「日食」に何を見るのか

▼一日、一日と夏休みが近づいてくる。それまでにやっておかなければいけないことも、いっぱいだ。例によって並べてみて、プライオリティをつけて行く作業が必要だ。
そのなかに、「日食」があった。
理科の教師としては、これははずすことができない。ずいぶん前から、この日のことは意識だけはしていた。ただそれだけだ。何をどうしようとは、今なお考えてはいない。やっぱり、ゆっくりな私である。(^^ゞポリポリ
▼「等身大の科学」を標榜する私として、「何を」「どのように」観ることを呼びかければいいのだろう。少し、具体的に考えるときがきている。
 授業としては、中学3年に一時間だけ、特設時間をとれるようにお願いした。
では、そこで何をやればいいのか。ゆっくりと考えはじめた。
▼教科書もこの日を意識して特設のコラムをつくっている。私の、基本的なスタンスを確認しておく。
○単なる、「お祭りごと」に終わらせない。これを、【地球と宇宙】の学習への足がかりとする。
○何が起こるのか。予想をしてから「観察」する。
○あえて特異な「観察」は必要ない。無手勝流でそれを「観察」するに徹する。
○日常の「生活空間」のなかで、これを体験しておく。
○この「ふしぎ!?」体験を、記録しておく。後日、人の体験記録にも眼をやる。 等

▼今すぐに手に入る「情報」を、いくつか見ておく。
○私の過去にやってきた授業【宇宙への旅】のアウトライン
 もう少し、残しておくんだったな。(^^ゞポリポリ 今回は少しでも残そう。
Logoa_port_list○今年は、世界天文年だ。そこにある「世界天文年2009 日食観察ガイド」
 ここでは、かなり詳しく「日食」の楽しみ方が紹介されている。
○理科関係雑誌
 多くの雑誌が特集を組んでいる。ざっと目を通してみようと思う。

それから「一時間の授業」を構想してみようと思う。

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新・「自由研究」のすすめ試論(10)

Dscf3799▼忘れてしまっているわけではない。しかし、いつもプライオリティをつけるとちょっと後回しになってしまっていることがいくつかある。ところが、突発的にプライオリティを無視して行動することによって発見することがある。あたかも意識のないところで何かが働いているように…。一昨日、突然「あじさい公園」のモリアオガエルが気になりだした。あいつらはどうしているだろう。泡から落下して池に落ちる瞬間をみたいと思っていた。卵塊によって少しのちがいはあるが、ほとんどは「その瞬間」はすぎてしまったようだ。池のなかで、イモリくんたちに追いかけられるオタマたち、クロモにつかまり、ちょっとのんびりする大きくなったオタマ。そうだ、卵塊を今年の夏、はじめてみてからも時間がけっこうたっているのだ。
「等身大の科学」のことを続ける。
■『寺田寅彦と現代―等身大の科学をもとめて 』 (池内 了 著 みすず書房 2005.1.21)「第4章 科学・科学者・科学教育」に「等身大の科学」の文言をみつけて感動したところまで書いた。
 もちろん著名なる宇宙物理学者の言う「等身大」と一介の中学校理科教師の私の言う「等身大」と同じものあると、そんな不遜なことを言うつもりはない。
 ただただ納得し、共感を覚えるのである。
 池内先生は、寺田のいくつかの「研究」テーマあげたのちに次のように書いた。

 ここに、科学の有りようについてヒントが隠れているような気がする。日常身辺の現象を新しい眼で捉え直すことである。私はそれを「等身大の科学」と呼んでいる。サイズが等身大で、研究費も等身大で、誰でも参加できるという意味でも等身大である科学として、気象や気候、生態系、地球環境問題などを対象にするのである。これらはすべて「複雑系」であり、多数のデータを何年にも渡って集積する必要がある。(同書p110)

▼池内先生には「等身大の科学」に加えて、「新しい博物学」の提案がある。これらに子どもたちも参加させようと言うのである。それには、「自由研究」の機会はチャンスだと言われている。
賛成である。
 私は、もっと言えば、「等身大の科学」こそが、「二十一世紀の科学」これからの「科学」であると思っている。
 だからこそ、自らの「ふしぎ!?」にこだわり、その謎解きに挑戦してほしいと願うのだ。
▼寺田の時代と大きくちがうところがある。
それは、現代はWebの時代であるということだ。Webがうまく活用されれば、この「等身大の科学」がつながり、世界大の科学になる可能性も含んでいる。
 それにしても、ここでの池内先生の「科学教育」に関する提言の数々とても納得いくものばかりである。
 「理科教師」として何をすべきなのか明確に語られている。何度か繰り返して読み返すことになるだろう。
いつの日か、直接お話を聞く機会があるかも知れない。楽しみにしておこう。

