今年2度目の「寅彦」を訪ねて

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▼昨日、家を出るときには晴れていた!!
四国に渡ったときもまだ大丈夫だった。ところが高知に入るとはげしく雨がふりはじめた。
図らずも瀬戸内~太平洋側の「天気の変化」を実感するドライブとなった。
▼雨の中、あの言葉が待っていた。
 今年2度目の「寅彦」を訪ねる旅だった。
寺田寅彦記念館の庭は、春に訪れたときとまた違った美しさがあった。
あいにくの雨もまた風情を増すというものである。
▼旅の主たる目的は寺田寅彦記念館友の会の秋季研修会への参加であった。

◆「寺田寅彦に教わった事~科学者の眼 彫刻家の眼~」
  「寺田寅彦先生の科学者の眼に学ぶ」
●講師 彫刻家 大野良一先生

結論から行こう。
これが実に新鮮で面白かった!!
 先生は今、寺田寅彦先生像を鋭意制作中の彫刻家である。
・彫刻とは
・肖像彫刻とは
・ものを見る眼
・彫刻へのコンセプト
  どのお話もきわめて興味深いものだった。目からウロコだった!!
  寺田寅彦の「科学者の眼」に出会うことによって、「私の彫刻は確かに進化しました。」といいきる先生は凄かった!!
 とりわけ先生自身の作品を紹介していただきながらのお話は説得力があった。
 先生の観察眼には驚き感動するばかりであった。
▼うれしいことに後の「懇親会」でも、さらにくわしくお話を聴くことができた。
しばらくの間は、聴かせていただいことの「反芻作業」が必要なようだ。
 ますます、「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」と問いかけてくる寺田寅彦先生像の完成が楽しみになってきた。
 この会の研修会は毎回とても面白い!!お世話してくださっている方々にあらためて感謝する。深謝!!

 会が終わった後は、いつものようにはりまや橋に行って「南国土佐を後にして♪」を聞いてホテルに帰った。 

(つづく)   
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新・私の教材試論(114)

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▼昨日の「雲見」は、「一日でいちばんきれいな空」からはじまった。
雲のない青空もうれしかった。
 大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから36週目であった。
朝、冷え込んではいたが霜も氷もまだだった。
さて、それはいつなんだろう?
▼途切れ途切れになっている「200℃の水蒸気」物語をつづけよう。
具体的にはどのようにして、「200℃の水蒸気」をつくり出したのだろう?
どんな実験装置を考えついたのだろう。
またまた

◆物質の原子論―生徒と創造する科学の授業 (プロジェクトサイエンスシリーズ)(古川千代男著 コロナ社 1989.5.10)

を参照させてもらう。
 せっかく100℃の「水蒸気」をつくり出しても、すぐに冷えて湯気(水滴)になってしまう。そうさせないためには「水蒸気」の再加熱することが必要であった。
どんな方法を考えたのだろう?
(a)水蒸気丸底フラスコを通して加熱  
(b)水蒸気の通るガラス管を加熱
(c)銅板を巻く
(d)銅管を手に入れた
段階を追って進化していった。
そして、銅管を手に入れることによって、実験装置は飛躍的に進化した。
▼ここでまた古川先生はたいへん興味深いことを語っていた。

 ちょうどその頃、船具屋さんの家庭の生徒がいたので、船舶用のエンジンの銅パイプを探して欲しいと頼んでみた。家の近所の船舶エンジン修理工場にあるとのことでさっそくたずねてみた。新品は高いが中古ならやすくしてくれるというので、2mほどわけてもらった。  生徒たちの家業を知っておくのも大切なことだと思う。それぞれの専門で使っている器具や道具など大変便利なものが多い。配線に使う圧着端子など早い時期に教えてもらったのも、熱に強い磁器のソケットを手に入れたのも、生徒の家庭からだった。教科書に載っているような古いものではなく、最新鋭のものがある。商売なのだから当たり前なのだろうが、家庭との連携というのは生活指導だけのことではない。(同書p78より)

