・考古)
 なんとも、すごい推察である。これまでの文献として残っているものから、コウナイの石に関連するところをピックアップし、それらをつなぎ合わせて、ひとつの壮大なる「歴史」を語ろうとされているようだ。その「歴史」を語ろうとすることは、壮大ではあるが、けっして別の世界のできごとでなく、現代の播磨の地に今を生きる自分に引きつける営みのようにも思える。
 まるで、それを裏づけるがごとく、市川のカッパさんのお住まいの近く昼着堂跡(日月社・ひるつきのやしろ)まで話をひきつけてきておられる。

そして、べつのことであっても

 むろの木→鞆の浦→神島
 むろの木→室津→神嶋(コウナイの石、頂ノ岩 西島) のまちがいではと

なんともすごい引きよせかただろう。少しうごいて、話の流れを追っていく必要がありそうだ。

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「コウナイの石」(4)

 時間があれば、市川のカッパさんからいただいた「コウナイの石」の資料に目を通したいと思う。ただ市川のカッパさんの「コウナイの石」を追っての壮大なロマンは、ちょっと半端ではない。いろんな蘊蓄が飛び出し、それらがみごとにリンクしていき想像力をかきたてるのである。
 浅学な私などには、ちょっと一挙についていくのは無理である。ちびりちびりと楽しませてもらいながら後を追いかけていきたい。
 「仮説・コウナイの石」として第6までまとめられている。ひとつの石の存在が、時空を超えて古代のグローバルな浪漫へと昇華する。
 まずは、「桃太郎伝説」へと・・・。これぞ元祖「モモタロウ」へと。これは、とんでもない飛躍なんだろうか。それともきわめて独創的な想像力なんだろうか。
 市川のカッパさんにお会いしたときも、そう言われていたが、私がずっと追いかけているものと、おどろくほど共通項が多いのである。もともとは、私の書いている「「桃太郎伝説」を追う」という文章にblogからリンクしてくださったのがはじまりであることは、前にも書いた通りである。
 次に、「コウナイ石の色」についてふれられ、「播磨風土記」に話が及び「丹生」の登場となるのである。
 なんと、そこからさらに話はマルコ・ポーロの「東方見聞録」へと話が進んでいく。
まだまだである。話を「西遊記」にまで発展させておられる。「日本書紀」にまでもふれておられる。
 これは、少し私には難しそうである。勉強していかなければ、このことの面白さも味わえないようだ。
つづく

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「蔵衛門2006」

 私は、この「蔵衛門」というアルバムソフトをずいぶん以前から使用している。(正確には「していた」)ここのところソフトは持っていたがバージョンアップもしないままにしていた。
 ちょうどマニュアル本も一緒に安価に入手できる機会があったので、入手してみることにした。ソフトのバージョンアップなんか、ほんと久しぶりである。
 以前は、けっこうこまめに、ソフトはバージョンしていたが、そのうち機能が充実してきても、そんなにいろんな機能を使いこなすことなど、到底無理であると悟り、バージョンアップはストップしてしまっている。
一太郎など、ワードに切り替えるどころか、「一太郎10」のままである。自分なりには、なにひとつ不便であると思ったことはない。
 ホームページ作成のために使っている「ホームページビルダー」はなんと「ver3.0」のままなのである。
 「せっかく使い慣れたのに・・・」とバージョンアップをしぶっているとなんと、8年以上経過してしまっているのである。(^_^;)
 なつかしい「THE CARD3」などというソフトはどこへ行ってしまったのだろう。
 一時は、これ以上便利なソフトはないと愛用していたのに・・・

 

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夏休み折り返し地点に

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 実のらんや 月日とともに ヤマボウシ
   06/08/09 (水)撮影@香寺

 気づけば、もう夏休みも半分過ぎてしまっている。自然は月日がたてば、確かに実りの季節を迎えているが、人の営みは、なかなかそうはいかないものである。ヤマボウシに恥ずかしい。
 自分をより楽しく過ごすために、枷として自分に課した「自由研究」も遅々として進んでいない。学期中は、なかなか日々の仕事に追いまくられてできないので「夏休みに」と、宿題としていたことも、なにひとつとしてできていない。
手つかずの状態である。少しあせってきますね。
 どこかで、もうひとりのナマケモノの自分が『何もできない!しない!怠惰であってこそ 夏休み!!』と。(^_^;)
 

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「自分史」を書く

 「自分史」を書くなどという営みは、かつては老後の人生において、生きてきた証として足跡を、自己満足のためにも残して置くためのものだと思っていた。
 ところが、最近「自分史」を書いてみたいという衝動((・_・)......ン?)にかられることがある。定年まで、指折って数えても片手ですむようになった今、出たとこ勝負で歩んできた道をふり返り、軌道修正((^^;ゞポリポリ)をして第一ステージを終えたいという願望のあらわれか。それとも、断末魔のあがきか。