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新・「自由研究」のすすめ試論(9)

Dscf3758▼小暑であり、七夕の昨日は朝から蒸し暑かった。月も今年最小の「満月」であるという日だった。
朝、いつものように例のコウガイビルのナイロン袋に目をやった。ちょっとあせった。
(゚o゚)ゲッ!!あの「の」の字の姿が見あたらない。ついに「そのとき」をむかえたのだろうか、と。
ナイロン袋のなかを端から端までよく確かめるが、姿がない。クロイロコウガイビルのときのように、液のなかであろうか。たまっている水の中を見た。
居た!!そこに「あった」!! 半透明の小さな「物体」が。
あっやっぱりついにと思ったが、しばらくすると伸びてきたように見えた。どんどん伸びる、動いている。
まだ「生きている」のだ!!よくぞ生きていてくれた。これが最期の姿かとデジカメを向けた。
夕方にみるとまた「の」の字の姿がみられた。
▼授業では、緊急に「義務教育最後の自由研究」を呼びかけた。毎年配っているプリントにプラスして、今回新たに作った「テーマ選び」のためのプリントを配って説明をした。
 一方的な説明というか、呼びかけだった。
 ともかく強調したのは、等身大の「ふしぎ!?」の謎解きに挑戦である。
それを「等身大の科学」と呼ぼう。
 それこそが、理科の醍醐味である。学ぶことの面白さ・楽しさの「発見」はそこにある。
「完全」である必要はまったくないことも強調した。
さて、どんなテーマ候補があがってくるだろうか楽しみである。
▼ここでキーワードとしている言葉。
「等身大の科学」 この言葉は自分はいつのころからつかっているのだろうか。昨年度のこの「試論」の結論としても使っている。とても気に入っているフレーズである。
このフレーズで検索をかけてみた。あれ、私のblogもひっかかる。
一冊の本の存在を知った。
■『寺田寅彦と現代―等身大の科学をもとめて 』 (池内 了 著 みすず書房 2005.1.21)
である。寺田寅彦については以前から興味もあったし、「等身大の科学」の言葉も気になってさっそく手に入れた。
▼自分で思っていること、ずっと考えてきたこと。しかし、自分では力量不足でなかなか言葉にならない、文章にならない。そんなことをきっちりと書いてくれている文章に出会うと膝を叩きうなずき、バンザイをしたくなる。\(^O^)/
 とてもうれしく、幸せな気分になる。やっぱり同じように考えてきた人がいるんだ。
その文章は同書「第4章 科学・科学者・科学教育」にあった。
 これが私には、今いちばんの「自由研究のすすめ」に読める。                      <つづく>

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新・「自由研究」のすすめ試論(8)

▼学期末である。学期末というものは、どこか慌ただしくて自分を失ってしまいそうになる。
そんな気持ちがあるから、そうならないようにと、自分の「生活のリズム」を確認してみたりする。
そして、「整理」を考える。そう言えば、ここのところ私にとっての究極「整理のプロセス」に目を通すことが少なくなっている。佐藤可士和の教えてくれた。
「空間」の整理→「情報」の整理→「思考」の整理
一日一回は目を通す生活をしよう。
▼夏休みの理科の自由研究を提案する時期である。
今教えている中学三年生にとっては、義務教育最後の自由研究である。
「等身大の科学」のすすめを呼びかけたい。それは、どうすればうまく伝わるだろう。
いろいろと考えてみるなかで「プリント」をつくってみることにした。
▼「最後の「理科の『自由研究』」に向けて」と題したプリントに、今の思いを書いてみた。
(1) 今回が、義務教育最後の「自由研究」。これまでの総集編に!
(2) テーマ選びは、自分の「ふしぎ!?」から
(3) 15の夏 自分の「ふしぎ!?」 謎解きに挑戦!
(4) 謎解きは、今回で終わらなくてよい いや終わらない!
(5) 挑戦してみようと思う 自分の「ふしぎ!?」の候補をあげてみよう。

等だ。少し時間を置いてみようと思う。どんな候補が出てくるのだろう。
出てきたら少しだけ可能なコメントをつけてみよう。
これは、私にとっても、ささやかなる「挑戦」である。
▼「15の夏」に願いがある。
「自由研究」のすすめの究極は「学問」のすすめである。
受験期を向かえる中学三年生に伝えたいメッセージでもある。
「学ぶこと」の面白さ、楽しさを「自由研究」で発見してほしい。
そこには、失敗も成功もない。あるのは未来に向けての自分の「学び」!!
▼力量のないものが、思いだけが先行すると、うまく伝わらない。これは何度も実感してきたこと。
わかっているが、やめられない。
今日、ささやかな「挑戦」をはじめてみる。