  ここに教材・実験開発の材料の入手に関しての大いにヒントになることがあるのではないだろうか。
今はずいぶん便利になって、何でもネットを利用して簡単に入手することもできるだろう。100円ショップ・ホームセンターのぞけば安価で簡単に手に入るモノも多い。
 それはそれなりとてもうれしいことである。
 しかし、ここで語られている教材の入手をめぐっての家庭をも含め入手のためのネットワークづくりはとても大切で、単にモノを入手するだけでなく、それ以上のものを手に入れることができるのかも知れない。
 それよりなにより「物語」が生まれるが面白い!!
だから、「これから」もきわめて有効な方法と言えるだろう。
 さらに、

「それぞれの専門で使っている器具や道具など大変便利なものが多い。」
「最新鋭のものがある。商売なのだから当たり前なのだろうが」

この言葉の意味するところは、「3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則」のひとつのH(ホンモノ)を示唆しているのではないだろうか。
▼銅管を入手して、実験装置はさらに進化した。
 熱効率をあげるため銅管をらせん状に巻きそこを集中的に加熱するようになった。
 これで安易に「200℃の水蒸気」は実現したのだ。
 そして「200℃の水蒸気」でマッチに火をつけるというあの驚異の実験も可能になったのである。
 さらにはすでに気体の「空気」「二酸化炭素」ではどうだろうか?
 と考えるまで発展していったのである。
 
 そして、今、三態変化「定番」実験として教科書にもアタリマエのように登場しているのである。
 くどくなるが、もう一度繰り返す。

●すぐれた教材(実験)には必ず興味深い「物語」がある!!

●すぐれた教材(実験)は、授業の文脈(コンテクスト)から生まれた!!

●はじめに文脈(コンテクスト)ありき!!

(つづく)
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12月(師走)の俳句「歳時記」!!

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▼「雲見」や「宇宙見物」を続けていると、ときに時空をとめて切り取って「永久保存」したくなるような景に出会うことがある。カメラはそれにはかなり有効なツールであることは間違いない。
 腕前の方はいっこうにあがらぬが、とりあえずは可能なかがりその「瞬間」に備えるようにしている。
 そのカメラだってまったくままならぬのに、さらなる無謀なことへの挑戦を思いついたのだ。

俳句だ!!
俳句ならこれが可能なのではないか!!

 無縁であったどころか、一般常識の範疇のこともまったく知らなかった。
今となっては、「いつごろから?」「何故に?」は自分でもわからない。
説明できたとしてもそれはきっと後付けだろう。
▼ともかく私は、これを「雲見」「天気コトワザ」につぐ「観天望気」の第三弾とすることに決めた。
さあ、今月も先達の名句から学ぼう。
今月も例によって、

◆『書いて身につく 四季の名句120選』(鍵和田秞子著 NHK出版)

から名句10句を引用させてもらう。

(1) 湯豆腐で鴫立沢にも一冬  三千風
(2) 大晦日定めなき世のさだめ哉 西鶴
(3) 山国の虚空日わたる冬至かな 飯田蛇笏
(4) 夜空より大きな灰や年の市  桂 信子
(5) 一枚の障子明かりに伎芸天  稲畑汀子
(6) 旅終えてまた梟に近く寝る  宇多喜代子
(7) 桑の根に風鳴り秩父祭来る  棚山波朗
(8) 恋人も枯木も抱いて揺さぶりぬ 対馬康子
(9) 掛時計胴震ひせり薬喰   小澤 實
(10) 冬波の人遠ざける青さかな  黛まどか

▼みごとなもんだ!!
アタリマエだが。
 どこがみごとなのかもわからぬシロウトだが、今はそれを省みないことにする。
自分なりに「ベスト3」を「選句」してみる。

(3) 山国の虚空日わたる冬至かな 飯田蛇笏

(10) 冬波の人遠ざける青さかな  黛まどか

(2) 大晦日定めなき世のさだめ哉 西鶴

この勝手に「選句」という作業もなかなか愉しいものだ。
▼さあ、今月はどんな「切り取りたい」景に出会うだろう。
それをうまく切り取り「保存」することができるだろうか!?
これまた可能かどうかは

\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ

ともかくは、この作業を愉しもう!!