 システム手帳の「ライフプラン&レコード」のリフィルを利用して、自分が二十一歳のときからの簡単なメモを残している。家族の年齢と職場を記録だけを記録したような簡単なものである。日記としては、残していないので整理の悪い私は、自分が歩んできた道をふり返るための資料が少なくすぎるのであるが、【理科の部屋】ができる前後くらいから、そのログ、メールがデジタルで保存されているので、ひじょうに振り返りやすいのである。

 ちなみにちょうど20年前の夏、私は「紅花を追いかけて」最上~京都にいた。

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針穴写真機(2)

 7/16書き込みで「針穴写真機」にふれて以来、夏の「私の自由研究」としておきながらも、まったくすすんでいない。

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ミョウガの花

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炎える畑 蔭ら覗けば ミョウガの

06/08/06 (日)撮影@福崎

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鉄づくりの夢

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 いつの日か、自分でも鉄づくりをやってみようと思って、もう何十年もすぎてしまった。なにか機会があれば、それに関係する資料をあつめてと思っている。天小屋のたたら跡で「けら」を拾っていらいである。
 今日も、せっかく出雲にでかけたが、そのチャンスなかった。(/_;)

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鉄づくり

 砂鉄を集めて、鉄づくりをする。これは、私の長い間の夢である。それを、土井先生は、10年以上前に挑戦されたことを言われた。
 今日からちょっとした旅に出る。中国山地に「たたら」の炎の跡を追う、手がかりすこしでもあればと思う。

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「コウナイの石」(3)

 不思議なものである。人との出会いの楽しさを語ったとたんに、次のに日に「市川のカッパ」こと土井治道先生(土井眼科の院長先生)が、「コウナイの石」の資料の追加を持って、学校に訪ねてきてくださった。実は初対面であったが、まったくそれを感じなかった。それどころか何十年とお知り合いのようにお話できたのは、とてもうれしいことである。今資料を見せていただいている。このテーマの広がり、深さ、先生の「こだわり」にいたく感動しているところである。ちびり、ちびりとこの話も楽しみながらすすめていきたいものです。

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人との出会い

 人との出会い。それは人生を何倍も楽しくしてくれる。ネット世界を体験するようになってより実感するようになった。

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高橋金三郎先生のこと

 高橋金三郎先生が生前に書かれたものなどを紹介する『まんさくの花通信』100号記念特集が、中村敏弘先生から送られてきた。今からゆっくり読ませてもらうところである。
 何度か、直接お会いしてお話を聞かせてもらうことができた。お便りで教えていただいたこともある。その偉大さに今さらのごとく感銘することしきりである。
 
 私にとっては、次なる文章がいちばん意味ある一文なのである。

*************************************************************
この理科通信サークルは次のような動機で始められました。

1.理科教育研究は現場の教師を主体にしなければならないが、教師は研究者
 として認められていないために、相互交流の機会が少ない。年一回の大会で
 は不十分である。

2.大会自体の運営がおかしく、現場の実践をおしすすめるためのきめこまか
 なものになっていない。もっとザックバランに何でも話し合えるサークル的
 雰囲気がほしい。

3.創造的な教育研究をやろうとすると、どうしてもひとりぼっちになるし、
 失敗も多くて、くじけてしまう。
 どこかで仲間が絶えずはげましていてほしい。

4.研究をそのまま発表するのでなく、それ以前にチェックされたり、援助さ
 れたりして、できるだけレベルの高いものにして発表したい。
 
  (中略)

 こうした事情を見聞するにつれ、どうにかして手軽な手段で最初に書いた願
いを満たすものをという気持ちが段々強くなりました。そして思いついたのが、
この通信サークルノートの回覧です。そのBack Groundには次のよ
うなことがありました。
1.東北大学で理科の通信教育に従事して非常に有益だったが、同時に受講者
間の交流がないために無駄な労力が払われた。
2.第一線の科学者は航空便や電話で国際的に日常の研究を交換している。学
会はその決算日にすぎない。現場の教師でも手紙を出す暇はあるだろう。
3.1:1の手紙の交換(ラブレター方式)は有効だし、これからもすすめら
れねばならないが、研究集団組織を強化していくためには、semi-pu
blicのノートの回覧の方が有効である。多くの変わった角度からの意見
が出る。
4.ひとつのサークルに沢山の人をいれていけば、その人が中心になって多く
のサークルができてくるだろう。
5.学生時代のクラブ活動で、部屋に厚いノートがあり、各人が勝手なことを
書いているうちに連帯感が強められたし、普通の勉強では得られぬ多くのこ
とを学習した。
**********************************************************
『中学理科サークル通信ノート1』(科教協東北地区協議会1966.3.31)より

何度読み返しても、ワクワクしてくるような文章である。
とても40年も前に書かれた文章とは信じがたい先駆的な文章である。
私は、この提唱・思念は、時空を超えて今も(「今こそ」と、言うべきか)
きわめて有効であると、そう思うのです。

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