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【Web更新7/5】09-27【「自由研究」の研究】等

Dscf3633
 空梅雨に 色定めたり アジサイの
 09/07/02 撮影(木)@安富

■楠田 純一の【理科の部屋】 09-27週末定例更新のお知らせ
 一週間をデザインする時間がきた。月曜日にデザインしたこと通り、一週間がすぎることなんかありえない。意志とはまったく反対方向に時間が流れていくことなんかいつものことである。
 でもあくことなくデザインする。一週間はいちばん最後に決定した「時間」だそうな。これは、間違いなく人間の意図的な生活のリズムづくりの遺産である。これをありがたく享受しよう。

◆表紙画像集2009 校庭の樹木シリーズ アジサイ
 ついにアジサイの登場である。「我らが庭に誇りあり」の校庭にあって、最も誇りの樹木それがアジサイである。あじさい公園のあじさいも含めて、今盛りがつづいている。「あじさい祭り」は、先月末に終わってしまったが、それでほんとうの「盛り」がすぎたわけではない。藍の集まりが「アジサイ」であるとは、あじさい公園の看板が教えてくれた。多様な彩りこそがあじさいの真骨頂である。土壌をも含めた環境の多様さを多様な色で表現してくれたあじさいは今日も咲く。

◆「理科の自由研究」の研究 更新
 新・「自由研究」のすすめ試論(7) を付け加えた。
今年の夏には、いっぱいこの「試論」を展開したいものだと思っている。キーワードは「等身大の科学」だ!
 
◆【細胞と生殖】更新 授業の方は、細胞分裂あたりで、一旦「お休み」モードに入るが、授業周辺のことも含めて更新を続けていくつもりである。

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生命の「ふしぎ!?」をつなぐ

Dscf3678▼私の「大賀ハス池」は、14週目をむかえた。水面は一面が大小のハスの葉で覆われた。いたるところで重なりが生じている。なかなか直立するものが出てこない葉の茎は、風をうまく利用して居場所を変えているようにも見える。
 熾烈なる光とり合戦の「戦場」と化した水面では、まるで葉は動物のようにドラスティクに動いている。なかには、少しの虫穴を突き刺し貫通して、「もっと光を」と絶叫しそうなやつもいる。
 「ふしぎ!?」だ。こいつらに意思はあるのだろうか。
▼昼前から、予約しておいた病院にいった。ポンコツの定期検査だ。
生活がやや不規則になっているようだ。それが検査結果に出ていた。これは気をつけなければ…(^^ゞポリポリ
待っている時間が長かった。
 待っている時間に例の『iPS細胞』(八代喜美著 平凡社新書)のつづきを読み進めた。実にみごとだ、最先端「生命科学」の現場と、日常の生命の「ふしぎ!?」をつないでいる。それをまるで人類の「生命」ドラマを進行形で語っているかのごとくだ。
 やっと「iP細胞」の章まできた。しかし、それはドラマの終章ではなかった。それははじまりであった。
21世紀「生命」ドラマの序章を意味するもののようだ。まだ、すべてを読んでしまっていない。
▼著者は永遠の生命の「ふしぎ!?」を「生命科学」最前線の現場とみごとにつないでみせてくれている。
私の仕事は、これを【授業】とつないでみること。
 それをやるには、私はあまりにも無知でありすぎる。もっともっと勉強しなければ…。
そんなことを自覚する時間だった。これが病院で読んだということもあるのだろうか、きわめてリアリティがともなっていた。これも偶然かな。
▼病院から帰って今度は、「ホタルウォーク」である。
昼間は、暑いぐらいで晴れていたので安心していたが、夕方から少し様子が変わっていた。
17時半ぐらいになって雷が鳴り出してきた。(^_^;)
現場に行ったときにはあいにく夕立となった。ここにも「ふしぎ!?」があるがちょっと置いておこう。
講師の先生が言った「だいじょうぶ、20℃を越えていたらホタルは見ることができるから…」
「今現在は19℃だから…」
それは正しかった。観察にでかけたときは雨はやんでいた。
ヒメボタルとゲンジボタルのコラボを見ることができた。やっぱり「感動!!」だ。
最後には月がとってもきれいに見えた。
▼昨年はじめてみたときとくらべると少しだけ私の見方も進化していた。
昨年はともかくこの光のコラボに感動!が先行していた。
今年は、少しは、生命の「ふしぎ!?」とつなげてみるようになっている。
「なぜ光るか?」
「ヒメボタル一匹が成長するのに約50個ものマイマイなどを食べる」
そんなところに感動の源が移行していっている。