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12月(師走)の天気コトワザ!!

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▼12月(師走)の「雲見」の空は雲でいっぱいだった!!
「雲見」の究極のねらいは、「明日の天気を予想する」ことだった。
こんなアタリマエのこと大げさに言うほどのことでもないのかも知れない。昔から人々がアタリマエにやってきたことだ!!
 「明日の天気は…?」と空を見上げてきたのだ。
 ここ何年も意識的に「雲見」を続けてきて思うことがある。究極のねらいは確かにそうも言えるが、それだけではないように思う。
 ぼんやり空を見上げ「雲見」をしていると、なんとも愉しい気分になるのである。
 「あの雲の高さは?」
 「あのなかで何が起きているのだろう?」
 「私はどこに暮らしているのだろう?」
 「…」
 答えはすぐにはわからない!? それでいいではないか!!

 これぞ、瞬間の「自然」を愉しむことではないか!!

▼今月も「観天望気」第二弾に行こう。
「天気コトワザ」である。
いつものように参考にさせてもらい、引用させてもらうのは

◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)
だ。番号はあがっている順番に私が勝手につけさせてもらった。

(1) 朝トビ川越すな、夕トビ傘持つな
(2) 霜の早い年は雪がおそく、霜のおそい年は雪が早い
(3) 霜の多い朝は晴
(4) カモが早く来ると早雪
(5) 初雪の早い年は根雪も早い
(6) 山に三度雪降れば里にも雪降る
(7) 西方の鐘がよく聞こえるときは晴
(8) ガンの行列南へ行けば寒気強し
(9) ツバキの蕾が葉の上に出ている年は小雪
(10)焚火が火を吹けば風
(11)かまどの煙がたなびけば雨
(12)家の中に煙がこもったら翌日は雨
(13)ウシが丸くなって寝ていると天気が悪くなる
(14)鳥が高いところに巣を作れば大雪
(15)霜柱がよく立つ日は天気がよい
(16)冬の雨は三日降らず
(17)ムギの葉幅狭く、短い年には大雪降る
(18)霜多く厚い年は大雪
(19)カモメが里近く来て鳴けば荒れる
(20)日の出後霜解けぬ時は晴天
(21)冬、山に霧多きは大雪の兆し
(22)年末低気圧

▼私はずっと、これからも使いモノになる「天気コトワザ」をさがしていた。
その観点からいけば、今月はどれがあてはまるだろう。
なかなかピンと来るモノがない。
当然のこと「雪」に関するものが多い。
ローカルの問題でもあろうが、今ひとつだ。それにくらべて「霜」はそうではなかった。
「霜」「霜柱」が出てくるものをピックアップしてみる。

(2) 霜の早い年は雪がおそく、霜のおそい年は雪が早い
(3) 霜の多い朝は晴
(15)霜柱がよく立つ日は天気がよい
(18)霜多く厚い年は大雪
(20)日の出後霜解けぬ時は晴天

ホントウだろうか?
それはどうして?
▼2015年と少し重なるところもあるが、これで2016年一年間、同じ本を参考にさせてもらいながら「天気コトワザ」を追ってきた。そのなかで
・これからも使いモノになる「天気コトワザ」は!?
・使える「天気コトワザ」をつくることは可能か!?
・Webテキスト「天気コトワザ」の可能性は!?
・先人の知恵をどう生かすのか?
・その具体的展開の方途は?
等々を考えてきた。たった一年の取り組みでは大きな成果はなかったのかも知れない。
 しかし、歩みをとめる気はない!!ゆっくり ゆっくり急ぎたい!!

