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新「私の教材論」(1-2)

 昨日のつづきである。この記事は昨日に書き込もうとしたものである。それを登録しようとしてトラブルをおこしてしまい。再度書き込むものである。気を取り直して書き込む(^^;ゞポリポリ。こういうことがあると、うんと疲労感がつのるものである。でも、等身大情報発信の一部かと居直りつつ書き込みネタとしてしまう。
 ソノハナシハ\(^^\) (/^^)/コッチニオイトイテ

 では、新「私の教材論」では、何を書こうとするのか。考え方のベースとしては、この7つの「すぐれた教材の原則」はかわらないのである。では何を語るか。
 それは、これからの授業に焦点を、これからの新たな授業のなかで、どのような教材が有効なのか。それを中心に語っていきたいものである。素材(ネタ)そのものはこれまでの実践でよく知られたものを取り上げる場合もあるし、この10年ほどの間に開発されたものもある。
 前置きは、これぐらいにして本論にうつる。
まず、第一弾は、

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(1) 学びあいの、素材(ネタ)となりうるもの
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 これからの学びは、「学びあい」としてしか成立しないと考えている。学びあいのスタイルをふくらませ、「学びあう」こと醍醐味を存分に引き出すための、素材提供となるうるもの。それが、これからの「すぐれた教材」の鉄則であると思う。これからのメディアをフルに活用するものでありたい。

<例1>「はしりもの・かわりだね」 これは、けっして新しい教材ではない極地方式研究会によって何十年も前に提案のあったものである。校種に関係なく、数多くの実践がある。私自身も、全国の友人たちの協力のもとWeb版「はしりもの・かわりだね」試みたこともある。
 これからのネットワーク環境の進化も考えると、そう遠くない未来において、子どもたちが、これからの新たなメディアを活用して、教室・理科室内のみならず、全国レベルでの「学びあい」がはじまるのではと予測される。
 そのとき、この「はしりもの・かわりだね」は、学びあいを引き出す、すぐれた(素材)と言えるのでは・・・。

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