 生命の「ふしぎ!?」は一日のうちにもいっぱいだ。
それらをどうつなぐか。それが私の「仕事」だ。
来年の「ホタルウォーク」までに、もっともっと進化しておこう。
妙に加速することなく ゆっくりと ゆっくりと


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【授業】バナナの細胞を見る

▼早くもあれから一年である。ヒメボタルとゲンジホタルのコラボがみられる「ホタルウォーク」から。
あれは、ほんとすごかった。筆舌しがたい感動であった。
あんなすばらしい光景をあまりみたことない。それが今夜ふたたびである。
天気はどうだろう。あの「感動」は再び!!となるのか。
▼授業の三行レポも続けておこう。連続しての顕微鏡観察をつづけている。
「定番」ものの観察を続けている。
「定番」はいかにして、いつから「定番」になったのか。
この疑問は、残したままにしておこう。いつかは明らかにしたいものだ。
・タマネギ表皮細胞
・ほおの粘膜細胞
・オオカナダモの葉(今回はクロモ使用)
・ムラサキツユクサ  …
と続く教科書の「定番」。
Dscf3656▼私は、いつのころからかオオカナダモ(クロモ)とセットで「バナナの細胞」観察を定番としている。
クロモの葉で葉緑体をみる。そこが「緑の工場」だ。
偉大なる生産の現場である。細胞のなかで起こっていることだ。
生産されたものも、細胞になかに残っているはず、細胞中にその生産品(デンプン)をみてみよう。というのがバナナの細胞観察である。
▼3K(感動・簡単・きれい)の法則を充分に満たした、すぐれた教材である。
酢酸オルセイン(酢酸カーミン)いっぺんとうの染色にも、ゆたかさができてくる。
バナナの身のところをほんのわずかにスライドガラスにこすりつける。ヨウ素液で染色する。
ちょっと青いぐらいのバナナの方が、デンプンはたくさんみられるようだ。
まだ「甘く」はなっていない。デンプンが糖にかわっていないのである。
なんか納得である。(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン
細胞こそが「生きている」のだを印象づける。「定番」である。

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新・「自由研究」のすすめ試論(7)

Dscf3639▼青空がとっても新鮮で美しく見えるのは、「空梅雨」とは言っても、やっぱりそうでないときが多いからだろうか。
それにしても、雲の動きを見ていると飽きることはない。山際にそって発生する雲のかたちを見ていてもそうである。似たような場所から、似たような雲がつぎつぎと、そこには「ルール」がありそうだが、きっちりと予測不可能である。雲の発生自体は、「大気の物理学」の範疇であろう。しかし、雲のかたちの未来予測とまでとなると一筋縄ではいかない。これは、きっと複雑系科学の範疇なんであろう。
▼夏休みの理科の自由研究をそろそろ提案する時期が来ている。
実際に現場でもやりながら、この「試論」をすすめる。
「自由研究」でいちばんのポイントは「テーマ選び」にあるという。納得できる話だ。
この時期、本屋をのぞくと「テーマ選び」に関する本が、所狭しとならべられている。「定番」から「新ネタ」までいろんな本が紹介している。それは、食傷気味になるほどである。
▼でも、ほんとうのおもしろネタは、自分のなかにある。
ずっとずっと、自分で「ふしぎ!?」と思っていることが、ひとつやふたつはあるはずだ。
それだ!!
等身大の「ふしぎ!?」というやつだ。それこそ最高のおもしろネタである。
おもしろネタ紹介本やネット情報は、それを誘い出すためにある。
等身大の「ふしぎ!?」はどこかで置き去りにされてきた。
「それがわかるためには、もっと勉強が必要」
「それは、その道の科学者にまかしておけば…」
「…」
なんとでも言い訳しながら
▼等身大の「ふしぎ!?」の謎解きをする。それこそ、「等身大の科学」。
21世紀の今、「等身大の科学」といちばん近い位置にある科学は、雲の未来予測の科学、「複雑系の科学」だ。
それが、今、いちばん面白い。
「ふしぎ!?」はいっぺんに解決してしまう必要はない。
わからないことはわからないこととして、ずっとずっと追い続ければいい。
面白いのは、このプロセスを楽しむことだ。
それが、21世紀型「自由研究」!!
▼この夏の間に、もう少し具体化しよう。それが、私の「自由研究」!!