\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ

「使いモノ」になるかどうかは別にして いつしか
「天気コトワザ」=先人の知恵の結晶 を知ることは愉しい!!
と思えるようになっていた。
これぞ最大の成果かも。

 

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12月(師走)の天気コトワザ!!

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▼12月(師走)の「雲見」の空は雲でいっぱいだった!!
「雲見」の究極のねらいは、「明日の天気を予想する」ことだった。
こんなアタリマエのこと大げさに言うほどのことでもないのかも知れない。昔から人々がアタリマエにやってきたことだ!!
 「明日の天気は…?」と空を見上げてきたのだ。
 ここ何年も意識的に「雲見」を続けてきて思うことがある。究極のねらいは確かにそうも言えるが、それだけではないように思う。
 ぼんやり空を見上げ「雲見」をしていると、なんとも愉しい気分になるのである。
 「あの雲の高さは?」
 「あのなかで何が起きているのだろう?」
 「私はどこに暮らしているのだろう?」
 「…」
 答えはすぐにはわからない!? それでいいではないか!!

 これぞ、瞬間の「自然」を愉しむことではないか!!

▼今月も「観天望気」第二弾に行こう。
「天気コトワザ」である。
いつものように参考にさせてもらい、引用させてもらうのは

◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)
だ。番号はあがっている順番に私が勝手につけさせてもらった。

(1) 朝トビ川越すな、夕トビ傘持つな
(2) 霜の早い年は雪がおそく、霜のおそい年は雪が早い
(3) 霜の多い朝は晴
(4) カモが早く来ると早雪
(5) 初雪の早い年は根雪も早い
(6) 山に三度雪降れば里にも雪降る
(7) 西方の鐘がよく聞こえるときは晴
(8) ガンの行列南へ行けば寒気強し
(9) ツバキの蕾が葉の上に出ている年は小雪
(10)焚火が火を吹けば風
(11)かまどの煙がたなびけば雨
(12)家の中に煙がこもったら翌日は雨
(13)ウシが丸くなって寝ていると天気が悪くなる
(14)鳥が高いところに巣を作れば大雪
(15)霜柱がよく立つ日は天気がよい
(16)冬の雨は三日降らず
(17)ムギの葉幅狭く、短い年には大雪降る
(18)霜多く厚い年は大雪
(19)カモメが里近く来て鳴けば荒れる
(20)日の出後霜解けぬ時は晴天
(21)冬、山に霧多きは大雪の兆し
(22)年末低気圧

▼私はずっと、これからも使いモノになる「天気コトワザ」をさがしていた。
その観点からいけば、今月はどれがあてはまるだろう。
なかなかピンと来るモノがない。
当然のこと「雪」に関するものが多い。
ローカルの問題でもあろうが、今ひとつだ。それにくらべて「霜」はそうではなかった。
「霜」「霜柱」が出てくるものをピックアップしてみる。

(2) 霜の早い年は雪がおそく、霜のおそい年は雪が早い
(3) 霜の多い朝は晴
(15)霜柱がよく立つ日は天気がよい
(18)霜多く厚い年は大雪
(20)日の出後霜解けぬ時は晴天

ホントウだろうか?
それはどうして?
▼2015年と少し重なるところもあるが、これで2016年一年間、同じ本を参考にさせてもらいながら「天気コトワザ」を追ってきた。そのなかで
・これからも使いモノになる「天気コトワザ」は!?
・使える「天気コトワザ」をつくることは可能か!?
・Webテキスト「天気コトワザ」の可能性は!?
・先人の知恵をどう生かすのか?
・その具体的展開の方途は?
等々を考えてきた。たった一年の取り組みでは大きな成果はなかったのかも知れない。
 しかし、歩みをとめる気はない!!ゆっくり ゆっくり急ぎたい!!

\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ

「使いモノ」になるかどうかは別にして いつしか
「天気コトワザ」=先人の知恵の結晶 を知ることは愉しい!!
と思えるようになっていた。
これぞ最大の成果かも。

 

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12月(師走)の「雲見」は!?

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▼11月(霜月)の「雲見」は終った。
最後の最後に「環天頂アーク」(!?)のおまけがついていた。\(^O^)/
 
「もくもくシール」カレンダーで11月の「雲見」をふりかえってみる。
 使用した十種雲形シールは次のようになった。

・快晴    8
・巻雲    1
・巻積雲  1
・巻層雲  0
・高積雲  2
・高層雲  3
・層積雲  5
・積雲    5
・層雲    2  
・乱層雲  3
・積乱雲  0

 朝の9時を基本にしている。もちろん出かけたりしてちがう場合もあるが、場所も基本的には我が家の「雲見」定点からである。カウントしてみた気づいた。
 思っていた以上に「快晴」が多い!!
 「巻層雲」が0というのは意外である。
▼さて12月(師走)の「雲見」はどうなるだろう!?
 いつものようにいくつかのものを参考にさせてもらって考えてみたい。
 ひとつめが
 
◆気象庁・一か月予報(近畿地方PDF版)

 今は木曜日の朝だ。今日、書き換わるはずだから、その後にもう一度見て考えてみることにする。
いずれにしても、本格的に冬がやって来ることは確かだ。
 自分の住む場所の「夏」の特徴はだいぶんわかってきた。では「冬」はどうだろう?
 毎日の「雲見」で確かめてみたいものである。
▼いつものもうひとつにいこう。

◆『12ヶ月のお天気図鑑』(武田康男・菊池真以著 河出書房新社 )

 まず図鑑に紹介されている画像のタイトルだけ引用させてもらう。

「寒空」
「海鳴り」
「地球影」
「初氷」
「紅富士」
「寒波」
「山茶花梅雨」
「波の花」
「ふたご座流星群」
「冴える」
「けあらし」
「冬の月」
「黄昏」
「初雪」
「陽炎」

 なんともすばらしい景ばかりだ。
 このうちいくつの景に出会えるだろう。「雲見」の旅に誘われる気分だ!!
▼今月からもうひとつうれしいものがある。
先日【お薦め本】にあげた

◆『雪と氷の図鑑』(武田康男著 草思社)

である。
 これも見せてもらいながら、空の「雲見」だけでなく地上の「冬」も楽しみたいものである。

 「師走」と聞くだけでどこか気忙しい気分になるが、日々の「雲見」を楽しんでゆっくり豊かにすごしたいものである。

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新・私の教材試論(113)

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「もしも、水の分子が見えたら…」
いつもの場所で「雲見」しながら、たわいもない「空想」をしてしまった。
この「空想」の歴史は古い!!
2000年以上前のルクレチウスまで遡る必要があるのかも知れない。
21世紀の今、なお肉眼では見ることができないが、「科学」の眼をもってすれば見えるという。
 ほんとうかな!?
 「雲」は、液体の水(水滴)と固体の水(氷晶)の団体さんであるという。
では「水の分子が見えたら」その団体さんはどう見えるのだろう?
 いやそれ以前に、雲までの空間に水の気体(水蒸気)が飛んでいるという。
 いや、頭の中ゴチャゴチャになってきたぞ!!(^^ゞポリポリ
 
 これがほんとうに見えだしたら、朝の色づく「雲見」の景もよりいっそう美しく見えてくるかな!?
「200℃の水蒸気」物語をつづけよう。
「200℃の水蒸気は存在するのか?」と問われた生徒たちはどう答えたのだろう。
もういちど

◆物質の原子論―生徒と創造する科学の授業 (プロジェクトサイエンスシリーズ)(古川千代男著 コロナ社 1989.5.10)

のページをめくってみる。
 生徒たちはすでにエタノールと加熱したときの温度変化を調べ、「沸点」の存在、そのとき加えた熱エネルギーが何に使われたかを知っている。
 しかし、ほんとうの意味での「沸点」「分子運動」が見えていたわけではない。
 古川千代男先生は次のように言っていた。
 