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2009年私の『夏の創造』は

▼7月に入って、周りのことが慌ただしく展開していく。まるで空の雲のようだ。
いつの間にか、「自分」がどこかにいってしまいそうだ。
そんなときに、ちょっとだけ「自分」にもどっていくためにメモ書き、覚え書きをしておこう。
 毎年やってきたやり方だ。
▼「夏の創造」なんて、どことなく手垢のついた古めかしい表現だ。でも私には、これがすごくピッタリと来るのである。ここ30年ほどをざっとふりかえってみても、この夏休みに状況は大きく動いている。
この時期のヒト・モノからの学びが、それ以降の生活をも変えてしまっているということがある。
 だからやってやっておこう「夏の創造」プロジェクト!!
順番は思いつくことから。
■2009年 私の『夏の創造』!
(1) 「熊楠」に会いに行く。
  昨年の紀の国オフのつづき。「萃点」を求めての旅
  「これから」は熊楠が教えてくれる

(2) 「新・私の教材試論」を進める。これまでをまとめる。

(3) 「新・自由研究のすすめ試論」
  この夏休みのあいだに大いにすすめたい。

(4) (2)と関連して、「戦後の教材史」について、私なりの研究をすすめたい。

(5) 2学期以降の授業設計
   一時間ごとの計画 これがいちばん優先かも
   【細胞と生殖】 【地球と宇宙】【化学変化(酸化・還元)】【物質とイオン】 

(6) 「大賀ハス」「コウガイビル」「スペースワープ」「パスカル電線」等々

(7) 読みかけの本、読みかえしたい本の整理


▼ああ、やっぱりいくら時間があっても足りなそうだ。(^^ゞポリポリ
ならべてみよう。優先順位をつけて
そして、ゆっくり ゆっくりと…。

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【授業】顕微鏡で観る

▼7月だ!!2009年の後半のスタートである。「7月」と聞くと、なぜかワクワク気分になるのはどうしてだろう。
それは、きっと「夏休み」があるからだろう。実際には、夏休みの方が忙しいということもいっぱいあるのだが、なんとなく気分がちがう。
 毎年7月になると、「夏の創造」と勝手に題して、いろんな計画・企画をたててきた。そこで「挑戦したこと」、出会ったヒト、モノは大きな収穫であり、エネルギー源となってきた。
 さて、今年の「夏の創造」は(・_・)......ン?
▼【授業】を語ろう。まずは【細胞と生物】で、「コウガイビルの「仮説」」を披露した。
授業に入る前から、テレビのモニターには、コウガイビルを映しだしていた。
「(゚o゚)ゲッ!!これまだおったん」
「生きとるん?」
「…」
と聞いてくる。でも、コウガイビルは「の」の字になったまま動こうとはしない。
例のコウガイビルの「仮説」を一方的にまくし立てた。
そして聞いた
『この3つの「仮説」でなるほどと思うものは…?』
なんか、唖然としている。「そんなこと言われても…」という表情だ。
挙手してもらうことにした。少し強引に聞いて、
【仮説 その三】 ちぎれた自らの体を再び食べている。 に手があがっている。
Dscf3590あまり興味はないのかと思っていると授業が終わってから、しげしげと観察に来るものもいた。
やっぱり「ふしぎ!?」なんだ。
 それから、授業の最後にはコウガイビルも期待に応えてか、あの姿をして、動き出したのだ。
やっぱり動くものには興味が行くのである。
▼コウガイビルから入って、この単元の目標をはなす。
「生命ってなんだろう」
「生きているってどういうこと」それに自分なりの答えをみつけていこうと。
自分の「ふしぎ!?」はいっぺんに解決しなくていない。いつもいっぺんに答えがみつかるとは限らない。
自分の「ふしぎ!?」大切にしながら、少しずつ少しずつ解決していこう。それが面白い。
ちょっと喋りすぎ。(^^ゞポリポリ
▼時間が少なくなってしまった。顕微鏡観察をはじめることにした。
そのなかでの、私の思いつきメモ。
○ ロバート・フックはたいした道具をつくったものだ。手製顕微鏡でフックがcellを観たのが1655年。
 そんな古い話ではない。
○ ここでの定番はタマネギの表皮細胞!!よく見える。
 誰が、いつはじめて定番になったんだ、ルーツが知りたい。それが新教材「発見」につながるはず。
○ 生徒たちは顕微鏡で何を見たがっているのだろう。
等々

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