 生徒の意見を聞いてみると、確信を持って200℃の水蒸気の存在を予測できる者はほとんどいない。考えてみたこともないというのが本当のところのようである。100℃以上にならないという確信を持っていることが多い。水は100℃で沸騰するという知識は信仰の域に達しているとしか思えない。2,3の物質の沸点測定や解説くらいで打ち破れない。(同書p76より)

▼ではどうするか。それが次なる課題である。
沸点以後も熱を加え続けるのである。そうすれば、「分子運動」はより活発になり「200℃の水蒸気」も可能なのかも知れない。生徒と一緒に実験方法を考えていた。
その方法の前に、ここで引用させてもらいたい一文があった。
コラム風に囲みで書かれていた。
 実はこの一文を紹介させもらいたくてこれを書いているようなものだった。

 素朴で原理むき出しの実験を  現在、高校で行われている実験の中心は定量実験である。数値を得て法則性をみるとというだけでなく、一つ一つの手順がそのものがきちんと量を測定しながら行われるものが多い。当然。複雑で時間もかかるようになって、結局何を目的にしていたのかラビリンス(迷宮)の世界に入ってしまう。  定量実験の前に、余計なものをできるだけ省いた、目的がミエミエの実験がもっとあってよいし、そういう実験こそ生徒にやらせたい。その後に、つまり原理がすでにわかった後に、定量実験をやり、法則化してこそ、使える法則になりうると思う。たぶん、原理や法則を先に解説し、その検証として実験をやらせることが多いために、こうなりやすいのだろうが、もっと「発見」のための実験こそ、生徒に考えさせ、計画させ、実施させたい。 そうすると素朴で一目みて納得のいく実験がつくられると思う。(同書p75より)

「素朴で原理むき出しの実験」!!
(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン 
ナットクである。これこそ「3K1A(感動・簡単・きれい・安全)の法則」にツナガル!!
 ここに確かに「すぐれた教材(実験)」開発のヒントがある。

では、「200℃の水蒸気」はどのようにつくれたのだろうか。
「物語」はまだまだつづく。

(つづく)
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【Web更新11/27】16-48 新・私の教材試論 等更新!!

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金柑の空浮かびたる小春かな 16/11/26@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】16-48
週末定例更新のお知らせ
 はやくも11月最後の「定例」更新となった。「16-48」は2016年48回目という意味だ。
「16-52」まであと4回となった。いつのまにやら毎年「○○-52」まで行くのが「日常」となった。
 さあ、あと四回どんな更新をするのだろう!?
 自分でも楽しみである。

■表紙画像集2016 更新 金柑
 金柑の木がほったらかししていたら、毎年大きくなって「巨木」になってしまった。
 木の図体に反して金柑の粒はドンドン小さくなっているような気がする。朝の散策に出かける前に口に掘り込むのが楽しみだった。「巨木」のてっぺんの小さな黄色い粒はまるで空に浮かんでいるようだった。
 金柑は秋の季語だそうな。でもその日の天気は「小春日和」がピッタリだった。

◆新・私の教材試論 更新!!
 ひょんなことから、焼けぼっくいに火がついてしまった。
私はこうして教材を語っているときがいちばん楽しい!!理科教師でほんとうによかったと思うのは、「教材」という具体的モノがあるからだ。行き先のきまっていない「試論」楽しみながら続けてみたい。

◆Webテキスト「天気の変化」の可能性!? 更新!!
 Webテキスト「天気の変化」は、先の見えない遠大なるプロジェクトである。しかし歩みはとめないでおこうと思う。いつの日か急転直下の予想外の展開があるかも知れないから。

◆【ヒガンバナ情報2016】 更新!!
 「完熟」種子はまだ5~6個残っている。今週中には完全「回収」としたい。
 全部でいったい何個ぐらいになったのだろう?

新しい週はもうはじまっている。
今週中には師走だ。 ゆっくり ゆっくり急ごう!!

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本日(2016/11/28)、第145回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼昨日は一日雨だった。
 もう11月が終ろうとしていた。10月後半~11月にかけて採集した「自然結実」ヒガンバナの花茎を「水栽培」して「完熟」を待っていた。その「完熟」種子は次々と落下し、もう残りわずかとなっていた。
 花茎も萎れうなだれ、黒々とした「完熟」種子は雨にうたれ今にも落ちそうだった。
 でもなかなか落ちない!!そのときだ、気づいた!!
 花茎の先の子房部を支える部分に緑が残っていることに。まだツナガッテいるのでは!?
 とるにたらぬ「つまらない」ことである。でもやっぱりあの人のコトバを借りたくなったなった。

 「ねえ君、不思議だと思いませんか?」

▼本日(2016/11/16)、第144回オンライン「寅の日」である。
11月のテーマは、【理科の部屋】の誕生月にちなんで

●寅彦と「科学教育」(理科教育)

だ。本日はその第三弾として「物理学実験の教授について」を読む。

◆本日(2016/11/16)、第144回オンライン「寅の日」!!#traday

●「物理学実験の教授について」(青空文庫より)

▼最初からであるが、自画自賛、我田引水的結論から入る。

この随筆はすべての理科教師が読むべきである!!

 自らを省みることない断言である。少し冷静になると恥ずかしくなるかも知れないが、今朝、読み直しての
結論である。この随筆を今回読むことにしたときは、さほどそうは思っていなかった。
 なんとなく「理科教師にとって参考になることが書かれているな」という程度のものだった。今、この選択は正しかった強く強く思っている。そして、きわめてタイムリーな選択だったと思っている。
 書かれたのは、大正7年(1918)。つまり98年、ざっと100年前!!である。
それは頭に置いておこう。

まずは理科教育における「実験」の有効性についてである。

云うまでもなく、物理学で出逢う種々の方則等はある意味で非常に抽象的なものであって、吾人の眼前にある具体的な、ありのままの自然そのものに直接そっくり当て嵌はめられるようなものはほとんどないとも云われる。「AがあればBが生ずる」というような簡単な言葉で云い表わしてある方則には、通例「ただAだけがあってその他の因子A'の図A''の図……等がないならば」という意味を含めてある。
眼前の自然は教科書の自然のように注文通りになっていてくれぬから難儀である。
 その他「完全なる剛体」とか「摩擦なき面」とか「一定の温度」とか一々枚挙に遑いとまはないが、こういう言葉を如何に理解し如何に自然界に適用すべきかという事を実験の途中で漸次に理解させるが肝要であろうと思う。これを誤解すれば、物理学を神の掟のように思って妄信もうしんしてしまうか、さもなくば反対に物理学の価値を見損なって軽侮してしまうかの二つに一つである。

▼引用ばかり多くすると読む前から興ざめであると危惧するのだが、どうしても「こうも言っている!!」と伝えたくなってしまうのである。お許しいただきたい。
 寅彦のすごいと思うところは、単に「評論」するのでなく、具体的実践を示唆してくれているところだ。

ビーカーに水を汲むのでも、マッチ一本するのでも、一見つまらぬようなことも自分でやって、そしてそういうことにまでも観察力判断力を働かすのでなければ効能は少ない。
先生の方で全部装置をしてやって、生徒はただ先生の注意する結果だけに注意しそれ以外にどんな現象があっても黙っているようなやり方では、効力が少ないのみならず、むしろ有害になる虞おそれがある。御膳を出してやって、その上に箸で口へ持ち込んでやって丸呑みにさせるという風な育て方よりも、生徒自身に箸をとってよく選り分け、よく味わい、よく咀嚼そしゃくさせる方がよい。
 数十種の実験を皮相的申訳的にやってしまうよりも、少数の実験でも出来るだけ徹底的に練習し、出来るだけあらゆる可能な困難に当ってみて、必成の途を明らかにするように勉つとめる方が遥かに永久的の効果があり、本当の科学的の研究方法を覚える助けになるかと思う。実験を授ける効果はただ若干の事実をよく理解し記憶させるというだけではなく、これによって生徒の自発的研究心を喚起し、観察力を練り、また困難に遭遇してもひるまずこれに打勝つ忍耐の習慣も養い、困難に打勝った時の愉快をも味わわしめる事が出来る。その外観察の結果を整理する技倆も養い、正直に事実を記録する癖をつける事やこのような一般的の効果がなかなか重要なものであろう。
物理実験を生徒に示すのは手品を見せるのではない。手際てぎわよくやって驚かす性質のものではなく、むしろ如何にすれば成功し如何にすれば失敗するかを明らかにする方に効果がある。それがためには教師はむしろ出来るだけ多く失敗して、最後に成効して見せる方が教授法として適当であるかと思う。
もともと実験の教授というものは、軍隊の教練や昔の漢学者の経書の講義などのように高圧的にするべきものではなく、教員はただ生徒の主動的経験を適当に指導し、あるいは生徒と共同して新しい経験をするような心算つもりですべきものと思う。

「ナルホド!!その通り!!」と膝を打つ理科教師もおおいだろう。
いや「それは理想であって…」と反駁したくなる理科教師もいるだろう。
これを読んでなんの反応もしない理科教師がいたらお目にかかりたいものだ。
繰り返してもう一度言う。

この随筆はすべての理科教師が読むべきである!!

これは100年の時空を越えた寅彦からの理科教師へ向けた熱きエールである!!

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新・私の教材試論(112)

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▼大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから35週目だった。
「あこがれの4日間」の観察などはるかな昔の話だ。でも私はこの観察池をかたづようとは思わなかった。
それは、この観察池が大賀ハスを観察するためだけのものでないからだ。
池のなかの生物をまるごと観察していた。言わば私だけの「ビオトープ」だ。
 それだけではない気象現象観察の目安にしていた。昨日の朝も、田んぼや畦に部分的に霜が降りているのをみたが、観察池の枯れハスに霜が本格的に降りるのはまだだった。当然観察池に「初氷」がはるのはまだまだ先のことだ。
 ここでアタリマエをひとつ。その「霜」も「氷」も水の固体だった。
 空を見上げた。かなり上層の雲が浮かんでいた。
 私は未だに、これも「氷晶」という水の固体であることをにわかには信じがたいのだ。

 ごくごくアタリマエの「水の三態変化」にはまだまだ「ふしぎ!?」がいっぱいだ!!
 
▼新・教材試論をつづける。

●すぐれた教材(実験)には必ず興味深い「物語」がある!!

●すぐれた教材(実験)は、授業の文脈(コンテクスト)から生まれた!!

●はじめに文脈(コンテクスト)ありき!!

これはかわらぬ私の持論であった。
▼「水の三態変化」の授業におけるひとつの具体例でみてみよう。

●「水蒸気でマッチに火をつける!!」(過熱水蒸気の実験)

(゜o゜)ゲッ!!
水でマッチに火をつける ?(゜_。)?(。_゜)?
私もこの実験は大のお気に入りで、何度も何度やってきた。
今では教科書にもさりげなくとりあげられている実験だ。
先般のファラデーラボ「教師(演示)実験のかがく」でも紹介された実験のひとつでもあった。
▼その「物語」のはじめはここに記されていた。

◆物質の原子論―生徒と創造する科学の授業 (プロジェクトサイエンスシリーズ)(古川千代男著 コロナ社 1989.5.10)

 古川千代男先生は数々のすぐれた教材(実験)を開発された大先達である。この名著今なら中古品で数冊だけ手に入るようだ。

同書、「4.6 200℃の水蒸気」(p75)にこの「物語」が記されていた。
「物語」はこんな「問題」から始っていた。

 

問題 水は100℃で沸騰し、すべて水蒸気になる。さて、水蒸気を100℃以上にすることは可能だろうか。200℃というような水蒸気は存在するのだろうか。予想を出し、その根拠を明らかにしてみよう。
(同書p75より)

(つづく)

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